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【新米少尉奮闘記】龍の影に潜む者

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【新米少尉奮闘記】龍の影に潜む者

リアクション

 一方で、空賊出現の報を受けたベスティア・ヴィルトコーゲル(べすてぃあ・びるとこーげる)は、自らの乗る大型飛空艇――重巡航管制艦・HEAVENを発進させていた。
 HEAVENの外観は、民間船に見えるようカモフラージュされている。武装に幌を掛けたり、塗装するなどして、手早く誤魔化せる範囲ではあるが。
「艤装商船『ヨンフラワー』号、発進!」
 よく通る声で宣言し、舵を握る。この艦は、ベスティアとそのパートナー、レオパルド・クマ(れおぱるど・くま)の二人だけで動かしている。
 レオパルドは現在、デッキに出て水夫のフリをするという任務に当たっている。そのため、操縦はベスティアの仕事だ。
「不審な船は見えたか?」
「前方に艦隊発見、じゃがまだ距離があるけぇ、引き続き監視するわ」
 ブリッジからの通信に、レオパルドはデッキを掃除するふりを続けながら答えた。
 その手の中には、架空の積み荷に関するメモが握られている。空賊が襲ってきたら、このメモをデッキに残し、一時撤退。積み荷の存在を信じた空賊がのこのこ船内に入ってきたところを一網打尽、という計画だ。
「不審船接近、戦闘に備えよ!」
 レーダーを見詰めていたベスティアが、肉眼で空賊の存在を確認したレオパルドが、息を詰めて戦闘に備える。
 が――
 空賊団と思しき船団は、HEAVEN……今は「ヨンフラワー号」……の上空を、いっそのどかに通過していった。
 ブブブブ、と羽音のような耳に付くエンジン音が辺りを包む。
 すわ作戦開始、と身構えていたレオパルドは、ただ呆然とそれが去って行くのを見送るしかない。
 操舵室のベスティアの方も、まさか、という顔で、すれ違っていく飛空艇の群れを眺めている。
「なんだと……こんなに、襲いやすそうな船だというのに……!」
 ベスティアはがくりと肩を落とす。
 しかし、空賊が飛空艇に直接手を出さなかった、という事実は手がかり、或いは証拠になるかもしれない。ベスティアは力なく、本隊への通信回線を開くのだった。

□■□

 その、ベスティアたちの上空をあっさりと通過した飛空艇の船団は、朝霧の駆るレッサーワイバーンへと迫っていた。
「空賊がカモの飛空艇をスルー、とはね」
 様子を見ていた朝霧は、いよいよ怪しいとばかりに息を潜め、野生のワイバーンらしく見えるように手綱を操る。
 ベスティア操るHEAVENは、作戦参加者の名簿やブリーフィングで存在を知っていたから仲間の船と知っていたが、そうでなければ民間船が迷い込んだと勘違いしたかもしれない。遠目だからかもしれないが、ぱっと見は完全に商船だ。
 しかも護衛船もない。そんな、いかにも襲いやすそうな飛空艇をまるっきり無視するということは――
「罠と気づいたか、興味が無いか……さ、どう出る?」
 俺は飛空艇に対して苛立っているぞ、とばかりに、朝霧の操るワイバーンは船団に向かって炎のブレスを放つ。
 が、小型飛空艇達は素早く回避を見せ、大型の飛空艇は甘んじてそれを受けたものの傷は付かない。
 それから、小型飛空艇に乗った数人の空賊達が、ロープのような物片手に朝霧の方へと向かってきた。
「鹵獲しようってか、面白い」
 朝霧はニヤリと笑って、一度ワイバーンの翼をはためかせた。空賊達はこちらの動きを封じようと、飛空艇に搭載された銃器で翼を狙い出す。
 怪しまれないよう、暫く抵抗するような素振りを見せてから、わざと当たったようにバランスを崩してやる。
 すると空賊どもはあっさりその策に嵌まり、朝霧の乗るレッサーワイバーンの翼を、ぐるぐるとロープで絡め取った。
 どうやらロープは特別製らしく、翼を少し暴れさせた程度ではびくともしない。
 そのまま、趣味の悪い色使いの大型飛空艇の方へと引っ張っていかれる。
「ご案内、よろしくゥっと」
 流石に無抵抗では怪しまれるだろうから時々暴れてみるものの、おおむね抵抗なく、朝霧操るレッサーワイバーンは空賊のものと思しき大型飛空艇へと格納されていった。

□■□

「撮ったか」
「モチロン」
 その様子を、離れた所から撮影していたのは勿論クローラ・テレスコピウムとセリオス・ヒューレーのふたりだ。
 空飛ぶ箒は小さいので目立たない。が、機動力は小型飛空艇に劣らない、こういった任務にはうってつけの乗り物だ。
「報告、密猟の証拠を押さえました!」

 クローラ達からの報告を受けた小暮機は、色めきだった。
「全艦に通告! 空賊が密猟を行っていることが確認されました、急行します。現場に居る者は敵機の足止めを!」
 凛とした小暮の声が、各機へと伝達される。

