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リアクション
脚部のダッシュローラーを唸らせて、アーマード レッド(あーまーど・れっど)は横道に滑り込んだ。
岩肌に貼り付いていた甲虫が、ざわざわという音だけ残して潮が引くように姿を消す。
レッドはモーターを切ってその場に停止し、自身の駆動音を最低限に抑えた。
そして、人でいえば息を潜めて耳を澄ますように、レーダーの反射波に神経を集中する。
そして、逃げ去ったものよりも遙かに巨大な「物体」の接近を確認した。
「……大型モンスター、接近ヲ確認」
電子音混りの声で告げる。
「作戦、開始スル」
大型重量級機晶姫である自分の装甲と火力が役に立つと判断して、レッドは囮の役を買って出たのだ。
姿を消したパートナーエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)を救う為に、こうして捜索資金を稼いでいるレッドだが……敢えて危険な任務に就き、己を鍛えることも大切な目的だ。
まさに自分にうってつけの任務だ……と、レッドは思った。
本部からの情報は正確だった。
予測と数秒の誤差で、レッドは目的のモンスターの群れの斥候と遭遇した。
「目標確認、大型モンスター一体」
チャンネルをオープンにして報告する。大型アサルトライフルを構え、照準を合わせながら駆動系、コントロールシステムをチェックする。
チェック終了とともに、照準がロックされた。
「システム、オールグリーン。攻撃開始シマス」
僅かな反動。
命中を確認したが、モンスターには大したダメージは与えていない。
レッドは敵の装甲の強度を演算、再びライフルを撃った。
二発、三発。
四発目を撃つタイミングで、誘導機雷を打ち込む。
ライフルに挑発されて突撃しようとしたモンスターの正面で、機雷が爆発した。
「着弾、確認」
センサーを切り替え、立ち込める砂煙の中からモンスターを捉える。僅かに昼んで動きを止めたその隙を逃さず、レッドは一気に接近し、シールドアタックをかけた。
重装甲同士の激突に、周囲の岩が弾け飛び、火花が散った。
レッドはその衝撃の反動を利用して、一気に退く。
地響きを立ててモンスターが背後の岩に倒れ込んだ。怒り狂うように実をよじり、その岩を砕いて暴れるモンスターの様を、レッドは冷静に観察する。
突然、砂塵と硝煙の立ち込める空気を震わせて、モンスターが叫び声をあげた。
甲虫の警戒音に良く似た、耳障りな叫び声。
レッドはどこか満足げにそれを確認すると、ライフルのエネルギー再充填を開始した。
「陽動成功!」
息を詰めてレーダーを睨みつけていた飛都が弾んだ声を上げた。
「敵の群れが、移動を始めたぜ」
「了解。……セレン隊、行って下さい」
『OK、行動開始する!』
アリーセの合図に、セレンが答えた。
◇ ◇ ◇
「OK、トラップの類いは無し」
両手に構えていた【シュヴァルツ】【ヴァイス】を下ろして。セレンは僅かに緊張を解く。
背後にはウィニカとアイシァ、それにケヴィン・フォークナー(けびん・ふぉーくなー)、玖純 飛都(くすみ・ひさと)、天貴彩羽が、技術者として「機晶石」を捜索、調査する為に待機している。
そしてセレンとセレアナ、ルカルカ、榊朝斗とルシェンとアイビスが、彼らの護衛としてその場に残っていた。
戦闘の状況次第では、調査に掛けられる時間が限られる可能性もある。
もちろん確実に「女王」を仕留めた上でじっくり調査できるに越したことはないが、現状で、それができる保証はない。
「女王個体のパワー、やっぱり通常のイレイザー・スポーンじゃないわね」
刻々と入って来る戦闘データを解析しながら、彩羽がつぶやく。
「とすると……やはり「特殊な機晶石」から何らかのエネルギーを取り込んでる可能性が高いか」
ケヴィンが顔をしかめて応じた。
どんなパワーを持つ特殊な石であれ、エネルギー自体は有限だ。
今までどれだけのエネルギーを吸って来たのかもわからないが、この戦闘が長引けば、当然その影響も出るだろう。
「どの程度の鉱脈かにもよるけど、場合によっては……」
彩羽が考え込むように言葉を切る。
……それはつまり、「特殊な機晶石」の無力化という結果も考えられるということだ。
ケヴィンが、この件に興味を示さないセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)を置いて単独ででも参加したのは、やはり「特殊な機晶石」への興味に寄るところが大きい。
無鉄砲な半人前の後輩アーティフィサー、ウィニカの事情を知って、尚更、お宝を無傷で手に入れて調査したいという気持ちは強まっていた。
