イルミンスール魔法学校

リアクション

第9章　たまには休息を…エリドゥStory1

「修行のことは忘れて、思いきり楽しむわよ」
　砂浜に駆けでたセレンフィリティ・シャーレット（せれんふぃりてぃ・しゃーれっと）は、Tシャツを脱ぎ捨てて海に飛び込む。
「温いわね、ちょうどいい温度」
「―…もう冬だっていうのに。真夏みたいな気温よね、セレン」
「この前は泳げなかったから、めいっぱい泳がなきゃ！」
　パライバブルーのトライアングルビキニ姿になった彼女は、ばしゃばしゃ泳ぐ。
　まだ早朝だからか、海で遊んでいる者は2人しかいない。
　雪が積もったり、冷たい風が吹いたりする季節だから避寒にはちょうどよかった。
「ていうか、絶対ここにすると思ったわ」
　大はしゃぎする恋人の姿に、セレアナ・ミアキス（せれあな・みあきす）が嘆息する。
「ちゃんとアミダくじで決めたじゃないの」
「（どうだか…）」
　セレンフィリティが作ったアミダくじは、スタートとゴールがやけに多かった。
　おそらくその半分はここへ到達するものだったのだろう。
　それでは始めから結果が決まっていたようなものだった。
　恋人のアバウトさ加減に呆れていたが、こういうことに限っては目的を決めたら戦略に隙がない。
　荷造りはというと…。
　もちろん、全てといっていいほどセレアナに任せた。
「私はパラソルの下にいるから、セレンは遊んできていいわよ」
「せっかく遊びにきたのにつまらないこと言わないで。これは没収♪ていっ」
　セレアナが読もうとしているペーパーバックの小説を奪い取り、デッキチェアにポンと放り投げた。
「ほらこっちに来て」
「そんなに引っ張らないで、セレン」
「―…そりゃ！」
「きゃっ！？」
　波打ち際まで連れてこられたかと思うといきなり海水をかけられる。
「こら、セレンッ」
「悔しかったらかけてみたら？えいっ」
「ぅ！また……っ。やったわね…。せーれーん〜っ！！」
　甘めのパステルカラーのビキニがすっかり濡れてしまった。
「あははは、セレアナが怒ったー。…きゃふっ」
　怒る恋人の姿にセレンフィリティはきゃっきゃと大笑いする。
　だが、セレアナもやられてばかりではなかった。
　海水を顔面からかけられてしまう。
「こっちもおかえしするわよっ」
「―…ん〜っ！もうっ。だったら私も攻撃してやるわ。それ！！」
　最初は怒っていたセレアナだったが、恋人のとのじゃれあいが楽しくなってくる。
「そっちがそうくるなら…」
「どこからでも来なさい。かわしてあげるわ」
「ふっふっふ〜」
「な、何よ。その笑いは……」
「海水をかけると見せかけて、実はこっちが狙いだったり♪」
　目をキラリと輝かせ、かけかえしするマネをしてセレアナのパレオを捲る。
「こ、こらっ。何するのよ！！」
「いいじゃないの、スカートじゃないんだし。えー、パレオ捲られて恥ずかしいの？もっと捲っちゃうわよ」
「やめなさいよ、もうっ」
「冗談だって。真っ赤になっちゃって可愛いんだから。ねぇ、水中散歩しない？」
「そのためのゴーグルだったわけね。あっ、ちょ…ちょっと！」
　渡されたゴーグルを顔につけると、また恋人に引っ張られる。
　遠浅の海に潜った2人は、色鮮やかな魚と戯れる。
「（珊瑚はもっと深いところかしら？…ん、何？）」
　とんとんッとセレンフィリティに指で突っつかれ、彼女の視線の先へ目を向けると…。
「（黄緑色の珊瑚だわ、まだ小さいわね。え、今度は何かしら…）」
　指で突っついてきた恋人へ顔を向けると、“お腹がすいちゃった”というジェスチャーをしている。
　やれやれと思いつつ、空腹で水没されても困るため海から上がることにした。
　昼食にしよいうと海の家のカフェに行く。
「やばいわね。どれも食べたい…」
「どれにするの？セレン。上から終わりまでっていうのはナシね」
「肉と魚料理…どっちも捨てがたいわ。ライス系も食べたいし…」
