リアクション
* 翌日のこと。彼らを受け入れてくれたヴォルロスにある神殿付属の病院は、まれに見る活気に溢れていた。 「その……ありがとうございましたっ」 一晩ここで治療を受けて無事に回復したユルルは、荷物をまとめた鞄を手に、ぴょこんと頭を下げる。 一日明けた今日は、ヴォルロスで買ってあったという可愛らしいワンピースを着ていた……いや、もちろんぬいぐるみの上からであるが。 ただし、それは美少女型の着ぐるみではなく、カバであった。 「あと、皆さんを危険な目に遭わせてごめんなさい!」 「結局その恰好、あ、いや、着ぐるみはどうする気なの?」 船医に聞かれて、ユルルは考え込んだ。 「しばらくカバのままでいるつもりです。皆さんにもこの子にも迷惑かけちゃいましたし。でも自分に相応しい恰好を探すのは、まだまだ続けますよ〜」 この子と言われたのは、テディベアの着ぐるみを被った小さな花妖精だった。 このヌイ族秘蔵の花妖精は、わざわざヌイ族の都市から運んできたミネラルウォーターを、ストローでちびちび飲んで水分補給している。 「秘密も守られまして、大変ありがとうございます」 ユルルを迎えに来たドン・カバチョは、深々とお辞儀した。 「お礼と言ってはなんですが、これを差し上げます」 ドン・カバチョが差し出したのは、小さな箱だった。 「後で皆さんで分けてください」 「おおっ、楽しみだな」 セバスティアーノが目を輝かせて言えば、 「いえ、本当に大したものではありませんから……それでは、またお会いできることを楽しみにしておりますです、ハイ」 「こちらこそ。またお会いしましょう」 フランセットたちは、何度もお辞儀をして去る彼らを見送った。 「……それでは、私も少し休息を頂こうか。これからまだ聞き取り調査が残っているしな」 ベッドに横たわる怪我人たちを無事に退院させ(といってもここは勿論神殿の管轄だったが)、全員家に送り届けるまでが彼女の仕事だった。 正確には、議会から頼まれたのは家族への引き渡しと身元確認だけだったが、怖い思いをしただろうと配慮したのだった。 「休憩か。ならばこれを」 怪我人たちにたまごたっぷりのサブレと薬草茶を出していた夏侯 淵(かこう・えん)が、それをフランセットの側の机に置いた。 「フランセット殿には以前ルカが茶を馳走になったので、 今度は俺達がと思うておったのだが、病室で淹れる事になろうとはな」 笑う彼に、フランセットは礼を言う。 「ありがたくいただこう。これは君が?」 「いや、作ったのはルカ……ではなくて、うちの万能兵器ダリルだ」 「酷い言われようだな」 病人を診察していたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、聞きとがめて顔を顰めた。といっても、いつも難しい顔をしているのだが。 彼は教導団の医師として協力をしていた。 「だが、甘くて消化によくて美味いので、失踪者達の疲労もとれると思うぞ」 「気遣いに感謝する」 「じゃあ俺は補修……じゃない、看護に戻る」 淵は、裁縫セットを手に取った。ゆる族のぬいぐるみを、彼らに言われるままに毛玉を取ったり、新しい糸を持ってきたりとすることは山ほどあった。 「……食べないのか?」 ダリルは隅のベッドで、一人の守護天使の青年がサブレを見つめているのを見て。 「食べた方が治りが早いだろう。心配するな。モップスも大丈夫だ。今は回復する事だけを考えろ、取り越し苦労だ」 モップスは他の生徒が保護しており、昨夜彼の元へも顔を見せていた。何だかぶつくさ言ってはいたけれど、二人は素直に再会を喜ぶことができた。 「取り越し苦労と言えば……」 ダリルはまた、この事件の裏を考えていた。 誰が失踪者の帰還を待つ間は、誰が経済的政治的に一番得をしそうになってたかに着目し、ネットや新聞、学校のデータベースで調べていたのだ。 「……事件自体は、ただの寝具店の犯行だったのだろうか」 ダリルがフランセットに近づいて問えば、は頷いた。 「事件自体は、そうだ。