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リアクション
機晶都市ヒラニプラ郊外。廃ビル。二階の廊下。
契約者たちは聞き込みをするが、ダオレンはどんな質問もはぐらかすだけだった。
「色々と胡散臭い事件だよねぇ……」
そして、今ダオレンと話をしているのは永井 託(ながい・たく)だ。
「へぇ、どうしてそう思うの?」
「犯人がわかっていて逮捕できないとか、そもそも匿名の目撃情報とか。
そして、最後に殺害許可、と……色々と作為的な気がするなぁ……むしろ消したいんじゃないかな、これ」
「でも、それは教導団が出したのであって、その依頼主とやらのせいじゃないよね」
「そうなんだけどねぇ。
元特殊部隊所属だったら色々表に出せないことを知っていそうだし……最後に一仕事させた後に消す……というシナリオがあったりするんじゃないかなぁ」
託はダオレンと視線を絡ませ、言葉を続ける。
「ということを考えたりしたんだけれどどうかな?」
「面白い仮説だとは思う。笑えるぐらいね」
相変わらず、ダオレンは尻尾を出さない。
託は長い息を吐くと、ダオレンの目をキッと睨んだ。
「まどろこっしいことは抜きにしようよ。
僕……いや、僕たちは君が今回の黒幕、あるいはそれに近いところにいるんじゃないかって考えてる」
「くく、証拠はあるんですか?」
嘲笑を含んだ視線でダオレンは託を見つめる。
だが、その視線に小暮が身を割り込み、鋭い目つきで見つめ返した。
「あるよ。さっき見つかった」
小暮が携帯を操作し、ハンズフリー機能をオンにした。
途端、携帯から大きな声が発せられる。それは、ルカルカによるものだった。
「やい、ダオレン! あなたの逮捕状はとれたからね!」
そして、ルカルカは今までの情報を大声で語り出した。
押収できた薬から、ダオレンの指紋が見つかったことを。
その薬を報酬として渡しているところを、サイコメトリで羽純が見たということを。
「ウィルコは単なる実行犯、本当に悪いのは貴方よ! ルカもすぐそっちに向かうからね! 覚悟しなさい!」
その言葉を最後に、ルカルカの電話は切れた。
契約者たちが各々の武器を構え、託はその先頭に立ち、ダオレンに言い放つ。
「てなわけだ。とりあえず、大人しく捕まってくれないかな?」
ダオレンは驚いて目を丸くし――そして、すーっと目を細めた。
瞳が喜びに満ちていく。
まるで、やっと見つけてくれたかと言わんばかりに。
「くく……ははっ……アハハハハハ」
この状況にそぐわない笑い声に、小暮は拳銃を素早くドロウ。
ダオレンの頭部に銃口を向けた。
「抵抗するな。抵抗すると、撃つ」
ダオレンは僅かな嘲りの色を見せながら笑い出す。
それがどうした、と言う様に。
小暮が銃口を向けたまま警戒を解かずにいると、不意に後ろから声が聞こえた。
「甘いですよ、小暮少尉」
小暮の背後からワイヤーが伸び、ダオレンの両手を絡み取る。
それを投げたのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だ。吹雪は情け容赦のない冷たい声で言った。
「こんな奴にはこのぐらいはしなくてはなりません」
それでも、両腕を拘束されたダオレンはくすくすと笑う。
「手荒だなぁ。教導団ってのはこんな人ばかりなのかな」
「余計な口を叩くなであります。手足の一本、おさらばすることになりますよ?」
「すごい剣幕だ。さすが、軍人って感じ」
軽口を叩くダオレンに、吹雪は手を一本切ろうとしたが、さすがにそれは小暮に止められる。
託は一歩前に出て、ダオレンに問いかける。
「それで、一つ聞きたいんだけど……君は、延命の薬を用意したんだよね」
ダオレンは託の言葉に耳を傾ける。
「原因不明の不治の病の薬を用意できるのはおかしいと思うんだけど。
もしかして、ダオレンさん……あなたがそもそもシエロさんに何かをして病気にしたんじゃないのかい?」
「鋭いねぇ……」
ダオレンはうれしそうに笑った。
「いいよ、隠すほどでもない。その通りだ。僕がシエロを病気にさせたのさ」
託の表情が、明らかな嫌悪で歪む。
ダオレンはそれを見て、不思議そうに首をかしげた。
「なんでそんなに怒るのかな? 君には、シエロのことなんかなにも関係ないじゃないか」
「たしかにそうだね。僕はシエロと会ったことなんてないし、ただの赤の他人だよ」
託は自分の感情の赴くまま、ダオレンの胸倉を掴む。怒りに満ちた目で睨んだ。
「こんなこけおどしに何の意味があるんだ?」
ダオレンは薄ら笑いを浮かべ、挑発するように首をかしげた。
託が腕を振り上げる。
だが、その腕は紫月 唯斗(しづき・ゆいと)によって掴まれた。
「止めておけ。今さら殴ったところで、どうにもなるわけじゃないさ」
「……そうだね」
託は腕を振り下ろし、ダオレンの胸倉から手を離した。
