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リアクション
第9章 モップス救出
トゥーラたちが地上に出たのとほぼ同時刻のことだ。
「こっちの方から敵の気配がするよ。遠回りして行こうか。えーっと、……あれ? ねぇマダラ見て見て」
見張りを脅して(パートナーに脅させて)警備員の交代の時間を聞き出し、工場内へと侵入したネスティ・レーベル(ねすてぃ・れーべる)は、首をひねった。
「ったく、だりいな。救出とか俺のガラじゃねーし。こき使いやがって……!」
マダラ・グレスウェル(まだら・ぐれすうぇる)が悪態をつくのにも構わず、ネスティが指差したのは、一つの扉だった。
「ここじゃないかな、『裁縫室』って書いてある。隣が『家庭科室』だ」
「あー、さっきの警備員が言ってたゆる族のいそうな場所だろ、っておい、隠れろ!」
マダラは慌ててネスティを物陰に引きずり込んだ。目の前を足音が駆けすぎていくが、周囲はあわただしい足音で満ちてきた。
あっちだ、とか、逃げたぞ、とか、なんか変なのが来たとか、工場内は俄かに騒がしくなる。
「どうしようかー。これじゃ、モップスのところまで行くのもひとくろ……あ」
顔を上げたネスティと、男の目が合った。傭兵がいつの間にか仁王立ちになっている。
「おい、何処から入って来た!?」
その太い手をネスティの方に伸ばして、襟首を掴み上げようとする。とても話し合いが通じる状況では……ない。ネスティは額のあたりに意識を集中させた。
「えーいっ!」
がんっ! 傭兵の身体が後方に吹っ飛んだ。ネスティの“サイコキネシス”だ。
「おい、誰か来てくれっ!」
上半身を起こした男は背後に向かって叫ぶ。
「うわわ、仲間を呼ばれた!」
「しょうがねぇなぁ」
マダラに引っ張られて、ネスティは狭い廊下を駆け抜けて行く。
「……はい、そうです。モップスさんがヴォルロスを訪れてからの足取りが分かりました」
関谷 未憂(せきや・みゆう)の片手には携帯電話。もう片手には、焼き増ししてもらったモップスと案内役の守護天使の写真。そして視線の先には、道を挟んでフラフィー寝具店。
彼女はモップスと守護天使がヴォルロスを訪れてからの足取りを追っていた。
「それで友人の報告と併せて、……はい。今、工場の方をパートナーが見に行って……」
彼女の報告に、フランセットの声が、電話越しに響く。
「了解した、ありがとう。くれぐれも慎重に、怪我などないようにしてくれ。こちらも人を送るが……無理だと思ったら、すぐに戻ってくれ」
彼女は電話を切ると、再びそれをパートナーや友人に伝えるべく電話をかける。
そして、写真の代わりに地図を取り出した。そこには彼女が集めたモップスの目撃情報が、赤いバツ印と文字で書き込まれていた。
モップスは、知人である守護天使にヴォルロスを案内してもらっていたというが、どうやら主にぬいぐるみや魔法関係の施設を回っていたらしい。ぬいぐるみ屋、手芸店、魔法関係の用品店などなどだ。
彼の足取りがつかめなくなったのは昨夜遅くで、ヌイ族が持っているゆる族キャバレー・略称ゆるキャバ。ヌイ族によるステージショーが名物で、ゆる族が接待してくれるという酒場が、最後の目撃場所だった。
宿泊していた宿の主人が、頼まれた夕食を用意した時間を過ぎても帰らなかったため、捜索願を出したとのこと。
その二点を結ぶ道の途中には、あの寝具店がある。モップスもここに立ち寄ったことがあるという証言を宿の主人から得ていた。
「モップスさんはリフレッシュ休暇でこちらに来られていたそうですけど……」
リフレッシュという言葉で、彼女が思い出すのはお洗濯だった。
「綿の補充って、どういう風にするんでしょう?
