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リアクション
●よろしい、ならば処分だ
丸めた絨毯をコロコロッと広げる。実はこれ、空飛ぶ絨毯……だったらしいが現在はどう見てもボロボロの布だ。
貴重品なのでそっと運んで布の上に置いた。それは煌めく硝子の破片……ではなくて竜殺しの聖剣なのである。やっぱり破片だけど。
虫食いが激しくてとても読めないが、古王国時代の呪術書も置いた。
腐臭がひどいミイラみたいな塊は、現代では絶滅した生物の標本らしい。
その他、ガラクタに見えないこともないさまざまなアイテムが並ぶが、すべていわくつきの鏡や宝石なのだという。
やっぱりガラクタに見えるけど。
「まったく……よくもまあこれだけ溜め込んだもんだ」
新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は並べた品々を冷たい眼で眺めた。
ゴミにしか見えない? 燕馬もそれはわかっている。
これらはすべて燕馬の家から持参したものである。たとえば絨毯は「歴史的発見ですぅ」とフィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)が闇市場から購入したものであるし、古王国時代の呪術書ということになっている(読める箇所のほうが少ないくらいなので本当かどうかさっぱりわからない)はリューグナー・ベトルーガー(りゅーぐなー・べとるーがー)が「取り寄せるのに苦労しましたわ」などと言って謎の通販で仕入れてきたものである。
……すべて、燕馬の金で。
全部、一つ残らず全部燕馬のお金で!
そのために無駄づかいされた金額を想像するだけで鳥肌が立つ。計算して早計額を出せば失神すること必至と思い、燕馬はその愚挙には出ていない。
彼の家にはこういうシロモノが相当数あるので、今日バザーに持ち込んだものは『コレクション』のごく一部であることも明記しておこう。
燕馬は大変迷惑していたのである。こういうガラクタの数々に。なにせフィーアもリューグナーも、買うだけかっておいてあとは物置に放置、いつか研究するとか言ってそれっきりなのだ。
もういい加減堪忍袋の緒がピリピリ切れてきたので、燕馬は本日、大掃除を決意した。すなわち、
――うるさい偽幼女どもを事前にとっつあんに頼んで遊園地に追いやり……その隙に!
処分できる限り処分しようとしたわけだ。ナイスアイデア!
一気にゴミの日に出してやってもいいのだが、危険な気がするので(というか分類がわからないので)一挙両得バザーにて売りさばきに来たのだった。
いくぞ在庫一掃セールだ。置ききれるだけ置いたこれらのブツを全部売り切っても、まだまだ家にはこういうのが眠っているわけだが……少しでも楽になるのだからそれでいい。いいのだ!
その頃、燕馬いうところの『偽幼女』たち、つまりフィーアとリューグナーはお爺ちゃん……いや、『とっつあん』こと新風 颯馬(にいかぜ・そうま)に連れられ、同じポートシャングリラの遊園地に来ていた。
「このポートシャングリラの遊園地には、子供の頃、親に連れられて来た事があるんじゃが……この世界では、それは今から数年後の未来の出来事になるんじゃからなぁ……なんだか変な気分じゃのう」
郷愁を抱いたか、観覧車を見上げて颯馬はしみじみと語るのであった。
「あら、燕馬にそんな甲斐性があったんですの?」
「意外ですぅ、休日は子供を無視して一日中寝てる典型的なダメ親になってるとばかり思ってたですよ」
「ククッ、確かにそのときも、幼いわしを放り出してベンチで寝こけておったよ」
あ、という顔をする颯馬であった。幼女ズは『してやったり』とでも言いたげな顔をしているではないか。
そこで「ところで颯馬の母親って誰?」とフィーアは彼を問い詰め、リューグナーも尋問という名のからかいで彼に迫るのだが……。
真相が明らかになったかどうかは、ここには記しますまい。
さて、『してやったり』とでも言いたげな顔をしているのは燕馬も同じである。
準備中はマキシマムアームを使って力仕事をしていた燕馬だが、すでに変装を終えていた。
装着! フェイクバスト! そしてヒミツの補正下着!
ノースリーブのワンピースドレスで色っぽく、胸元のスリットから谷間も見せて、丁寧にメイクしたあと日焼止めも塗って完璧、暗赤色のロングマフラーを巻いてしまうと、どこからどう見ても綺麗なお姉さんとなる。
そして作り声も可愛らしく、道行く人々に呼ばわった。
「いらっしゃいませ〜。古代の貴重な品々、お手頃価格でお譲りいたしまーす♪」
美女が古代の品を売るというこの奇妙さ。人目を集めずにはいられないわけで、開始早々たくさんの客が訪れた。
「それは本当に価値ある品で、売るのが惜しまれるんですけど……お客さんカッコいいから、特別にこの価格でお譲りします」
などと繰り出す口八丁、ぽんぽんとさばいていった。フィーア大抵の男性あちの購入価格を取り戻すには至らないが、黙っていればゴミだったのだから構わない。
大抵の男なら燕馬に迫られれば財布の紐を緩めてしまうだろうが、彼……小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)は簡単には乗ってこなかった。
「ただの割れた鏡に見えるが……これが言っている通りのものだという確率は30%といったところか……」
――しまった面倒くさいのに見つかった。
と思ったがそこは度胸だ、燕馬は艶然と微笑して、
「わかる人ならわかる品ですよ。歴史好きのご友人にでも披露すれば、尊敬の眼差しを受けること請け合いです……」
などと言ってみる。
言ってみるものだ。『歴史好きのご友人』というキーワードがヒットしたのか、それとも『尊敬の眼差し』が効いたか……
「そうか。騙されたと思って買ってみよう」
秀幸はあっさり購入したのであった。彼、意外とおだてに弱いのだろうか?
本当に『騙された』とわかっても怒らないでほしい――と思いながら秀幸を送り出したところに、
「何やってるのよ、燕馬」
入れ替わりのように雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)がやってきた。
「え? 誰ですか? 私はしがないバザーのお姉さんですよ」
目をぱちくりとやって燕馬はとぼけようとするも、トレードマークのロングマフラーを巻いたままなのでバレバレである。
「だからもうバレてるってば。バザーにいるとは思わなかったわ」
「あー……いや、騙すつもりでやってるのではなくて……」
「それで、厄除けはないの?」
「え?」
「だから厄除け、古代の貴重品なんでしょ? 厄除けのペンダントとか……」
どうやら、雅羅は『古代の貴重品』と信じているらしい。
「じゃあこれなんてどう?」
燕馬はおもむろに、その辺に落ちていた輪っか(絨毯の飾りが落ちたものらしい)を拾って手渡した。
「厄除けのブレスレットだよ……多分」
「多分、ってまあいいわ。いくら?」
かくしてまた一人、お買い上げとあいなった。
その後、雅羅が不幸体質から逃れたという話は……聞かない。
あと、秀幸が歴史通から尊敬されたという話も。