　セレンフィリティは肉と魚料理の狭間で真剣に悩み、突如視界に入ったご飯ものにも誘惑される。
「あーもう、どっちも頼んでいいわよ」
「本当に！？…あのーっ、注文したいんだけど！」
　恋人の気が変わらないうちに、さっさと注文してしまおうと大声で店員を呼ぶ。
　メニューを指差していくつも頼んでしまう。
　テーブルに運ばれてきた料理は、セレアナ側のほうまで進入していた。
「お肉にトマトソースの味が染み込んでいて最高っ。魚のほうは…、中にいろいろ入っているわね」
「イカでそういうのがあったわよね」
「えぇ、輪切りじゃないけど。ライスもついてるわ。セレアナのパスタ、ちょうだい」
　許可をもらわずフォークでパスタを巻いて食べてしまう。
「へー、これもトマトソースね？豆とかいっぱい入ってて美味しい！」
「スパイスもいい感じだわ」
「はぁ〜…美味しかった」
「よくそんなに食べられるわね…」
　気づいたらテーブルの上には皿が山済みになっていた。
　そのためテラスにいる2人はかなり目立った。
「セレンって、太らないわよね？」
「教導団にいたらこの程度のカロリーはすぐに消費するのよ。眠くなっちゃった…くぅーくぅー…」
　お腹いっぱいになって満足したのか、セレンフィリティはテーブルの僅かなスペースに顔を乗せて眠ってしまった。
「やだ…ここで寝ないでよ。ちょっと…もう、セレン？…当分、目覚めそうにないわね」
　揺り起こそうとしてみるが、まったく起きる気配がない。
「（起きないなら、キス…しちゃうから）」
　無防備な寝姿を見せる恋人が目を覚まさないように、そっと唇を重ね合わせた。
　結局、セレンフィリティが起きたのは夕方だった。
　食事の会計を済ませるとお土産屋へ向かった。
「花の形をした指輪があるわよ、セレン」
「こっちは白珊瑚ね、なんか可愛い。これなんかポーチとか、お財布につけるといいかも。ねぇねぇ、これどう？」
　セレアナに花の形をした白珊瑚の根付を見せる。
「じゃあセレンは、こっちね」
「決まりね、買いに行こう」
　お土産を決めた2人はレジへ行く。
　会計を済ませてそれぞれ買ったものを交換する。
「つけてみようっと」
　コーラルブルーの珊瑚の根付をさっそくポーチにつける。
「いっぱい遊んで楽しかったわね。帰ろう、セレアナ」
　セレンフィリティはエリドゥの町を出て帰宅する。



「少し、早過ぎたか？」
　エリザベートに観光地のエリドゥの詳細メールをもらった武神　牙竜（たけがみ・がりゅう）は、気まぐれな想い人を待つ。
「牙竜！」
「セイニィ…来てくれたのか」
「別に…ヒマだったからよ。そっちがどうしてもって言うから、来てあげたの！」
　山猫のような目で牙竜を睨み、ツンッとした態度を取る。
　自分のお金を使う気なんてまったくないのか、ほぼ手ぶらだった。
「アイス、早く食べないと溶けそうだけど？」
「あー。じゃあこれ、あげる。残したら帰るから」
　セイニィは溶け始めているアイスを牙竜に無理やり渡す。
「ずっと外にいるって暑いし！」
　手で扇ぎながら彼に背を向ける。
　待たせてしまったと思って、買ってきたのだが素直には渡せない。
「ありがとう。美味しかったよ、セイニィ」
「べ、別に、あげるために買ったんじゃないんだからっ。溶けそうなアイスなんて、食べたくなかったからよ」
「この前、買ったバッグはどうしたんだい？」
「ぁあ、あれね。…汚れちゃったからキレイにしようと思ったんだけどね。なかなか元通りにならないの…」
　本当は新しいクマさんのバッグや、帽子でオシャレしてきたかった。
　泥が染みついているせいで持ってこれなかったのだった。
　そのため今日は仕方なく、ずっと前に買ったものを使っている。
「ここっていろいろなお店があるのね？いいな、可愛い…」
　セイニィはウィンドウ越しからショップを眺める。
「店の中に入ってみようか？」
