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栄光は誰のために~英雄の条件 第2話(全4話

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栄光は誰のために~英雄の条件 第2話(全4話

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 「はぁ……何か、《冠》のためにエネルギーを使った以上に消耗したような気が……」
 結局、自分で『光龍』に乗ったルケトが、実験を終えてよろよろと降りて来る。
 「まあ、途中でルーが乱入したりとかあったからなあ。でも、意識を失わずにこうやって自分の足で降りて来られるようになったんだから、だいぶ慣れたんじゃないのか?」
 相方のデゼルは飄々としたものだが、ルケトは『そのせいじゃないわぁっ!』と突っ込みたくてもその気力がない。
 「……まあ、要領はだいぶわかってきたけどな。呼吸もあって来て、使用中もちょっと周囲を見たり、SPタブレットを自分で口に入れるくらいの余裕は出来てきたし」
 でも、デゼルとくっついて座るのはまだ慣れないけど、と心の中でルケトは付け加える。
 「では、次は自分たちですね」
 デゼルとルケトと入れ替わりに、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)とパートナーの守護天使リース・バーロット(りーす・ばーろっと)が『光龍』に乗り込む。
 「では、私は《冠》の方に意識を集中しておりますわ。本校の内部にまで敵が入ってくることは考えにくいですが、万一ということもありますもの」
 「我は……そうですね、今日の昼食に何を食べるかでも考えておきますか」
 一応、二人で違うことを考えているのと同じことを考えているのとで威力や制御に差があるかという実験なのだが、小次郎の言葉に、リースはくすくすと笑って、冠を頭に載せた。棘が入り込んで来る感覚は今でもあまり良いものではないが、もうだいぶ慣れた。
 「戦部です、開始します」
 小次郎はインカムに告げた。標的に照準をあわせるのは砲手の役目だが、発射のスイッチと出力のコントロールは小次郎なので、
 (なかなかどうして、他のことを考えながら使うというのもやりにくいものですね……)
 くっついて座っているとどうしても隣のことが気になりますし、と内心苦笑する。それでも無理に昼食のことなどを考えていると、ふとリースの気配が遠くなったような気がした。
 「あれ、なんか急に出力が不安定になったみたいだけど?」
 砲手をしている生徒が怪訝そうな声を上げる。
 「……いや、これもテストのうちです。続けてください」
 小次郎は、リースとつないでいない方の手を振って答えた。

 「予想通り、パートナー同士で別のことを考えていると、コントロールがしにくかったり出力が不安定だったり、ということがあるようです」
 『光龍』から降りた小次郎は、そう明花に報告した。
 「あー、オレがやたら疲れた感じがしたのは、そのせいもあるのか……」
 ルケトが額に手を当てて嘆息する。自分自身にも雑念があったし、他のパートナーの乱入もあったしで気が散ったのは確かだったのだ。
 「結局、現時点では《冠》使用中の魔力気力の回復も、パートナーの様子を見てやってくしかないし……案外使いづらいな、こいつ」
 正義が難しい顔で腕を組み、『光龍』を見る。
 「そういったことを含め、あらゆる意味で、パートナーと呼吸をあわせなくてはならないようですね」
 小次郎が言う。
 「しっかし、色々判らないことが多すぎだよな、これ」
 手にした《冠》を眺めて、デゼルは眉間に皺を寄せた。
 「パートナーの地球人が制御出来るって言うことは、これを作ったパラミタ人はパートナー契約のことを良く知ってたってことなのかねぇ」
 「あー、それは違いますね」
 明花のパートナーで、技術科の教官でもある太乙(たいいつ)が、デゼルの言葉を否定した。
 「《冠》は、古代のパラミタが滅亡する以前に作られたものです。当時のパラミタ人には、パートナー契約という概念はそもそもないはずですからね。その証拠に、量産型機晶姫はパートナーなしで《冠》を使っていたじゃありませんか」
