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リアクション
●Home、Sweet Home
堅物、と言われるようになったのは、地球にいた頃からだった。
――そうだろうか。
その頃はそう思っていた。
月日は流れ教導団に所属してからでも、「彼は堅物で」と内外を問わず言われてきた。
――まあそうなんだろうな。
そのように彼……クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)が思うようになったのはわりと最近のことだ。
堅物なら堅物でいい。たとえその呼び方が揶揄であれ、この言葉には多少の畏敬の念と信頼とが込められていると考えるようになったからだ。「彼はちょっと堅物だが」という前置きがある場合「それだけに信用していい」と続いたりする。堅物、大いに結構。
――だけど、ユマは俺に言ったことがないな。
堅物、と。
「どうかしました?」
ナイフでミートローフを切っていたユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)が、彼の視線に気がついて顔を上げた。
「あ、いや、なんでも……」
ここはクローラの自宅である。元旦の夜、ささやかなホームパーティが開かれていた。
テーブルにつくのは彼とユマとセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)だ。暖炉では火がこうこうと燃えている。(暖炉は家主の趣味でとりつけたものらしい。風情があるのでクローラもよく使っている)
食卓を飾るのは、庭でセリオスが丹精込めて育てたハーブとベビーリーフを使ったサラダに、ブロック肉からひき肉にして作る本格的なミートローフ、家で数日前から煮込んでいるシチューもじつに食べ頃だった。さらに冷蔵庫には、ユマが持参したケーキもある。
いつもより少し飾った部屋で、ゆったりしたジャズを流しながらの会食、それはそれで、特別なお正月の過ごし方といえよう。
食事が済み、茶を淹れる段になったところでセリオスが席を立った。
「あ、そうだ。ハーブティーにしよう! いいのがあるんだよ。昨日届いたやつでさ……」
「いつもの紅茶かコーヒーでいい。納屋は外だし寒いだろう」
止めようとするクローラに、
「いいっていいって、こういうときはスペシャルなものにしなくちゃ」
手を振ってセリオスは、クローラにだけわかるようにウインクした。
「目にゴミでも入ったか? 目薬ならそこの棚の……」
「ああそうね、これかな、サンキュ」
などと言いながらしゃがむ振りをして、セリオスはクローラに顔を寄せ耳打ちした。
「あいかわらず堅物だなあ……気を利かせたんだよ」
頑張れ、とさらに一言小声で告げて、
「じゃあ取ってくる。奥のほうにしまったから時間かかるかも、ごめんね」
セリオスはコートを羽織って出て行った。
「すいません、ありがとうございます」
ユマがその背に言葉をかけた。
――あいかわらず堅物、か……気を利かせた?
そうか、とここで豁然としてクローラの視界が開けた。理解したのだ。
――プロポーズか!
やはり長年のパートナーだ、一度も口にしたことがないにもかかわらず、セリオスはクローラが肚を決めたことを読んでいたらしい。
食事よし、会話の盛り上がりもよし、ムードもよし……今日するつもりはなかったが、たしかにベストのタイミングだ。
「窓の外……雪だな」
「あら、本当に」
とユマの視線を逸らせてその隙に、彼は用意していた小箱を自分の膝の上に置いた。改めて彼女を呼ぶ。真顔で。
「ユマ」
「なんですか? クローラ」
緊張のあまり、手をかすかに震えさせながら彼は言った。
「あなたの作る料理が食べたい」
「いいですよ。今度ここに来て作りますね? なにがいいですか?」
――ダメだ。俺も人のことは言えないが、ユマは天然鈍感……これは通じない……。
「できれば毎日」
これでどうだ――と、ちょっと思ったクローラである。
「お弁当を作るんですか?」
思わずカクっと前のめりになりそうなクローラだった。予想してしかるべきだった、この反応は。
もうこうなったら最後の手段だ。
「というか、『堅物』の自分が、なにを小細工していたのか……!」
と口に出して、ついにクローラは言った。叫ぶように!
