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リアクション
『おや、この展開は……?』
例年豊作のこの農場だが、今年は例年と異なる現象が起きているという。
それは果実を収穫する人が、普段は思い出すこともなかった過去を唐突に思い出し、懐かしい気分に浸ったり、あるいは思いを新たにするのだという。
(……おや? ここは……どこでしょう。確か私は、ノーバさんと一緒に果実狩りに来ていたはずですが……)
目を開けて広がる、どこともつかぬ景色に鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)が訝しんでいると、前方に白い靄が浮かび上がる。それは人の姿をしているものの曖昧で、まるで誰だか分かりようがなかったが、吹笛はその人影が誰であるかに見当がついていた。
「ねえ、あたしのこと、覚えてる?」
話しかけてくる人影に、吹笛は頷く。そう、彼女は……かつての『同志』。
(私は元々、世界樹を人工的に生み出す秘儀を編み出そうとパラミタへ来た。そして探求の過程で同志である親友を喪った。
私の野心は一生を懸ける覚悟の悲願へ昇華した。……けれど、新たな出会いや儚く尊い平和な日々の中で、私は悲願を心の片隅に封じかけていた……)
それがこうして思い出されたのは、『未来から来た世界樹』、彼らが存在していた未来の話を耳にしたからだろうか。無数の世界樹が生み出される世界、それは吹笛が悲願としていたものと一致する。
「死に際に『一生懸けて夢を遂げる』って言ってくれたじゃない。
それが何? 今の吹笛は……まるで腑抜けてる」
彼女に言われ、吹笛は久しく思い出すことのなかった感情に触れる。
「二人ならどの様な大業も為せる、そして私達は世界の枠をも越えた万人の幸福に繋がる術を求めている。
――あなたがいた頃は、それが真実と信じて疑いませんでした」
言葉にすれば、確かにあの頃の自分はそう思っていた、そんな確信が湧いてくる。
「人の手で世界樹を生む秘儀……編み出せばあたし達は計り知れない栄誉を得るし、人々の利益にもなる。
秘儀が招くそんな未来を、あなたは信じられなくなったの? あたしとの誓いを忘れたの?」
影が震え、少しずつ遠ざかっていく。
「いいえ、忘れてなどいません。ただ……大切にしまっていただけです」
吹笛は駆け出し、遠ざかる影へ手を伸ばす。
「今度こそ忘れません……人の未来を拓く。そしてあなたを英傑にする」
「うん……忘れないで。吹笛が忘れなければ、あたしは吹笛の中でいつまでも生きていられる。
二人でもう一度、悲願を果たそう」
――と、景色が晴れ、白い靄がもぞもぞと動き、ノーバ・ブルー・カーバンクル(のーば・ぶるーかーばんくる)が顔を出す。
「あ、よく考えたら私に、その様な悲願を掲げた過去はありませんでしたな」
「そう言えばあたしも、幻でも亡霊でもなかったっけ」
そして二人は、何事もなかったように果実狩りを再開する。
『過去を懐かしみ、現在と未来に繋げる』
(またここで、果実狩り……うん、懐かしいな。あの頃はまだ、羽純くんとは会ってもいなかったんだよね……)
横を歩く月崎 羽純(つきざき・はすみ)を見上げ、遠野 歌菜(とおの・かな)が懐かしい気分に浸る。そのまま腕を取って身を寄せれば、素っ気なく応じてるようでちゃんと歩幅を合わせてくれることに、嬉しくなる。
「前にここ来た時は、イルミンスールと蒼空学園でバトルロワイヤルな果実狩りだったんだよ」
「そうか……それは、大変だったんじゃないか?」
イルミンスールと蒼空学園の抗争(そんな血生臭いものではないが)は、現在は両校の校長が大人しくなったため過去の話となったものの、当時はしょっちゅう繰り広げられていた。……とはいえこの時期のは言うなればバカ騒ぎ的なノリも含まれていたのだが。