「聞いたとおりだ。進路を変更する!」
 通達を受けた相沢 洋(あいざわ・ひろし)は、自らが乗っているトナカイと、平行して飛んでいる小型飛空艇に向かい指示を出す。
「了解しました」
「あいよー」
 トナカイの操舵を担当しているエリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)と、飛空艇を操縦している相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)の声が重なる。

「行くぞ、アニス」
「はーい!」
 佐野和輝とアニス・パラス、ルーシェリア・クレセントの三人もまた、空賊を足止めするために前線へと躍り出る。

□■□

 前からも後ろからも飛空艇が現れた事に気づいたレッサードラゴンは、ひときわ高く吠えた。
 一気に掃討しようというその勢いに、周囲のドラゴンライダー達は慌てて、仲間達の飛空艇とドラゴンの間に割り込んだ。そして、こちらは味方である、ということを咆吼で告げる。
「多くの人間は、あなたたちに危害を加えたりしない」
「悪いのは一部の、ああいう趣味の悪い奴らですわ」
 どこまで細かいニュアンスが伝わるかは分からないが、それでもグラキエス・エンドロアと崩城亜璃珠の二人がドラゴンをなだめる。その間に、ティー・ティーと源鉄心の二人はワイルドペガサスに乗り込んでドラゴンの前に立ちはだかった。
「あなたや、あなたのお仲間は、私達が必ず守ります!」
 ティーの言葉に、ドラゴンは高く、吠えた。すると、岩場の影から数匹のワイバーン達が姿を現す。
 そして、静かな瞳で一同を見渡すと、任せた、とでも言いたげに唸った。

 遠く、小暮の飛空艇を中心とする編隊が見えてきた。反対側からは、空賊団の飛空艇も近づいてきている。
 このままでは下手をすると、この真上が戦場になってしまう。それは頂けない。
 飛行手段のある崩城、源らは慌てて高度を取ると、ドラゴンの眷属のワイバーン達にひゅううと合図を送った。
 飛空艇で遊撃に当たる相沢ら、それから佐野らへは身振りで合図し、人間達はワイバーンを庇う様前線に出る。
「とにかく、この場を戦場にしないように、空賊達を現時点に足止めしよう」
「よし、行くぞ、みと、洋孝、エリス」
 源の合図に、相沢達はいち早く飛び出して行く。佐野達もすぐに続いた。
 ドラゴンの元にはグラキエス達が残ることになった。が、それでもティーは心配そうにドラゴンの方を何度も振り向いている。
 と、そこへ、一本の空飛ぶ箒がついっと飛んできた。
 乗っているのは董 蓮華(ただす・れんげ)スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)のふたりだ。
 董らはドラゴンの前までやってくると、静かに降り立つ。
「教導団所属の、スティンガー・ホークだ。こっちは董蓮華。何か手伝える事はないか」
 一歩進み出て名乗ったのはスティンガーの方だった。董の方はといえば、初の空での任務ということもあってか、些か緊張気味。
「それは有りがたい。ドラゴンに戦闘の余波が及ばないよう、空からの護衛を頼めないだろうか」
 飛行手段をおいてきてしまったから、と苦笑するグラキエスに、董達はこくりと頷く。
「小暮少尉、こちら董です。ドラゴンと接触しました。位置を送ります」

「おおおおっ、ドラゴンいたぁ!」
 小暮機の周囲を固めている編隊のうちの一つ、戦闘機タイプのイコン、{ICN0003122#Su−37KV ターミネーター}のコクピットに、暢気な声が響き渡る。
 第四師団、黒豹大隊を率いる、黒乃 音子(くろの・ねこ)だ。
 董たちからの通信のおかげで、ドラゴンの正確な位置が判明した。できるだけ直上での戦闘は避けたいところだが、迂回していては時間が掛かる。
 小暮は先に送った部隊が空賊を足止めしてくれる事を信じ、直進を選んだ。
 というわけで、小暮機に追従しているターミネーターもまた、現在ドラゴンの頭上を通過中。黒乃は、子どものようにきらきらと瞳を輝かせて、窓に張り付き、そこから見えるドラゴンの姿に目を奪われている。
「火とか吐くんでしょ、カッコいいーっ! お友達になれるかなぁー」
 騎獣にしよう、とか言う訳では無く、黒乃は純粋にドラゴンと「お友達」になる事を望んで居た。
 たとえ言葉は通じなくても、愛や心はきっと通じ合う――黒乃はそう信じている。そう信じて、用意してきた猫缶(おみやげ)をぎゅっと握りしめた。
 そして、そのまま隊列を離れて地面に降りようとする……が、辺りは岩場のため着陸は難しそうだ。
 むぅ、と唸った黒乃は少し考え、直接交渉は後回しにすることにする。
 まずは、しっかり空賊をやっつけて、交渉に行くチャンスを作ろう、と決め、再び操縦桿を握り、機体を加速させる。