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東カナンへ行こう! 5

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東カナンへ行こう! 5

リアクション

 リカインアルクラントたちはトレジャーセンスといった探知系スキルを駆使して、残る3人の子どもを捜索する。それぞれが地図を持ち、捜索区域が重ならないように割り振って、一定時間ごとに聚合と分散を繰り返しては次の地域へ移動するというのを繰り返した。
 ときどきピカッピカッと強力な光を発しているのは、神の目を用いている河馬吸虎だ。びくびく、おどおど、怖がりで人見知りなチキンだけれど、リカインに言われたこともあり、河馬吸虎は河馬吸虎なりに役に立とうと必死なのだろう。
「まったく、この子でさえこんなに頑張っているというのに、あの自宅警備員悪魔は」
 はーっとため息をつく。
 リカインいわく自宅警備員悪魔、ウェイン・エヴァーアージェ(うぇいん・えう゛ぁーあーじぇ)は、召喚された早々にリカインに向かい
「どうして呼び出したりなんかするんだよ!? 召喚って一方通行で、サッと帰ったりできないんだよ? おまえ、僕がおまえの役に立つと、本気で思ったりしたわけ!? あ、もしかしてバカ? マジでバカなの? バカなの死ぬの?」
 などとケンカをふっかけ、言い争いをして不機嫌度数MAXという様子で口汚い言葉を連発したあげく、さっさとどこかへ姿をくらましてしまったのだった。
「ほんっと使えないやつ!」
「あー、あれ。いやー面白かったねぇ」
 そのときのやりとりを思い出して切が笑う。
「自宅警備員悪魔?」
 セテカは眉を寄せ、リカインに気遣う視線を向ける。
「あ、セテカは知らないんだっけ。えーとね、ウェインさんっていう、リカインさんの新しいパートナーで――」
 と切がセテカに説明をする間も、むしろウェインの名前を耳にすることでリカインのイライラは募っていくばかりで。
「ああ、今思い出しても腹が立つっ!」
 2人の様子を見れば、いいかげんあきらめた方がいいとだれもが思うだろう。だがリカイン本人にはそのつもりはまったくなさそうだ。きっとこれからも、ニート悪魔を呼び出しては腹を立て、ぶつぶつと文句を言い続ける日々がしばらく続くに違いない。
 ムカっ腹をたてているリカインに、狐樹廊は扇で隠した口元でそっとため息をつく。
「かといって、このまま放置しておくのもよろしくないかと。手前が捜しに行きましょうか?」
「いいわ、ほうっておいて。どうせその辺の人目につかない所で寝っ転がってるに違いないんだから。あれに悪さなんてできるわけないんだし、アガデを出るときに拾っていけばいいわよ」
「へぇ」
 それもそうかと狐樹廊も納得し、それ以上ウェインについて考えるのはやめることにした。
 そうこうしているうち、だんだんと捜索を終えた範囲の方が地図上で広くなっていく。
「残り1時間弱か。
 この地域は特に細路地が多くて入り組んでいる。見逃しのないよう気をつけてくれ」
「了解っ!」
 そして散ろうとしたとき、「待って」とリカインが止めた。
「あと1時間しかないなら、セテカくんは城へ戻るべきよ」
「しかし」
「パーティーには絶対遅れちゃだめ。ただでさえ慣れない東カナンでの婚約披露パーティーなんだから、シャムスくんを普段以上に気遣うべきよ。1人で入場させるなんて言語道断だわ。
 指輪は必ず見つけて届けるわ。だから捜索は私たちに任せて、セテカくんは城で支度にとりかかって」
「リカイン……。
 分かった。ありがとう。すまない」
 ほかならぬ心友リカインからの言葉に、セテカは反論をやめ、素直に従って城へ続く道に去って行った。
「さーて。大見得切った以上、なんとしても見つけなくちゃね」
 気合いを入れ直すように、パシッと両手を胸の前で打ち合わせる。
 セテカの抜けた分、ざっと捜索区域を割り振り直すと、彼らはあらためてそれぞれの担当区域に分散していった。