 「……そうでした」
 デゼルは頭を掻いた。
 「だいたい、機晶石だって、どういう仕組みでエネルギーとして使えるんだかまだ良く判っていないんだから。《冠》は既知の技術では理解できないものかも知れないし、技術的なものではなく、魔法的なものかも知れない。あるいは、技術と魔術が複合的に生み出したものかも知れない。パートナーの地球人がコントロール出来たのは、『やってみたら出来てしまった』というレベルのものでしかないのよ」
 デゼルの手から《冠》を受け取りながら、明花が言う。
 「資料が断片的にしか残ってない……というか、肝心なところが根こそぎないのが、返す返すも惜しいですよねえ」
 ここしばらく、太乙と《工場》から発見された資料の読解を進めて来た一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)がため息をつく。
 「巨大人型機械のマニュアルが残ってないかなーと期待していたんですが、ぜんぜんでしたし」
 「それに関しては、最初からなかった可能性もありますけどね。抜けがある状態のものも、今の所出てきていませんから」
 横から太乙が口を挟む。
 「巨大人型機械と《黒き姫》だけが、《工場》内で『一つしか見つからなかったもの』なんです。使用者と開発者だけしか直接関わることがなかったとしたら、保安のためとか、何らかの理由でマニュアルを最初から作らなかった可能性もあります」
 「それなんですが、もしかしたら、《黒き姫》への対抗手段として、あの巨大人型機械が作られたんじゃありませんか?」
 アリーセは、手にしていた鉛筆の尻を太乙に突きつけた。だが、この意見には明花が異論を唱えた。
 「巨大人型機械が《黒き姫》への対抗手段だったとしたら、同じ場所からは出て来ないのじゃないかしら? 一条、《工場》に初めて入った時に、戦闘の痕跡を見つけたことを覚えている?」
 「あ、そう言えばありましたね」
 入り口周辺の壁や床に焼け焦げたような痕があったことを、アリーセは思い出した。
 「と言うことは、《工場》は、敵対する者から攻撃を受けた可能性が非常に高い。《工場》が《黒き姫》を製造するためのもので、人型機械が対抗手段だったとしたら、人型機械が無事にあんな場所にあることはおかしいし、逆に《工場》が人型機械の製造工場だったとしたら、《黒き姫》をあそこに封印なんかせずに、さっさと人型機械を使って葬り去るのではないかしらね」
 「確かに……」
 明花の言葉に、デゼルは唸った。
 「うーん、さすがに、あの人型機械を使って《黒き姫》と戦いなさいなんて、そんな都合のいいことはないかぁ……」
 アリーセはがっくりと肩を落とした。
 「それにしても、古代の技術者は、何でさっさと《黒き姫》を破壊しなかったんでしょうね? 壊しちまった方が、後腐れがなくてありがたかったのに」
 デゼルが教官たちに尋ねる。
 「まず一つ考えられるのは、全部始末するだけの時間や人手の余裕がなかったのではないか、という
ことね」
 明花は生徒たちを見回す。
 「もし、《工場》が『黒き姫』や巨大人型機械の開発中に急襲されたのだとしたら。防戦しながら『黒き姫』と巨大人型機械を廃棄するだけの余裕がなかった可能性はじゅうぶんあるわ。そしてもう一つの推測は……あまりにも頑丈に作りすぎて、物理的に壊すことができなかった。かれらが作ったのは、最強の盾にして矛だった。だから、せめて起動しないように、エネルギーを吸い上げ、カプセルに閉じ込めた上で、あんなメッセージを残し、誰も入れるなと防衛システムに命令した」
 「まさか、そんな……」
 アリーセは引きつった笑みを浮かべた。
 「あくまでも推測だけれど、ありえない話じゃないわよ。鏖殺寺院も、《黒き姫》には随分ご執心のようだし」
 「そのことなんですが、楊教官、我は、次に鏖殺寺院が狙って来るのは《黒き姫》ではなく《冠》の方だと思います」
 小次郎は明花を見た。
 「《工場》内部まで侵入した時に、彼らは目の前の《黒き姫》ではなく《冠》を優先した。圧倒的に自分たちが有利で、簡単に《黒き姫》を入手可能な状況だったと思われるにも関わらず、です。……《冠》は、《黒き姫》を目覚めさせるために必要なアイテムなのではないでしょうか?」