「が…牙竜が、そう言うなら、行ってもいいんだけどっ。はぁ〜、こっちは欲しいものなんてないから面倒だわ」
　強請っているように見られるのがイヤなのか、ツンツンした態度を取る。
「行こうか、俺も見てみたいものがあるし」
　扉を開けた牙竜は、先にセイニィを店内に入れてあげる。
「涼しくっていいわね」
「はい、喉渇いただろ？」
　持ってきておいた冷たいジュースをセイニィに渡す。
「あ、ありがとう…」
「帽子も売ってるよ。可愛いよ、似合ってる」
　クマさん型の麦藁帽子をセイニィの頭に被せる。
「店員さん、これもらえる？」
　彼女が遠慮する前に買ってしまおうと、品物のレイアウトをしていた店員に代金を渡した。
「あ…あたし、欲しくなんてっ」
「これを俺が被っていたら変だろ？セイニィのほうが合ってるからあげるよ」
「（あたしが買ったのは、もう使えそうになかったし…、これもいいかも。……くれるって言うから、もらってあげなきゃね）」
　動物ミミつき帽子に手をやって、ちょっとだけ嬉しそうな顔を見せてしまった。
　ショッピングを楽しんでいた2人だったが、いつのまにか日が沈み始めていた。
　行くところがあるからセイニィは待ってて、と牙竜に言われ、ショップの椅子で待つ。
　実は牙竜も本当にショップへ用があったのだ。
　店を出るフリをして彼女に気づかれないように、品物を取りに行く。
「イメージ通りだな。よし…これをセイニィに……」
「その色、そんなに人気があるのかね？」
「あぁ…そうだと思うが？」
「変なお客さんが来てさ、大量に注文しようとしきたんだよ。もちろん、他の人に売る分がなくなっちまうから断ったんだけどな。しかも注文がかなり妙だったんだ」
「妙とは？」
「珊瑚入りのプリンを作ってくれってさ。なんか世界中のプリンを冷やしたいからだそうだが…。ホント、よく分からない人だったよ」
「その人の特徴は…」
「フードを被った黒ずくめのやつだったかな。顔が隠れていたし、女か男かまでは分からなかったが」
「（―…事件は解決したと聞いたはずだが。そんなやつがうろついているなんて妙だな。エリザベート校長に報告しておくか）」
　店員から聞いた話を纏めた牙竜はメールを送った。
「まずいな、急いで戻らないと！」
　長く待たせていると怒って帰ってしまうと思い、セイニィが待っているベンチへ急ぐ。
「お待たせ、セイニィ」
「あたしを置いてどこ行ってたの！」
「ここじゃ言えないから、海のほうに行こう」
　牙竜はセイニィの手を引いて海辺へ連れて行く。
　そこへ辿り着くと海は夕日の光を受けて、赤みがかったオレンジ色になっていた。
　水平線からこちらへ向かってくる小波のほうまで、オレンジ色のグラデーションに染まっている。
「今日、1日付き合ってくれたお礼をあげるよ」
　櫛形のかんざしを金色の髪につけてあげる。
「あなた…これを取りに行ってたの？」
「セイニィに似合うと思ってね。悪いことや、これが災いから守ってくれるように…」
　牙竜はエリドゥに到着した時に、ショップでオーダーメイド加工を頼んでおいたのだった。
　加工に使われた珊瑚の色は淡いピンク色。
　彼の思った通り、天使の肌と言われる美しい珊瑚のアクセサリーと、彼女の金糸の髪がよく合っている。
「何かあれば、これでセイニィのことが分かるかも…てさ」
「そ、そんな…。アクセサリーに凄い力なんてないしっ。あなたが気づいてくれるっていうなら…、まぁもらってあげてもいいけどねっ」
「天使のような笑顔に僅かに頬の赤み、俺は一番綺麗な珊瑚を見つけたよ…セイニィ、君だ」
「ぇ…ぇええ！？」
　耳元で囁かれた彼女は顔中真っ赤に染めた。



「念のため、お手紙を送っておいたけど…。ちゃんと来てるかな？」
　夕暮れにエリドゥに到着した終夏は、妖怪の少女・猫又を探す。
「あ、スーちゃんを呼び出しておかなきゃ」
「召喚するのですね、師匠！」
　シシルは魔方陣から呼び出す様子をじっくりと見る。
「こんばんは、スーちゃん」
