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リアクション
ヒポ谷の生徒たちがまだまだそんな試行錯誤を続けていた頃。
樹海では、建設途中に鏖殺寺院の攻撃部隊に爆破され、半壊してしまったヒポグリフ用厩舎の修理と、続きの建設工事が行われていた。
「そろそろ、完成が近づいて来ましたね……」
歩兵科のロイ・ギュダン(ろい・ぎゅだん)は満足そうに、屋根を葺いている最中の厩舎を見上げた。作業と警備のために人員を増やして欲しいと、この作戦の総指揮である林 偉(りん い)に要請したのだが、本校や《工場(ファクトリー)》の警備、本校側の厩舎の建設にも人数が必要な上、空京など他の方面でも色々と作戦が展開しているため増員は認められず、もう一度襲撃を受けたらどうしようかと冷や冷やしながら作業を続けていたのだ。
「ロイ様、お茶が入りましたので少し休みませんか。みかんもあります。皆様もいかがですか?」
メイド服の下になぜかロングスカートを重ねばきし、頭には軍用ヘルムといういでたちの、ロイのパートナーの剣の花嫁アデライード・ド・サックス(あでらいーど・どさっくす)が、みかんの入ったカゴを片手に声をかける。ロイはアデライードの所へ行くと、ありがとうと礼を言ってみかんを受け取った。
「今度こそ、無事に完成しそうですわね」
アデライードはほっとした表情で、厩舎を見る。
「ですが、問題も残っています。防火用の水槽です」
切り株に腰掛けてみかんをむきながら、ロイは難しい顔になった。
「小さな水源は何ヶ所かあるので、水飲み場の水にはとりあえず困らないのですが、防火用となると一度に大量の水が必要になるでしょう? この近くには、沼や川といった、大量の水を取水できる場所はありません。いっそのこと、水浴び用に池を作って常時水をためておいて、防火用水と兼ねることにした方がいいのかも……」
「でしたら、その作業も早めに取り掛かった方が良いですわね。水がたまるのに時間がかかりそうですもの」
アデライードは巨大なハンマー形の光条兵器を取り出した。
「早速、水飲み場のまわりをこれで整地して参ります。ロイ様はもう少し休んでいてくださいませ」
そう言い残して、水飲み場の方へ行くアデライードを見送ってから、ロイは空を見上げた。
「今頃、『彼女たち』はどうしているやら……」
「はーくしょん!」
ヒポ谷にいた黒乃 音子(くろの・ねこ)は、盛大にくしゃみをした。
「やっぱり、この時期にその格好はちょっと寒かったんちゃう?」
メイド服の下にミニスカートをはき、頭にはリボンをつけた音子を見て、パートナーのゆる族ニャイール・ド・ヴィニョル(にゃいーる・どびぃにょる)は心配そうに言う。
「女の子が、足とか腰とか冷やすと良くないんやで? いつもの、教導団の制服に着替えてきた方がええんやないか?」
「うー……」
音子は自分の足元を見下ろした。一応ニーソックスははいているものの、制服のズボンに比べれば確かに防寒性はない。
「いや、でも、ロイとアデライードが《工場》側の厩舎を完成させようと頑張ってるんだから!」
ぶるぶると首を横に振るが、それは否定の意味ばかりではなく、寒さのせいもあったようだ。
「頑張る方向が違うような気がするんやけどな〜。メイド服好きなヒポグリフが居たら、それはそれで問題のような気ィするし」
「リボンとエプロンの紐は受けたし! それにニャイールだって、みかんあげようとして嫌われたじゃないか」
首をひねるニャイールに、今度は音子がツッコミを入れる。ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)の後ろでくくった髪といい、エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)の三つ編みおさげといい、ヒポグリフたちはどうも馬の尻尾状のものやリボン状のものが揺れたり風になびいたりするのが気になるらしく、今も一頭がさかんに音子のリボンをくちばしで引っ張っている。
「けど、その後遊びに誘うんは成功してるで? ま、まあ、だいぶ損害は出たけどなー……」
