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第12章 再会


 契約者たちの突入と脱走で混乱を極めた工場内だったが、その後、集まってきた自警団とヴォルロス議会が派遣した傭兵たちによって彼らはヴォルロスへと連行された。
 多くの被害者の証言により改めて寝具店の店舗及び工場の捜索が行われ、連続失踪事件は首謀者の店長及び副店長、そして実行犯の傭兵たちの逮捕を持って終了することになる。
 とはいっても、第二・第三の事件が起きないとも限らない。連れて行かれる時にも、彼らは被害者たちに言ったものだった。
「では改めて雇用契約を結び、出来高制で羽根を提供していただけないでしょうか。いやいや、それが嫌ならブロマイドだけ提供でもいいですよ。水着なら更に報酬を上乗せして──」
 被害者たちは一発ずつ殴るべきだったのかもしれないが、大半は怪我もしており、もうそんな元気もない。
 議会の方では人手が足りないということで、海兵隊が被害者たちを応急手当てし、馬車を手配して都市へと運ぶことになった。



 翌日のこと。彼らを受け入れてくれたヴォルロスにある神殿付属の病院は、まれに見る活気に溢れていた。
「その……ありがとうございましたっ」
 一晩ここで治療を受けて無事に回復したユルルは、荷物をまとめた鞄を手に、ぴょこんと頭を下げる。
 一日明けた今日は、ヴォルロスで買ってあったという可愛らしいワンピースを着ていた……いや、もちろんぬいぐるみの上からであるが。
 ただし、それは美少女型の着ぐるみではなく、カバであった。
「あと、皆さんを危険な目に遭わせてごめんなさい!」
「結局その恰好、あ、いや、着ぐるみはどうする気なの?」
 船医に聞かれて、ユルルは考え込んだ。
「しばらくカバのままでいるつもりです。皆さんにもこの子にも迷惑かけちゃいましたし。でも自分に相応しい恰好を探すのは、まだまだ続けますよ〜」
 この子と言われたのは、テディベアの着ぐるみを被った小さな花妖精だった。
 このヌイ族秘蔵の花妖精は、わざわざヌイ族の都市から運んできたミネラルウォーターを、ストローでちびちび飲んで水分補給している。
「秘密も守られまして、大変ありがとうございます」
 ユルルを迎えに来たドン・カバチョは、深々とお辞儀した。
「お礼と言ってはなんですが、これを差し上げます」
 ドン・カバチョが差し出したのは、小さな箱だった。
「後で皆さんで分けてください」
「おおっ、楽しみだな」
 セバスティアーノが目を輝かせて言えば、
「いえ、本当に大したものではありませんから……それでは、またお会いできることを楽しみにしておりますです、ハイ」
「こちらこそ。またお会いしましょう」
 フランセットたちは、何度もお辞儀をして去る彼らを見送った。
「……それでは、私も少し休息を頂こうか。これからまだ聞き取り調査が残っているしな」
 ベッドに横たわる怪我人たちを無事に退院させ(といってもここは勿論神殿の管轄だったが)、全員家に送り届けるまでが彼女の仕事だった。
 正確には、議会から頼まれたのは家族への引き渡しと身元確認だけだったが、怖い思いをしただろうと配慮したのだった。
「休憩か。ならばこれを」
 怪我人たちにたまごたっぷりのサブレと薬草茶を出していた夏侯 淵(かこう・えん)が、それをフランセットの側の机に置いた。
「フランセット殿には以前ルカが茶を馳走になったので、 今度は俺達がと思うておったのだが、病室で淹れる事になろうとはな」
 笑う彼に、フランセットは礼を言う。
「ありがたくいただこう。これは君が?」
「いや、作ったのはルカ……ではなくて、うちの万能兵器ダリルだ」
「酷い言われようだな」
 病人を診察していたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、聞きとがめて顔を顰めた。といっても、いつも難しい顔をしているのだが。
 彼は教導団の医師として協力をしていた。
「だが、甘くて消化によくて美味いので、失踪者達の疲労もとれると思うぞ」
「気遣いに感謝する」
「じゃあ俺は補修……じゃない、看護に戻る」
 淵は、裁縫セットを手に取った。ゆる族のぬいぐるみを、彼らに言われるままに毛玉を取ったり、新しい糸を持ってきたりとすることは山ほどあった。
「……食べないのか?」
 ダリルは隅のベッドで、一人の守護天使の青年がサブレを見つめているのを見て。
「食べた方が治りが早いだろう。心配するな。モップスも大丈夫だ。今は回復する事だけを考えろ、取り越し苦労だ」
 モップスは他の生徒が保護しており、昨夜彼の元へも顔を見せていた。何だかぶつくさ言ってはいたけれど、二人は素直に再会を喜ぶことができた。
「取り越し苦労と言えば……」
 ダリルはまた、この事件の裏を考えていた。
 誰が失踪者の帰還を待つ間は、誰が経済的政治的に一番得をしそうになってたかに着目し、ネットや新聞、学校のデータベースで調べていたのだ。