唯斗は踵を返す彼を見つめてから、ダオレンに視線を移した。
「俺も、おまえに聞きたいことがある」
「何でも聞きなよ。今さら、しらを切ってもあんまり意味はないし」
相変わらず余裕そうなダオレンに対して、唯斗は苛立たしげに舌打ちした。
「ちっ……おまえはなんでウィルコに接触するんだ?」
「なんで接触するか……か。教えてあげよう。僕は――彼を近くで観察したかったのさ」
その言葉に、唯斗はなにか違和感を感じた。
今まで感情などさして含んでいなかったダオレンの言葉だが――その言葉だけ、やけに色々な感情が含まれている気がしたからだ。
唯斗は違和感を覚えつつ、次の質問を発した。
「おまえの目的は?」
「目的かぁ……僕の目的はそうだなぁ……」
ダオレンは天井を見上げ、しばし逡巡してから、再び唯斗に視線を移した。
「心だよ、心。僕は空虚な心を満たすためにやっていたんだ」
唯斗は意味がさっぱり分からないその答えに、短い息を吐いた。
「オーケイ。お前の頭がおかしいことは分かった」
「ひどいなぁ。ちゃんと考えて答えたのに」
ダオレンはくすくすと笑う。
唯斗は頭を押さえ、呆れたように言った。
「そんなわけの分からない答え、考えて答えたなんて言わねぇよ」
「そりゃそうか。まぁ、別に理解できないならそれでもいいんだけど」
ダオレンは肩を小さく竦めると、ゆっくりと歩き始めた。
唯斗の横を通り過ぎ、自らを拘束するワイヤーを持つ吹雪のもとへ。
「……何のつもりですか?」
不審げな視線を無視し、ダオレンは顔を近づけた。吹雪の鼻に自分の鼻をくっつける。
「んふっ」
ダオレンの鼻にかかるような微笑みが、吹雪に隙を作った。彼女の意識を自分の顔に集中させ、その間に素早くポケットから携帯を漁る。
吹雪はやっとそれに気づき、ワイヤーを引っ張って携帯を床に落とさせた。
だが、ダオレンは自由な足でそれを蹴り上げ、両手で掴んだ。
「残念だったね」
ダオレンは微笑みを浮かべ、携帯のボタンを押した。
轟音。
閃光と火花が弾け、爆発が起こる。衝撃波が吹きつけ、ダオレンと吹雪が互いに反対側へ吹き飛んだ。
伸びたワイヤーがプツリと焼き切れる。
廊下に立ち込める爆煙の向こうから、声が投げかけられた。
「トルエンにニトロ基が三つ結合したトリニトロトルエン爆薬……まぁ、TNT火薬って言ったほうが早いかな?
秒速約六九百メートルほどの衝撃波と鋼の砕片に耐え切れるワイヤーなんてそうそうないよね。これで、僕は自由だ」
唯斗が窓を開けた。吹き込む風により煙が流され、ダオレンが姿を現す。
焦げ付いた服や破片によって焼け切れた皮膚を気にすることなく、携帯を掲げて薄気味の悪い微笑みを浮かべている。
「事前に用意しておいた僕なりの防衛計画だよ。
いい事を教えてあげよう。戦いってのは始まる前から勝敗が決まっている」
芝居がかった調子で両手広げつつ、もう一度ボタンを押した。
今度はダオレンの背中側から、膨大な熱量を誇る光の刃が発生。数十条の流星となって空中を疾走する。
「赤外線レーザーより近距離で破壊力を発揮する硬X線レーザーさ」
光の刃は壁や支柱を薄紙のごとく貫通し、契約者たちの体を焼け斬っていく。
吹雪は腕と足を切り裂かれながらも、無線を使って付近の高台で狙撃手として待機するコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)に連絡をとろうとした、が。
「そうはさせないよ」
ダオレンがもう一度携帯のボタンを押した。
と、同時。パルス状の電磁波が発生し、電子機器に誤作動を生じさせた。
「R&Dで用意したEMP発生装置を作動させた。しばらくの間、電子機器は使えないよ?」
ダオレンは挑発的な笑みを浮かべた。
「まぁ、僕の機器には何も効果はありゃしないがね」
そして、うれしそうな声で語り出す。
「殺人の依頼も、匿名の目撃情報も、シエロの不知の病も――僕が仕組んだことだ。
全ては僕の心を満たすためにってね。
ま、これ以上詳しく知りたいというのなら、力づくで僕から聞き出してね」
ダオレンはくるりと踵を返し、携帯のスイッチを押した。
光の刃が契約者たちに再び殺到し、彼らの足止めを行う。
ダオレンは振り返らず、廊下の奥へと悠然に歩いていく。
「あー……そうだ。一つ言い忘れていたよ」
ダオレンは顔だけ振り返り、口の端を持ち上げた。
「今回のウィルコの狙いは金元ななな。君達のお仲間は彼女を守れるんだろうかね?
ま、電子機器が使えない今の状況でそれを伝える術はないし、お仲間を信じるしかないんだけど」
そして、ダオレンは奥へと消えていった。
契約者たちは追いかけようとするが、絶え間なく発生する光の刃により、足止めされて動けなかった。
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