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暴走する機械と彫像の遺跡

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暴走する機械と彫像の遺跡

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■幕間:石女神と二体の機晶姫

 石女神の遺跡、その最深部には一体の巨大な彫像が存在する。
 壁から生えるように伸びた上半身は縄のようなもので固定されているようにも見える。左腕は地に埋まり、右腕は肘から先が折れていた。装飾品だろうか、薄いヴェールのようなものが額から後頭部にかけて波打つように形作られている。そのすべてが石だというのだから石工の技術の高さが窺えた。
「うっわ〜! すごいね。話には聞いてたけど本当に大きいよ!!」
「楽しそうねえ」
 名古屋 宗園(なごや・そうえん)は身体全体を使って楽しいをアピールしている及川 翠(おいかわ・みどり)の様子を眺めていた。
 見ていると疲れを感じるのは気のせいだろうか。
 彼女の背後、ゆったりとした足取りでミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は及川に近づくと告げた。
「嬉しいのは分かるけどもう少し静かにね。一応、調査の名目で来てるんだから」
「以前の調査では特になにも見当たらなかったそうじゃない。だったら……」
 と名古屋がそこまで言ったところでミリアが真正面から見つめてきた。
 思わずたじろいでしまう。
「駄目ですよ手抜きなんて。私も調査には期待していませんけど――」
 やっちまったというように名古屋はため息を吐いた。
 ミリアには逆らわない方が良いな、とその考えを新たにする。
「それで何をするのです?」
「もちろん探検だよ! この変な模様がたくさんある部屋をね」
 椿 更紗(つばき・さらさ)の問いに及川は即答した。
 違うでしょ、とミリアがたしなめる。
「それなら調査をしましょうか」
 椿は言うと辺りの様子を見て回る。
 それに促されるように及川と名古屋も行動を始めた。
 及川は駆け回っており、名古屋はけだるそうに歩いている。何とも対照的な姿であった。
「ここにも彫像いっぱいあるねえ!」
「走り回ったら危ないですから!!」
 どうやら及川は気になるものが見つかるとすぐに飛びつく性格のようだ。
 注意するミリアとのコンビはまるで姉妹のようである。
「仲が良くてなによりね。ふぅ……少し休もうかしら」
「さっき始めたばかりです。だめですよ?」
「更紗は真面目ねえ」
 めっ、と自分をたしなめる椿を眺める。
「私、なんか叱られてばかりね」
「それが嫌なら真面目に調べて……だから翠はもうちょっと落ち着きなさいって!」
 まだまだ喧騒は終わりそうになかった。