「……事件自体は、ただの寝具店の犯行だったのだろうか」
 ダリルがフランセットに近づいて問えば、は頷いた。
「事件自体は、そうだ。ただ解決しなければ、またあの妖精の存在が明らかになれば、ヌイ族は幾らか経済的な損害を受けていたことだろう」
 それにしても、と彼女は、怪我人の看護の手を休めてフランセットの隣に腰掛けたルカルカ・ルー(るかるか・るー)に尋ねた。
「ベッドの準備してくれて助かった」
 ルカルカが提案したのだ。怪我をした人たちを手当てする場所を作りたい、と。
 フランセットはその申し出を受けて、ヴォルロスのこの神殿を使わせてもらう段取りを付けた。
「各部族の人も、ヴァイシャリーの人も大勢被害にあってる。皆、助け出されてもショックってあると思うの。だから、戻ってきて体と心を癒せる場所がほしいんです」
 それに……、と。彼女は続ける。
「それに、この事件で折角の友好関係にヒビが入るのも避けたいです」
「そうだな。しかしこの事件で絆を深めたものもいそうだ」
 フランセットが扉の方を向く。
「入室許可には、この面会者名簿に名前を……」
 ダリルがそう言いかけた時。
 ベッドの上に東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)の姿を見付けて、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)伏見 さくら(ふしみ・さくら)が駆け寄っていく。
「新兵衛さん! ごめんなさい!! あたしが甘えたばかりにこんな目に……」
 涙を流して抱きつくさくら。ハツネが後から続ける。
「いなくなったせいで、自分を責めて、さくらちゃん泣いちゃったんだから……」
「心配かけたな、さくら。それに……お嬢も」
 ぽんぽんとさくらの肩を手で叩きながら優しい視線を向ける彼に、うう、とハツネがこらえきれなくなったように飛び出した。
「新兵衛……心配したの! バカ!」
 ハツネがぎゅっと、ふかふかのお腹にしがみついた。きっとさくらの前では彼女を慰めてばかりで、泣きたいのに泣けなかっただろう。
「泣いているのか……済まないな、泣かせてしまって……」
「別に泣いてないの!」
 彼女はお腹にぎゅっと顔を押し付けた。涙を見られないように。
 そのハツネの頭を、新兵衛は優しく撫でる。
 病院内では同じような光景があちこちで見られた。離れてから気付く絆というものもまたあるのだろう。
 それをぼんやりと眺めている守護天使に、笠置 生駒(かさぎ・いこま)は近寄った。
(誰も名前を知らないなんてかわいそうだ。せめてワタシだけでも聞いてやろう)
 確か……どんな名前だったっけ……?
(えーと確かヨハン、トマス、、ジョージ、ラファエルどれだっけ?)
 分からないなら、分からないでも素直に聞けばいいか、と。彼女は大声で。
「そこの守護天使さんあなたの名前を聞かせてください!!」
 どこか寂しそうな表情だった守護天使は、ぱっと顔を輝かせると、満面の笑みで答えた。
「はじめまして。僕の名前は、ア──」
「──まだここにいたんだな! もうボクは大丈夫なんだな! 今から一緒に観光に行くんだな!!」
 乱入してきたのはモップスだった。囚われの身の反動か、彼にしてはいやにテンションが高い。
「浚われて観光できなかったんだな。うん、話し中なんだな? どうせならそこの人も一緒ににどうなんだな」
「あー、いいかも一緒に行こうか。さっき窓から面白い飛行艇が見えたんだ。あれ機晶水上バイクっていうんだな」
 生駒は生来能天気だからか、守護天使の怪我はあまり気にせずに、
「いや、ちょっと休みたいって言うか……」
 という呟きも二人はきれいに無視して。
「もたもたしてないで行くんだな。他にも行きたい人を誘うんだな」
 モップスは、ヌイ族の特別観光フリーパスをひらひらと振って見せる。ドン・カバチョから貰った土産の中身だ。商売熱心だとも思うけれど、嫌な思い出を払拭してもらいたいという気持ちもあるのだろう。
「……え、ちょっと、僕の意見は……?」
 守護天使は引きずられるように、ヴォルロス観光に連れ出されるのだった。

担当マスターより

▼担当マスター

有沢楓花

▼マスターコメント

 こんにちは、有沢です。
 冒険と、一部ですが、特定の種族に楽しんでいただきたいなと思いまして、ゆるめなシナリオを書かせていただいた……つもりだったのですが、意外に真面目リアクションになりました。
 また、みなさんのパートナーへの愛情が非常に伝わってくるアクションを、沢山いただきました。
 私信もいただきありがとうございます。あまりお返しできておらず申し訳ないのですが、大変有難く思っています。

 次回のシナリオ等につきましては、近日マスターページにてお知らせいたします。
 今回は、シナリオへのご参加ありがとうございました。