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冬空のルミナス

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●空京神社決戦!

 ぴょんと飛ぶ。
 場面が飛ぶ。ふたたび、空京神社へと。
 もちろんピンクの怪ゴムも、ぴょんぴょんびゅんびゅん飛んでいた。

 だがこのときまだ久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、その渦中に巻き込まれてはいなかった……。
「簡単に空京神社に来れるようになったのも、空大に入ったおかげだね」
 これからはちょくちょく来ようか、とつぶやいて、沙幸は二礼二拍一礼の正式な動作で本殿に祈りを捧げた。
 ――今年こそはねーさまがおとなしくなってくれますように!
 叶ってほしいこの願い。本当に、とても、切実に!
 一生懸命手を合わせて沙幸が顔を上げたとき、同行していたはずの藍玉 美海(あいだま・みうみ)の姿は消えていた。
「あれ? ねーさま、どこかに行っちゃった?」
 ついさっきまで美海は隣にいたはずである。てっきり、一緒に手を合わせていると思っていたのに。
 ――この人ごみではぐれちゃったかな?
 しかし短時間目を離しただけのこと、きっとすぐに見つかると思って、沙幸は社務所のほうへ足を進めた。お守りを授かりに行くのだ。
「ってほらやっぱりいた」
 途上であっさり、美海を発見した。
「あら思ったより遅かったですわね」
 美海は柱に寄りかかり、枡酒を傾けていたのである。ほんのり桜色に染まった頬、しどけなく着崩れた着物からして、最初の一杯でないことは即座に分かった。
「ええ、お神酒ですわよ。きっと神様も一人で飲むよりみんなで飲みたいと思っているはずですわ」
「もう、ねーさまったら、お正月から飲みすぎたら大変なんだからね!」
 彼女の酒豪っぷりプラス酒乱っぷりはよく知っているだけに、沙幸は声を怒らせる。美海の腕を取りその場を離れようとしたものの、
「もう、沙幸さんったらせっかく気持ちよく飲んでいるのに野暮ですわね」
 と、逆に美海に手を取られ、あれよあれよという間に鎮守の森に引っ張り込まれてしまった。
「そんな娘にはお仕置きですわ」
 酔った目を悦びに歪め、美海はその腕を、すりっと沙幸の胸元に滑り込ませた。
「あらあら和服は隙が多くてたまりませんわね……ふふ、ちゃんとノーブラで来てるじゃないの……良い子だこと」
 沙幸の背中を抱きとめながら、右手を縦横無尽にかき回す美海だ。わずか五本の指しかないというのに信じられぬほど巧みな指使い、一方で沙幸の敏感なところを探りつつ、もう一方で休みなく刺激する。美海の『沙幸いじり』は優しいだけじゃない。ときとして爪を立て、痺れるような快楽を与える……。
 ――こんなはずじゃなかったのに……という理性の声はかき消され、沙幸は甘えるように喘いだ。
「ねーさまぁ……」
 たちまち骨抜き、従順な牝となって沙幸は美海に唇を求めはじめた。
「あら? もうおねだり? ふしだらなこと……」
 沙幸に濃厚なキスを与えたとろで、おや、と美海は周囲を見回した。
「リ、リアジュウ…………ハッケン…………」
 二人はいつのまにか、桃色したアメーバ状のゴム怪物たちに包囲されていたのである。
 誰がどう見ても『リア充』が現在進行形で充実しているこの状況にもかかわらず、ゴムたちはなんだかもじもじしている。
「リアジュウ…………トイウカ、エロスギ…………」
「……ボクラノレベル、トドカナイー…………」
 美海は彼ら(彼女ら?)を見たことがあった。三年前に遭遇している。
「あら、いつぞやのゴム人間かしら? いっぱいいるわね」
 なお沙幸も見たことがあるのだが、今は自分が大変なことになっているので、周囲を確認するゆとりはなさそうである。
 このとき美海の頭に、悪魔的な愉悦が浮かんだ。こういう発想をするとき、美海は天才的なセンスを発揮する。
「羨ましいのかしら? ほら、なら交代してあげますわっ!」
 うふふと笑って彼女は、沙幸の背中をぽーんと押した。すでに両肩脱ぎになっている沙幸はなにが起こっているか理解できぬまま、倒れ込むようにして桃色怪物に受け止められたのである。
 ――あれっ?