自分を睨む音子が再び突っ込もうと口を開く前に、ニャイールは自ら突っ込んだ。実は、ニャイールもセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)同様、ヒポグリフをボール遊びに誘った。セオボルトたちがやって見せて一週間もすると、ヒポグリフたちはボールをつついたり蹴ったりして転がして自分で遊ぶことを覚えたのだが、ボールが割れるものだということを知ると、ボールを割る方に興味を持ってしまったのだ。ニャイールが持ってきたボールが本校のレクリエーション用の備品だったため、ニャイールは教官からお叱りを受けてしまった。その後は、ぼろ布を丈夫なロープで球形にまとめたものを遊び道具にしている。と言っても、ニャイールが投げたものを追いかけてつつき回したり、くわえて投げ上げたりという感じで、やはり『取って来い』はまだ出来ない。
「もう一つ用意して来たものも、気に入ってもらえたようで何よりですな」
「あれはやめて欲しいのだが……」
満足そうなセオボルトと対照的に、レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)が顔をしかめて見ているのは、数頭のヒポグリフが引っ張り合いをしている、やはりぼろ布をロープでまとめて作ったかかしのような、『レーゼくん人形』だ。顔は「へのへのもへじ」だが(しかし「の」の字はちゃんとレーゼマンの目と同じ緑色だ)、廃棄予定だった古い制服を着て、頭にはご丁寧に薄茶色の毛糸で髪をつけてあり、レーゼマンがモデルなのは一目瞭然だ。
「親しみを持ってもらっているのだから、良いではありませんか」
はっはっはっと笑いながら、セオボルトはレーゼマンの肩を叩く。
「いや、何か違うぞ、あれは……」
レーゼマンは納得できない様子で呟く。
「そろそろ、こちらが楽しみを与えてくれることは理解したのではないかのう。サクラ、ちょっと直接戯れてみぬか?」
ルイス・マーティン(るいす・まーてぃん)のパートナーの英霊グレゴリア・フローレンス(ぐれごりあ・ふろーれんす)が、もう一人のパートナーであるヴァルキリーサクラ・フォースター(さくら・ふぉーすたー)に言う。サクラはうなずくと、ヒポグリフを驚かせないようにそっと近付いた。いったん立ち止まると、手招きをしながらバーストダッシュを使ってひょいひょいと後ろへ飛ぶ。ヒポグリフは興味を引かれたようで、軽い足取りで追いかけて来た。
「そうそう、鬼さんこちら、ですよー」
サクラが空に舞い上がると、ヒポグリフもそれを追って飛び立った。
「おお、ちゃんと人間とも遊べるようになったではないか!」
グレゴリアがぱちぱちと手を叩く。
「うむ、こちらから触って世話をしたり乗ったりするまでもう一息と言うところかな」
教官も満足そうにうなずく。
このように、ヒポグリフとの接触が比較的順調に進み、谷に来た当初のようにヒポグリフを怒らせたり嫌がられたりしなくなったのは、ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)や、百合園女学院のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)のパートナーである英霊フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が観察記録をつけてきた功績が大きい。
「成獣と幼獣の違いは、体毛の色と、体の前半分の羽毛がややほわほわしていること。もちろん体は成獣に比べて小さいし、飛行速度も遅いけど、その分小回りが利く。飛行速度は最高で時速に換算して100km程度。ふだんゆったり飛んでいる時がその五割から七割。一日のうちで飛んでいる時間は、午前中に2時間、午後に2時間くらい。行動範囲があまり広くないので、長時間飛び続けることが可能かどうかはデータ不足でわからない……か」
手帳を鉛筆の尻でコツコツ叩きながら、ウォーレンが言う。
「乗った時は、地上のバイクに乗ってるようなスピード感だと思えばいいのかな?」