「ふふっ、確かに大変だったけど……でも、それはそれで楽しかったんだよ? いざ勝負! って感じで。
……そうだ! 私と羽純くんで勝負してみる?」
取っていた腕を離し、どうかな? と顔を向けてくる歌菜へ、羽純は首を横に振って答える。
「却下だ」
「えー、ノリ悪いなも〜」
拗ねながら近付いてくる歌菜の肩に腕を回して引き寄せて、羽純が耳元で囁くように言う。
「……俺は歌菜と一緒が、いい」
「っ……、うん、私も一緒。羽純くんと協力した方が、何より楽しい」
身を寄せてくる歌菜の温かさを感じながら、羽純が口にする。「過去の思い出話が聞きたい」と。「歌菜と、思い出の共有がしたい」と。
「うん……私も、話したい。聞いてくれるかな?」
そして、歌菜が羽純と出会う前の思い出を語り出す。
様々な出来事、幾多のものとの出会いと別れを。
「過去はとても大切で、時に忘れ難いものだけど……。
現在と未来を、私達は見つめて歩いて行こう。……そう、思うんだ」
締めくくりにそんな言葉を口にして、歌菜が胸に手を当て、羽純の目を真っ直ぐに見て言う。
「これからもよろしくね。私の大好きな旦那様」
「……、あぁ、よろしくな。歌菜」
当人たちはもちろん、それを見ている人がいたら悶え苦しんでしまうような時間が流れて、歌菜がくるり、と振り向き、
「あー、何だか歌いたくなっちゃった!」
パンッ、魔法少女へ変身を果たす。
「マジカル☆カナの果実狩りLIVE♪ 果実さんも一緒に、みんなで踊ろう♪」
歌菜の呼びかけに、実っていた果実の一部がポンッ、と弾け、小さな女の子の姿を取る。その他の果実も何やら楽しげに、木の上でスイングをしていた。
「まったく……唐突だな」
苦笑しながら、羽純も愛用のエレキギター『月下美人』を構え、軽快なサウンドを響かせる。
(皆の……歌菜の笑顔を見るのは、悪くない。
そして今日という日がいつか振り返って、幸せな思い出になる……)
それは『良いな』、そう思いながら演奏を始める羽純のサウンドに乗せ、歌菜の歌声が響く。
準備はOK?
君次第で 世界はバラ色に変わるよ
それは夢の果実
私と君で 奏でる夢のハーモニー
So Delicious☆
『デートですよ! デート!』
「な、伊織とセリシアがでーとじゃと? 姿が見えぬと思ったらそのようなこととは、何とも楽しそうではないか」
起き抜けにサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)から「お嬢様はセリシア様と果実狩りに出かけられました」と聞かされたサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)が、羨ましげに地団駄を踏む。
「我を置いて行くとは、我はパートナーなのじゃぞ。我も楽しみたいじゃー。
……という事でベディよ。我らも行くぞ、果実狩りじゃ」
「ええ、そう仰られると思い、既に準備は整えてございます」
ベディヴィエールの傍らには果実狩りに必要な道具一式の他、何故かビデオカメラが置かれていた。
「おぉ、流石べディ、心得ておるな」
「はい。折角のお嬢様の記念ですので」
思惑が一致した二人が、どことなく妖しげな笑みを浮かべる――。
「果実が人の姿になっちゃうって、それってアリなんでしょーか」
「ふふ、聞いた時はびっくりしましたね。でもほんの一部のことみたいで、そこは安心出来ますね。
もし全部がそうなっていたら、賑やかでしょうけど大変そうです」
「はわわ、それ絶対ホラーですってばー」
枝に実る葡萄を収穫しつつ、セリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)の言った言葉に土方 伊織(ひじかた・いおり)が頭を抱える。
