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誰が為の宝

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誰が為の宝

リアクション

 
「アイシァ……ねえ、アイシァ」
 ぐったりしているアイシァの体に縋り付いて、ウィニカがうわ言のように名を呼んた。
「アイシァ……やだよ、もう、こんなことはイヤだよ、アイシァ……」
 今まで張りつめていたものが切れてしまったように、ウィニカはほろぽと涙を零していた。
「だから、帰れって言ったのに。あたしなんかと一緒にいるから、あんたまで……アイシァ……」

 自分の名を呼ぶ声がして、アイシァは意識を取り戻した。
 そのとたん、全身を痛みが襲った。
 あたし、どうなったんだろう。
 ウィニカは。
 ウィニカはどうしたんだろう。
 誰かが泣いてる。

 ……ウィニカが、泣いてる。

 ようやくアイシァは、泣きながら自分を呼んでいるのがウィニカだと気がついた。

 大丈夫だよ、って言わなくちゃ。

 そう思ったが、声が出ない。
 手を伸ばそうとしたが、力が入らない。
 その手に、ふいにひんやりしたものが触れた。
 視線を向けると、ぼやけた視界の中に、ナースの着ぐるみを着たゆるスターが、つぶらな瞳を瞬かせてアイシァを覗き込んでいるのが見えた。
 治癒魔術の効果か、苦しかった息がふいに楽になった。
 パニックを起こしかけていた意識も、不思議に落ち着きを取り戻す。
「ゆっくり息をして……大丈夫、焦らないで」
 誰かの声がする。
 焦らないで。
 それは神崎 零(かんざき・れい)の声だったのだが、アイシァは声もなく、ぼんやりと目に映る長い焦茶色髪の優しい瞳の少女に緯線を向けた。
 微笑んで頷く、その表情に励まされたように、静かに深く息をして心と体のパニックを鎮めると、ようやく、ほっと短い息をついた。
 それから、体に力を入れる。
 全身が少し強ばっていたが、痛みはない。
 アイシァは身を起こした。
「……アイシァ!」
 傍らに膝をついたままで声を上げるウィニカに、アイシァは微笑みかけた。
「だいじょぶだよ、ウィニカ。ほら、あたし。なんともないもん」
「なんともなくなんて、ないじゃない!」
 泣き出しそうな声でウィニカが言う。確かに、着ていた服がかなり血と泥に汚れている。
 しかしアイシァは微笑んだ。
「なんともないよ。それに……あたしにもウィニカが守れたんだ。それが、すっごく嬉しいよ」
「あたしは嬉しくない!」
 ウィニカの言葉に、アイシァの表情が一瞬、哀し気に曇る。
 しかし、ウィニカは両腕を伸ばすと、アイシァの小さな体をそっと抱きしめた。
「嬉しくないよ……あたしのために、アイシァにまで何かあったら……」
 そこまで言って、言葉を切る。
 何かを堪えるように、歯を食いしばってぎゅっと目をつぶる。
 そして、絞り出すように言った。
「アイシァ……あたしをひとりぼっちにしないで」
「……ウィニカ」

 ウィニカが、あたしを呼んでくれた。必要として……くれた?

 ウィニカの胸に顔を埋めたまま、ぼんやりそんなことを思っていると、誰かの声がした。
「安心して。肩をかすっただけだから、怪我はたいしたことないわ。ただ、少し出血したから」
 応急手当を終えた零が、縋るような目を自分に向けるウィニカの気持ちをほぐすように微笑んだ。
「無理はさせないでね」
「うん……ありがとう」
 ウィニカが神妙な顔で頭を下げる。
 アイシァも慌てて頭を下げ、ふと、さっきから手元に触れているものに視線を落とした。
「えっと……君……」
 さっきから自分の手にしがみついたままのナース姿のゆるスターだ。
 ゆるスターはちょっと小首を傾げ、大丈夫?と聞くようにアイシァを見つめている。
 思わずアイシァが微笑むと、ぺしぺし、とアイシァの手を叩いてから、とんと地面に飛び降りた。
 そして、ごった返す人の足元をすり抜け、天音の足元にとてとてと駆け寄った。
「……あれ、スピカ」
 天音が気がついてそう呼び、ちらっとアイシァに視線を向ける。それから、ちょっと微笑むと、ゆるスターを抱え上げた。
 スピカと呼ばれたゆるスターは、天音の腕に嬉しそうに抱きつく。
 緊迫した雰囲気に似合わないその様子が、不思議とアイシァをホッとさせた。


「……さて」
 少し離れて様子を見守っていたアリーセが、小さく呟いた。
「これで、イレギュラーな問題は解決したと考えていいのかしら」
「民間人の保護の件?」
 同じく、成り行きを見守っていた彩羽が聞き返す。
「それなら、一応一件落着みたいだけど」
「……他に何か?」
 怪訝な顔をするアリーセに、彩羽は黙ってウィニカ達の方を指す。
 ウィニカの傍で、力づける様に語り掛けている神崎零。
 アイシァの世話を焼きながら、今後の方針を話し合っているルカルカとセレン。
 ファニと飛都、それにケヴィンは、機晶石の特性と「女王」への影響について、額を寄せあってディスカッション中だ。
「ああ……もしかして、ウィニカのために機晶石を手に入れるミッションが本格的に始まっちゃった訳ね」
「みたいね」
 苦笑まじりの彩羽の返答に、アリーセはため息をついて片手で額を覆った。
「……契約者がお人好しなのは、今に始まったことじゃないけど」
 ぼやくアリーセの横顔に、彩羽はちらっと皮肉めいた視線を向ける。
(……その人の良さを利用してるのが、あなたたち軍人じゃないんですか?)
 喉元まで出かかった言葉を、辛うじて飲み込む。
「……何?」
「いえ、何でも」
(今、言っても始まらないか)
 彩羽は意味ありげに肩をすくめ、ウィニカと人のいい契約者たちに目をやって言った。
「とにかく、このミッションを無事成功させましょう」