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第2章 フラフィー寝具店


 ヴォルロスは都市内の利便性の良さと、古めかしく見える石造りの石畳や建物が両立した、不思議な居心地の都市だった。
 これは新興故に都市計画が先にあったことと、地域先住部族に配慮した景観が合わさったおかげだろう。
 観光客が見られるのは、文明的な最低限のサービスが受けられる上、時間の流れにゆったりと身を任せられる雰囲気に因るところが大きい。
 だけれど、シャンバラからわざわざこんなパラミタ内海の真ん中まで来て、地方で評判急上昇だという理由だけで、その灰色の煉瓦造りの店──フラフィー寝具店を訪れる人間はそうはいない。
 そうはいない……ということは、そうでもない人間もいる、ということだ。
 ゆる族が誘拐されるという噂、怪談じみた恐怖。そんなものは訪れない理由にはならない。
 むしろ犯人が店の人間だろうが、そんなことはどうでもいい。風の噂で聞いた、どんなショートスリーパーも十秒で眠ってしまうというふかふかもふもふを、今この目で確かめるのだ。
「快適な睡眠のために、必ずやそのお布団を手に入れて見せるぜ!」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は決意も固く、船から降りると周囲の通行人を捕まえて場所を聞き出し、真っ直ぐここへとやってきた。
 が、パートナーのアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)は、アキラの背中……というより彼の膝丈くらいの身長のために脚にぴたりとくっつく恰好で、彼のズボンの裾をぎゅっと握りしめ、顔をちらちらとのぞかせながら不安げだ。
「……噂ハ本当カシラ?」
「一応警戒しておけば、ダイジョブだろー。他にお客さん──ってか契約者もいるしなー」
 ぐるりと見渡せば、既に先客がいた。調査の為だろうが、何故だか、そのほぼ全員が全員百合園女学院の生徒だ。
「俺は俺の布団探すから、アリスも好みの生地とか見ておけよー」
「そうネ、人形サイズは探すの難しいネ」
 アリスはこくりと頷いてアキラから身体を離すと、ひょいっと彼の肩に飛び乗った。
「こうすれば良く見えるネ」
 アキラはアリスを肩に乗せたまま、店内を見て回る。寝具を扱っているだけあってそれなりに広く棚も高い。
「はぐれるなよー」
 綿や羽毛、羊毛、何だかわからない獣の毛……沢山の布団やまくら、毛布類が並べられた棚の間を歩きながら、彼は片っ端から両手を広げて、さわさわ、ぽんぽん、ぼふぼふと手触りを堪能していく。
 さすが寝具店だけあって、ベッドに敷いた状態での見本も展示してあった。
「ついつい潜り込みたくなっちゃうなー」
 アキラは、綿布団のついふわふわ柔らかな感触に思わず潜り込もうとして、掛け布団を上げて……、
「……すやすや」
「先客が」
「………、すぴー。……むにゃむにゃ」
 体とふさふさ尻尾をを犬のように丸めてぐっすり夢の世界に入り込んでいるのは、獣人のメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)だった。
 何だか幸せそうな微笑を浮かべ、時々獣耳がぴこぴこ動いている。
 アキラは黙って布団をかけ直して、次の布団を求めてぐるりと見回す。
「お、こっちは選べるセットかー」
 側に材質のタグの付いた布団が置いてあり、好きな組み合わせで買えるセットなどもあった。
 アキラはアリスと一緒にあれこれ布団を敷き替えたり、手で感触を存分に楽しむ。
「お、これいいかも」
 気に入った布団に寝っ転がれば、あったかくて柔らかくて軽くて、まるで天使の羽根に包まれているような感覚だ。
「ワタシも気に入ったネ。アキラ。この生地デ特注するネ」
 もふもふ、ふかふか、やわらかうっとり。
 生地見本を指差して、目を輝かせながらアリスが言うと、アキラは店員を呼び止めて、早速布団一式を購入した。
 実際に注文を確定するまでにシーツの記事やら布団の羽毛の割合やら、なんやかんやで二人分三時間以上詳細を詰め、自宅への配送をお願いする。
 ヴォルロス観光を終えた後日、彼は大枚をはたいた甲斐があって、見事家で布団に包まれてひたすら眠りをむさぼることに成功したのだが……。
 この事件の解決後、布団の提出を求められ、海兵隊らに返品することになってしまったという。
 以前のお布団に戻しながら、好物を食べすぎだと止められた子供のような顔をして。
「……仕方ないんだよなー。仕方ないんだけどなー、もう68時間も一緒だったのに……」
「このもふもふ感は捨てがたいんだけどネ。やっぱりワタシも気分がよくないヨ」
 アキラたちの理想のお布団を探す旅は続く!


