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東カナンへ行こう! 5

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東カナンへ行こう! 5

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●対  峙


 まったく、こんなはずじゃなかったんだが、と暗い影が伸びる細路地を走り抜けながら白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は今日何度目になるか分からない言葉をつぶやいていた。
 彼は今、アガデを守る警備兵に追われて逃げている最中だった。
 かつてこの地でシャンバラ有志たちによる慰問コンサート『MG∞』が開催されたとき、竜造は領主バァル・ハダド(ばぁる・はだど)を殺害しようとしたことから、東カナンでは指名手配を受けていた。
 そのときの彼の行動は大胆かつ派手だった。竜造らしいといえばらしいが、そのため大勢の者に目撃され、結果、竜造および彼の仲間の人相書きや特徴などは警備兵の頭にたたき込まれている。加えて今日は、南カナンから領主シャムス・ニヌア(しゃむす・にぬあ)の一行の来訪が予定されており、さらには12騎士になる前は彼らの上官であったセテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)の婚約パーティーが開催されるとなれば、彼のような者の侵入を警戒し、警備が通常以上に厳しくなっているのは当然だろう。
 その上、竜造は知らないことだったが、現在セテカの婚約指輪の盗難事件が発生していることから、街の各所に設置されている門では特に厳重な検問が敷かれていた。それこそネコの子1匹ただでは通れない包囲網だ。
 竜造はそれに引っかかったというわけだった。
「いたぞ! やつはあそこだ!」
 やっとまいたと思った直後、竜造が通り過ぎたばかりの路地の先の大通りから、あきらかに彼を発見した兵士の発する声がして、チッと舌打ちをする。
「冗談じゃねぇ。あんなやつら引き連れて行くなんざ、ヤボすぎる」
 もう彼とそっくりの格好をして呼び出し状を持ったポムクルさんは相手の元へ到着しているはずだ。今さら計画変更は不可能。
 幸いアガデの市街地は細路地と小門だらけの迷路的な構造になっている。それだけ死角となる場所も多く、身をひそめてやりすごす場所はいくらもあった。もちろん地の利は向こうにあるだろうが、いざとなればこれを活かして戦うこともできるだろう。
 しかしそれでは面倒が増えるだけだ。それは最後の手段として、まだ振り切れる可能性が十分ある今はひたすら走るのみだった。


 はたして、待ち合わとした高台に人影はあった。
 しかしそれはあきらかにカイン・イズー・サディクの持つシルエットではなかった。彼女より背が高く、もっとがっちりとしていて、あきらかに男のものだ。
 視線に気付いた黒髪の男が振り返り、上がってくる竜造を見た。
「カインを呼び出そうとしたのはあなたか」
 竜造が十分近づくのを待って、カファサルーク・イシュレイマ・アーンセトは言う。
「カインは来ません。誤解のないよう言っておきますが、彼女はあなたの呼び出し状を受け取りました」
 カファサルークは手にしていた竜造の呼び出し状を彼に見えるように持ち上げる。
「『来ないならこっちから出向いて2人の門出を血と騒乱で染め上げる事にする』――このような内容で彼女を動かすことはできません。あなたは彼女のことをまったく分かっていない」
 カインはそれを読み、そして一切興味が持てないという様子でゴミ箱へ落とすとカファサルークの差し出すマントをはおって部屋から出て行った。今日は都外の客が多い。バァルのそばから離れるわけにはいかない。
 カインはセテカをバァルの命を幾度も危うくした者として嫌っている。セテカがどうなろうと知ったことではない。そもそも、カインを動かすことができるのはバァルに関することのみで、それ以外は彼女の目にはどうでもいいことにしか映らないのだ。
「ですが、おれは違います。こんなことを書いて寄こすあなたを放置することはできない」
 カファサルークの左手が腰の剣を抜くのが見えた。一刹那ののち、竜造の死角を突くように切っ先が下から突きつけられる。
 竜造は数時間走り続けたことで消耗している上、目的の相手が来なかった衝撃からまだ冷め切っていない状態だったが、それらを抜きにしてもその動きは速く、完全に虚を突かれてしまった。
「……てめぇ」
「動くな。
 領主暗殺未遂犯としてあなたの身柄を拘束する」
 生真面目なカファサルークの黒曜の瞳が真っ向から竜造の目を射る。
 次の瞬間。
「ざっけんな!! テメーごときが相手になるか!!」
 爆発する怒りにあかせた竜造の蹴りが飛んだ。
 これをカファサルークは横に引いてするりとかわし、足はマントをかすめただけに終わる。しかし、体が動いたことでかまえが崩れた。カファサルークが立て直す前に剣の腹を強く払った竜造は、その動きのままに巨大な片刃剣、神葬・バルバトスの柄に手をかける。
 激怒にかられ、抜きざまに上段からの一刀両断をかけようとした直後、竜造の耳に坂を上がってくる複数の警備兵たちの声が届き、ぴたりと動きを止めた。
 剣をかまえたカファサルークを見る。
 これがカインであったなら、危険を冒す価値はあったかもしれない。しかし相手がこの男では意味がない。
 竜造は燃え上がった頭を冷ますように、深く腹の底まで息を吸い込み、吐き出した。
「チッ。
 おい、テメーがあいつとどういう関係か知らねーけどよ。やつに言っとけ。その首は俺のモンだ。必ず手に入れてやるとな!」
 そして風術を起こし、カファサルークがあおられている隙にその横を抜けると、柵を飛び越えて一気に下へ飛び下りた。途中で生えていた木を使って落下ダメージを半減させ、家屋の平屋根へ転がって下りる。一般人には到底真似のできない行為だ。
「カファサルークさま!」
「――追います」
「はい!」
 その後、警備兵とともにカファサルークは時間が許す限り竜造を捕縛するために捜索を続けたが、竜造を見つけることはできなかった。