校長室
取り憑かれしモノを救え―調査の章―
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●朽ちた家屋 家屋内は酷い有様だった。 手入れはされておらず、窓ガラスは割れ風雨にさらされていた。 埃に、蜘蛛の巣、動物の死骸や、落ち葉、その他もろもろ。 家屋が建っているだけでも奇跡だろうといってもおかしくなかった。 「酷いわね……」 余りの汚さに条件反射でフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)は顔を顰めた。 ただ、異様だったのは人が踏み入った形跡があったことだ。 「設計図でもあればいいんだけど、これじゃ、ないわよね……」 居間のような場所を抜け、奥へと進む。 扉を開け、目が合った。 「……おや、お客様のようですね」 真っ先に顔を上げたのは、魂魄合成計画被験体第玖号(きめらどーる・なんばーないん)――ナインだった。 「貴方もこの家が怪しいと踏んで?」 「ええ、村の資料館に隠し部屋があって、ここが今の地図は乗ってなかったから」 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)の問いに、フレデリカは簡単に答える。 「アーダベルト様はどうやら、結界の仕組みについてお調べのご様子です。レヴィ様は?」 ナインはタイトルすら分からない革張りの本を一度閉じ、フレデリカに聞いた。 「私は結界のあるべき姿を調べているのだけど……」 「成程。では、今まで調べてきた経緯をお教えいたしましょう」 フレデリカが来るより前からこの家で調べ物をしていた2人はそれなりの情報量があった。 「多分だけど、直接的な資料は君がいた資料館の隠し部屋のほうが多いんじゃないかな」 ヴィナは少しだけ疲れた様子で言った。 でも、とヴィナは続ける。 「こっちはこっちで、製作者の趣味趣向というか、晩年の愛読書なんかが良く分かるよ」 「ええ、非常にとち狂ったお人のようですね」 ヴィナとナインの2人はそう言って頷きあう。フレデリカには何を言っているのかわからなかった。 「ど、どういうこと?」 「死霊術や、黒魔術の本、能力下降の魔法書、後は無機物生成の本に、軟体生物の飼い方なんて本もある。今の本全ては何度も読み返されてるよ」 ヴィナはフレデリカに一冊投げてよこす。 それを受け取ったフレデリカはぱらぱらっとページを捲った。 酷かった。 本の端は擦り切れ、手垢も付き、さらには書き込み、自分なりの考察、どうすれば昇華できるかなど。 研究者としてみれば優秀だったのだろうが、その本は死霊術の本だった。 「でも一応、初期の段階ではちゃんとした結界の研究もしているんですよね」 ナインがフレデリカに差し出したのは、何かを閉じ込めるための結界の基礎本だった。 それは小規模ながら対象としたものを閉じ込めるための結界だった。 もう読めなくなってはいるが、死霊術の本に比べて書き込みの量が尋常ではない。 「最初はきっと閉じ込めるためだけの結界だったと思うんだよ」 ヴィナは自分なりの雑感を述べる。 「……この先の部屋に白骨死体があるんだ。その人が亡くなってから狂ったんじゃないかな」 「白骨死体、ね」 「うん、それでその人を生き返らせようと奔走して、それでも無理だったから最初の目的、結界を作り上げることに至ったんだと思うよ」 「それじゃあ剣との関係性は……」 フレデリカはもう一つの疑問を呟いた。 しかしその疑問に答える術を2人は持ち合わせていなかった。 無言で首を振る2人に、フレデリカもそうですかとため息を一つ吐いた。 表舞台では過去何があったのかが分からなくなるくらいまでに、情報が隠蔽されている村。 ここにある断片的な情報から類推して導き出しはしたが、あっている保障はどこにもない。 「一度戻りましょう。こちらの推測が正しいのかを確かめにですね」 「あ、でもちょっと待って」 フレデリカが遮った。 「その、白骨死体が置いてある部屋見てきてもいい?」 「構わないけど、何もないと思うよ?」 ヴィナはそう言ってフレデリカを案内する。 うっすらと開いていた扉はギギギと古びた蝶番の音が響いて開く。 雑然とした前の部屋に比べて、この部屋はとても綺麗だった。 遺体安置所のようにひんやりと冷え、台には白骨化した死体が横たわっている。 床には魔法陣がかかれており、この人骨に何かの術式を施した経緯があることが伺える。 「これは、降霊の類かな……」 フレデリカは魔法陣を指でなぞり呟いた。 シーアルジストとしての経験を積んでいるフレデリカは、大雑把ながらその魔法陣に似た形態の魔法を思い出す。 「確証はないけれど、リビングデッドとしてこの人を復活させようとしたのとか……」 もしかしたら魂だけを何かに定着させようとしたのか。 そして、部屋の隅に布が被せられている物体に気がついた。 色もくすみ、埃を被っているが、元は上等な布だったのだろうと言うことは伺えた。 「これはなんだろう……」 フレデリカは布を剥いだ。 そこにあったのは肖像画。 勇ましさと美しさを併せ持っているような、剣を持った女性の肖像画だった。 「この剣は……」 後ろで見ていたヴィナが小さく声をあげた。 「どうかしたの?」 フレデリカがヴィナに振り向く。 肖像画に描かれていた剣は、安置されていた剣と形が酷似していた。 しかし、柄の中央部分に飾りは無い。 「いや、多分だけど、この絵の女性が剣の元々の持ち主だったんじゃないかな……」 ヴィナは困惑しながらも自分の中で生まれた仮説を吐き出す。 「つまり、この結界は肖像画の女性を護る為に考案されたと」 「その可能性も否定できない。けれど……」 そして、ヴィナは台の上に寝かされている人骨に目をやる。 「……一度皆様のところに戻りましょう。ここで考えるより他に調査している方と情報を共有した方が早いですよ」 部屋に入ってきたナインがそう言った。 ナインのパートナーも別で調査をしているのだ、だからこそ、情報共有はできるだろうと考えた。 「私とアーダベルト様でそちらの肖像画を、レヴィ様は分けておきましたので、資料用の本をお持ちしてもらっても?」 てきぱきと指示をだすナインに、ヴィナもフレデリカも頷いて外へ向かった。