                                   ■

 彼女たちが調査を開始してからしばらくして、アニス・パラス(あにす・ぱらす)が姿を現した。
 何かが気になっている様子で、及川たちから隠れるように身を低くしながら石女神の前までやってきた。
「……なんだろう? アニス、この石像が気になる」
 彼女の手元、いつもなら騒がしく悲鳴を上げている野菜が今は物音ひとつ立てていない。まるで怯えているようだ。
「呼んでるような、何かを言いたそうな……う〜っ、何かモヤモヤする!!」
 何かを感じているのだが、それがなんなのか自分でもわからない。
 そんな様子が気になったのだろう。結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が声をかけた。
「大きいよねぇ。それに怖すぎるくらい綺麗、そう思わない?」
「――ひっ!?」
 驚いたのだろう。アニスは結崎から距離をとって様子を窺う。
 しまったなあ、という感じで結崎は頬を掻いた。
「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「……」
 アニスはどうやら結崎のことを警戒しているようだ。
 極度の人見知りなのかもしれない。そう判断を下した結崎は誰にともなく話し始めた。。
「それにしても、一番奥にある女性の彫像はなんで壁に埋まった感じになってるんでしょう? 私気になっちゃったから見て来ようっと」
(ちょっとわざとらしかったかな?)
 アニスを怯えさせないように出来るだけ近づかないようにしながら石女神の近くに向かう。
 彼女の視線の先には湖のように地下水が溜まった穴が広がっていた。その奥、壁に埋もれている石女神がこちらを見ている。
「遺跡の壁とつながっていて崩落の危険があり発掘を中断……ですか」
 近くに立てられた看板を読む。
 どうやら実際に壁に埋まっているようだ。
 石女神の周囲を右へ左へ何かないかと調べてみる。
「作った人の意図はなんでしょうか、それとも何か別の理由が……うぅ、なんか急に怖くなりました」
「そういった直感は大事にした方が良い」
 彼女の後ろ、石女神を見上げている男の姿がある。
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)だ。
 彼は結崎の隣まで歩いてくると周囲を見渡す。彼の視線は厳しく、何かを探しているようでもあった。
「どういう意味ですか?」
「この遺跡には彫刻や彫像が大量にある。それはここに来れば分かることだろう。だがそこには違和感がある。美術的な目的で展示されている様子はなかったし、神殿と考えるにしても、それならば最深部の女性像は壁に埋まる形ではなく普通の全身像であるべきではないのか?」
 アルツールは石女神を見つめながら言った。
 結崎も彼の告げる事実からこの遺跡の違和感を理解する。
「だとするとこの遺跡は……」
 彼女の言葉を代弁するようにアルツールが続けた。
「考えられるケースとしてまずあり得るのは、彫像や彫刻がゴーレムやガーゴイルの一種であり、遺跡を護るために配置されている可能性。この場合は遺跡の重要な何らかの奪取などをキーとして、一斉に動き出す可能性もある」
 だが前に一度調査が行われた際にそういったことが起きたという話は聞いていない。
 それはアルツールも知っていた。それでも考えてしまうのは講師としての思考だろうか。
「次に考えられるのが、何か危険なものが石化という形で封印されている可能性だ。他の彫刻だけならどこかに遺体が収められていて、その霊を慰めるために安置したとも考えられるが……」
 厳しい視線を石女神に向ける。
 それは危険なものに対する警戒のようなものだ。
「しかしこの女性像やこの部屋のありさまを見る限りでは危険な存在を石化させて最奥に封印した様にも取れる……」
 この部屋のありさま、と言われても結崎にはいまいちしっくりとこない様子だ。
 何がどうして危険な存在へと結びつくのかが分からない様子である。
「……これ『試した』のかも」
 アニスの言葉に二人が彼女を見やる。
 注目を浴びてしまい、慌ててアニスは部屋を後にした。
「悪いことをしたな」
「そのうち仲良くなれますよ。また会うかもしれませんし」
「そうだな……試す、か」
 アルツールはアニスが見ていた場所を調べる。
 そこには真新しい焼け焦げた跡が残っていた。
「誰かがここで何かをしていたらしいな」
「誰かって?」
「それはわからないが……古い焦げ跡ならこの部屋には無数に存在しているぞ」
「どこにあるんですか?」
 結崎が見回しても特におかしいところは見当たらない。
 変わった模様の描かれている部屋だ。広いということが気にはなるが。
「この模様。全てが――」
「湖の中になんかいるよーっ!!」
 告げる彼の言葉を遮るように及川の声が部屋に響いた。
 彼女の言葉に部屋にいた皆が皆、集まっていく。
 湖の奥、二つの彫像の姿がある。だがその色合いは彫像とは違い、光沢をともなっていた。
 金属製の彫像か、あるいは機晶姫の躯だ。

 最深部の部屋から帰る途中、アニスは呟いた。
「同じなんだ……ここにあるのみんな」
 それが何を意味するのか、アニス自身もわかってはいなかった。
 ただ記憶に残っているのは石女神の頭部だ。
「あの子、角が生えてた。腕も斬られてた」
 アニスはその姿に近しい存在をこの街の伝承で聞いたことがある。
 この街にいたというパラミタ古代種族、鬼だ。