ヌイ族の族長さんはゆる族ですから、やはりそちら方面に腕の良い職人さんがいたりするんでしょうか。綿の補充にクリーニングのオプションとか付いてるのかもしれませんね……!」
ぴかぴかになったモップスを想像して、何故か顔を輝かせる彼女。その袖をプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)がちょんと摘まんで見上げた。
「……そうね、リンのところ行く?」
「……はい……」
こくりと頷くプリムを連れて、彼女はリンと合流するべく、フラフィー寝具店の工場へと急ぐ。
「迷子のまいごのくまの人〜あなたの足取りどこですか〜♪」
一方その頃、リン・リーファ(りん・りーふぁ)は『犬のおまわりさん』の替え歌を歌いながら、ヴォルロスを離れ、農地や荒野の広がる上空を舞っていた。
「誘拐の定番と言えばきょうせーろーどー(強制労働)だよね! というわけであの工場があやしい! ……あれ?」
みゆうの報告にフランセットの元にもたらされた情報を合わせると、くまの人、もといモップスはあそこにいるに違いない。
だが近づくにつれ、きな臭いにおいが漂ってきた。ベルフラマントを羽織ったリンは、のどかな風景の中に走り回る人々を見付けて、地上に目を凝らす。
地上では何か騒動が起きつつあるらしく、窓から人が出てきたり、裏口に誰かが入ったり、はたまた正面でいざこざがあったり。大変な騒ぎになっている。
「何が起こってるのかな〜。ま、今のうちにっと」
空飛ぶ箒の梶を取りぐるぐる建物の周囲を回ると、開けられていた窓のひとつに、良く見知った、薄汚れた茶色い物体が見えた。
こっそり近づいて鉄格子ごしに覗くと、そこはどうもゆる族の解体部屋のようだった。
気絶しているのか、大きなテーブルに巨体を横たえるモップスに、中年の男が布切り鋏を入れると、綿をするするっと抜いて光に透かせていた。
「……失敗だ。図体がデカいからさぞたくさん取れると思ったが、この綿ではくたびれて使えぬ。捨てに行かせるか」
(つ、使えないって……、ひどすぎる! あ、出て行くよ。どうしよう)
リンは乗り込むべきか迷ったけれど、いまいち周囲の状況が把握できていない。彼女は地上に視線を巡らせて──。
「……あっ」
知り合いの姿を見付けて、リンは急降下する。
敷地の外、裏口近くの木の陰に早川 呼雪(はやかわ・こゆき)と彼のパートナーヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の姿があった。
「おーいっ」
控えめに声をかけると、気づいた呼雪が彼女を見上げた。
「ああ、関谷のパートナーか。黒崎から話は聞いたが……モップスを探しているんだそうだな」
「はい」
「何か困っていることがあれば言ってくれ。依頼もそうだが……関谷には日頃世話になっている」
呼雪はリンからモップスの状況について説明を受けると、自分の細い頤に手を当てた。
「布団屋……ゆる族の綿に守護天使の羽根か……上手い事考えたな。そういえば、前にモップスを丸洗いさせてくれないかと頼んだ時、妙な感じだったのが気になるな……」
「え?」
「いや、モップスとはいつか決着──汚れた着ぐるみを洗う──を付けなければならないと思っていた。……今は救出が先だが」
汚れて誘拐犯にまで捨てられてしまうような状況なら、なおさらそのままにしてはおけない。お洗濯的な意味で。
しかしモップスを洗うとして、その間中の人は入ったままなのだろうか、着ぐるみだけ脱ぐのだろうか。相当綿の量が多いから、ぬいぐるみ用シャンプーで洗うのか、布団のように綿を打ち直すのか……。
呼雪は至極まじめなのだったが、彼の言葉を聞いて、ヘルが何故か過剰に反応して、彼の前で両手を広げる。
「ちょ、ダメだからね。浮気はダメだからねー!」
「……何言ってるんだ?
そういえば黒崎から聞いたんだが、ゆる族のユルルと一緒に花妖精がいるらしい。そちらも保護する必要がありそうだ」
もしかしたら、単なる姪ではないのかと思っていたが、当たっていたようだ。しかし花妖精と言っても、一緒に誘拐されるくらいだから、きっとゆる族の着ぐるみでも着ていることだろう。
「そうそう、本当なら姪とか親戚とかって、大概世を忍ぶ仮の姿なんだよねー。……時代劇とかの見過ぎ?」
「なら、さしずめフラフィー寝具店は大黒屋か泉屋といったところか」
軽口はそこまでにして、呼雪はヘルとリンと共に、彼女が上空から見つけたゴミ捨て場の方に向かった。
しばらく待っていると、二人がかりで傭兵が巨大な黒い袋を持ってきた。大きなブリキ製のゴミ箱のふたを開けると、額に汗をかきながら持ち上げて、袋を中に落とそうとする。
その時、三人は一斉に飛び出して、彼らが振り向く間もなく捕えてしまった。
「は〜い、2名様ご案内〜♪」
事前に探しておいた岩場まで連れ込むと、ヘルがにこやかな笑顔を浮かべた。
「痛い尋問と痛くない尋問、どっちが良い?」
「い、痛くないやつ……」
「ふうん。じゃあお望み通りにしてあげるね」
ヘルは手に握った鞭を頬り投げると、辺りで拾った水鳥の羽根を取り出して、傭兵の顔、耳、首筋、脇の下、あらゆるところをくすぐり始めた。
「見苦しいな。こっちに来るといい」
呼雪は、女の子だからとリンと席を外すと、袋の中身──気絶しているのか、草地に横たわっているモップスの元へと歩く。一部布が切られてはいるものの、命に別状はないようだ。
しばらくしてモップスが無事に目を覚ますと、
「大丈夫か? 気分はどうだ?」
「ここは外なんだな。助けてくれてありがとうだな。ついでに……お腹がぺこぺこなんだな」
モップスは辺りを見回すと、ぎゅるるるるるー、と盛大にお腹が鳴った。何かあったかなとポケットを探ってモップスに渡し、無事を喜び合っていると、尋問を終えたヘルが軽い足取りでやってきた。
「呼雪ー、中身について話してくれるって。地図書いてー」
だが目敏く見つけたのは、モップスと呼雪が仲良く話しているところだった。
「……まさか捨てられるとは思わなかったのだ」
「でも、モップスってちゃんと綺麗にすれば可愛いと思うんだ」
「……!!」
ヘルは慌ててモップスと呼雪の視界を遮るように割って入ると、モップスに嫉妬の混じる視線を向けた。
(念のためガンつけとこうっと。薄汚れた着ぐるみには負けないよ!)
「さっきからどうしたんだ?」
「……知らない!」
ぷいっと横を向くヘルに呼雪は、何か洗濯して欲しいのかな、などとぼんやり思うのだった。
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