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リアクション
クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)&クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)
桜井静香への手紙
前略、静香様。
ゆりかごから墓場までという言葉がありますが、このゆりかごは、まさしく墓場も内包しているのだと、パートナーの死を告げられた後のボクは、妙に冷めた気持ちでそんなことを思いました。
もし、本当にクリストファーが亡くなってしまったのなら、ボクはこのまま狂ってしまってもいい権利を手に入れたわけだ。なぜなら、ボクはパートナーロストに見舞われた哀れな契約者なんだから。とか。
とりあえず、クリストファーが収容されていた独房へ行って、彼の遺品を回収しなくちゃ。衣類は捨てようか、それともとっておこうか。とか。
「それだけしっかりしていれば、とりあえず、きみは正気を失ってはいないんじゃないかな」
「どういう意味だい」
心の中での考えをボクは、無意識のうちに口にだしてしまっていたようでした。
隣でそれを聞いていたらしい黒崎天音(くろさき・あまね)さんは、こんな状況にもかかわらず、いつものように涼しげに笑いかけてきたのです。
「つまり、僕の見たものは、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)の死体じゃないって意味さ」
「なんだって。
黒崎さんは死体をみたって言ったよね。
歩不に導かれて、惨殺死体をみせられたって」
「それは事実さ。
僕にとってはね。
たしかにクリストファーの死を知った君は、失神したけれども、それは、彼の死亡時刻ジャストではない。
パートナーを亡くした契約者は、パートナーの死亡時に、急激な体調変化とパートナーロストの症状に見舞われるはずさ。
意識を取り戻した後も、多少は混乱してはいても、君はしっかりしているようだし。
僕は、死体をみせられはしたけど、クリストファーのものじゃないと判断していいと思う。
僕がみたのは、クリストファーに変装した誰か別の人物の死体。
君の反応から考えてもね。
それよりも、僕が気になるのは」
黒崎さんは、タクトを振る感じで指先で空を切りました。
「瞬時に消えたにしても、何者かのバラバラ死体はここにあった。
人間を綺麗に細切れにするのは、意外に難しいんだよ。
行為自体への慣れも必要だし、医学の知識や解剖の技術がなければ、なかなかね。
人体の60〜70%は水分というでしょ。
さらさらの真水ではなく、赤かったり、濁っていたりする、不純物混じりの水がどこを切ってもあふれだしてくる。
食材として考えても、よほど上手に血抜きをしてからでないと、人間料理の調理場は、血、体液、脂、汚物まみれのどろどろになってしまうよね。
脂肪、筋肉、血管、神経、靭帯、軟骨、その他もろもろ、僕のみた死体は、常温状態で、すべて綺麗に切り刻まれていた。
かわい歩不は武器としてワイヤを使うらしいけど、切れ味はあるにしても、ワイヤではあそこまで繊細な技巧をこらした解体はできないだろうね。
以前、墨死館でノーマン・ゲインが彼のニセモノの首を切り落としたのをみたけれど、あれも、ワイヤの類の凶器を使用したと思うんだけど、死体の断面は、今日のものほどきれいじゃなかったよ。
かなり強引なやり口で、出血も多かったし。
やはり、今回のような状態にするにはメス、とにかく刃物がないとムリじゃないかな。
僕がやるなら、道具は」
「それくらいにしておけ、おまえの良識と素行が疑われるぞ」
黒崎さんに考察を語るのをやめさせたのは、彼のパートナーのドラゴニュートのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)さんでした。
「死体についてずいぶん楽しそうに意見を述べているが、結局、おまえはなにが言いたいのだ」
「つまり、ゆりかごで、あんな死体をつくりだせる人物は、限られているって話さ」
黒崎さんにそう言われても、僕はぴんときませんでした。
「死体をだしたり消したりする魔術の解明は弓月たちに任せて、僕はゆりかごを離れるよ。
いちおう、短い期間でも医療スタッフとして働かせてもらったので、ここであれができるのが誰なのか、どの集団なのかはだいたい想像がつくんだ。
僕が興味があるのは、なぜ、彼らがここでそんなことをしているか、さ。
それを知るために、女医は退職するとしよう。
クリスティー。
わかっているとは思うけど、ニセモノのクリストファーがクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)として殺されたのか、そうではないのか、早急につきとめておかないと、パートナーの君にまで危険が及ぶかもしれないよ。
気をつけて」
白衣を脱ぎ、ウィッグを外し、女装を解いた彼は、ブルーズさんと一緒に僕らから離れていきました。
後略