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リアクション
第二章
午後五時三十分。機晶都市ヒラニプラ郊外。廃ビル敷地。
「しかし、こんなところに人が住んでいるとは」
小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)はビルを見上げながら呟いた。
途中で工事が止まったせいか、不完全な部分がやたらと目を引く。不規則な形をしたビル、と表現しても良い。
おまけにビルの敷地は高いコンクリートの壁に囲まれているが、侵入するのは簡単だ。ご近所の子供達が秘密基地にしなかったのが奇跡と言えるぐらい、ひたすらに怪しい建物。
とても人が住めるような場所とは思えない、というのが秀幸の率直な感想だった。
「まぁ、今はそんな事はどうでもいいか」
秀幸は開けっ放しの入口を潜り抜け、比較的大きな玄関ホールへと入った。
床や素材が剥き出しのため、歩き難いことこの上なかったが、そんな些細なことは無視して奥へと進む。
やがて二階への階段に足をかけたとき、ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)が小暮に声をかけた。
「のう、小暮殿。聞きたいことがあるんじゃが」
「聞きたいこと?」
「そなたが何を考えておるのか、それが気になってのう」
「ああ、なるほど。なんの考えがあって、シエロ殿に会いに行っているのかってことか」
小暮は踊り場を超え、さらに階段を昇っていく。
「別に捕まえに行こうってわけじゃないよ」
二階に到着し、さらに階段を昇ろうとしたが、しかしそこから先が無かった。
まるで誰かに壊されたように崩壊している先の階段を見て、小暮は違和感は感じたが、とりあえず他の階段を探すことにした。
小暮を先頭にして、契約者たちがぞろぞろと二階の廊下を歩いていく。
「捕まえるわけではなく、なんの考えがあるのじゃ?」
ルファンは小暮の隣へ移動し、問いかけた。
「考えといっても、そんなに大したことじゃないんだ。
ただこれ以外に、自分はウィルコ殿を捕まえる方法が思いつかなかった」
「ほう……?」
「ウィルコ殿のことは事前に調べておいたんだけど、姉であるシエロ殿をとても大切にしているらしい。
たった一人の肉親なんだから当たり前なのかもしれない。だから、それを利用させてもらうしかないと思った」
「今の時点では、なにか非道なことをするように聞こえるぞ」
ルファンは苦笑いを浮かべ、つられたように小暮は苦い顔をした。
「……たしかに、シエロ殿にとって辛いことになるかもしれない」
小暮は静かな声で言葉を続ける。
「それでも、自分にはその方法しか思い浮かばなかったんだ」
「ふむ。それで、その方法とは一体どんな事なんじゃ?」
「それは――」
カツン、という足音。
通路の向こうからしてきたその音に、小暮は言葉を遮り、視線を投げかけた。
夕暮れの僅かな日差しが差し込む二階の廊下で、その足音の主は小暮から十メートルほど離れた先に立っていた。
「ニーハオ。これは不躾な団体さんだ」
東洋風の顔立ちをした眉目秀麗の男。
右目の下の刺青は目を引くが、それ以外は色男という点を除いて特にこれといった印象はない。強いてあげるとすれば、その両目から放たれる眼光が人一倍鋭いということぐらいだ。
「人様の家に寄るときはちゃんと手順を踏んでもらわないと」
ダオレンは肩を竦め、小暮を見た。
「それは失礼した。しかし、ここはそなたの家ではないじゃろう」
ルファンは小暮の一歩前に立ち、ダオレンと向かい合う。
「そりゃそうだけどね。まぁいいや。僕はダオレン。君は?」
「ルファン・クルーガじゃ」
「そっちのお嬢さんは?」
ダオレンはルファンと腕を組んでいるイリア・ヘラー(いりあ・へらー)に目をやった。
イリアはダオレンをまじまじと見つめたあと、なにかが気に入らなかったのだろう、ふんと顔をそっぽに向ける。
「これ、イリア。初対面の方にそんな態度はとるな」
「あーいいよ、気にしてないから」
薄い表情で契約者たちを見比べて、ダオレンは自動拳銃を抜いた。
全員に緊張が走る。
ダオレンは素知らぬ顔で言った。
「それで、君たちは何の用でこんな辺鄙なところに来たのかな?
