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取り憑かれしモノを救え―調査の章―

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●取り憑かれたミルファ3

 ミルファとの接触は容易だった。
 しかし、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が敵対行動に移ろうとしたところで、茂みからリュースの邪魔をするように、龍大地(りゅう・だいち)が現れる。
「壊す。それが正しい」
 それが当然であるかのように、大地は拳を握り、リュースと相対する。
「大地、そこをどきなさい」
 静かにリュースは大地に警告する。しかし、大地は首を振った。
「リュー兄が俺より実力が上だとしても、ミルファのためだ。殺すよ」
 ダッと言うが否や大地はリュースに向かって駆け出した。
「全く……」
 リュースは魅入られた大地に少しだけ呆れて見せると、【バーストダッシュ】を使い、大地が向かってくるよりも早く間合いを詰めた。
 虚を突かれ、大地は驚いたように立ち止まってしまうが、向かってくるリュースに合わせるように、【鳳凰の拳】の一撃目を放った。
「セッ!」
 しかし、リュースは身を捩るだけで、大地の気合のこもった拳を避けると、無言で足払いをかける。
 それを読んでいたかのように、大地は飛び上がり足払いを避けると、本命の二撃目をリュースの顔面めがけて打ち出す。
「それも読めています」
 大地の全体重の乗った【鳳凰の拳】の二撃目を、大地の手首を掴むことで無効化する。
「少し眠っていなさい」
「は、なせっ!」
 暴れる大地に当身を食らわせ静かにさせる。
 事が済み、リュースの腹の内にぐらぐらと沸き立つものがあった。
 魅了の術式とは言え、パートナーが自分に敵対行動をとるということに、腸が煮えくり返る。
「クソッ……」
 いまだ視界から消えないミルファに対して、【空飛ぶ魔法↑↑】と【バーストダッシュ】で空中から近づき、[海神の刀]から【乱撃ソニックブレード】を放った。
 目一杯力を込め振った剣から放たれる音速を超えた一撃。
 しかし、ミルファは瞬時にリュースへ向き直り、剣で受けた。
「き……さまぁ!」
 それでも、リュースは打ち込む剣に力を加え続ける。奥歯を噛み締め、怒りに身を任せてギギギと鉄の音を響かせる。
 大地が魅了されたのはミルファのせいだから、相対するまでどうなるかは分からなかったが、大地を静かにさせてから激情が身を襲った。
「おやおや、何かそんなにボクに対して怒り狂うことでもあったの?」
 対してミルファはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、リュースの剣を受けていた。
「貴様がそれを言うのか! 大地を操っておいて!」
「大地……? ああ、あの子君のパートナーだったんだ。ごめんね。広域的な魅了術式だから、誰がかかるかなんてボクには分からないよ」
「ちっ……貴様は絶対に許さない。人の体に取り憑いて好き勝手しやがって……!」
「だって、ボク既に死んでるし。こうでもしないと色々とできないから」
 お互いの額同士が触れ合う距離まで近づいている。激情に身を任せ力を込めるリュースに対して、ミルファは飄々とした様子でその剣を受けていた。
 埒が明かない。そう考えたリュースは一度距離を取る。
 そして、最初のように、【空飛ぶ魔法↑↑】と【バーストダッシュ】を併用した空中移動法でミルファの死角から剣を振るう。
 爆発的な速度と怒りに身を任せて振るう音速を超えた剣閃にミルファは戸惑うように、翻弄された。
「もう、ボクは元々研究者だっていうのに……」
 そう言って、ミルファは目を閉じた。それはまるで抵抗を諦めたかのようだった。
 体全体にまったくと言っていいほどの力は入っておらず、ただそこに立っているだけだった。
 リュースは確実に好機だと思った。だから、必殺の一撃を叩き込もうと飛び回る速度を更に上げた。
「貰った――!」
 首を刎ねるつもりで振るった横薙ぎの一振りを、ミルファは抵抗することなく受けた。
 文字通り首の皮一枚で繋がっていた。
「あはは……無駄だって、言ってるのに、ねぇ?」
 カタカタと髑髏が笑うように、ミルファは頭と体を繋げて嗤った。
 そして無造作に【ツインスラッシュ】の二連撃を振るった。
 一撃目を何とか【受太刀】でやり過ごすが、続く二撃目は剣の平がリュースの胴に入る。
 息が詰まった。最大限ダメージを減らすために咄嗟に振るわれた剣と同じ方向に、【スウェー】で体を流し力を弱める。
 しかし、その一撃でリュースは冷水をぶっかけられたように頭の中から冷えた。
「くっ……マイナスアドバンテージがあるとは思っていましたが……」
 ここまでとは思わなかった。すぐさま踵を返しリュースは撤退する。普段どおり戦えば圧勝とは行かずとも同等の打ち合いはできたはずだ。
 首を刎ねても生きているのだから、まともにやりあうだけ無駄だった。
 背中に何か声がかかるが、それはもう耳には届かない。
 木陰に寝かせておいた大地の元へすぐさまリュースは向かう。もうミルファに敵対する気は完全に失せていた。
 しかし、気を失っている大地の元に人が2人いた。
「誰だ」
 冷徹なリュースの声音に、二人はすぐさま振り向いた。
 大地を介抱していたのは榊朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)だった。
「この子は貴方のパートナー?」
 ルシェンがリュースに聞いた。
「魅了されてたのはオレが大人しくさせました」
 警戒の色を強めながら、リュースは言った。
「そう、少し確認したいことがあるのだけれど……」
 言って、ルシェンは大地に向かって手をかざすと【清浄化】を扱った。
 癒しの力は一時ルシェンの掌に集約はするが、そこでポスンと霧散した。
「ダメ、ね……」
 首を振り、癒しの力が霧散していることを伝えた。
「普段どおりに行かないのは薄々予感していたけれど……。一応剣自体はこの目で確かめておこう」
 朝斗が嘆息して、前を向いた。
「ミルファさんは、向こうで合ってる?」
「ええ、そうですね。でも、彼女致命傷すらものともしないから気をつけて。オレは大地を安全な場所に避難させます」
 リュースはそう提言し、大地を担ぐと村の方へと走っていった。
 その背中を朝斗は見送り、リュースと反対方向へと駆け出した。