《工場》の警備からヒポグリフ部隊に回って、二人と一緒にヒポグリフの観察を始めたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が首を傾げた。
「そうだな。生身で乗るわけだし、事故ったら結構大惨事かなあ……」
ウォーレンは唸った。特注の鞍の他に、軽量かつ丈夫なヘルメットとプロテクターを用意して欲しいと技術科に要請はしてあるが、万一乗っている最中に空中に放り出されたら大変なことになりそうだ。
「で、食べ物の方はどうだった?」
「光学迷彩で邪魔にならないように隠れて、ばっちり調べて来たぜ」
ミューレリアは、自分で作った『ヒポグリフノート』を開きながら、得意そうに言った。
「文献では馬が好物だってなってたけど、このあたりに野生の馬は居ない。岩場に住んでるヤギみたいな動物とか、他の小動物とか、あと大型の鳥や、自分より小型で弱い幻獣なんかも狩ってるみたいだな」
「いや、追い掛け回されて大変だったんだぜ?」
ルイス・マーティン(るいす・まーてぃん)のパートナーの獣人ロボ・カランポー(ろぼ・からんぽー)が首を振る。ちなみに、ルイスは無理やりヒポグリフに乗ろうとして怒らせてしまったことを反省し、自ら謹慎ということで本校側の厩舎の建設工事に参加しており、現在谷には居ない。
「狼に変身して、藪に隠れて観察してたんだが、あいつら目がいいんだな。上空から急降下攻撃されて、うっかり餌になるところだった」
「とっさに光学迷彩で隠して助けたけど、『あれ? ご飯どこ行った?』って感じできょろきょろしてて、ちょっと可愛かったよな。あ、ロボを笑ったんじゃなくて、ヒポグリフが可愛かったんだからな?」
くすりと笑ってしまったミューレリアは、ロボに向かって慌てて手を振った。
「……話戻すけど、食べ物は生肉だけ、余分に狩ってどこかに隠しておくような習性はなくて、食べる分だけをその時その時捕まえてる。私たちに寄って来た若い個体はもう成獣と同じものを食べてるけど、小さい仔には、鳥と同じように親が一度噛んだものをやってるみたいだ」
「なるほどな。……やはり生餌か……」
ウォーレンはちらりと、ここへ来てすぐに生餌にされかかったレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)にちらりと視線を向けた。
「謹んでお断りする! 無理やり差し出されてもちゃんと抵抗はするぞ!」
レーゼマンは叫ぶ。
「……まあ、よくよく考えてみたら、供給の問題があるからレーゼ一人差し出したところでな、という気はするし」
レーゼマンを人身御供に差し出そうとした張本人のイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)がニヤリと人の悪い笑みを作る。
「確かに、人間を餌に差し出して、人間全部が餌だという認識を持たれたら、ヒポグリフ部隊を作るどころじゃなくなるか」
ウォーレンも苦笑した。
「ところで教官、鏖殺寺院がヒポグリフたちを狙うということはないでしょうか? 《工場》側の厩舎が狙われたのなら、こちらを狙って来る可能性もあると思うのですが」
フィリッパは、側にいた付き添いの教官に言った。
「いや、今のところ、その可能性は低いだろうと考えている」
教官はかぶりを振った。
「《工場》側の厩舎が狙われたのは、単に手薄で、しかも《工場》の入り口から適当に距離が離れていて、陽動に使いやすかったからだろう。本校側はともかく、《工場》側に厩舎がなくてもヒポグリフ隊の立ち上げ自体にはあまり大きな影響はないし、敵がヒポグリフ隊が作られることを知っていて、それを阻止するつもりがあるのなら、あんな高速飛空艇なんてものを持っているんだ、最初からヒポグリフそのものを殺せば一番早くて簡単じゃないか?」
実際、現時点では、谷で怪しい人影を見たとか、上空を妙なものが飛んでいたという事実はない。
「そうですね……ちょっと神経質になっていたかも知れません」
フィリッパは肩の力を抜いて息をつく。
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