「はうぅ、僕の周りはいつも厄介ごとばかりなのですぅ」
「そうですね。果実が人の姿を取ったのも、ミーナさんとコロンさんの話ではイルミンスール絡みとの事ですし。伊織さんは気苦労が絶えませんね」
自分を心配するような表情を向けられ、伊織はちょっと申し訳ない気持ちになる。
「と、とにかく今日は、果実狩りを楽しむのです。セリシアさんとその、で、でーとなのですし」
気持ちを切り替えつつ伊織が口にすれば、セリシアの顔に笑顔が戻る。
「私も、伊織さんとのデート、楽しみにしてました。
今日はたくさん、素敵な思い出を作りましょうね」
「……、は、はいなのです」
「セリシアめ、我が妹ながら恐ろしい。今ので完全に伊織を骨抜きにしおった」
「セリシア様は純粋であられますから。こちらとしましてはとてもよいお顔が収められましたので、満足でございます」
そんな二人の様子を、木の陰からサティナとベディヴィエールが盗撮……もとい、見守っていた。
「お二人だけでは些か、危険が有った場合対処ができないでしょう。
ですので及ばずながら不肖このベディヴィエール、お嬢様方に危険が及ばないように周辺の安全を確認しつつ陰ながら御守り致しますわ」
そう言いつつもカメラを回すのを忘れないベディヴィエール、ちょっと言葉に説得力がなかった。
「言葉はいいよう、じゃな。さて、二人が離れてしまった、我らも後を追うぞ……ん?」
二人の後を追おうとしたサティナが、とんとん、と背中をつつかれる感覚に振り返れば、可愛らしい幼女がえへ、と笑っていた。漂う甘酸っぱい香りに、この子が話に聞く『人の姿を取った果実』だと思い至る。
「む、こ奴らが人の姿を取った果実か。非常に興味深い……食べてしまっても構わんのかの?」
「それは少々……これほど精巧に人の姿を取っておいでですので――あっ?」
食べる気満々のサティナをベディヴィエールが窘めようとして、頭上から伸びてきた枝にビデオカメラを奪われてしまう。
「お、おぉ? なんじゃこりゃ!?」
枝はサティナの両腕に伸び、ぐるぐると巻き付く。自由を奪われたサティナが振りほどこうとすると、どこからか毬栗が飛んできて頭に刺さる。
「ぬあっ! な、何をする!」
声をあげるサティナへ、幼女は指を立て、「めっ」と言った。
「……どうやら、私達のしていることを咎めに来たようですわ」
「むむむ……もしやセリシアではあるまいな? 本当に恐ろしい……」
歯噛みするサティナを見、ベディヴィエールはまぁ、お嬢様が幸せならそれは喜ばしいこと、と思うのであった。
(お姉様、べディさん、ごめんなさい。後で謝りますから、今は伊織さんと二人きりで楽しませてください)
「? どうしましたか、セリシアさん?」
心に謝罪の言葉を浮かべたセリシアが、伊織に呼ばれて意識を振り向ける。
「いえ、何でもありません。ほら見てください、こんなに大きな粒」
言ってセリシアが、伊織の口元に葡萄の粒を差し出す。反射的に伊織が葡萄を口にすれば、甘酸っぱい果汁が満たす。
「ちょっとすっぱくて、あまくておいしーです。
……って、な、何をしちゃいましたかー?」
反射的にとはいえ自分のしてしまったことに、伊織が頭を抱えていると、セリシアがさらに動揺させる言葉を放つ。
「今度は私に、食べさせてください♪」
「は、はわわ。セリシアさん、僕で遊んでますねー」
何となくセリシアのことが分かってきたような気がしながら、少し前かがみで口を突き出してくるセリシアの求めを無視できなくて、伊織は葡萄の粒をセリシアの口元へ持っていく。
「ん……、うん、美味しい♪」
満面の笑みを浮かべるセリシアを見て、伊織は恥ずかしさで顔を真っ赤にしつつ、幸せを感じるのであった。
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