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【新米少尉奮闘記】龍の影に潜む者

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【新米少尉奮闘記】龍の影に潜む者

リアクション

「野生動物って危害を与えない限り、お互い不干渉だよな」
 ワイルドペガサスに跨がったエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、パートナー二人を連れてドラゴンのねぐらへと向かっている。
 縄張りと、ねぐらと思しき岩場の情報については作戦に参加するメンバー全員が共有している。
 このまま空を行けば、迷うことはなさそうだ。
「野生動物に悪い子は居ないわよ。自分たちの都合だけで相手を攻撃するのは人間くらいなものだわ」
 エースの後に付くリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は、これだから人間は、とでも言いたげな表情でパートナーの言葉に応える。
「なんとか通じ合えれば良いんだけど。知能はそれなりに高いんだよな」
「誠意を持って向かい合えば、きっと通じ合えますわ」
「……本当かな」
 そんな二人の後ろを、心配そうな表情を浮かべてついて行くのはエースのもう一人のパートナー、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だ。
 なんといっても相手は気が立っているであろうドラゴンだ。
「何故君達は、野生動物相手にそんなに無防備なのかね……好意的であることは、悪いことではないが」
 せめてもう少し身の安全について思慮を巡らせて欲しい。
 そう思いながらメシエは二人の後ろを飛んでいく。せめてドラゴンがペガサスには敵意を持って居ないことを祈るしかない。
 他にも数組が偵察に出ているが、どうやらエース達が一番早いようだ。辺りにはまだ、他のチームの影は見当たらない。
 ほどなくして、ドラゴンがねぐらにして居るという岩場が見えてきた。流石に暢気なエースの顔にも僅か、緊張の色が差す。
「いくぞ……」
 息を潜めるようにして、三人は岩場の影へとペガサスを進める。
 そこには果たして、鱗に包まれたドラゴンの姿があった。
 岩場の影に、小さく丸まって羽を休めているようだ。――とはいえ、元が巨体だ。丸まっている姿はさながら、真っ赤な丘の様。
 おとなしいな、とエースが思ったその時、ペガサスの羽音を聞きつけたのか、ドラゴンが首をゆったりと持ち上げた。
 一瞬身構えるエースとメシエだったが、しかしドラゴンはぐる、と喉の奥で吠えるだけだ。
 やはり、飛空艇でなければ襲わないらしい。
「ちょっとお話をお聞きしたいのだけれど」
 三人は少しずつ、ドラゴンに接近する。リリアがよく通る声で語りかけた。
 しかし、ドラゴンは大きく口を開け、こちらを威嚇している。立ち去れ、とでも言いたげだ。
「話を聞きたいだけなんだ、武器も持っていない」
 エースは丸腰であることを強調するかのように両手を挙げてみせる。
 しかしドラゴンは相変わらず、こちらに向けて低い唸り声を上げている。
「……言葉は通じないか」
「いえ、誠意をもって接すれば、きっと」
 が、しかしリリアの言葉を遮るように、ドラゴンは静かな、しかし重厚な声でごお、と吠えた。
「やっぱり、言葉は通じないのじゃないかなぁ」
 メシエがやれやれと肩を竦める。ヘタにこじれては厄介だ、今は撤退を……と提案しようとした、その時。

「やっと着いたわ!」

 足下から、女性の声が響き渡った。
 何だ、とそちらへ目をやると、其処には教導団の山岳装備に身を包んだ人影が二つ。声からするに、少なくとも一人は女性だろう。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の二人だ。
 本陣から、己の足のみを信じ、ここまで徒歩でやってきた。
 新たな勢力の出現に、ドラゴンの気がそちらへ向く。
 するとセレンフィリティは、念のため持ってきていた武器をその場に置き、丸腰であることをアピールする。
 ドラゴンはぐる、と低く唸っているが、飛びかかるような素振りは見せない。
 山岳装備の二人は、ゆっくりと、慎重にドラゴンとの距離を詰めていく。
「こんにちは、私達はあなたの敵ではありません」
 セレンフィリティは歩きながら、きわめて事務的な声で告げる。
 セレアナはそんなパートナーの一歩後ろを、ゆっくりとついて行く。
「あなたの問題を解決しに来たの。力になれないかしら」
 ドラゴンは相変わらず低い声で唸っているが、威嚇を開始するつもりも無いようだ。
 その様子を見ながら、徐々にセレンフィリティの口調が穏やかになっていく。
 パートナーがなにか、とんでもないミスをやらかさないかと、内心不安を抱えていたセレアナも、セレンフィリティの堂々とした態度に少しほっとした様子を浮かべる。
 しかし。
「どうして飛空艇を襲っているのか、教えてくれない?」
 セレンフィリティの問いかけに、しかしドラゴンは答えない。
 相変わらず飛びかかってくるだとか、牙を見せて威嚇するだとかいう素振りも無いが、黙して、ただ低く唸るばかりである。
「ねえセレン、言葉が伝わって無いんじゃ……」
「お願い、あたし達、あなたの力になりたいの!」
 セレアナの冷静な状況分析には耳を貸さず、セレンフィリティは声を張り上げる。
 だが、それでもドラゴンは態度を変えない。ただ立ち去れ、と言いたげにうなり声を上げている。
「お嬢さん方」
 とそこへ、上空に居たエース達が降りてきた。
「お嬢さん、とは心外ね。任務中よ」
「おっとこれは失礼」
 教導団の軍人としてのプライドを垣間見せるセレンフィリティに、エースは慌てて頭を下げた。
 メシエが後ろで、ばれないようにため息を吐く。
「どうやら、ヒトの言葉は通じないようです。ここは一度引きましょう」
「やっぱりね。セレン、私もその意見に賛成だわ」
 エースとセレアナの言葉に、少し考える素振りを見せたセレンフィリティだったが、しかし現にドラゴンが交渉に応じてくれない以上、留まっても出来ることは無いだろう。
 仕方ないわね、と頷く。
「よろしければ、相乗りして行きますか?」
 すかさず女性に甘い、もとい優しい一面が顔を出すが、二人は丁重にお断りする。
 エースはちぇ、と残念そうな顔を浮かべたが、すぐに気を取り直すと本陣への通信を開いた。
「こちらエース。やはりドラゴンに、言葉は通じないようだ。だが、飛空艇で近づかなければむやみに襲われることはなさそうだよ」