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栄光は誰のために~英雄の条件 第2話(全4話

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栄光は誰のために~英雄の条件 第2話(全4話

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第2章 光の矢

 ヒポグリフ部隊の立ち上げと平行して、本校では、《冠》を使った実験が続けられていた。《冠》を接続して使用する火器を搭載した小型軍用車両『光龍』はテストが成功し、残りの11台を製造中だが、《冠》やそれを使ったシステムにはまだ不明な点も多いのだ。『光龍』は完成次第《工場》及び本校の警備等に投入されることになるため、基礎的な実験に使える時間はもう残り少なくなっていた。
 「SPリチャージが使えないんなら、アイテムを使って解決だぁ!」
 前回のテストのリベンジに燃える神代 正義(かみしろ・まさよし)は、呆れ顔のパートナー猫花 源次郎(ねこばな・げんじろう)を引っ張って技術科主任教官楊 明花(やん みんほあ)の元にやって来た。
 「俺に、これを塗れってか……」
 突きつけられた『SPルージュ』を見てため息をつく源次郎を、実験の手伝いに来ていた深山 楓(みやま かえで)が気の毒そうに見る。
 「《冠》をつける前にそれを塗って、俺に肩車してくれよ、おやっさん!」
 「しかもなんで肩車……二人羽織でいいじゃねえか」
 「《冠》をつける前に『SPルージュ』を塗っても意味はないでしょう。塗ると気力が回復するんであって、一度塗ったら、落とすまでずっと継続的に回復し続けるわけじゃないわよ?」
 もめている二人に向かって、明花が言う。
 「神代さんが塗ってあげるつもりなら、肩車でも二人羽織でもちょっと無理なんじゃ……」 
 言いかけて、楓が軽く吹き出す。二人羽織でルージュを使うところを想像してしまったらしい。
 「ごめんなさい、でも、肩車や二人羽織じゃなく、向かい合って膝をつきあわせて座るなら大丈夫じゃないですか? 『光龍』を使うんじゃなくて、この実験棟の中での実験ならそれでも出来ますよね、楊教官」
 「ええ、とにかく身体のどこかが触れていればいいわ」
 楓の言葉に明花はうなずく。
 「しょーがねえな、そうするか」
 正義は作業室の床にじかに座り込み、『SPルージュ』の他に、『SPタブレット』もゴソゴソとポケットから出してきた。その正面に、源次郎が座る。
 「ち、近いな……」
 「おう……」
 正義と源次郎は微妙かつ神妙な顔で、膝同士が触れあうように向き合って正座した。
 「よし、始めるぞ」
 源次郎は《冠》をつけた。正義はとたんに、「ここまでが自分の身体である」という感覚が膝からさらに先に広がった感じがして、軽く動揺した。
 「な、何だこりゃ?」
 言いながらも、源次郎に『SPルージュ』を塗り、『SPタブレット』を食べさせつつ、出力をコントロールして行く。
 (最初はザコ戦闘員で、だんだん強くなって最後はヒーローの必殺技……)
 そう思っていたのだが、必殺技まで行く前に源次郎がぐったりしてしまった。
 「ちょ、ちょっと待ってくれ、急に力が……」
 慌てて、楓が源次郎にSPリチャージで気付けをする。一方、源次郎から離れた正義は、難しい顔で腕を組んだ。
 「うーん、自分から力が出入りしてるわけじゃないから、おやっさんがどのくらい疲れてきてるか良くわからなくて、回復のタイミングが掴めないんだよなあ。携帯の電池の残量表示みたいに、どのくらいバッテリーが残ってるか判る方法があればいいんだろうが。なあ、おやっさんはどうだった?」
 「最初は楽だったが、最後は力を絞り取られてる感じだったなぁ。あんまり無理に人の力を使おうとするんじゃねえよ」
 ぶるぶると左右に首を振って、源次郎は答えた。
 「ごめんな、ちょっとどのあたりが限界かも試してみたかったんだ。でも、コントロールそのものは、結構イメージ通りに出来るもんなんだな」
 源次郎の頭から《冠》を外してやりながら、正義は呟く。