 ようやく沙幸は気がついた。
 温かいようなぬるぬるするような、そんな奇妙な感覚のものが周囲にある……いや、自身がすっぽりと包み込まれていることも悟る。
「これ前にどこかで見たような……。って、そんなことより早く抜け出さなきゃ!」
 だが、もがけばもがくほど、ぬるぬるした生ゴムは沙幸に絡みついていった。容赦なく足首を、太股を這い上り、首筋を肩を胸を、舐めるように愛撫する。
 生温かいその感覚! 沙幸は悶えながら叫んだ。
「ちょっと、ねーさま! お酒飲んでないで助けてよ〜!」
「あらあら、まぁまぁ……このゴム人間、くっついた部分を透け透けにするんですわね♪ 沙幸さんの痴態を肴にもう一杯お神酒を頂くことにしましょう」
 まるっきり聞いていない美海なのである。火の余波木にもたれかかっていた。升酒をまた注いでいい塩梅だ。
「えっ、痴態って……?」
 ようやく沙幸は気がついた。
 自分の服が、みるみる透明になっていくということに……!
「ひぁああ、みちゃだめー!!」
 その悲鳴は美海に届かない。
 いや……届いているからこそ、
「はぁ……お酒が美味しい」
 恍惚となる美海ねーさまなのだった。
 これで……いいのかな……?

 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の2024年は幸先良くはじまった。 
「明けましておめでとう。今年もよろしくね……雅羅」
 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)を初詣に誘うことができた……それだけでもかなり幸先がいい。
 しかもその雅羅が、ウェストをきゅっとしめたワインレッドのフレアワンピースという目の覚めるような服装で現れたことも、夢悠にとってとても幸先のいいことに感じられた。
 ――オレのために……お洒落してきてくれたんだ。
 そう思うとどうしても、胸が熱くなってしまうのである。
 透明な空気が全部彼女の香りに染まる――そんな風に思えた。
「とっても綺麗だよ」
 何度でも口にしたい言葉であったけれど、安っぽくならないよう一度だけ、ただしありったけの気持ちを込めて彼は告げた。
「あ、ありがと……」
 直球で褒められて照れたのか、ちょっと雅羅はうつむき加減で、軽く上目遣いになって言ったのだった。
「それと……マフラー……して来てくれたんだ」
 夢悠の首を温めるそのマフラーは、先日のクリスマス、雅羅が彼にプレゼントしてくれたものだ。
「当然だよ! とても気に入ってる」
 そこは強調したかった。誇張は一切なし、雅羅が選んでくれたものであるから、たとえ泥だらけのタオルであっても彼はありがたがっただろう。しかしもちろんタオルなんてものではなく、最上のマフラーである。カシミア地の肌触りの心地よさ、ふわりとした温かさは彼に、雅羅に首に腕を回され抱きつかれているような錯覚を起こさせるほどのものだった。
 夢悠はつい、手を伸ばしそうになる。
 ――雅羅の手を握ったら拒否されるかな……? まだ恋人関係とは言えないものの、このところ雅羅とは一緒に事件に挑んだり、デートしたりできるようになったから……もう一歩、進んでみても……?
 おお、それは青春の逡巡、この時期しか迷えない迷いと言えようか。
 そんな彼の首に腕を回して抱きつくのではなく絞める腕あり!
