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【新米少尉奮闘記】龍の影に潜む者

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【新米少尉奮闘記】龍の影に潜む者

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 さて、その頃。レッサードラゴンの縄張りには、数名の教導団生が散って情報収集に当たっていた。
 (むろん、先ほどパートナー達の元を離れたイコナ・ユア・クックブックも一生懸命に調査して居――いや、今、おもむろにシートを広げてお弁当を食べ始めた。戦線離脱だ)
 そのうちの一人、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)は巨大なバジリスクに跨がり、荒野を進んでいる。
 ドラゴンの縄張り、とはいえ他の生き物が全く生息していないという事はあるまい。その生態の調査もと思っていたのだが。
「妙に、生物が少ないな……」
 少なくとも、ドラゴンの眷属のワイバーンが数匹、生息しているはずなのだが、その気配もない。
 そう狭くない縄張りだ、たまたま出会っていないだけということも考えられるが、しかし、静かすぎる。
「密猟、か」
 甲賀はぽつりと呟く。
 昨今のペットブームやら、ドラゴン乗りの増加やら、そんな流れに乗って一儲けを考える連中が居ても、おかしくない。
 仮に密猟者が居たとして、彼らが飛空艇でドラゴンの縄張りを荒らし、例えば、子どもを攫っていたりしたら――見境鳴く飛空艇を襲うという、ドラゴンの行動にも納得がいく。
 甲賀はさらに、その証拠を押さえる為に、跨がったバジリスクを走らせる。

 佐野 和輝(さの・かずき)ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)、それから佐野のパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)の三人は、二艇の飛空艇に別れて調査に出ていた。
 佐野とアニスは小型飛空艇の前後に乗り、ルーシェリアは巨大注射器型飛空艇、レティ・インジェクターに横座りになっている。
「特に異変は無いようですねぇ」
「そうだな……」
 二人は右側と左側、分担して敵影がないか、怪しい痕跡がないか確認して回る。
 しかし空域は想像以上にのどかで、ともすれば作戦中であることを忘れてしまいそうな程だ。
「なあ、ルーシェリア。ザナドゥでの件で、お前に形のあるお礼がしたいんだが……その、何か欲しいものとか……あるか?」
 そのうち、ぽつりと佐野が呟いた。
 以前の、ザナドゥがらみの事件の際に助けられたことについて、きちんとお礼が出来て居ないということが、ずっと気に掛かっていたのだ。
 とはいえ、こう正直な気持ちを伝えるのは慣れていない。視線が泳ぐ。
 が、佐野の言葉に振り向いたルーシェリアは、何の気負いもなくぱたぱたと胸の辺りで手を振った。
「そんなのいらないですよぅ。物のためにザナドゥに行ったわけじゃないですしねぇ」
「……だが、俺の気が済まない」
「うーん……じゃあ、今度私が困ってたら、助けてくださいねぇ」
「そんなこと……当然だろう」
「でしょうー? 私も、当然のことをしただけですよぅ。お礼なんていいですってぇ」
 ルーシェリアはそう言って笑う。その笑顔に、和輝は照れくさそうに視線を逸らした。
「……」
 そんなラブコメムード漂い始めた二人の後ろで、アニスは不機嫌そうにぶーたれている。
「お姉ちゃんには、いっぱい助けてもらったんだし、今日だけは特別に我慢するんだからー」
 自分自身に言い聞かせるように呟きながら、しかし和輝の洋服の裾をぎゅっと握っているのはやめないようだ。
「むー、何か起きないかなあー」
 アニスが退屈そうに呟くが、風の影響もあって前の佐野には届かないようだ。
 三人はそのまま、ふわりふわりと偵察を続ける。
 

 こちらでは、叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)のふたりが、乗ってきた飛空艇に布をかぶせてカモフラージュ作業を進めている。
「では、見張りは頼みます」
 作業を終えた叶は淡々と告げると、ドラゴンの縄張りに向かって歩き出す。
「はいはい……オレはお留守番ね」
 長期戦を見据え、荷物にはテントや保存食なども積んである。
 しかし、「煙は目立つ」という叶の方針の下、そのまま食べられる固形食ばかりだ。出来れば、これを使うことになるまえに撤退したい。
 世はやれやれ、と懐のたばこに手を伸ばし――
「言っておきますが、煙草も厳禁ですよ」
 数メートル先で振り返った叶の言葉に、懐に入れた手を遣る瀬なく取り出した。
 そんな世のぐったり具合など気にも留めず、叶の方は踵を返し、再びすたすたと歩き出す。
「ドラゴンたちに威嚇させて、民間の船まで近寄らなくなると――空賊が困るはずですよね」
 ということは、空賊の目当ては民間船ではないということだろうか。
 とにかく、何かしらの証拠が欲しいところだ。
 タイヤ痕や落下物などが残っていないか、見落としが無いよう、叶は慎重な足取りでゆっくりと辺りを探索する。
 辺りは荒涼とした大地が続いていて、その所々に大小の岩が転がり、あるいはそびえている。生き物の気配は薄い。
 時々、飛空艇の残骸のような金属片が落ちている。おそらくドラゴンに襲われたという飛空艇だろう。
 だが、落ちているパーツを拾い集めても、一機の飛空艇を組み上げる事は出来なそうだ。積んでいたであろう荷物も見当たらない。
「ドラゴンが持ち去った……とは考えにくそうだな」
 報告の必要がありそうだ、と思いながら、叶はさらに歩みを進める。
 叶が見渡す限り、ではあるが、ここまでにタイヤ痕のようなものは見当たらない。
 地上から何かを仕掛けているということはなさそうだ。しかし。
「……これは」
 一カ所、風化しているが、何かが暴れたような痕跡が見て取れた。
 爪痕のような、線状の深い傷跡もある。
 叶は急ぎ、本陣への通信回線を開く。

