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目覚めまであと5分

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「畜生、何で散歩してただけでこんなところに閉じ込められてるんだよ!!」
 一番奥の牢屋に入っていた猫井 又吉(ねこい・またきち)は、悪態をついた。だが、答える者はない。同じ牢にいる何人かのゆる族が、無気力な目を向けてきただけだ。
「てめぇらも何か考えろよ」
 しかし、答えはない。何日も前から閉じ込められて、すっかりお腹が減っている。話す気力もないのだと、彼が目を覚ました時に言われていた。
 ……不愉快な枷は嵌められてる、ビームレンズは没収されてる。携帯電話もなくて武尊とは連絡が付かない、その上フラワシも呼び出せない。
 着ぐるみの中に仕込んだ魔糸や、たっぷり詰めた綿は、さすがに没収されてなかったが。
「誰の仕業か知らないが、俺をこんな目に合わせてタダで済むと思うなよ。絶対に許さねぇからな。覚悟しとけよこのヤロー」
 入口に向かって言っても、返答がまるでない。……まるでない?
「そういや、さっきからなんだか騒がしいな……連れてかれたモップスも、ちっとも帰ってきやしねぇし」
 地上の方──彼らの頭上では、先程から誰かが走り回るような音が続いていた。
「見張りの人、さっき上を見に行ったみたいだよ」
「そうか。……そうだ、確か牢屋の中にぬいぐるみとか転がってたよな。こいつを使えばなんとかなるかも知れねぇ」
 又吉は、ぬいぐるみで溢れた後方を振り返る。
 ゆる族を誘拐するとき、誘拐犯は結構手当たり次第に誘拐してきたらしい。
 そしてヌイ族の作る着ぐるみやぬいぐるみは精巧だった。ゆる族でなければ一瞬にして見分けることができないようなそれは、ただのぬいぐるみも多い。その上、一緒に入っているゆる族がダミーの着ぐるみをちくちく縫って増やしていたものだから。
 ましてや暗がりではよくよく見なければ見分けがつかないだろう。
「いいか、お前らぬいぐるみの中に潜り込んで隠れてるか、ぬいぐるみのフリしてろよ。俺の作戦の邪魔になるからな」
 又吉は忠告すると、自身もぬいぐるみの山の中に潜り込んだ。
 彼がチャンスを待っていると、やがて小さな音がして、上階へと通じる扉が開いた気配がした。
「こっちは異常ないだろうな?」
「はい」
 コツ、コツ、コツ。足音が近づいてくる。そして、彼らの牢屋の前で止まった。
「あれ? ……隊長、この檻誰もいないみたいなんですが」
「……そんなわけないだろう。さっきのゆる族は使えなかったからな。店長が早く次の綿を持って来いって……」
 牢屋の鍵を開けて入って来た男が、屈対するぬいぐるみを物色している。そして背を向けた時──、
「ぎゃああっ!?」
「さあ、さっさとその武器寄越しな!」
 背後から飛びかかった又吉が男を羽交い絞めにして、彼の腰に差した剣を奪い取るや否や、自分を拘束していた枷をぶった斬る。
「外見がゆるいからって舐めんじゃねーぞ。お前らみたいなチンピラとは潜ってきた修羅場の数が違うんだよ!!」
 又吉は扉を蹴り開けると、フラワシを呼び出して、そのまま通路を走り抜けていく──。



「……花火大会、ですか……」
 民家の玄関で、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)はひそかに眉をひそめた。
「そう。……じゃ、これくらいでいいかな? 俺畑仕事に行くから。これ持って行っていいよ」
 チラシを受け取り、ありがとうございますと礼を言い、彼は工場への道を急ぐ。
 この辺りは、のどかな村と畑が広がっている。そんなのどかな場所で失踪者が続出しているとは考えにくいが……。
(種族が偏っているとなれば、なおさら不審だ。身代金が請求されていないと言う事は、労働力か何かで使われているのか)
 彼は朝から聞き込みを行っていた。
 まずは寝具店の周辺。そして、工場。この二つは正反対の性質を持っていた。
 寝具店の店舗と倉庫の周辺では、住民から特に怪しい情報を聞くことはできなかった。
 しかし、工場の方は──最も近い家まで一キロほどはある、そんな場所だというのに、だから、工場で何をやっているか、人目につく点で知っている人はいないというのに、農作業や馬車でそのあたりを通る時に見かけた人によれば、確かに怪しい感じはあるという。
 まず、工場で働いている人間は住込みのせいか、人の出入りが余りない。たまに作業員の募集を行っているものの、寮生活が条件で、外出する休暇には許可が必要だという。
 警備員がいつも厳重に周囲を見回りをしている。
 材料は時によって違うが、荷車や馬車で運び込まれるのは一日に1〜2回だったのが、最近はその他小さい荷馬車が頻繁に入っていく。
 良く見かけるのは中年の男と三十代の女。警備員は何時も違うが、彼らが側にいて御者をしている。
 しかし以前はそれほど物々しくなかったらしい。ここ数か月、警備員の数が増えた──丁度荷馬車の出入りが多くなった頃だ。
「犯罪が行われている可能性は高いな」
 彼は決意すると、自身に“禁猟区”をかけた。
 どうやら正門で騒ぎが起こっているお蔭で、裏手の警備は薄くなっていた。誰にも見られず、脚に装着したアルティマレガースで鉄柵を飛び越えるのは容易だった。
 ピッキングで裏口の扉の鍵を開けると、陰を渡りながら屈んで小走りに廊下をゆく。
「……あちらの方から音が……?」
 時折で会う傭兵は機晶スタンガンで見張りを眠らせながら、二階に上がる。
 『家庭科室』と書かれた扉を開くと、中には広いテーブルの上に並べられた、解体途中のぬいぐるみたちがいた。まだ手つかずのもの、綿が飛び出ているもの、チャックに何かのタグを付けられたもの、そして開いた胸元に、爆弾らしきものを埋め込まれたもの……。
「……数が多いですね」
 おまけに一見してぬいぐるみかどうかも分からない。というか、解体していた方も分かってはいなかったのではなかろうか。
 それに一人では全員を運べないだろう。
 彼は一旦外に出ると、廊下の壁に「機晶爆弾」を仕掛け、爆破した。
 もうもうと立ちこめる煙。小次郎は背後のドアを開けると、爆音に気付いたゆる族たちに叫んだ。
「さあ、ここから出てください!」
 起きたゆる族たちは顔を見合わせると、側に転がっていた布を結びあわせて即席のロープにしてドアノブに結び、二階から地上へと滑り降りた。
 彼らを最後まで見届けて、小次郎も地面に降りる。見事に開いた穴を見上げて呟いた。
「後は現地の警察にお任せしますか」
 やがて突如として起きた爆発に、村人の自警団と駐在員が集まってきた。大事件になればヴォルロスから応援が来るだろう。