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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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●この胸の想いを(承前)

 彼女は、ユマは………………泣いていた。
「……ごめん……なさい、ごめんなさい…………私……」
 けれどきっぱりと、言ったのだった。
「私、あの人が…………好きです。だから真司さんとは……」
 この可能性を想定しなかったといえば嘘になる。そうなったときのことは考えていた。
 真司は、微笑した。作り笑いではなく。
 寂しげな微笑ではあったけれど。
「泣かないでくれ」
 白いハンカチを差し出しす。
「残念なのは事実だ。でも俺は……俺には、嬉しいという気持ちがあるのも事実だ。一年前、自分を好きになれないからと断った君が、自分の意思で答えを決めて、それを伝えに来てくれたことが嬉しい」
 下唇を一度噛み、続けた。
「ユマ、だから俺は、君の選択を笑顔で受け入れよう。もう泣かないでくれ。愛する人が悲しむところは見たくない。俺の想いは変わらない……いや、もう変えなければならないのかもしれないが」
「私……あなたを傷つけてしまった…………」
 嗚咽するユマにハンカチを握らせると、彼は言った。
「最後に……未練がましいかもしれないが、一度だけ抱きしめさせてくれないか」
 頷くユマの細い肩を、真司はそっと抱きしめた。
 数秒間、そうしていた。
「さようなら。幸せになってほしい」
 真司はそう告げてユマを放した。
「ありがとうございまいした……さようなら」
 真っ赤な目をしていたが、それでもユマは真司の希望をいれて、なんとか泣き止もうとしているようだった。

 ユマの背を見送った真司のところに、ばつの悪そうな顔をしてリーラが戻ってきた。
「ごめん。デバガメするつもりはなかったんだけど」
「いいさ、別に」
 真司はどこか、晴れやかな顔をしていた。
 それを見ると、リーラは優しい目で言ったのである。
「ね? コーヒーでも飲みに行かない?」


 その日の午後。
 セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)は声をかけた。
「ユマじゃないか」
 今日のセリオスは開襟シャツ一枚の姿だ。軍手をはめ、腕まくりして庭の手入れをしていたのだが、彼女に気づくと立ち上がって門を開けた。
 緊張気味のユマの表情を見ると、セリオスは優しく笑んで頷いた。
「……入って。彼なら部屋だよ」
「ありがとうございます」
 一礼して通り過ぎようとするユマに思わず声をかけてしまった。黙って見送るつもりだったのに。
「待って……いや、ごめん、待たなくてもいいけど」
 セリオスは所在なさげに軍手をくしゃくしゃにしながら、
「あの……これは独り言みたいなものだから返事しなくていいし、聞き流してもいいからね」
 と前置きしてから、言った。
「……彼、不器用でしょ。初恋なんだよ」
 そして最後の恋でもある――この言葉は胸にしまっておく。
「器用に切替えたりできない人だから、負担かけたくなくてあまり言わないだろうけど……彼、天涯孤独なんだよね。だから、君という存在が現れてくれて嬉しいよ」
 ふう、とセリオスは息を吐き出した。
「僕では君の代わりになれない。とても残念だけどね。
 だからユマ、彼をよろしく頼むよ……」
 言い終えると、セリオスは深々と頭を下げたのである。
「そんな、頭を下げられるようなことでは……」
 すると、ひょいと顔を上げてセリオスは笑った。
「おっと、彼、君の電話が来てからずっとじりじりして待ってるんだった。これ以上ひっぱっちゃいけないな……ほら、行って行って!」
「ありがとうございます、セリオスさん」
 ユマは笑顔だった。
「行ってきます!」
 セリオスは振り返って、窓の向こうに目をやった。
 彼女が玄関先にいる。彼が出迎えた。
 ――なにかしゃべってるな……彼、「お茶でも淹れよう」とか言ってるようだ……おっと、ユマがなにか言ったんだろうな。びっくりしてる。
 そして笑った。二人とも。
 セリオスは慌てて背を向けた。
「いかんいかん、覗き見なんて趣味よくないぞ……」
 などと呟いてしゃがむと、庭いじりに戻ったのである。
 これ以上見物するなんて野暮はやめようじゃないか。
 彼と彼女が、玄関先で抱き合っていた。
 それを確認できたのだから、十分だ。
 まくっていた袖を戻すと、セリオスはごしごしと袖で目を拭った。

「愛しているなんて、とてもそんな簡単な一言では言えない」
 腕の下の細い体を、体温を意識しながら彼は言った。
 一緒に幸せでいよう。家族になろう、と。
 強く抱きしめた。彼女を全身で感じたかった。
「ユマ、俺と生きてくれ……!」
「はい。愛しています……クローラさん」
 こうして、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)とユマ・ユウヅキの交際が始まったのだった。