 「そうねえ……」
 口元に手を当てて考え込んだ明花は、ややあって呟いた。
 「《黒き姫》のエネルギーは、《工場》に吸い上げられている。おそらく、生徒たちが《冠》を使って消耗したのと同じ状態にあるんだわ。強大な力を持つ分起動や稼動に大きなエネルギーが必要だとしたら、目覚めさせるためには、ただ《冠》を外すだけじゃなく、起動に必要なエネルギーをチャージしてやる必要があるのかも知れないわね」
 「つまり、今の《黒き姫》は、バッテリーが上がってエンジンがかからなくなった車みたいなもの?」
 アリーセが首を傾げる。
 「『光龍』を配備する時には、くれぐれも敵に《冠》を奪われないように念を押しておく必要があるわね」
 「いっそのこと、『光龍』に自爆装置をつけてはどうですかな? 遠隔操作で爆破させるものと、乗員が使用出来るものと」
 うなずく明花に、青 野武(せい・やぶ)が言う。その背後で、パートナーの守護天使黒 金烏(こく・きんう)と英霊シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)が工具と材料を用意し、手をわきわきさせて明花の許可を待っている。
 「《冠》そのものにつけるならともかく、『光龍』につけてもねえ……。《冠》は抜き差し自由なプラグで接続されているだけだから、プラグを引き抜いて持って走っても、たいして変わらない気がするけれど。車両を爆破したとして、《冠》が車両本体と一緒に壊れるという保障もないし」
 だからって破壊可能かどうかの実験をするのもちょっともったいないでしょう?と明花は言う。
 「む、自爆装置より自動射出装置をつけることを考えるべきでしたかな」
 野武が額を叩く。
 「地上から人間ごと射出するのは洒落にならないから、やめて頂戴」
 明花がぴしゃりと言う。
 「……かと言って、自爆装置がついた《冠》を生徒に装着させるのは、ちょっと……ですよね」
 楓が、そう言いながら《冠》を装着する生徒たちを見た。
 「確かに。そのような装置をつけなくて良い、使わなくて良いならそれにこしたことはありません」
 シラノがうなずいた。
 「自爆装置はつけず、光龍の周囲に守備兵を置くことにしましょう。あわせて、『光龍』の乗員には、《冠》の取り扱いに充分気をつけるよう、私から指示を出しておくわ」
 それでいいでしょう?と言う明花の言葉に、野武たちはやや残念そうにうなずいた。


 「次に狙われるのは《冠》か。しかも、敵は既に《工場》に《冠》がないことを知っている。本校に手を伸ばして来る可能性は決して低くはないであろうな」
 そう考えたフリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)は、『囮』を作ることを明花に提案した。
 「確かに、本校は高地にあり、守りは固い。しかし、本校の敷地の面積を考えると、いったん校内に侵入を許せば、どこに潜まれるか、どこから来られるか判らなくなる可能性はあるだろう。技術科研究棟とは別の建物をそれらしく偽装し、敵の目をそちらに向けてはどうであろうか?」
 「で、具体的にはどこに?」
 明花に聞かれて、フリッツは答えた。
 「技術科研究棟と見た目に似ていて、場所は離れている建物があれば、そこが一番であろうな」
 「……じゃあ、秘術科の研究棟かしらね」
 明花はさらりと言う。フリッツは言葉に詰まった。まさか自分が所属する兵科の研究棟が候補に挙がるとは思わなかったのだ。しかし、内部で魔法実験を行う秘術科の研究棟は、技術科ほどではないものの頑丈に作られており、大きさはともかく見た目の雰囲気はわりあい良く似ている。しかも、事故があった場合のことを配慮してか、ちょうど本校の敷地の中心から対称の位置にあった。
 「わかったわ、秘術科の教官に聞いてみるから」
 「え、ちょ、その……」
 引き止める間もあらばこそ、明花はさっさと秘術科の教官の元にかけあいに行き、許可をもぎ取って帰って来た。
 と言うわけで、フリッツは他の秘術科の生徒たちの冷ややかな視線を浴びつつ、パートナーのアーディー・ウェルンジア(あーでぃー・うぇるんじあ)と、秘術科の研究棟に『技術科』の看板を出したり、窓辺に機関銃に見せかけた鉄パイプを設置したりという偽装工作に励むことになってしまった。明花が、教官と交渉する時に、『秘術科の生徒の案だから』とフリッツの名前を出してしまったのだ。
