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第6章 フラフィー寝具店・その2


 太陽が中天にかかった頃のこと、二組のパートナーが<フラフィー寝具店>を訪れていた。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は扉をくぐるなり、ぐるりと店内を見渡した。
(ここが、アナスタシア会長が向かった場所ね。別に変哲もなさそうだけど……)
 直接の面識はないけれど、百合園に行った時に見かけたことがある。お嬢様然とした少女だ。会長、と付けてしまうのは、彼女自身が蒼空学園の副会長だからだろうか。
(……でも、消えたということは、きっと何かあるはず!)
 ここに彼女たち百合園女学院の生徒達が来たのが確かなら、何か手がかりになる痕跡が残っている筈だ。
 美羽は見本の中からできるだけ高級なふわふわ布団を選ぶと、そっと手を乗せ、目を閉じて神経を集中させる。脳裏に浮かび上がるのは布団の来歴──“サイコメトリ”だった。
「……!」
「どうしたの?」
 読み取った美羽の顔が厳しくなったので、パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が心配そうに尋ねた。
「……うん。この羽毛布団、守護天使の羽根が使われてる」
 コハクの顔もまた、厳しいものに変わった。実在の羽根と光の羽根という特殊な翼を持つコハクは、以前、両翼ともに有翼の守護天使だった。片翼をもがれたためにこうなったのだ。
「もう一度やってみるね。……こっちは……ヴァルキリーだよ」
 頭に浮かんだ映像は、薄暗い場所で羽を毟られている被害者の映像だった。持ち主の悲痛な表情と声が頭に響く。その印象が強すぎるせいで、背景にはもやがかかったようで、そこがどこなのか、場所も判らなかった。
「こんな酷いこと……許せない!」
 話を聞き、珍しくコハクも憤る。
 美羽は怒りの表情のまま、そこにいた店員を捕まえた。
「材料に守護天使やヴァルキリーの羽根が使われているのは、どういうことかな?」
「ええ? そ、そんなことはありませんよ、これは水鳥の羽根で……」
 彼女はロイヤルガードエンブレムを見せながら、
「西シャンバラ・ロイヤルガードの小鳥遊 美羽だよ。捜査に協力してほしいんだけど……」
「そ、捜査?」
 小さな女の子が言い出した、思いもかけない言葉に目を丸くする店員。そう、と美羽は頷いた。手早く事情を説明する。
「……そう言われましても工場のことはさっぱり……」
「ホントに?」
「ホントの本当です」
 嘘をついても、“嘘感知”の能力があるので分かると思ったが、店員は本当に嘘を言ってはいない。
「じゃあ誰か知ってる人はいる? あと、地下室ってこの店にある?」
「いいえ、ありませんよ。でももしかしたら工場の方にはあるかもしれませんが……?」
「じゃあ、工場に案内してもらえるわね?」
「それはちょっと。仕事がありますので……」
 ロイヤルガードは、国の要となる代王を守る為の組織だ。国から捜査権などの権限を与えられている。
 しかし……、ここは国外だった。相手が自主的に敬意を払うことはあっても、強制的な捜査の権限はない。そもそもシャンバラという国のロイヤルガードという制度を知っている一般人もそう多くないだろう。
「店の事なら、店長と副店長に聞いてください。今は工場の方に行っていますが……」
「分かったよ。そうする!」
 と美羽は頷いて、コハクと共に駆け出して行った。



 “サイコメトリ”で布団の記憶を覗いたのは、美羽だけではなかった。
 布団屋を訪れて、気まぐれの“サイコメトリ”で見てしまった映像にシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)は困惑していた。
「──、えーと。これってフィスが見ちゃいけなかったのかしら」
 頬に指を当てて、困ったようにぽりぽりとかいた。
「……どうも、これ、まっとうな手段とは到底言えない方法で作られてる……みたいなんだけど」
 流石にSMプレイの産物という訳でもないだろう。
 三十秒ほど考えてから、彼女は決意した。
「知っちゃった以上、放ってもおけないわね」