「痛たたたたた……苦しい! 苦しいから!」
 想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)であった。
「二人っきりじゃないぞー」
 毒の吹き矢のような視線を瑠兎子は夢悠に向ける。
「いやわかってる……わかってるって!」
 かつてのような暴走は、一応、瑠兎子も控えてくれるようになった。恋や友情といった好意の区別はさておき、落ち着いて雅羅と親交を深めていくことにしたのだという。ただ、ふとしたはずみで感情が露骨に出てしまうということなのだろう。
 ようやくそのチョーキングから逃れて夢悠は義理の姉に懇願した。
「あの……瑠兎姉は今日、オレたちからちょっと離れててもらっていい?」
「え、どうして?」
「わかってよ……」
 夢悠の真剣なまなざしに、ついに姉も折れた。
「…………今日だけだからね」
 と、あっさりと瑠兎姉が引き下がってくれたことも、幸先のいいところであった。夢悠には。
 こうして、瑠兎子はずっと後方に下がり、図式的にはデートとなって、想詠は雅羅とともに神社に来たのである。
 ――今年こそ雅羅の災難体質が消えますよう
 心の底から、手を合わせて祈った。瑠兎子も同じ願いをしてくれると思う。
 想詠はもうひとつ祈っておいた。
 ――これはおまけで……今年こそは雅羅からきちんと恋人に認められますように。
 他力本願じゃない。彼だって努力していた。今一番頑張っているのは、少しでも雅羅に近づけるよう身長を伸ばすことだ。毎日想詠はしっかり牛乳を飲んでいる。
「おみくじ、引くの……?」
 想詠がおみくじの箱に手を伸ばすのを見て、雅羅は不安そうな顔をした。自分が引けばまずまちがいなく『大凶』だと思っているのだ。(そしてかなりの確立でその通りになる!)
「大丈夫、オレだけが引くよ。大吉が出たら、オレの運を分けてあげるから!」
「頼もしいわね。ふふ……お願いするわ」
「よーし、じゃあ」
 とおみくじを手にした想詠だが、その包みを開けることは叶わなかった。
「リアジュウニノロイアレー!」
 読者諸氏にはすっかりおなじみ、例の桃色なやつが飛びかかってきたのだ。
「なんだ!? ……とにかく、雅羅は逃げて!」
 ほとんど脊髄反射で想詠は雅羅の前に立って彼女をかばった。おかげで、雅羅に突進しようとしていた巨大生ゴムピンクアメーバを防ぐことができた。
「瑠兎姉! 雅羅さんの退避を頼む……って、わっ!?」
「想詠どうしたの……えっ! きゃ!」
 雅羅も想詠も飛び上がりそうになった。ゴム怪物の体当たりを受けた想詠のズボン……粘着質のゴムが付着したその場所が、じわじわと透明に変化しつつあったからだ。
「くっ……でも、こんなこともあろうかとズボンの下は褌! それも赤い褌だ。正月の神社ならこんな男がいてもおかしくない!」
 と強がってみるもののどう考えても恥ずかしい。雅羅の顔は真っ赤で、意識して彼のほうを見ないようにしている。
 このショックが大きかった。想詠はゴム怪物の次の手……つまり頭上越えへの反応が遅れたのだ。
 ぴょんと想詠の頭を越えたゴム怪物は、
「来ないでー!」
 雅羅の上へ……その柔肌を狙って落下した! 雅羅のピンチ! 乙女の肌がさらされるピンチ……!
 ではあったが、
「そうはさせないわ!」
 雅羅を突き飛ばして身代わりになったのは瑠兎子であった。
「雅羅さ……わあー!」
「雅羅、大丈夫? ……って、きゃああああ!」
 想詠と瑠兎子は対面して同時に大声を上げた。
 容赦ないゴム怪物は想詠のふんどしまで透明にしてしまい、瑠兎子の服もまたすっかり透明にしていたからである。
 つまり姉弟は、包み隠さぬ互いの姿を互いの目に焼き付けてしまったというわけだ!
 ――どうせなら雅羅さんが良かった……って、なに考えてるんだオレ!
 なお雅羅も、瑠兎子・想詠両者の現在の状態を目の当たりにしてしまっていた。なので、真っ赤になって顔を覆っている!
 このとき、想詠が手にしたおみくじは『凶』だったという……。