 「まあ、囮に使えるような空の建物はなかったんだから、どこかの建物を犠牲にするしかないよね……。《冠》を鏖殺寺院に渡すなっていうのは、技術科の都合だけじゃなくて学校の意思だから、そのうち皆も仕方ないと思ってくれるよ」
 涙目になっているフリッツを励ましながら、アーディはフリッツの仕事を手伝う。


 「……林教官は、まだ当分本校には戻られないんですか……」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、本校教務課の窓口でため息をついた。
 「巨大人型機械が《工場》から搬出されてもまだ《黒き姫》が残っているから、規模は縮小しても撤退はしないと言っていたし。戻って来たとしてもまたとんぼ帰りで、《工場》まで行かないとつかまえるのは難しいんじゃないかなあ」
 窓口の事務官は、気の毒そうに首を振った。
 「そうですか……」
 ルカルカは、先日明花に渡した上申書を更に手直しして、再度林に、今回は直接提出しようとしたのだが、肝心の林がどうにもこうにも本校へ戻って来ないのだ。がっくりと肩を落としたその時、
 「あのズボラに何か用ですか?」
 奥にいた、眼鏡をかけたドラゴニュートが席を立ち、窓口の方へやって来た。
 「ズボラ、って……林教官のことですか」
 ルカルカは目を丸くした。
 「そんな人並みな名前は、あいつにはもったいない。ズボラで充分です」
 ドラゴニュートは冷ややかに言った。
 「や、ええと、生徒の立場として、教官をそんな風に呼ぶのはどうかと……」
 慌てて手を振ったルカルカに、ドラゴニュートは早口で言った。
 「で、奴にどんな用件なのですか? 用件の内容によっては、私が預かりますが」
 「はぁ……あの、《工場》や『光龍』関係の作戦について、状況をまとめてレポートを作ったんです。今後の予算作成の参考と言うか、叩き台にして頂けたらと思って」
 「見せてごらんなさい」
 ドラゴニュートが有無を言わせぬ口調で言うので、ルカルカは持ってきたレポートを彼に渡した。
 「ふむ……閉鎖後の《工場》の警備など、削るべき部分は削り、現地調達できるものは現地調達で補い、浮いた分を戦闘車両や武器等に回せ……と。なかなか良く考えてありますね」
 ぺらぺらと紙束をめくりながら、ドラゴニュートは言った。
 「これは本来主計課で考えるべきことです。あいつにこれを渡しても、おそらくそのまま私の所に回ってくるだけでしょう。奴はこういう、理論的・統計的で細かいことに頭が回るタイプではありませんから。よろしい、これは主計課で預かりましょう」
 「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 「ただし!」
 頭を下げるルカルカにかぶせるように、ドラゴニュートは厳しい声で言った。
 「戦闘車両など、機械的なものの数が増やせないのは、燃料と工作機械の問題によるところが非常に大きい。これらの解決には単に予算を注ぎ込めば良いわけではなく、時間も必要であることは理解してください」
 「はい……」
 ルカルカはやや気落ちした様子でうなずく。ドラゴニュートはうなずき返すと、窓口を離れた。
 「あの、今のは……」
 すたすたと席に戻って行くドラゴニュートを見送り、ルカルカと一緒に来ていたパートナーの剣の花嫁ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は小声で事務官に尋ねた。
 「ああ、燭竜(しょくりゅう)主計大尉。林教官のパートナーだよ。何と言うか、林教官と足すとちょうどいい、という感じの人でね。まあ、あれはあれでいいパートナーなんだろうなあ」
 ドラゴニュートの方に視線をやりながら、事務官も小声で答える。
 「正反対、っぽいですもんね……」
 ルカルカは呟いた。

 「でもね、受理されたら受理されたで複雑なんだよ。結局、戦うためにやってるわけだし……」
 教務課を出たルカルカは、大きく息をついてダリルを見た。
 「効率的に戦いを終わらせるための方法を模索しているだけだろう?」
 ダリルは、そう言ってルカルカの肩を叩いた。