 面倒くさがり屋ではあるけれども、犯罪がらみなら重い腰もあげるというものだ──シルフィスティは火が付くと燃え上がるタイプなのである。
 パートナーであるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に早速事態と思いつきとを話すと、彼女も事件に協力することを決意して頷いてくれた。
 では分担はどうするか。ヴァルキリーのシルフィスティは、守護天使のアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)の背中に生える実在の翼を見て。
「……ええと、残念だけど私はテレパシーで連絡役になります」
 残念というのは、アレックスよりも腕っぷしが強いくせに、野の花のように細くてはかなげな雰囲気を持つのだから──中身はともかく。
「そうね。じゃあ……」
 二人は目配せして、その場をそっと離れた。
「師匠、この布団ふかふかっスねぇ。僕もこんな布団に……って、師匠、ししょーう?」
 暫くして、アレックスが二人がそばから消えているのにやっと気が付いのたか、きょろきょろと辺りを見回した。
 師匠ことリカイン、そしてシルフィスティは店の外入口の陰に体を隠してそっとアレックスを見守っている。
「んーまぁ、夕飯の前に宿に帰れば大丈夫っスね」
 うんうん、とアレックスは頷いて店を出て行く。その背中をリカインたちが尾行しているのも知らずに。
 知らせたらアレックスの顔や挙動にわくわく感が出てしまって囮にならないだろうから、仕方ないのだが、リカインの胸は少し痛んだ。
 彼はひとりぶらぶらと、街中を歩いていく。何時しか人気のない路地へと迷い込んでいき……突然、馬車がリカインとシルフィスティの視界を塞いだ。何かと思う暇もなく馬車から降りた黒い足が見え、どさりとモノが──アレックスが倒れる音がした。
 とっさに姿を隠すリカインたちの目の前で、アレックスは馬車に積まれてさっと上から布を被せられる。ここで出て相手を捕まえるか一瞬迷うが、相手がただの下っ端では有益な情報情報が得られないと判断した。
 彼女たちは通りかかった辻馬車を捕まえて尾行した。向かう先は寝具店の工場。
(ごめんねアレックス……)
 アレックスは予想通り、工場運び込まれていく。彼女たちはチャンスを待って、飛び込むことにした。



「パラミタ内海での大規模な取引再開に、ツァンダの商人としては興味を持たずにいられる筈もない」
 アーヴィン・マーセラス(あーう゛ぃん・まーせらす)は、ツァンダで代々商いをしている守護天使・マーセラス家の長男であった。
 家業を継ぎ、ツァンダを拠点に活動する青年実業家。銀髪オールバック、気難しそうな顔立ちをしており、今日も至極真面目な顔と声で、銀縁眼鏡をクイッと上げて光らせ、アイロンのかかったスーツにネクタイを締め──、
「なぁ兄さん、グレッグの姿が見当たらないんだけど」
 次男のヒューバート・マーセラス(ひゅーばーと・まーせらす)が、彼らのパートナー姫神 司(ひめがみ・つかさ)を伴って歩いてきた。
 普段はアーヴィンの秘書等の仕事をしているが、こちらはスーツも脱ぎ、ネクタイを外して胸元を緩めている。事情を知らなければ司をナンパしているホストのように見えなくもない。
「てっきりヒューバートの隣にいると思ったが?」
「いやー、可愛い女の子が多くって。こっちの子は珍しい恰好してるから余計に……ああ、ごめん」
「──それで、わたくしたちは寝具店に行こうと思うのだ。何やらきな臭い噂を耳にしたものでな。運が良ければそこで会えるやもしれぬ」
 司の言葉に、アーヴィンはしばらく考えていたが、
「私は商談の約束を反古する訳にはいかないからな……グレッグの事は頼む」
「俺達に任せて、兄さんは商談頑張ってくれよ」
「ああ、ではまた」
 さっと手を挙げて、去っていくグレッグの後ろを見送ったヒューバートと司だったが……。
「ってその恰好で行くのか?!」
 ヒューバートは思わず遠ざかる背中に突っ込んだ。
 アーヴィンは、さっき商売のタネにと「着ぐるみ体験」でスーツの上に着た、着ぐるみ姿のままだったのだ。それはあろうことか、可愛いピンクのリボンをつけた白ウサギ。可愛い耳と丸い尻尾が揺れている。
