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●茶を点てる

 すっくと伸びた背、美しい姿勢。翼の衣装をちりばめたえんじ色の着物で、茶を点てているのは姫宮 みこと(ひめみや・みこと)だ。動きは優雅で迷いがない。きめ細かに泡立て、濃い口に仕上げてそっと出す。見事な作法だ。百合園の茶道部員たるは伊達ではない。
 一方、みことのパートナー本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)はくつろいだ姿勢で、客人をもてなすべく口を開いた。
「久々にのどかな席となったの。たまには戦いを忘れて、駘蕩(たいとう)たる空気に浸るのもよいものじゃ」
 からからと笑って続けた。
「とはいえ妾も元来堅苦しい作法は苦手じゃ。ゆえにこの席では無礼講としようぞ。ただ茶がうまいから点て、茶がうまいから飲む。それでよい」
 膝をくずしたい者はくずしてくれ、楽しむことが大事じゃ、と宣言した揚羽に、同席した数人からほっとした溜息が聞こえた。みことも言い加える。
「もちろん、もちろん茶菓子と茶をいただく順番とか、茶を飲むときの作法なども気にしないでいいですからね」
「無礼講というのはありがたい。我もあまり詳しくはないのでな」
 みことが差し出した茶器を、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が受け取った。ぐっ、と乾す。
 抹茶の味わいは濃く渋い。慣れれば芳醇だが不慣れだと少々戸惑うだろう。ブルーズはドラゴニュート特有の硬い肌の眉間に皺を寄せてしまうが、うなずいて礼を述べた。
「ふむ……結構なお手前で」
「ありがとうございます」
 ふわりとした笑みをみことは浮かべた。
 同じ座には、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)の姿もあった。黒崎 天音(くろさき・あまね)が「桜井校長が野点を行うそうなので……ご一緒できたらと思って」と誘い、エスコートしたのだった。
 ジェイダスはオーダーメイドの和服、白い生地といっても、黄金の鳳凰が翼をひろげているという強烈な柄だ。なのにこれが、これ以上ないほど似合っているのがジェイダスらしい。厚い胸板を黄金の翼が覆い、広い背で、不死鳥はのびのびと両翼を天に向けていた。
 派手な見た目ながら典麗な仕草でジェイダスは茶を口にした。そして一声、「いいものだ」と言ったのである。天音の期待通り、彼はこの場を楽しんでいるようだ。
「無礼講、結構なことだ。茶道は私も少々、たしなんでいはいるが、礼儀としての側面ばかり重視してしまうと、本来の目的たる『茶を愉しむ』ということができなくなりがちだからね。美しい自然とともに、楽に味わう野点というのは嬉しい催しだ」
 ジェイダスが自然の美を称えるのは、この座が菊のそばにあることを指している。大輪の菊、といっても生け花ではなく、地面に根を張って生きている菊だ。みことと揚羽が、近くでこの黄色い花を観賞できるよう座を設定したのだった。
 茶菓子を軽く食べ、その慣れぬ味にこれまた奇妙な顔をするブルーズを横目に、天音は(「ふふ、可愛いね」)と微笑みを浮かべた。なお、天音はさりげなく砂糖とミルクを茶に混ぜ、自分の口に合うようにしていただいている。これに気づいてムムッという顔をするブルーズに天音は、
「美しい形式も大事だけれど、お茶なんて楽しく飲めるのが一番だと思うし」
 と、そよ風のように笑むのだった。