「俺と結婚してください!」
そして同時に床に膝を付き、小箱をあけて彼女に捧げ見せた。
小箱の中身が、婚約指輪なのは言うまでもないだろう。
頭を垂れ、じっと、彼女の返事を待った。
クローラの人生で一番長い数秒が過ぎた。いやそれは数秒どころか、たったの一秒であったかもしれない。
「……ごめんなさい」
「えっ!」
「あ、いえいえいえいえ! ち、違うんです、いまの『ごめんなさい』は、クローラがさっきから何度もプロポーズの言葉を口にしていたことに気づかなくてごめんなさい、という気持ちの『ごめんなさい』であってですね! こ、このもったいないお申し出に対してはですね、ええ、あの……私今日、しゃべりすぎですか?」
こんなに慌てふためくユマを、これまでクローラは見たことがなかった。真っ赤になってあたふたとしている。
「で、も、もう一度『ごめんなさい』と言いますが、これは返事をとちってごめんなさいの『ごめんなさい』ですのであしからずです! それで! いまから本番の返事をします……」
すーはーと深呼吸すると、ユマ・ユウヅキは満面の笑顔になって言ったのだった。
「はい!」
喜んで! とダメ押しで付け加える。
「お願いします……」
彼女が差し出した薬指に、クローラは宝石の指輪をはめた。
そしてクローラは立ち上がり、ただ黙って、ぎゅっと彼女を抱きしめたのである。
ユマの体温、香、細い肩……そのすべてが愛おしい。
クローラは目を閉じ、天国にいる父母に祈った。
――どうか見守って下さい。貴方達の目指したパラミタで、俺達は幸せになります。
抱き合ったまま二人は動かない。
いつまでそうしていただろう、ぽつりとユマが言った。
「慌てふためいてごめんなさいね、私も……堅物なんです」
「じゃあ、お似合いの夫婦だな」
クローラは、笑った。
ユマの手が弛んだ、クローラの腕も。
キスの予感……。
けれどこのときドアがバタンと開けられ、冷たい風が吹き込んだ。。
「おんめでとうーー!!」
破裂音!
「すわ銃声か!?」
反射的にクローラは腰の銃(非番なので下げていないが)に手をやった。同時にユマをかばって自分の背後に回している。
「あー……『驚いた?』って笑うつもりだったんだけど……えー、ごめん」
クラッカーを手にしたまま、セリオスは困ったような顔をして苦笑いしていた。クラッカーの先からは、伸びた紙テープがべろーんと垂れ下がっている。
「いや、俺こそすまない。大規模な軍事作戦が続いて神経が張り詰めてたのかもな」
「骨の髄まで軍人でしたってオチ? いいんだけどね、思い知ったよ……ははは」
ほっと安堵の息をつき、三人は元のようにテーブルに着いた。
いや違う。元のように、ではない。クローラの隣にはユマが腰掛けた。さっきまで正面に座っていたのに。しかも互いに寄り添うようにしていたのだから、さすがのセリオスも少し照れた。
「窓の外から見てただけだから声は聞こえてなかったんだよね……なので一応、確認しとく。首尾は?」
「ちょっとドタバタしたが、終わりよければすべてよし、という感じだ」
「セリオスさんのおかげです」
「よしよし! で、これ持ってきた。納屋からね」
セリオスが取り出したのは、ハーブティーではなくシャンパンのボトルだった。
「デザートでもいいけど、パーティの続きといこうよ。祝杯だ!」
かくて景気よく、シャンパンの栓が空に飛んだのだった。
「ではまず、ユマに」
注ぎながらセリオスは言った。
「いやあ、僕からもお礼を言うよ。OKしてくれてありがとう。でさ、この堅物を柔らかくするいい方法はないだろうか」
ありがとうございます、とグラスを上げて、ユマはくすっと笑った。
「無理ですね」
「うわ無理なの?」
「だって私も、堅物ですから」