 兄にはちょっと、いやかなりドジなところがあるのは知っていたけれど、
「フツー脱ぐの忘れないだろ。司ちゃん、俺追いかけてくるよ」
 どんどん遠ざかるアーヴィンを追いかけてヒューバートは角を曲がったが、何故か、曲がった先の道ではその目立つ姿が消えている。一本道で、曲がり角がないというのに。
「まさかね……」
 呆然と呟くヒューバート。何があった、と遅れて追ってきた司を振り返ると、
「司ちゃん、もしかしたら兄貴もやられたかも知れない。本当、ごめん……ただ」
 彼が指差したのは、道に点々転々と落ちている光の粒だった。屈んで拾い上げると、螺鈿細工の材料らしい貝殻の欠片だった。
「これ、さっき露店で兄貴が買った物だよ。これを追ってみよう」
 二人は道を追う。しかしその小さな貝殻の示す道は都市と外とを繋ぐ門の前で途絶えて消えていた。そして石畳の上には、割れた螺鈿細工の櫛が転がっていた……。



 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は呟いた。
「何かあわただしいでありますな……」
 彼は、エプロンをかけ、フラフィー寝具店の裏手に併設された倉庫から作業場へと、布団の材料を運んでいた。
 元はと言えば工場にバイトを申し込んだが、人手は足りていると断られてしまっていた。それでも頼み込んで、本店に何とか回されることができたのだった。
(何かヒントは得られないでしょうか? 事件が解決するような……)
「新入りー、八時までにはそこの荷物とゴミ全部片づけておけよ! 店長たちが戻ったら五月蠅いからな」
「はい、であります」
 ほうきを手に作業場の床を掃きながら、丈二は誘拐されたかもしれないパートナーのことを思い出す。
 ヴォルロスに来たのは、彼女が買い物をしたい、と言い出したからだった。ここを拠点に樹上都市も見物したかった。
 それを丈二が、「自分は泳ぎたい」と言ったために、2日目くらいは別行動でもという話に纏まったが……、3日目になっても宿に戻ってこない。
 本当は。できれば一緒でも良かった。海底の街に行ければ──彼女のために貝の髪飾りでも買えるなら、それで良かったのに。
 言い出せなかったのは、恥ずかしいという理由で。そして、せっかく髪飾りの他に、ものすごくふかふかで、安心して眠れる羽根枕も買えたのに……。だが丈二が買った羽根枕は、そのパートナーの羽根であることを、今は知らない。事件後知る機会があったらきっと赤面しただろう。
(飾る相手がいなければ無意味であります。……しかしさっくり解決された場合……給料は出るのでありましょうか?)
 余裕があるのかないのかそんなことを考えてしまう。実はバイト希望に使った口実だけでなく、実際に髪飾りやら、超高級品の羽根枕でかなり散財してしまったのだ。
 彼女が助からないのも困るが、給料が出ないのも……。
 とりあえず行けるだけの場所の見取り図を作ってポケットに突っ込んだ丈二は、脇から突然声をかけられて飛び上がりそうになった。
「ねぇ、馬ちゃんのおっきいぬいぐるみが欲しいんだけど」
「わっ!? ……ええー、当店はぬいぐるみは取り扱っては……ああ、こちらにあったであります」
 店の隅に小さなぬいぐるみコーナーが作られている。時計・目覚まし機能付きや、ぬいぐるみ風枕、抱き枕などと一緒にあった。
「うーん、これじゃ小さいなぁ。在庫見せて! できれば特大サイズが欲しいの!」
「在庫でありますか、ぬいぐるみはここにでてるだけでありますが……」
 丈二はだが、彼女の着ていた蒼空学園の制服で、ピンときた──あ、いや、くるまでもなくあれだろう。
 彼女……五十嵐 理沙(いがらし・りさ)はパートナーを探して、寝具店の奥を覗こうとしていたのだ。
「探しているのは人でありますか?」
「そう、そうなのよ。セレスが居ないと家事その他諸々大変なのよっ」
 力強く理沙は頷く。
(居ない間コンビニのお弁当で過ごして掃除洗濯サボってました、なんてセレスにバレだら、とんでもない事になるのよ)
 彼女もまたパートナーを心配……してもいる。でも、冷たい目線や小言って結構堪えるものなのだ。
「少なくとも倉庫には何もないでありますよ。結構人の出入りがありますから」
 では何処に……? 工場だろう、と丈二が答えると、理沙は駆けだしていった。