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リアクション
■ 2日目(2) ■
「フハハハ!我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
ククク、このバスは我らオリュンポスが乗っ取った!」
ドクター・ハデス(どくたー・はです)は仁王立ちになって、フロントガラスを背に、宣言も高らかだった。
どことなく見覚えがあるハデスにシェリーは首を傾げ、以前の学校見学の時に見たあの時の不審者かと破名は当時を思い出す。
道路に戦闘員を横たわらせてバスを止め、さくさくっとバスジャックを成功させたハデスは高笑いが止まらない。
「ちょ、ちょっと、兄さんっ!
なにバスジャックなんて迷惑なことしてるんですかっ!」
ハデスにツッコミを入れる、常識人の高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)。しかし、兄の耳には全く声は届いてないようだった。
「さあ、子どもたちよ!
おとなしくするのだ!
おとなしくしていれば、このお菓子をやろう!」
部下の特戦隊――戦闘員達にお菓子(オリュンポスの焼き印が入ったクッキーやどら焼き、パンケーキ等、全てはハデス手製の普通においしいお菓子)を持たせ見せびらかした。
自信満々なハデスに、バスを占領されたことに驚き戸惑う子供達は「お菓子!」と反応した。孤児院の子供達は食に対し躊躇いがなく、また、敏感だった。
一瞬にして「しーん」と静まり返った車内に、所詮は子供かとニヤリとしたハデスは、宣言した通り大人しくなった子供達にお菓子を配っておけと指示を出す。
お菓子はきちんと配るのね、と咲耶。
お菓子を貰ってキャッキャしている車内を見渡せることができ、かつ、開け放たれた窓から外へとアピールしやすい場所へと移動したハデスは、「フフフ」と笑い、メガネを押し上げてから、バッと片手を上げてポーズを取った。
「我らの目的はただ一つ!
女王ネフェルティティによる王権の廃止、およびシャンバラ国軍の即時解散だ!
そして、我らオリュンポスが政権を打ちたててパラミタを統一し、来るべき終末に全パラミタ住人で対抗するのだ!」
声明にハデスの周りの演出は派手だった。
「フハハハ! シャンバラ政府よ、我らの要求を飲むのだ! さもなくば、子供たちが心に傷を負うだろう!」
この場合、不審者の対処をどうするべきかと悩んでいた破名が思わずと顔を上げる。
「ククク、もしもこの要求が飲まれない場合には、この孤児たちがトラウマを負うことになるかもしれんが、
――いいのかね……?」
そして、お菓子――否、彼女が手にしているお菓子はお菓子と形容していいのか――を持ったまま様子を見ていた咲耶に対して、ハデスは合図した。
「え? 私の作ってきたお菓子を、戦闘員に食べさせろ、ですか?」
ハデスから謎の指示を受け、咲耶は首を傾げつつも、すぐ隣りに引きずり出された手足を拘束され驚愕の表情を浮かべる戦闘員に、自分が作ってきたパフェ――本当にお菓子と形容していいのかわからない、緑色をした謎の物体――にスプーンをさし入れ、戦闘員の口に、
「はい、あーん♪」
ノリノリで放り込むと、
憐れ戦闘員はその場で昏倒に倒れ伏す。
パフェ容器に盛られたのは咲耶特製のパフェではあるが、称号:殺人的調理師たる咲耶が腕によりをかけて、【虹色スイーツ】【みらくるレシピ】【謎料理】という工夫すら凝らされた、パフェという名の何かでもあった。
「あまりの美味しさに、気絶しちゃったみたいですね。
さあ、子供たちも遠慮なく食べてくださいね♪」
「遠慮させてもらう」
馬鹿なことを言うなと見るからに危なそうな食べ物をわざわざ歓迎する道理は無いと破名は立ち上がった。
「では、犠牲者二号となるのだ!」
子供達がいる手前、そちらに注意が向いているのと瞬間移動を可能にさせる『転移』の能力の使用を控えていた破名はいつの間にか左右に展開している戦闘員に気づくのが遅れた。腕を掴まれ拘束される。
「はい、どーぞ♪」
兄に従う咲耶は破名の口にそれを突っ込んだ。
基本的に人に掴まれるということが少ない為、破名は全ての対応が遅れた。
ぱくっと食べてしまう。
「ニカ、ヴェラを止めて!」
「もう遅いみたいです」
シェリーが叫ぶも、ニカは既に諦めていた。
何度も書いているが、院の子供は食べ物に対して躊躇いが無い。ただ、保護者である破名の許しが無ければ例え涎を垂らしていても強引に食べようとはしない。
そして子供達はこの世の中に、涙するほどまずい料理の存在を知っていても、『気絶するほど美味しくない料理』がある事を知らない。
つまり、破名が物を口にした時点で、その食べ物は食べていい料理どころか、普段食事に興味を持たない破名すら食べたくなる、戦闘員を『気絶させたほど美味しい料理』が目の前にあると子供達に伝わったわけである。
そして、子供の中で一人、美味しいものに目がない少女が居た。
「おいしいものがあるのですわね!!!」
ヴァルキリーの少女ヴェラだ。興奮し過ぎて口調がおかしい。
電光石火の如く勢いで突進された衝撃で仰向けに倒れたハデスは、どうも打ち所が良くなかったらしく、ヴェラの質問に上手く答えられない。
「兄さん、兄さん!」
慌てる咲耶に、たったの一口で人一人一瞬で混沌させる料理を口に入れたまま、破名は嘆息した。
「問題ない」
「へ?」
「ヴェラは美味しいものなら殺してでも奪いとる主義だ」
口に入ったら仕方ないと飲み込んだ破名は、料理を持っている咲耶が狙われなかったことに安堵した。
彼女が手に持つ料理ではなく、『食べさせろ』と指示を出すハデスに咲耶との上下関係(そんなものはないのだが)を察して、咲耶が自分の口に料理を入れるように指示を出させようとハデスに食って掛かっているだけだ。ハデスが転んだ衝撃で上手く声が出せない内は生かされる。まぁ、契約者が未契約者、増して子供相手にどうこうされることも無いだろう。
「さて……」と、破名は咲耶に視線を向けた。
うら若き乙女に「毒は入っていないよな」と確認しようとする破名を、察したキリハが引き止める。
あのおどろおどろしさはどう考えても手製だ。まず既成品ではない。劇物の混入があれば否応なくリアクションもあるものだが、それが無いということは純粋に″今日のために作ってきてくれた″ものだ。
殺人的調理師という称号が引っかかるが、食べ物はよほどの組み合わせがない限り劇物化しない。パフェと称されている生物(なまもの)というのも気になるものの、味覚がない破名が戦闘員を一口の元昏倒させた刺激に対し何かを勘ぐったり心配する要素は全くないのだから、好意は好意として受け取っておくべきだ。と、どさくさに紛れてキリハが全て(咲耶のパフェという名の緑色の何か)を引き受ける。
「このヴェラに一口! どうぞ、一口!!」
「兄さん……」
襲撃する側が襲撃されている様子に、咲耶は小さな声で呻いた。
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