 前を歩き、左右の路地へ目を配りながらもアルクラントはちらちらと少し下がって歩くシルフィアに視線を送っていた。
 なんとなく、あの預かり書に描かれていた婚約指輪を見ていたシルフィアの様子が気になってしかたがない。今は全然そんな様子はないけれど、あのときのシルフィアはなんというか……そのぅ……なんというか、だったのだ。とにかく。見つめている時間も、ほかのだれよりほんの少し長かった気がする。
(指輪か……)
 うん、そうだな。そろそろそういうのもいいかもしれない。
 彼女の指に指輪をはめるということについて考えて、何の気負いもなくそう思えるっていうことは、たぶん私たちはそういう時期にきているんだ。
「シルフィア」
「んっ? なに? 見つけたの?」
 通りすがりの商店の店先に並ぶ小物に目を奪われていたシルフィアが、あわてて横に戻ってきてアルクラントを見上げる。
「あ、いや。そうじゃなくて」
 ああでも、歩きながらする話でもないか。
 足を止め、辺りを見回して、人目にあまりつかない、かといって危険な路地でもない、ちょうどいい日当たりの日干しレンガ造りの店の壁までシルフィアを連れて行く。
「なんなの? アルくん」
「あのね、シルフィア。近いうちに指輪を見に行こうか」
「ふぇ? 指輪?」
 一瞬シルフィアは意味が分からず小首を傾げ、「あ」と思い当たる。
(やっぱり気づかれてたんだ)
 ちょっと長く見つめすぎちゃったかな、と自分でも気にしていて、でもアルクラントは何も言わなかったからきっと気づかれてないとほっとしていただけに、今言い出されるのは不意打ちだった。
 カッとほおに熱がくる。
「あのっ、あれはね、きれいな指輪って思って見とれてただけで、べつに、ほしいなって思ったわけじゃなくて……ううん、ちょっとは思ったんだけど、でも催促してるわけじゃ……」
「うん。催促されたとは思ってないよ。ただね、私もあの絵を見て、きみに贈りたいと思ったんだ。
 だからシャンバラへ戻ったら、なるべく早いうちに、一緒に見に行こう」
「……本当?」
「ああいうのはよく分からないんだが……んー、そうだな……3か月分じゃあ足りないかな」
 うーん、と考え込むアルクラントの姿に、シルフィアはふふっと笑う。
「アルくん。そんなこと気にしなくったって、アルくんのくれる物だったら何だって嬉しいわよ。たとえ夜店の景品のおもちゃの指輪だってね」
 指輪。
 アルくんが指輪を贈ってくれる。ワタシに贈りたいって思ってくれてる……!
 もうそれだけでふわふわとした幸せな気分になって、シルフィアは天にも昇る気持ちだった。本当に、夜店の500円の指輪でもよかった。それを贈りたいと思ってくれた、アルクラントの気持ちこそ大事だと、分かっている。
「さすがに夜店の景品はひどいな」
 ぷっとアルクラントは吹き出して、笑んだ口元で怒ったフリをする。
「私の想いはそんなものじゃない。
 やはり3カ月分では足りないな。私の人生一生分でどうだろうか」
「……へ?」ぱちぱちとまばたきをする。「え、ちょ……何の話?」
「意外ときみも鈍いな。それともわざと言ってるのかな?
 この状況で冗談言えるタイプじゃないと、自分では思ってるんだけどな。
 つまりはその……そういうことだ」
 言い諭しているうちに、なんだか照れくさくなってきて。
 ごほごほと咳払いをして、アルクラントも上気する熱を感じつつ視線をそらした。
「アルくん……?」
「べつにたった今、急に思いついたわけじゃなくて前々から考えてはいたんだよ。きみと出会って2年、思いを伝えあって1年だ。そろそろいいと思うんだけど……どうだろうか……?」
 話しているうち、だんだんとうわついていたアルクラントの心も落ち着いてきて、再びシルフィアを真正面から見る。
「いや、こんな聞き方はダメだね。
 私の行くべき場所、君の行くべき場所。一緒に探して、見つけて、歩んで生きたい。
 シルフィアには、ずっととなりにいてほしい」

 ――――――はっ!
 まさかこれって、つ、つつつつ、つまり!?

(えっ? ええ? えええええ???
 ど、どうしよう……。そ、そそ、そんなっ。心の準備なんていつでも――って言うか、シャンバラまで待たなくて今すぐでも、でもでもでも……っ!)
 …………………………………………………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………………………………………。
 ……あーーああ、あああっ、あああああああああっ!! 何考えてるのワタシ!?
 ちょ、落ち着け! いいから落ち着いてワタシ! 変だから! 今、絶対変だから!!
 ちょっと1回深呼吸!!

 すー、はー、すー、はー。
 くるっとアルクラントに背中を向け、彼が視界にいない状態で、念のため、2回深呼吸をした。
 そして再びくるっとアルクラントの方を向く。
「……本気?」
「うん」
「本当に、本気?」
「うん」
「本当に、本当に、本気?」
「うん。これは本当に私の本気だ」
 固い声だった。
 アルクラントの手がこぶしをつくり、緊張した面持ちで返事を待っていることにようやく気づく。
 取り乱しそうになるくらい緊張しているのは自分だけじゃないんだと思った瞬間、すとんと心が落ち着いた。
 アルくんのとなりは誰にも渡さないし、ワタシの隣を歩くのもアルくんだけよ。
「……ふ、不束者ですがぁぁ…」

 そのとき、ガラガラガラッと何か固い物が崩れる大きな音が響き渡った。
「今のは?」
「向こうはリカインさんたちの担当区域だ」
「見つかったのかしら」
「行ってみよう」
 駆け出したアルクラントの横について走りながら、シルフィアはつくづくと彼を見た。
(ああ、やっぱりアルくんは、かっこいい)
「あのね、アルくん」
「うん?」
「指輪を取り戻したら、お城でパーティーに参加するでしょ?」
「うん」
「一緒にダンスを踊ってね。ほかの人と踊ったりしないで、ワタシとだけ、最後まで踊ってね」
 小さなおねだり。
 アルクラントはシルフィアを振り返り、その手をとった。
「私が踊りたいと思うのはきみだけだよ」
「――うん!
 早く見つけて、指輪をセテカさんに届けようね、アルくん!」