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リアクション
●魍魎島に吹く風
その日は、魍魎島にも爽やかな風が吹いた。
「事件続きでなかなか来れんかった……すまん」
石造りの墓碑の前に七枷 陣(ななかせ・じん)が佇んでいた。
手には花束が二つ。
「墓前を掃除しませんとね」
小尾田 真奈(おびた・まな)が、いそいそと周辺を掃き清めている。
「ごめんなさいね、なかなか会いに来れなくて……行く機会がなかったこともありますが、もっと早く訪れていたらきっと色々あふれて認めざるを得なくなって、なにかが壊れてしまいそうで……」
ここには、彼らの友人二人が埋まっている。
一人は、ファイス・G・クルーン。
もう一人は、大黒美空。
いずれもクランジと呼ばれる改造機晶姫の名前だ。ファイスは『クランジΦ(ファイ)』というコードネームだったし、美空は『クランジΟΞ(オングロンクス)』と呼ばれていた。
ファイスが死んだのは別の場所だが、『姉妹』が多いほうがいいだろうと判断してここに埋葬されている。
「掃除のしがいがあるね。これは」
リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)は水をかけて墓標を拭っていた。
そして美空の墓にペンダントをかける。魍魎島で見つけた機晶石の破片、それを鎖に付けたペンダントを。
ファイスはなにも残らなかったので、彼女の髪色に似た石のペンダントを飾った。
小山内南も来ていて、掃除を手伝っている。
「自分をクランジと思い込むよう洗脳されていたせいもありますが……私にはどうしても、彼女たちが他人とは思えないのです」
そう言って南は、周辺の小石を取り除いていた。
手分けして掃除を終えると、陣は墓前に一つずつ花を献じた。
「陣くん……自分を責めないでね」
リーズが彼に声をかけた。
「わかってる」
陣は小さく頷いた。
どうして彼女らを生かすことができなかったのか……。
誰のせいでもない。
それはただ、『間が悪かっただけ』の話だと、今の陣は考えている。
――彼女らとオレらのそれぞれの選択も、それぞれをとりまいていた環境も、それぞれが良しと思って、でも手に入らなかった未来の夢も、それら全部が、たまたまその時だけ上手く噛み合わんかった。
いい天気だ。魍魎島の決戦……美空が逝ったあの日は酷い荒天だったのに、それがすべて嘘だったかのように空は美しい。
――彼女らとオレらの人生は、それだけのものだったってことや。
それだけのものだった、という言葉はとても冷たいが、現実的な見方だ。
それだけでも良かったんだと、肯定することでもあるから。
ほんの短い時間だったが、ファイス、美空、二人とふれあえた時間は、決して無駄じゃなかった。結果を嘆いてばかりいては、せっかくの美しい時間を否定することになりかねない。
かつて、確かにファイスも、美空も生きていた。人生を楽しんでいた。
それでいいじゃないか。
「……ここを訪れるのは二度目、か」
少し離れた位置で、陣を見守っているのは仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)だった。
彼は密かに、単身ここを訪れたことがある。そのとき捧げた花束はもう散っているが、墓に誓った約束は、この日果たされた。
「今回は小僧達を引き連れてきたぞ、美空」
呟いたとき、磁楠は人の気配を感じて振り返った。
「私も、いい?」
「ワタシもいるよ」
パティ・ブラウアヒメルとローラ・ブラウアヒメルだ。もう滅多に使わないコードネームでは、それぞれ『クランジΠ(パイ)』『クランジΡ(ロー)』ということになる。
パティは恋人の七刀切とともにいた。切にうなずいて彼女は墓に進み出る。
「正直、複雑な感情があるのよね。この二人……特に美空には」
「でもワタシ、憎む気持ちとか、ないよ。もっと仲良くなりたかったな」
「そうね……生き残った側の傲慢かもしれないけど、友達になってもよかったかもね」
「ほら、ユマも」
ローラは振り返ってにこりと笑った。
ユマ・ユウヅキがそこにいた。彼女の恋人とともに。
「ほんの少し前までは、私たち殺し合っていましたよね……それがこうして一同に会している……不思議な気持ちです」
ユマは墓前にひざまずいた。
「でも現在があるのは、あなたたちのおかげかもしれません。もう一切の悪感情はなくなりました。ただ、ありがとうと言わせて下さい……」
そもそもユマはファイスを『処理』するために現れ、美空の原形であるΞ(クシー)には命を狙われたのだ。墓に眠る二人とは深い縁がある。
運命の皮肉と言うべきか、そんなユマが、今は二人の死を悼んでいるのだから。
魍魎島の岸壁に、黙って座っている人影があった。
「ここまで来ておいて、行かないんですか?」
緋桜遙遠が話しかけたが、カーネリアン・パークスは首を振った。
「墓前で祈ることだけが供養とは思わない」
「あいかわらず」
意地っ張りですね、と遙遠は笑った。
かつてカーネリアン・パークスは、『クランジΚ(カッパ)』と呼ばれていた。
「じゃあ、黙祷するとしよう」
陣の呼びかけで、皆一分間の黙祷を捧げた。
陣は思った――歴史に『if』はないというが、もし、ナラカに行って美空たちを復活させられるとわかったら、こんな納得なんてかなぐり捨てて恥も外聞もなく突っ走ると。
リーズは二人に改めて詫び、念じた――せめて安らかに眠って下さいと。
真奈は願った――もう一度クランジ……美空の命を奪ったイオタと対峙し、人並みの幸せを与えることを試みようと。美空のために。
そして磁楠は、誓った。
――私は静かに黙祷を捧げよう。そして心の棚を一つ増やして、彼女と過ごした日々をしまおうと。
忘れるわけじゃない。振り返らないわけじゃない。
むしろ忘れないため、いつでも振り返ることができるようにするため、いつでも思い出せる場所へ、記憶をしまいこむのだ。