 実験は技術科研究棟の中だけではなく、完成した『光龍』を使って演習場でも行われていた。
 「兵器として運用するのであれば、何回、どのくらいの時間使えるのか、最大出力がどのくらいなのか確かめておく必要があると思うのであります」
 金住 健勝(かなずみ・けんしょう)はそう言って、パートナーの剣の花嫁レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)と共に『光龍』の活動限界を探る実験をしてみたいと申し出た。
 「がんばりましょうね、健勝さん」
 妙に力が入っているレジーナに、健勝は、
 「いや、頑張りすぎて何かあってもいけないであります。これは自分とレジーナ殿、二人で動かすものでありますから、二人で協力して、リラックスして挑むであります」
 と言ったものの、いざ『光龍』に乗ろうとして、ステップに足をかけたまま固まった。
 「……えーと」
 『光龍』の車内にある《冠》装着者とそのパートナーの座席は、いわゆるベンチシート式である。運転席の後ろにターンテーブルをつけて、その上に砲と、《冠》装着者とパートナーの席、そして照準をつける砲手が乗る座席が据え付けられている。朝霧 垂(あさぎり・しづり)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が試作車のテストをした時は、垂がライゼを膝に乗せるという形で行ったが、基本的には『《冠》装着者とそのパートナーが隣り合って座る』ように作られているのだ。隣に座って、手と手、あるいは腕と腕などで触れ合う形が他の姿勢より自然だと思われること、かつ、スペースの限られる車の中で座席の配置がしやすかったのでこうなったのだが、手をつないだり、べったりくっついて座るのが恥ずかしいので肩に手を置こう、と思っていた健勝にとっては、やりにくいことこの上ない座席配置だったのだ。
 (ここに二人で並んで、自分が肩に手を置こうとすると、ものすごく不自然に腕を曲げることになるか、か、肩を抱く、ということにっ……!)
 「あの、どうかしましたか?」
 背後で、レジーナが首を傾げている。
 「い、いや、何でもないであります! 前回は驚いて手を離してしまったでありますが、今回はそんなことはしないので、安心していていいでありますよ!」
 健勝は、そう言ってぎくしゃくと『光龍』に乗り込んだ。シートに座ってシートベルトを締めると、後から乗って来たレジーナがぴったりとくっついて隣に座った。
 「レ、レジーナ殿?」
 「少し詰めすぎましたか? 試験中に離れるといけないと思ったのですけど、窮屈でしょうか?」
 動揺する健勝に、レジーナは言った。
 「や、いやいやいや! 大丈夫であります!」
 妙に裏返った声で、健勝は否定する。
 「……そうですか?」
 レジーナは不思議そうに健勝を見たが、
 「じゃあ、始めましょうか」
 最初の時よりはだいぶリラックスした様子で、レジーナは《冠》を装着した。
 「大丈夫でありますか?」
 健勝が尋ねると、レジーナは小さく微笑んでうなずく。
 「はい、大丈夫です」
 健勝はうなずき返すと、インカムのスイッチを入れた。
 「金住であります。これから試験を開始します」

 「ううあああああああぁ〜〜」
 健勝たちの後でパートナーのデゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)と『光龍』を使ってみることになっている機晶姫ルケト・ツーレ(るけと・つーれ)は、『光龍』が標的がわりの築山を吹き飛ばして行くのも眼中にない様子で、珍妙な声を上げて身悶えていた。
 ちなみに、『光龍』が発射している光の弾丸は、無属性のエネルギーの塊のようなものだ。築山が吹き飛ぶのはエネルギーをぶつけられた衝撃によるもので、弾丸が爆発しているわけではない。出力を上げれば弾丸に込められたエネルギーが高くなるため、より大きなものが破壊できるのである。
 「るけと、どうした?」
 頭の上にドラゴニュートのクー・キューカー(くー・きゅーかー)を乗せた英霊ルー・ラウファーダ(るー・らうふぁーだ)が、悶えているルケトの顔を覗き込む。
 「もしかして、こわい? なら、るーちゃん、やる。やりたい!」
 ルーは元気良く手を上げて、デゼルと、実験を見守っている明花を見た。
 「いや、怖いんじゃないから!」
 ルケトが叫ぶ。
 「じゃ、なに? おなか、いたい? がまん、よくない!」
 ルーは今度は、ルケトの手を掴んでぐいぐいと引っ張って行こうとする。クーもルケトの首に長い尻尾を巻きつける。
 「ちがうって、そうじゃなくて!」
 ルケトはルーの手とクーの尻尾を振りほどいた。
 「ツーレ、本当に、体調が悪いのなら無理をしなくていいのよ? 他の被験者に先に乗ってもらうから」
 明花がもめているルケトとルーを見る。
 「本当に大丈夫なんです! ただ……」
 言いかけて、ルケトは呆れ顔でこちらを見ているデゼルを見た。『ただ、デゼルとずっとくっついているのが恥ずかしくて、しかもデゼルの方はそれを何とも思っていない様子なのが腹立たしくて嫌なんです』とは口が裂けても言えない。
 「いえ、何でもないですっ! 本当に大丈夫ですから!」
 自分に言い聞かせるように、ルケトは声を張り上げた。