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 唐突だが、菊花 みのり(きくばな・みのり)風森 巽(かぜもり・たつみ)に絡まれていた。
「……放して……もらえ、ませんか?」
 みのりの手を掴み、捻りあげている巽。
 痛いのか、みのりの顔は少し歪んでいる。
「妹を放してぇや。痛がってるやろ」
「はい、いいですよ、なんて言うと思うか?」
 アフィヤ・ヴィンセント(あふぃや・ゔぃんせんと)の懇願は一蹴される。それでも、声を掛けずにはいられない。
「みのり、大丈夫や。助かるからな」
「……お姉……さん」
「ふんっ、お前たちに何ができるんだ?」
 巽は鼻で笑う。
『…………』
 そして無音の間ができた。
「ちょ、おとんとおかんも何か言ってや」
「俺が父親……」
「私が母親……」
 困惑しているグレン・フォルカニアス(ぐれん・ふぉるかにあす)アルマー・ジェフェリア(あるまー・じぇふぇりあ)
「じゃんけんで決まったんやから、腹括り」
「決まってしまったものは仕方ないが……」
「どうすればいいのかわからないわ」
 親になった経験などなく、こういう場面でどうすればいいのかわからない二人。
「とにかく、あいつを切ればいんだろ?」
「さすがにそれはまずいっしょ。僕らただの町人役やし」
「まどろっこしい」
 柄に置いた手を戻し、苦虫を噛み潰す。
「私はどうすれば?」
「助けを呼んでみよか」
 言われ、周りに向かって叫んでみる。
「誰か、娘を助けてくれる方はいませんか?」
 野次馬は目線を逸らせるだけだった。
「……薄情ね」
「芝居やから、しょうがないやん」
「やはり俺が――」
「私たちが――」
「だから、ちょい待ちって」
 突っ込みに忙しいアフィヤ。
「何があったんだ?」
 そんな中、民衆の輪から躍り出た神崎 優(かんざき・ゆう)は、アフィアたちに尋ねた。袴に二本の刀を携え、いかにも腕が立ちそうである。
「名のある武人とお見受けします。どうか、うちの妹を助けてくれませんか?」
 やっと思い通りの展開になり安堵したアフィアだったが、
「人の手は借りん」
「みのりを助けるのは私たちだわ」
「芝居や言うとるやろ!」
 まだ受難は続いていた。
「とにかく、侍さん、お願いします」
「やれるだけはやってみよう」
 一歩、巽とみのりに近づく。お互いの顔がはっきりと見え、
「お前は――」
「なぜお前が……くそっ!」
 優の顔を見るや、舌打ちする巽。
「今日は勘弁しといてやる!」
「……きゃっ……」
 みのりを突き放すと、捨て台詞を残し去っていく。
「みのり、大丈夫か?」
「怪我はない?」
「……うん……大丈夫」
 駆け寄り、みのりを気遣うグレンとアルマー。
「侍さんありがとう。最近の役人さんは中々動いてくれへんからな。ほんに感謝やで」
「礼を言われるほどのことはしていない。あいつは、家の不始末でもあるからな」
「ん? どゆこと?」
 意味深なことを口走る。
「ここでする話でもない。一度、俺の道場に来てくれ」
 踵を返す優。
「なんやの? とにかくみのり、おとん、おかん、行ってみるで?」
 四名は彼の後に付いて行った。


「粗茶ですが、どうぞ」
「これはどうもご丁寧に」
 客間に通され、机に神崎 零(かんざき・れい)が入れたお茶が並ぶ。
「まずは先に謝っておく。すまない」
 頭を下げる優。
「そんな、こっちは助けてもらった身やし謝らんといてよ。こうして妹も無事なんやから」
「……ありがとう……ございます」
 とは言っても、優の顔は優れない。
「なんや、訳ありみたいやな?」
「ああ……実は――」
 優曰く、あの悪漢は自分の門下生だったと言う。
「俺が師範になったせいか、他に理由があったのか、彼はここを去った。そのまま音沙汰がなかったが……」
「そやつは名を何と申すのじゃ?」
「そなたはまだ居なかったので知らないんですね」
 優に拾われ、この道場に住み着いている安徳 天皇(あんとく・てんのう)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)は教える。
「名は巽さん。ここに来る以前にも武を学び、腕前は良かったのです」
「おぬしの弟弟子にあたるわけじゃな。その時から悪行を働いておったのか?」
「多少、粗暴だったのは事実ですが、そんなことをする人には思えませんでした」
「私も同意見だわ」
 零も頷く。
「しかし、俺が見たのは間違いなく巽だった」
「何か理由があったのじゃろうな……」
 考え込む面々。
「あら、お茶が冷めてしまったわ。すぐに入れ直すわね」
 気を利かせた零だが、急に立ち上がろうとしたせいか、よろけてしまう。
「危ない!」
 サッと背中を支える刹那。
「零、大丈夫か?」
「大丈夫よ。少し躓いただけだわ」
「奥さんは身重なんですから、無理をしないでください」
「そうじゃぞ。休んでおれ」
「……身……重?」
「おめでたですか!」
 暗かった空気が少し和やかになると、今まで黙っていたアルマーが尋ねる。
「親になるとはどういう感じですか?」
「そうね……守りたいって思うこと、かな」
「守りたい、か。なんだ、普段と変わらないな」
 グレンが呟く。
「これで親らしく演技ができるぜ」
「いや、もう僕らの出番終わりやから」
 アフィヤの突っ込みが虚しく響いた。