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リアクション
LOST-3
あの時。海岸に集まっていた皆の中から鯨の話が出た時、
ジゼルは内心ぎくりと、心臓が止まる思いだった。
意識が途絶える前に、誰よりもはっきりと見ていたのだ。
おぞましく醜悪で懐かしいあの姿。
あの瞬間、鯨の腹部が盛り上がり蠢き浮き上がったセイレーン達の顔。
思い出せば吐き気を催す様なあれのお陰で、皮肉にも相手の正体が確信出来た。
彼女の微かな希望を砕く”セイレーンはもう一匹たりと残ってはいない”という事実と共に。
――あの鯨はセイレーンを”食った”んだわ。それであの歌を手に入れ代償に”化け物”と化した。
でも、相手が私と同じ力を持つのならば……
ぼんやりと歩みを進めていた先から声を掛けれて、ジゼルは跳ね上がるように驚いた。
「驚かすつもりは無かったんですが……すみません」
眼鏡の向こうから人が良さそうな笑顔を向けて謝ったのは志位大地だった。
彼の後ろには白星 切札(しらほし・きりふだ)と切札をママ慕う白星 カルテ(しらほし・かるて)、インベイシア・ラストカード(いんべいしあ・らすとかーど)らの姿があった。
皆その手に食糧を入れる為の袋を持っていた。
「そっか。大地達は森に着てたのよね」
「ええ、食べられる物を探している所で。
今の所この木の実とか……まあぱっとしませんけど他にも色々見つけましたよ。
それよりジゼルさんこそどうしたんですか? 雅羅さんとベースキャンプに居たんじゃ」
「えへへ、私特に出来る事ないみたい。
ここはいいって言われちゃったし……」
「ではおぬしも共に行かぬか?」
「え?」
振り向いた先に居た声の主は、木曽 義仲(きそ・よしなか)だった。
ごくごく自然にジゼルの腕に手を触れて、微笑んだのだ。
「勿論”宜しければ”、だが」
「あ、うん……じゃあ……一緒に行くね?」
「ママ、これは何?」
カルテが地面に咲いていた小さな花に触れようと手を伸ばすと、それに気付いた切札が慌てて走ってきた。
「ああカルテちゃん、そう簡単に手で触れてはいけませんよ」
「なんで?」
「野生の草花には毒や棘を持っているものもあるんです。
うかつに触れると痺れたり、痛みを感じたりしますから」
「ふぅん」
「さ、危ないから手をつないで。
気を付けてください。ここは苔生していて少し滑りやすいですよ」
「うん」
切札がカルテと手をつないで歩く後ろから、インベイシアが欠伸をしつつノンビリついてきていた。
無人島。
長い漂流の末たどり着いたそこは、地上の楽園だった。
温暖な気候。豊富な果物に魚。
まるでヴァカンスの様な一日を過ごすものの、その島には一つ足りないものがあった。
それは、人間。
その日。
男と女は二人で共に命つきる時迄、ここで生きて行く決心をする。
邪魔するものは何も居ない。
波打ち際にはたった二人影しか無い。
夜の帳の中で見つめ合い、抱き合い、そして……ああっ陣っ駄目よ! 駄目よこんな所じゃ!!」
「……ユピリア、お前なんか恥ずかしいから離れて歩け。
つーか森ん中でくっつくな歩きにくい」
高柳 陣(たかやなぎ・じん)は彼の腕に自分の腕を絡ませながらくねくねと見をよじらせていたユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)の頭を緑のスリッパで容赦なく押しのけ、彼女とは別の方向へ向かって歩き出していた。
夢見がち、もとい妄想癖を持つ彼のパートナーに陣は辟易ぎみなのだ。
「陣ったらつれないんだから。でもそこがす・て・き。
なーんちゃってあはは」
「いやホント、恥ずかしいから。恥だから。ここに居る皆様に俺まで同類とか思われたく無いから。つか義仲まで女と歩いてるし」
そう話している陣の声はユピリアから離れどんどん遠くへ行ってしまう。
数十秒もしないうちに取るべき一定距離より必要以上に、陣はユピリアから離れていた。
真面目な話ある種の防衛本能のなせる技だった。
こんな様子だったので、始めは二人に妬みレーダーの反応を示してくれたしてくれた妬み隊隊長こと瀬山 裕輝(せやま・ひろき)も、
少し彼等を見続けるうちに「問題無いようやな」と興味を失ってしまったのだ。
ユピリアは内心がっかりである。
「もーっ!いいわよいいわよ。
折角島にきたのに海じゃなくて森に行くし、
まぁ暗い森なら怖がる振りして陣にくっつく事も出来るかなーとか思ったのに!」
「思考だだ漏れですよユピリアさん」
大地の突っ込みを貰いながら、ユピリアは足下に居たペットの頭をぽんぽんと撫でて合図した。
「私も頑張って食べ物とか見つけちゃうんだから!」
カントリーマミーことミイラ型のクッキーをこっそり口に運びつつ、ユピリアは走り出したわたげうさぎを追いかけ始めた。
白い毛玉の様な生き物は些か頼りなさを感じさせるが、野生の感を信じる方が良さそうだとユピリアは考えていたのだ。
そんな彼女と共に走り出した皆に少し遅れをとっているジゼルに気づいた義仲は、足を止めて彼女を待った。
走ってきたジゼルの肩は激しく上下している。
――この娘、矢張り契約者ではないのか?
義仲は船に乗った契約者の中でジゼルだけが一人、戦いを知らない顔をしているのに気づいていた。
それにまじまじと見てみればパーツ一つ取っても、どれも華奢で柔らかそうな、女性特有の筋肉が足りない体型をしている。
「ごめんなさい、私遅くて……ホント役立たずだなぁ……」
俯くジゼルの自嘲的表情を浮かべた顔が、幼い少年の如く背の低い義仲にはよく見えていた。
「――その瞳、迷っておるようだな」
「え、……うー……そうね」
「どのような悩みなのか、この義仲に話してみる気はないか?」
「ふふ。ありがと。
えーっとね、人生の悩みかなぁ?
自分が何なのかとか、今後どーしたらいいのかとか……分かるかしら?」
子供に向けるような笑顔で話すジゼルに、義仲は極めて真面目な顔で語り出した。
「俺は一度死に、蘇った者。
英霊等と呼ばれてはおるが、所詮は戦で死した者。
人と呼べるか分からぬ。
ジゼル殿が己の生い立ちをどう思われておるか分からぬが、己の心に誇りを持つが良い。
人とは己が心に住まわせる”負”という化け物に打ち勝つ輝きを秘める者。
なれば俺もお主も、人なのだ」
ジゼルの肩に手を置いて諭す様な義仲に、ジゼルは暫く固まったままだったが、やっと頭が落ち着くと口を開いた。
「…………ちょっと待って。義仲って何歳?」
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