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●『イオリ』と呼ばれて(2)

 去りゆくイオタの背を、柊真司は黙って見つめていた。
 まさかその視線に気づいたか、一瞬彼女は振り返った。
 そしてコンマ数秒、尖った視線で真司を貫いたのだった。
 だがそれは、現れると同時に消えていた。イオタは遠ざかり、やがて校舎の向こうへと消えたのである。
 ――イオタ……いや、できるだけ『イオリ』と呼ぶべきかもしれんな。鋭すぎるナイフ、それも、柄のないナイフのような印象がある。
 だが一方的に危険視して閉じ込めておくことが果たして解決になるのか――そう思わずにはいられない。
 だから真司は、自ら訴えずにはいられなかった。
「僭越は承知で申し上げる。教導団長殿」
 真司は金鋭鋒の眼前に立つ。慣れぬ拱手の礼を取って言った。
「イオタ……イオリ・ウルズアイの身を確保するに協力した人間の一人として、彼女の今後についてお願いしたい」
「私は、君の上官ではない。そのような礼は無用だ」
 鋭鋒は尊大ぶりはしなかった。かといって、無闇にへりくだりもしない。彼なりの自然体で、述べた。
「聞こう」
 真司は礼の姿勢を解いて述べる。
「空京ロイヤルホテルの事件の直後、あのときは彼女の身を教導団に引き渡せざるをえなかったが、いつまでも虜囚という扱いにしておくことには賛成したくない。今すぐは無理だろうが、いずれ時期がきたら彼女をどこかの学校で学校生活を送れるように手配していただけまいか。
 ……最初は監視つきでも構わない。まずは彼女に人並みの生活を送れるようにしてあげてほしい」
「無論、そうするつもりだ」
 鋭鋒は即答した。
「ユマ・ユウヅキ(※ユマも元々は教導団の虜囚だった)からも同様の嘆願が出ている」
 ――ユマが?
 かすかだが、真司は胸の奥に痛痒を感じた。
「だがそうなれば、イオリにも滞在先が必要となるが……」
「それなら……」
 しかし割り込むようにして最初に口を開いたのはリーラ・タイルヒュンだった。
「はーい! じゃあウチなんてどう? スペース、空いてるわよ♪」
「おいリーラ……!」
 真司は戸惑っているような、それとも安堵しているような、なんとも複雑な顔をした。なぜって彼自身、鋭鋒の言葉を受けて立候補しようとしていたからだ。
「もちろんある程度の条件は呑むわ。武器は持たせないとか、女の子の私らと同室にするとか……まあ、色々。どう、団長さん?」
「考慮しよう」
「きゃー、ありがとうございます〜♪」
 リーラはちょっとだけ振り返り、真司にだけわかるようにウインクをした。
「さあて、それじゃあ私も書いちゃうわよ、書道! 手始めに『イオリちゃんおいでませ(はぁと)』なんてのはどう?」
 などと言って笑わせる。
 かくてまだまだ、書き初めはつづく。
 2024年に皆が筆でしたためた大願、いずれも叶うことを筆者も願っている。