 三船 敬一(みふね・けいいち)は、迷彩塗装を施した小型飛空艇をドラゴンの縄張りギリギリのところに停め、辺りの警戒に当たっていた。
 調査が主な目的ではあるが、しかしいつ空賊団が出現するとも限らない。
 いざというときのために連れてきた斥候と二人、ドラゴンやワイバーンとは接触しないように気を払いながら、何か手がかりになるものを探す。
 先ほど上空で一度ドンパチがあったようだったが、スナイパーライフルのスコープで確認したところ、空賊ではなく、作戦に参加している契約者だということが確認できた。
 いっそ現場を押さえられれば早いのだが――三船がそんなことを考えた、その時。
 上空から、重たいエンジン音が響いた。どこかでドラゴンの吠える声がする。
「警戒を頼むぞ!」
 三船は斥候に指示を出すと、急ぎライフルを固定して覗き込む。
 肉眼では、まだ黒い粒にしか見えないそれにスコープを向ける。
 スコープは、巨大な飛空艇が近づいてくる姿を捉えていた。
 なるほど確かに、禍々しい色に塗装されたその飛空艇は、いかにも空賊団の飛空艇です、と自己主張しているようだ。周囲には無数の小型飛空艇も見て取れる。
「報告! 西の方向、空賊団と思しき船影を発見!」

□■□

「発進します!」

 三船からの報告を受けた小暮は、飛空艇に発進の指示を出す。
 舵を取るのはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
「まずはあまり近づきすぎず、あの空賊団が本当にドラゴンに何らかの干渉を行っているのか、証拠を押さえます」
「なら、証拠の撮影は我々が行います。行くぞ、セリオス」
 クローラ・テレスコピウムがパートナーのセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)に声を掛けて立ち上がる。手にはデジカメ。ビデオも撮れるタイプだ。
 それからすれ違いざま、小暮の肩口に軽く拳を当て、微笑みかけた。
「書類仕事は引き受けた。飛空艇と戦闘の事は任せたぞ」
「ああ、頼んだ」
 一瞬だけ友人同士の顔を見せ合ってから、しかし二人はすぐに任務に当たる軍人の顔に戻る。
「くれぐれも、相手の動向を確認してから攻撃に移ること。ただし、ドラゴン、或いは他の野生動物に危害が及びそうな場合はその限りでない!」
「発進します。ただし、現段階では相手の動向を確認することに注力」
 操舵席右側で通信を担当しているリーシャ・メテオホルンが、小暮機の周囲を固める部隊へと通達を出す。
「管制室から機関室へ。小暮号、発進するよ!」
 操舵手を挟んで反対側では、艦内アナウンスを担当するルカルカ・ルーが機関室への通達を行う。
「……何だ、小暮号って」
 それを聞いていたダリルが苦い顔をするが、ルカルカは意に介す風も無く、
「だって名前ないんだもん。折角だし小暮君、何か付けちゃう?」
と艦長席を振り仰ぐ。
「え、名前……? 検討しておきます。あー、じゃあ便宜上、今作戦中に限り、小暮機とでも呼んでくれ」
 突然話を振られた小暮は暫く考えてから、ちょっと投げやりに答えた。
 確かに編隊を組んで戦闘を行う際に、呼称が無いのは不便だ。考えておく必要がありそうだ。しかし、ひとまずは後回し。
「調査班へ伝達、空賊を刺激せず、証拠の確保に尽力!」

□■□

「って事なんで、っと」
 銃型のコンピューター越しに本隊からの通達を受信した朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、レッサーワイバーンに跨がったままベルフラマントをふわりと被って自らの姿を消した。
 これでぱっと見、野生のワイバーンが飛んでいるようにしか見えないだろう。
 そして、飛空艇のエンジン音に気が立っているドラゴンへ接近して、その周囲を飛び回る。
 既にドラゴンの周辺では、崩城亜璃珠とティー・ティー、それからグラキエス・エンドロアら三人が、むやみに暴れようとするドラゴンをなだめるように声を上げている。
 ティーとグラキエスらは地上から、そして崩城はワイバーン・イトハの背に乗ってドラゴンの行く手を遮ろうとしていた。
 その、崩城の隣まで飛ぶと、朝霧はちらりとベルフラマントをあげてアイコンタクトを送る。
「空賊の悪さの証拠を押さえろだとさ。俺が囮になるから、ドラゴンの方は頼んだぜ」
「分かりましたわ」
 二人は一瞬視線を交わすと、うなずき合い、互いの相棒の手綱を取る。
 朝霧は様子を見てくる、というような意味合いの咆吼を上げ、ひゅうとワイバーンを加速させた。