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リアクション
●シャングリラの夢の終わりに(1)
バザー会場で及川翠・椿更紗組と、ミリア・アンドレッティ&スノゥ・ホワイトノート組は合流を果たした。
「……ああようやく……もう、ゴールしても……いいのです?」
更紗は目立ってぐったりしていた。なんだか髪もほつれて、あちこちピンピン立っている。
「更紗さんだらしないな〜。まだまだこれからだよっ」
対称的に翠はとても元気である。この数時間、翠が好き放題に移動して、それを更紗が追いかけ回す構図になったであろうことがミリアには容易に想像できた。
「そっちも楽しかったみたいね。しっかり手までつないで……」
翠に指摘されて、ミリアもスノゥも、ずっと手をつないだままだということにようやく気づいたのである。
「えっ?」
「あ〜本当ですねぇ〜」
二人は手をはなしたが、翠の胸にはなんとなく、名残惜しいものが残った。
いつかまた。
いつかまた、スノゥと二人っきりで遊びたいなと思う。
そのときはもう一度、『お姉ちゃん』と呼ぼう。
……そのことを想像するだけで、なぜかトクトクと、ミリアの鼓動は早まるのだった。
眺めのいいレストラン。外は夕焼け。
シャウラとなななは窓際の席、隣のテーブルには『予約席。ベルク・ウェルナート様』と書いてあるが誰もこないので、なんだか二人っきりという感覚があった。
「ごちそうさま」
と手を合わせてなななは言った。
「いいの? なななだって給料ちゃんと出てるんだよ。宇宙刑事のほうは振り込みが遅れてるけど国軍のが……だからディナー、おごってもらわなくたって」
「いいっていいって、とっておきの一日の締めくくりなんだ、今日はそうさせてくれよ」
シャウラは夢見るような表情で答えた。彼女に見とれているのだ。
……ぴんと浮き上がった前髪も含め、本当になななは美しい。大袈裟でも何でもなく世界一だと思う。
プレイボーイとしてならした半生はどこへやら、もう彼は今、彼女しか見えない。
テーブルには透き通るようなグラスが二つ。ノンアルコールのシャンパンが、きめの細かい泡を浮かせていた。
「おっと、ごちそうさまにはちょっと早かったな」
シャウラが片手を挙げると、二人の前にデザートが運ばれてきた。
なななはは旬のフルーツのケーキ、シャウラはガトーショコラ。
――なななが笑う、なななが俺を見てる。
シャウラは目を細めた。
「すごくおいしかったよ、フルーツケーキ」
「そうか。俺もそっちにしておけば良かったかな。旬のものは今しか食べられないから」
「ちょっとお裾分けしてあげようか」
「でももう食べてしまっ……」
なななが身を乗り出していた。
小さなテーブル越しに、なななの唇がシャウラの唇に触れた。
「……はい、お裾分け」
なななは真っ赤になって、それでも笑っていた。
二人にとってのファーストキスは、春の苺の味――。
結局、ノエルによる風馬弾へのデート指南は暗くなるまで続いたのだった。
一日中荷物持ちをつとめ、腕が痺れてきた弾だがそれもまた良しと思っている。
――まあ、ノエルもエイカも楽しそうにしているし、荷物持ちぐらいはしてあげたって良いよね……。
いつの間にかノエルと弾が肩を並べて歩き、その少し後ろをエイカが続くという歩き方になっている。
知らない人が見れば、弾とノエルでデートしているように見えることだろう。
「景色を見ません?」
ノエルに誘われ、一緒に高台に登るとポートシャングリラが一望できる場所に出た。美しい光景だ。夕日に染まる街は、一幅の絵を思わせる。
「……弾さん」
「え? なに?」
荷物を置いて小休止していた弾は我に返ったような顔をした。
もう、と溜息してノエルは言う。
「本日最後のアドバイスです。こういう美しい光景を眺めているときは手を繋ぐ絶好のチャンスなので積極的に」
「うん」
弾はさっと手を伸ばしてノエルの手を握った。
ひんやりと冷たく、柔らかい手だった。
手を取ったとき、かすかにバニラの香りがした。
「……」
ノエルは一瞬、言葉を失ったがすぐに、
「……あ、これは指導なので、私の手を本当に握らなくて良いです」
と、左フックを繰り出して弾に鉄拳制裁を見舞ったのである。
……この一撃がどれだけの痛みをもたらしたかは書かないでおこう。効果音だけ残すとしよう。
ぐしゃ。
離れたところでノエルと弾を観察していたエイカが、「あちゃー」と額に手を当てていた。
――どうせなら、『夕焼けを眺めはじめたら、すかさずノエルの肩を抱いてチューよ』とでもアドバイスすれば良かった。