理由によっては戦わせてもらうよ。ウィルコとの約束もあるしね」
「ウィルコとの約束?」
「ああ、誰も部屋に近づけるなって約束。シスコンで心配性な彼らしい頼みだよ。
要するに、僕は素性も目的も分からない君らを、彼のお姉さんに近づかせる気はないってことさ」
ダオレンは首を傾けた。
「で、僕は君たちが帰ってくれるとこれ以上ないぐらい嬉しいんだけど……どうかな?」
「そういうわけにはいかないのじゃ。わしらにもれっきとした理由があるからな」
「なら、それを教えてくれるかな?」
「いいだろう。よく聞くのじゃ」
ルファンは、ウィルコが連続殺人事件の犯人の疑いがあることを話した。
そして、そのためにシエロに接触したいという目的も。
ダオレンは一通りの情報を聞き、しばし逡巡したあと言い放つ。
「なるほど。けど、いまいち信用ならないな」
ダオレンは心底おかしそうにくすくすと笑った。
「ウィルコには、人とは違って『五感や記憶を奪う能力』がある。
しかも、用心深い性格である彼が、そんな目撃者を出すなんてイージーなミスをするわけがない」
「そうじゃな。わしも、その点では不可解に思っておるよ」
「でしょう。なら、なにかの間違いじゃない?」
「いいや、そうとも限らんよ」
ルファンはダオレンを見据えた。
「――匿名の目撃情報が、ウィルコを裏で操る人物のものだとしたら?」
見据えられたダオレンは、だけど、何の動揺も見せない。
「ん? なんでそんな推論が生まれたの?」
ダオレンの表情は、それでもいつもと変わらない。
「第一の理由は、ウィルコは動機がかけておるからじゃよ。
そして第二の理由は……匿名の目撃情報が、その人物からであれば全てが纏る」
ダオレンは反論せずに、ただルファンの言葉を待っている。
「考えてみて欲しい。
その人物が、ウィルコに殺人を依頼していたとしたら。そして、彼を陥れようとしていたら」
「でも、ならウィルコはなんでそんな人の依頼を受けているのかな?
人殺しに疲れた彼が、大金に目が眩んで自ら殺人を犯すようには思えないよ」
「そうじゃな。おそらく、ウィルコの目的は金ではないじゃろう」
「……というと?」
「これはわしの推論じゃが、姉の不知の病が関係しているように思えてならない。
たとえば……そうじゃな。その病に対する薬を報酬として、殺人を依頼されたという風に」
ルファンは言葉を続ける。
「したら、その人物は不知の病について何か知っていることとなるがな」
「そうだとしたら、そいつはウィルコを操作していて……今の状況は、そいつの予定通りというわけか」
ダオレンはあっさりとそんな事を言った。
ルファンの推論を否定したりはしない。
「勿論、それでなぜそやつが依頼をするのか、先ほどの推測も真実とは限らない。謎が多い。
しかし、その謎を解明した先に、解決する手だてがあるのではないか?」
ダオレンは俯き、押し黙った。沈黙が続く。
逡巡しているのだろうか。
ルファンはそう思ったが、小さい声が耳に届いた。
それは、よく聞くと押し殺すような笑い声だった。
「なるほどね。たしかにそうだ」
ダオレンは拳銃を降ろし、顔を上げる。
ルファンの顔を睨みつけるように、口角を上げて、笑っていた。
「壮大な仮説だ。面白いよ、それ。笑っちゃうぐらい面白いから乗ってあげる。
なんでも聞きなよ。
ウィルコの身近にいる人物として、どうせ僕がそいつじゃないかって疑いがかかっているんだろう?」
ダオレンが、明るい声でそんな事を言った。
(……穏便に、話し合いで終わるならそれでよいか)
ルファンがさらに聞き込みをしようとしたが、イリアに腕を引っ張られ中止。そっと耳打ちされる。
「駄目だよ、ダーリン。あいつはなにか嫌な感じがする。普通の神経を持っていると思っちゃいけない」
「……それはなぜじゃ?」
「イリアの経験上なんだけど……ああいう奴は人を人だとしか認識していない。
見下してもいないし、そもそも興味を持っていない。イリアたちが虫を虫だとしか認識しないように」
イリアは嫌悪感に満ちた様子でダオレンを横目に見つつ、いーっと威嚇した。
「イリアが大っ嫌いなタイプ。ダーリンも、あいつの異常さにはすぐ気づくよ」
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