ただ解決しなければ、またあの妖精の存在が明らかになれば、ヌイ族は幾らか経済的な損害を受けていたことだろう」 それにしても、と彼女は、怪我人の看護の手を休めてフランセットの隣に腰掛けたルカルカ・ルー(るかるか・るー)に尋ねた。 「ベッドの準備してくれて助かった」 ルカルカが提案したのだ。怪我をした人たちを手当てする場所を作りたい、と。 フランセットはその申し出を受けて、ヴォルロスのこの神殿を使わせてもらう段取りを付けた。 「各部族の人も、ヴァイシャリーの人も大勢被害にあってる。皆、助け出されてもショックってあると思うの。だから、戻ってきて体と心を癒せる場所がほしいんです」 それに……、と。彼女は続ける。 「それに、この事件で折角の友好関係にヒビが入るのも避けたいです」 「そうだな。しかしこの事件で絆を深めたものもいそうだ」 フランセットが扉の方を向く。 「入室許可には、この面会者名簿に名前を……」 ダリルがそう言いかけた時。 ベッドの上に東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)の姿を見付けて、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)と伏見 さくら(ふしみ・さくら)が駆け寄っていく。 「新兵衛さん! ごめんなさい!! あたしが甘えたばかりにこんな目に……」 涙を流して抱きつくさくら。ハツネが後から続ける。 「いなくなったせいで、自分を責めて、さくらちゃん泣いちゃったんだから……」 「心配かけたな、さくら。それに……お嬢も」 ぽんぽんとさくらの肩を手で叩きながら優しい視線を向ける彼に、うう、とハツネがこらえきれなくなったように飛び出した。 「新兵衛……心配したの! バカ!」 ハツネがぎゅっと、ふかふかのお腹にしがみついた。きっとさくらの前では彼女を慰めてばかりで、泣きたいのに泣けなかっただろう。 「泣いているのか……済まないな、泣かせてしまって……」 「別に泣いてないの!」 彼女はお腹にぎゅっと顔を押し付けた。涙を見られないように。 そのハツネの頭を、新兵衛は優しく撫でる。 病院内では同じような光景があちこちで見られた。離れてから気付く絆というものもまたあるのだろう。 それをぼんやりと眺めている守護天使に、笠置 生駒(かさぎ・いこま)は近寄った。 (誰も名前を知らないなんてかわいそうだ。せめてワタシだけでも聞いてやろう) 確か……どんな名前だったっけ……? (えーと確かヨハン、トマス、、ジョージ、ラファエルどれだっけ?) 分からないなら、分からないでも素直に聞けばいいか、と。彼女は大声で。 「そこの守護天使さんあなたの名前を聞かせてください!!」 どこか寂しそうな表情だった守護天使は、ぱっと顔を輝かせると、満面の笑みで答えた。 「はじめまして。僕の名前は、ア──」 「──まだここにいたんだな! もうボクは大丈夫なんだな! 今から一緒に観光に行くんだな!!」 乱入してきたのはモップスだった。囚われの身の反動か、彼にしてはいやにテンションが高い。 「浚われて観光できなかったんだな。うん、話し中なんだな? どうせならそこの人も一緒ににどうなんだな」 「あー、いいかも一緒に行こうか。さっき窓から面白い飛行艇が見えたんだ。あれ機晶水上バイクっていうんだな」 生駒は生来能天気だからか、守護天使の怪我はあまり気にせずに、 「いや、ちょっと休みたいって言うか……」 という呟きも二人はきれいに無視して。 「もたもたしてないで行くんだな。他にも行きたい人を誘うんだな」 モップスは、ヌイ族の特別観光フリーパスをひらひらと振って見せる。ドン・カバチョから貰った土産の中身だ。商売熱心だとも思うけれど、嫌な思い出を払拭してもらいたいという気持ちもあるのだろう。 「……え、ちょっと、僕の意見は……?」 守護天使は引きずられるように、ヴォルロス観光に連れ出されるのだった。 担当マスターより▼担当マスター 有沢楓花 ▼マスターコメント
こんにちは、有沢です。 |
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