「おりりんー！！」
　呼び出されたスーは終夏の背中に飛び乗る。
「私のパートナーを紹介するね」
「初めましてスーちゃん。シシルと言いますですようっ」
「あんたが、おりりんのパートナー？」
「仲良くしてあげてね」
「んー、わかったー。きょうはあそぶの？」
「そのつもりなんだけど。猫又さんが見当たらなくって…」
「師匠、三毛猫さんがいますですようっ」
　誰かを探しているのかきょろきょろと辺りを見回している、小さな子猫を発見した。
　その猫には尾が2本あった。
「猫又さん、こっちだよ！」
「おりゃがぁー、いたのにゃー」
「わわわぁ〜、小さいですねぇ！かわいいですようっ」
「にゃーはつかれたのにゃー！」
　抱っこを要求をしているのか、みゃーみゃー騒ぐ。
「シシルと言いますですようっ、猫又さん！」
「―…シール？」
「いえいえ、猫又さん。シシルですようっ」
「シィシルゥ…？シシル！」
「ちゃんと呼んでくれたましたね、嬉しいですようっ」
「猫又さん、私の名前は…？」
「お…おりゃがぁ」
「むー、おりりんだよー！」
「にゃぅ、むにゅぅ、おりーんって呼ぶにゃ！」
　猫又によって終夏に新たな呼び名が増えた。
「にゃーをはこぶにゃ、シィシールゥ」
　言えるようになったかと思ったが、また上手く言えなくなってしまった。
「はいっ、どうぞ♪」
　両手を広げると猫又はぴょんと飛び乗った。
「もふもふなのですようっ」
　すりすりと頬を寄せると柔らかい毛が心地よい。
「海の家に行こうか」
「おりーん、海って何なのにゃ？」
「フフッ。見てみれば分かるよ」
「ごっはん！ごっはん！えへへへ〜♪」
「ここまでくるのに時間かかちゃったし、お腹すいたよね」
　終夏はシシルと猫又を案内する。
「ほら、あれが海だよ」
「にゃーー。おっきー水溜りみたいにゃー」
「そこでご飯にしよう？」
　シシルの腕の中に納まっている猫又を撫でて海の家を指差す。
　店に入った彼女たちはメニューをテーブルに広げる。
「お魚料理もありますようっ」
「にゃーはこれがいいのにゃー」
　人の姿になった猫又はシシルの膝を独占している。
　2本の尾をぱたぱた揺らし、写真をぱしぱし叩く。
「サマックマッリ？猫又さんによくないのは、使わないでもらうように頼んであげますねぇ。…定員さん、この料理のこれとか抜いてほしいのですようっ」
　水を置きに来た店員にシシルが注文する。
「私は魚のバーベキューにしようかな」
「おにくも食べたいのにゃ」
「たまねぎとか入ってるからやめておいたほうがいいよ」
「むにゅー…」
「私の料理を分けてあげるから、それでいい？」
「にゃぁあ♪」
「スーちゃんは何がいい？」
「うねうね気になってるんだよねー」
　写真の横に書いてある材料名を見ると…。
「ええー、それはちょっと…」
　スネークという文字を発見してしまった。
「んーじゃあ、サラダ！」
「あとスープも頼んじゃおうか。バーベキューは2皿あればいいね。…えっとこれをお願いします」
　終夏もメニューを指差して注文する。
　しばらく待っていると…。
　テーブルに注文した料理が運ばれてきた。
「いただきますのにゃ♪」
「猫又さん、お魚の骨を取ってあげますねぇ」
「ありがとうにゃ。はみゅはみゅ…」
　丁寧に骨を取ってもらった魚を夢中で食べる。
「おいしーのにゃー」
「ほくほくですねぇ♪」
「スーちゃんもたくさん食べてね」
「おりりんたちって、こういう味のものを食べているんだねー？」
　終夏が食べている様子を見て、スーも真似して食べる。
「―…ふぅ、いっぱい食べたね。皆は外で待ってて」
　大皿は骨以外、残されていなかった。
　会計を済ませようとレジへ向かう。
「今日は楽しかったですようっ」
「ごちそーさまなのにゃ」
「うん、ごちそーさま。あ、おりりんがきたー」
「お待たせ！帰ろうか。猫又さん、また会おうね！」
　終夏は別れの手を振って帰った。