 アキラが丁度布団の詳細を詰めている頃、彼らのやり取りを横目に、もう一組布団の契約をしていた冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)は、店員に尋ねてみる。
「この中身……何の羽根なんですかぁ? 羽毛……だけなんでしょうかぁ?」
「何か、気になるところがありますか?」
「……だって、すごい気持ちいいし……、中身とか、作ってるところとか気になります……ねぇ」
 布団の一つ一つには商品名が付いていて、羽毛とか綿とか書いてあるが、日本でおなじみの中身の表示──ダウンやフェザーが何パーセントで側生地が綿だとかまでは、書いていない。
「水鳥の羽根を使っています。作業場が裏手にありますので見学もできますが……羽根の生産加工は場所を取るので、街からは離れた工場でしています」
「そうなんですかぁ……。……そういえば……、私みたいに……百合園の人たち……今まで……来ていなかった……ですかぁ?」
「いらしてないですよ。今日の皆さんが初めてです」
 うーん、と日奈々は考え込む。
「工場の方に……行ってる、んでしょうかぁ……」
 日奈々は別にお布団を買いに来たわけではない。いや、買いたいとは思っているけれど、そもそも生徒会長が行方不明になっていなければ来なかったはずだ。
「……ですよね、ブリジット。アナスタシアさんたち、早く見つけてあげないと」
 日奈々の話を聞いていた橘 舞(たちばな・まい)が言えば、布団を熱心に見ていたブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は、真顔で返した。
「え? 私は商談に来ただけだけど?」
 ブリジットの実家はパウエル商会という商家だった。
「……ええっ? あの……来てください」
「ちょっと何するのよ、舞」
 舞はブリジットの手を取って、人目につかない場所に行くと、『百合園女学院推理研究会』の一員らしく推理を披露した。
「それどころじゃなくなったと思いませんか。それは最初は、評判の寝具の現地購入する為に、買いに来てたんですけど……失踪事件ですよ。
 社会科見学ですから、ここに向かわずに遊んでいたとは思えません。お店で行方不明になるっておかしいですよね?
 もしかすると、アナスタシアさんは好奇心旺盛な方ですから、うっかり寝具店の企業秘密に触れてしまし、身柄を拘束されてしまったとか……ないですよね」
 だが、ブリジットは肩をすくめただけだ。
「まったく、いつから百合園の生徒会長の業務に行方不明になるてのが追加されたのかしらねぇ。……携帯通じないし、また充電してないのね。そのうち出てくるでしょ」
 じゃあ忙しいから、と、社長を探しに行くブリジットの背中を舞は少し不安げに見つめた。
(って、ブリジット、なんで普通に仕入れの商談に入ってるのですか? これもつんでれなんですよね?)
「社長はいるかしら? ヴァイシャリーから来たのよ、遥々ね。評判の寝具をヴァイシャリーの実家パウエル商会でも仕入販売できないか……そう、最高の寝具をヴァイシャリーの富裕層に売り込めるチャンスだからね。
 ほら、分かるでしょ? 私も、工場見せてもらませんでしたで実家に帰る訳にはちょっといかないのよ、別に企業秘密に関わる部分まで見せろとは言わないから」
 舞はブリジットの後を追い、一歩下がったところで立ち止まった。
(妙に工場に拘っているみたいですけど、工場に何かあるんでしょうか。もしかして私の推理が正しかった、とか)
「社長は今不在でして。……工場見学は、企業秘密に関わりますので」
 呼ばれて出てきた責任者は、そう説明した。
「ここの作業でしたらお見せできますが」
「うーん、布団ってそもそもの材料の質が大事だからね。店でどこまで徹底して作業しているかはもちろん、工場の品質管理体制も見ておきたいな」
 口を挟んだのは生徒会副会長の鳥丘 ヨル(とりおか・よる)だ。
 隣には会計の村上 琴理(むらかみ・ことり)とそのパートナーである商人見習い・フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)の姿もある。
「綿はどこでどんな栽培をされたのか、羽毛は何の生き物でどんなふうに育てられたのか。収穫後の保管方法は?」
 矢継ぎ早に言われて、責任者は頭をかく。
「なかなか厳しいですね」
「百合園に納入したいっていう話だったけど、お嬢様たちはただの高級品は見慣れてるんだよね。ほら、取引成立したら大口のお客様、だと思うけどなぁ」
「布団は肌に直接触れるものです。実習や寮に使うのにもそうですけれど、客用布団に万一のことがあれば私たちの信用問題に関わりますから。
 加えて、百合園女学院のお客様となれば、貴族の方もいらっしゃいます」
「綿は勿論、羽毛は、元となる鳥の生育環境によって有意な差がでます。生きているのですから同様の質のものを大量に生産できる保証はないはずでは? 鳥の種類、飼育日数、飼料、寝床、採取方法、気候──」
 琴理の台詞に、フェルナンが急ごしらえで用意した分厚い資料をめくると、店長はちょっと虚を突かれたような顔をした。
 実はその中身は三分の二程がどうでもいい内容のコピーで……つまり、ハッタリだったけれど。
 ──ここは、ヴァイシャリーでもシャンバラでもない。交易の商人たちが支配する都市で、ヨルが欲しかった工場見学の許可証は、ラズィーヤや百合園女学院の影響から遠いところにある。
 しかも、相手は工場を見せたくない理由があるらしい。無理やり発行させるわけにいかない以上、なるべく穏便に見学できれば次の足掛かりになると思うのだが……。
「困りましたね……工場の見学は、すぐという訳には……。確認を取った後、後日見学の日時を指定させていただいて、お見せできるところまで……ということになるかと思います」
「店長さんでも決められないの?」
「いいえ、私はここの販売の責任者ですが店長ではありません。他に技術者のリーダーはいますが、彼も工場には入れないんですよ。
 新商品の開発が始まってから、店長と副店長がその秘密が漏れるのをひどく気にしていまして、工場や材料輸送どころか、傭兵を雇って自分たちの送り迎えの護衛をさせているくらいです」
 それじゃあ後日、と約束だけはして、百合園生たちは作業場の方に入れてもらった。