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リアクション
プロローグ 闇から闇へ
そこは、空だった。
曇天の空に響くのは、雷鳴。
その空に浮遊するのは、巨大な竜の骨。
いや、それはスケルトンドラゴンだ。
かつては悪竜とも天雷竜とも呼ばれし、伝説の時代を生きた竜。
その名をフェイターン。
今では死骨竜と化したフェイターンに、かつての聡明な知恵も千里を見通した目も無い。
ただあるのは暴虐の行動の残滓と、それを元に組み込まれた行動パターンのみ。
全てを蹂躙する為に蘇ったそれは、飛来する三つの影を見ていた。
自分ほどではないが、明らかに人間を超える大きさの何か。
何を置いても最優先に殲滅すべきであろう戦力を持った何か。
地上を眼の無い眼で見下ろしていたフェイターンは、その視線を空中へと向けるのだった。
そこは、地下だった。
暗い地下の奥の、更に奥。
祭壇のような、棺のような台の上に一人の女性が俯いて座っている。
「……何と無様な事か。我が我で無くなるのが分かる。偉大なる女王よ、祖たるドニアザードよ。我は間違えたのか?」
誰も居ない部屋の中で、女性は無言のまま立ち上がる。
その顔には、今の瞬間まで浮かんでいた苦悩の色は全く無い。
「……いや、祖たるドニアザードはすでに我は超えた。女王の意思とて決まっておる」
その女性の名はドニアザード・アルグリッテ。
ドニアザードの部族の長にして、今代のドニアザード。
「すなわち、世界を制すべきも大英雄の名を冠するべきもシャフラザードではない。真なる大英雄は我等ドニアザードであったのだ」
その思考は、かつての彼女とは全く異なるもの。
水晶骨格によって身体を魔導生命体と変質させられた長は、その思考すら人間を超える生物としてのものに変質させていた。
英雄ドニアザード。
それは大英雄シャフラザードの妹にして、三十の英雄達の一人。
悪竜フェイターンとの戦いの果てに生き残り、兄と共に英雄の中の英雄として称えられしシボラの伝説。
そして。
その伝説の影で意識の変質に苦しむ兄を殺し大英雄の伝説を美しいままに封印した、悲しき英雄。
その血統と名を継ぐ長は今、かつて彼女が封印した真実を蘇らせようとしていた。
それは、自分を愛した部族の者達にすら本当の真実を語らなかった彼女の罪でもあるのだろう。
だが、唆した者が居なければどうだっただろう。
無知だった者に知識を与え、野望に油を注ぎ火をつけた者が居なければどうだっただろう。
その者はドニアザードの部族の村からは離れた何処かで、ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)とコアトル・スネークアヴァターラ(こあとる・すねーくあう゛ぁたーら)を見下ろしていた。
「なるほどな、俺が勝手だっつう意見には同調しよう。だが、お前の言う事には問題がある」
ガルデ・ラルネン。
理想追求機関ネバーランドの副機関長であるガルデの背後に控えるのは、数十を超える部下達の姿。
ガルデを処理するべく追ってきたローグには、勝算はあった。
追う前に確認していた戦力だけならば、充分に倒せるはずだったのだ。
その勝算が、ギフトであるコアトルだったのだが……。
だがそれ以上にガルデは底知れず、更には待機戦力まで用意していた。
流石に、一勢力となり得る戦力と戦えるだけの用意はローグとコアトルには無い。
「お前は、今この状況下で二つの対立しあっていた部族が手を取り合って次代の二人が英雄となる事が本当の理想だと言ったな。だがな?」
ガルデは耳をほじりながら、つまらなそうに呟く。
「だがな、最強でない奴以外が作った秩序なんぞに、何の意味がある。そんなもん、10年も持たん。ここの連中が証明してるだろうが」
「お前が作った秩序は違うとでも言うつもりか?」
ローグは退路を探しながら、そう投げかける。
この場では、少しの勝利の可能性すらない。
引くしかないのだ。
「今の俺じゃあ無理だな。だがまあ、そのうち出来るようになる。秩序を作るのも、保つのも力だ。俺は、その力になる」
ガルデが、その部下達が前に出る。
「ちっ……」
武器形態のコアトルを構えながら、ローグは背後の気配を探る。
そこにも、敵の気配。
突破できるか否か。
それを素早く計算するローグに、なおも声がかけられる。
「俺を追ってきた根性は認めてやる。だが、俺を狙うのはいただけねえ。しばらく動けないようにさせてもらうぜ?」
闇から闇へ。
これらは全て、舞台袖の物語。
今から紡がれる新たな大英雄の伝説の話の影に葬り去られる、小さな物語。
しかし、あるいは。
その新たな大英雄の伝説もまた、闇から闇へ。
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