「嫌な感じだな。少しでも近づいておいた方がいいんだが……隙はありそうか?」
彩羽の手元のHCのデータを覗き込んでいる朝斗に声をかける。朝斗は小さく唸って、セレンを見た。
「前方の小グループを抜ければ、かなり近づけると思うんだけど。どうだろう」
「んー」
[殺気看破]で敵の気配を読みながら、セレンも唸る。
こちらの戦闘力で潰せない敵ではないが、こちらの消耗は避けられない。
まだ今の時点での消耗は避けたかった。
と、すれば……。
「OK、やってみましょ」
「……セレン?」
問いかけるようなセレアナの視線に、セレンが微笑む。
「あたしが囮になって、右の道に誘い込む。あそこは岩で道が狭まってるから、ヤツらはまとめて飛び出しては来られないわ」
そして、朝斗に視線を移す。
「1、2匹ずつ近づいて来ることになるから、そいつらを狙い撃ちに……できるわね?」
「もちろん」
朝斗はちょっと胸を反らして、
「囮の手伝いもできるよ。【ミラージュ】の幻影は、その手の任務には有効だよ」
子供っぽく見える顔に自信をのぞかせるように、笑顔を見せる。セレンも満足そうに笑った。
「OK、頼むわ」
「じゃ、ルカルカがみんなを守って進むね」
アイシァのことが気になるのか、その傍らを離れなかったルカルカ・ルーが口を開くと、セレンは頷いた。
「頼むわ。……あ、セレアナもお願い」
「了解」
「……えっ」
息を潜めるように黙っていたアイシァが、小さく声を零した。
「じゃ……GO!」
声とともにセレンの靴が地面を蹴る。
足場の悪さもものともせず、あっという間に岩の間に姿を消すと、間髪を入れず、奥から銃声が響いた。
「来るよ!」
短く言って朝斗が身構える。
再び岩の間から、セレンが肉食獣のようなしなやかな動きで飛び出して来る。
【ポイントシフト】でそのすぐ横に跳躍した朝斗は、セレンが駆け抜けた瞬間のタイミングを計り、【ミラージュ】を発動させた。
計画通りセレンを追って来たモンスターは、他愛もなく幻惑された。
幻影めがけて襲いかかるようにバラバラに暴れ出し、岩に引っかかったモンスターとそこに突っ込もうとするモンスターで同士討ちが始まる。
それを見計らうように、セレアナが叫んだ。
「……OK、みんな、左の道に飛び込んで!」
「は、はいっ」
「了解っ」
口々に言って、一斉に飛び出す。
スピードについて行けず、足をもつれさせたアイシァをルカルカが横からさりげなく支える。
「大丈夫、落ち着いて」
「は、はいっ」
駆け抜ける背後で、ルシェンが破裂の気合いとともにランスを横に凪ぎ払った。
「……あ。まずい」
振り抜く寸前で力を抑えたが、間に合わない。
ランスの切っ先は空間を切り裂き、その振動はソニックブレードとなって岩の間から溢れるように這い出て来るモンスターを吹き飛ばした。
そして……モンスターだけでなく、モンスターを止めていた岩も粉々に砕いてしまったのだ。
「す、すみませんっ」
「問題ない、弾幕で抑えるわよ!」
「まかせてください!」
アイビスが進み出て、六連ミサイルポッドのロックを解除した。
「弾幕張ります、退避願います」
短い警告だけで、前方で戦っていたメンバーがさっと後方に下がる。
一緒に前に出ようとするモンスターの足元を朝斗の操る『朧』が斬りつけ、動きを止める。
「掃射」
アイビスのミサイルが、次々にモンスターに向かって撃ち込まれる。
地響きがして、硝煙と砂煙が入り交じってもうもうと周囲に立ちこめる。
その間に、一番遅れていたアイシァもその傍らを駆け抜け、ルカルカに手を引かれるままにようやく岩に囲まれた安全地帯に駆け込んだ。
「アイシァ、大丈夫?」
転がり込むように、アイシァはその場に崩れ落ちた。
息が切れ、肺が空気を求めて悲鳴を上げているみたいだった。
みんなの足手まといにはなりたくない。そうは思っていても、体が着いて行かない。
助けたいと思ってるのに。
ウィニカの、力になりたいと、思ってるのに。
いちいち気遣う言葉を交わさなくても、相棒に背中を任せ、或はその背中を守る、この人たちのように。
それが、バートナーというものなのに。
……あなたなんか、何もできないくせに……!
煙で滲んだ涙が、溢れそうになる。
泣いてる場合じゃないのに。
立ち上がって、ウィニカの傍に行かなきゃだめなのに。
目をキツくつぶって、ぜいぜいと荒い息を繰り返すアイシァの背に、誰かがそっと触れて行った。
励まされるように、息を整える。
ようやく落ち着きを取り戻して目を開くと、ルカルカの背中が見えた。
……アイシァじゃないとできない事は沢山あるわ。
「うん、そうだね」
アイシァは小さく呟いた。
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