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リアクション
「おい。俺たちも向こうへ行かないか」
ふと耳に飛び込んできた要の声につられるようにそちらのテーブルを見た柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、向かい側にセテカが座っているのを見て、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)やリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)にそう提案をした。
婚約パーティーに出席しているものの、やはり取り巻きの貴族たちに囲まれている様子に気おくれしてしまい、いまだあいさつをしておらず、そのことが気にかかっていたのだ。
「そうですね。そうした方がいいかもしれません」
真司と同じく常識人のヴェルリアは賛同し、腰を浮かせようとする。
しかしリーラは違った。
「えー? やーよ〜。今注文した飲み物が届いたばかりなのに〜」
くるっと振り返ったリーラの向こう側にはトレイを持った男性の召使いが立っていて、グラスを5つ置き、それぞれにエフェスと書かれたラベルのついたボトルの液体をそそいでいった。
その色、泡立つ様子から、ビールだと分かる。
しかし、5つ?
この席は5人用テーブルだが、腰かけているのは真司たち3人である。しかもヴェルリアは未成年……。
「――おい。それはもしかして……」
「もっちろん。全部私が飲むのよ〜」
うっふっふ〜。
召使いが一礼して去ったあと、にやつきながらリーラは5つのグラスを手元に引き寄せ、そのうちの1つに口をつける。
エフェスは度数が小さく、すっきりとした口あたりで飲みやすい。酒好きのリーラからすれば炭酸ジュース、酎ハイのようなもので、少しもの足りなく感じるかもしれなかったが、今日の料理にはすごく合った。
「んー、キンキンに冷えてておいしーい」
グラスを一気飲みして、じーんと感じ入る。
「飲み終わったのなら行くぞ。さっさと立て」
「んもー、せっかちねえ〜。そんなだと女の子に嫌われちゃうわよ〜」
「何の話をしているんだ、何の話を」
「大半の女の子はせっかちな男はキライって話〜」
自分の口にした言葉に、ククッと面白そうに笑う。その様子に、リーラがかなり飲んでいることに遅れて真司は気づいた。
リーラは酒豪でザルなため、面にはほとんど表れないので気づかなかったが、この席についてからひっきりなしにグラスを口元へ運んでいる。
「おい、リーラ。あんまり飲み過ぎるなよ」
「んん〜? いいじゃなーい、酒のボトルの1本や10本や100本。心配しなくたって、これっくらいで在庫を心配するほどの備蓄じゃないでしょ〜? このお城〜。これっくらい、びくともしないわよ〜」
と、座った視線が、じっと彼女を見つめているヴェルリアと合った。
「ヴェルリア。あなたも飲んでみなさいよ〜。これ、おいしいから〜」
「あ、はい」
あまりに自然にすすすっとグラスを差し出されたものだから、つい受け取ろうとしたヴェルリアの手を真司が掴んで止めた。
「未成年に酒をすすめるんじゃない」
「も〜、お堅いんだから〜。未成年といったって、あとひと月ふた月で二十歳じゃないの。
じゃあこれは〜?」
リーラはテーブルに乗っていた透明な液体の入った瓶を引っ張り寄せて、カラのグラスにそそいだ。
「なんですか? これ」
「ラクっていうそうよぉ。別名、ライオンのミルク」
「ミルク? ですか?」
クン、と鼻を近づけると、少しツンとしたセリのような匂いがした。
「そうよ。これに水をそそぐとね〜?」
冷水の入った美しいガラスのデキャンタから、少量の水を入れる。するとグラスに入っていた透明な液体は、あっという間に白濁してしまった。まさにミルクだ。
その不思議さに、ヴェルリアは素直に驚く。
「わあ! すごい!」
「ふっふっふ。でしょ〜? 甘くておいしーのよ〜」
さあ飲んで飲んで。一気に飲んで。
そのいかにもな笑顔、勧め方が、またも真司の第六感にピキンと触れた。
「俺が味見する」
「あっ」
口をつけようとしたヴェルリアから奪い取って飲む。
直後、喉を焼きながら胃に落ちていく強烈なアルコールに、ごほごほと咳き込んだ。
ミルクとは名ばかりで、ラクは軽く45〜50度を超える酒である。口あたりは甘く、濃く、まったりとしていて甘酒のようだが、だからといってグラス一杯も飲むと一気に酔いが回る。水で薄めて飲むものだが、リーラはほんの少ししか水を加えておらず、真司が口にしたのはほとんど生だった。
ヴェルリアがあわてて背中をさする。
「大丈夫ですか? 真司」
「……リー……ラ、おまえ……何て、物、ヴェルリアに、飲ませ……」
もちろんリーラはグラスごととっくにその場から消えていて、真司が落ち着いて身を起こしたときにはもう影も形もなかった。
「まったく、あのばかは」
「真司。とにかく座ってください。少し休みましょう」
「ああ」
こほ、とまだ喉に残るラクの感触に空咳をしている真司に、ヴェルリアは水の入ったグラスを差し出す。
小さく咳をしながら水を飲む真司をじっと見つめて。
飲み終わるのを待って、言った。
「……あの。さっきの話ですけど。
私……私は、真司のこと、好きですよ?」
「ん?」
最初、真司はヴェルリアが何を言っているのか分からなかった。
(さっきの話?)
まったく気にしていなかったので、真司の記憶に残っているのは、ああそういえばリーラが何か言っていたな、ぐらいのものである。何を言われたかよく覚えていない。
しかしヴェルリア本人は少し赤らんだほおで、言えてよかったというようににこにこ笑っている。それを見ると「何のことだ?」と訊き返すこともできず、真司は無難に「ありがとう」と言うにとどめた。
「まったく、リーラのやつ……。
とりあえず、俺たちだけでもあいさつに行こう」
「はい」
ヴェルリアはうなずき、真司のあとについてフロアを横切り要たちのいるテーブルへと近づく。そこにはいつの間にかシャムスも合流していて、セテカの座る椅子の背もたれに手を預けて立って話をしていた。
美しい、真っ白な総レースのドレス。髪飾りも手袋もハイヒールも、ドレスに合わせて作られたとひと目で分かる品だ。それらをまとったシャムスは、まるで花嫁のようにも見えた。
「シャムスさんのドレス、とってもきれいですね〜」
「そうだな」
(私もいつかあんなドレスを着て、真司の横に立てたらいいな……)
そう思った一瞬後、胸に浮かんだ光景にヴェルリアは耳の先まで真っ赤に染まって、あわててうつむいて隠したのだった。
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