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リアクション
しかし確かに、人の手から餌を食べ、厩舎に入るようにするというのも、野生の獣を飼い慣らす上では大きな山場と言えるだろう。
「おーい、肉持ってきたぞー」
「ついでに食材も来たよー!」
イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)とパートナーの剣の花嫁カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が本校から大型騎狼に乗せて運んで来たのは、エサ用の肉各種と人間用の食材各種だ。
「グーラッシュ作るからね、グーラッシュ。レトルトの携行食もちゃんと栄養は考えられてるらしいけど、やっぱりその場で料理した方が美味しいでしょ!」
カッティは最近凝っている地球のヨーロッパ各地の料理を作りたくてうずうずしているようで、いそいそと騎狼から調理用具を下ろして行く。作る料理がドイツ料理なのに鍋が中華鍋なのは、教導団らしいご愛嬌と言うところか。
そこへ蒼空学園の久多 隆光(くた・たかみつ)と、パートナーの英霊童元 洪忠(どうげん・こうちゅう)、そして菅野 葉月(すがの・はづき)のパートナーの魔女ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)がやって来た。
「あ、お肉はやっぱり冷凍で持ってきたんだ」
保冷ボックスを見て、ミーナが言う。
「いや、冷蔵だ」
イレブンは保冷ボックスを開けて、中身をミーナに見せた。
「この時期、本校からここまでなら、運んでいる間に傷むことはないだろう?」
「うん。だけど、今はいいけど夏場が問題になりそうだよね。本校側は校内から演習場まで運べばいいだけだけど、《工場》みたいに、本校から離れた場所で保冷庫も作れないような場所に連れて行くことだってあるだろうし」
保冷ボックスの中身をチェックしながら、ミーナは言った。馬だけではなく羊や牛の肉、本校周辺で捕れる野生動物の肉なども入っているようだ。
「そうなったら、現地調達するしかないんだろうな。調理したものを食べるとはちょっと思えないし」
イレブンも難しい顔になる。
「調理したものは駄目か……」
隆光は難しい顔で、保冷ボックスの中身を睨んだ。
「どうしたの?」
ミーナが尋ねる。
「いや、俺たちが食べて見せたら警戒しなくなるかなと思ったんだが、生で食べるのはちょっとな……。目の前で調理して食べても駄目かな?」
「試して見ればいいんじゃない? でも、食べつけないものはやっぱり警戒するかもねー」
芋ケンピ食べなかったんでしょ?と野菜をざくざく切りながらカッティが言う。
「あの、葉月から聞いたことがあるんだけど、日本人て魚とか馬とか牛を生で食べることもあるんじゃないの?」
ミーナの言葉に、洪忠がおお、と手を打った。
「辺境の遊牧民は、馬の肉を刻んだものを、生のまま薬味を添えて食すると聞いたことがありますぞ」
「そっか、タルタルステーキ! あと、馬刺しとか牛肉のたたきとか!」
カッティはごそごそと保冷ボックスを漁り出した。
「そうか、言われてみれば、ステーキのレアとかローストビーフだって、中は生焼けだもんな」
ここはひとつ、自分の方が試して見るか、と隆光はうなずく。だが、イレブンは眉を寄せた。
「できれば、ヒポグリフたちに馬の味は覚えて欲しくないんだが……ここのヒポグリフは今、馬は食べてないんだろう? 騎兵科の馬を狙うようになったら困る」
「それは、調教次第じゃない? 一緒に暮らして行くんなら、ルールはちゃんと教えて、守ってもらえるようにならなくちゃ。犬や猫だってそうでしょ?」
適当な肉のパックを手に立ち上がりながら、ミーナが言った。
生徒たちは早速、イレブンとカッティが運んで来てくれた肉をヒポグリフの所へ持って行った。
だいぶ慣れてきたヒポグリフたちは、個体によってだが、ブラッシングを許すようになっていた。腰のあたりなど胴体の後ろの方にはくちばしが届きにくいらしく、ブラッシングをすると気持ちよさそうに喉を鳴らす。頭のマッサージも好きなようだ。逆に触られたくないのが翼で、特に翼の付け根の下側は、触ると容赦なくくちばしや鉤爪が飛んで来た。
「あ、これ、動いたら背中にブラシが届かなくなりますえ?」
踏み台に登った道明寺 玲(どうみょうじ・れい)のパートナーの魔女イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)が、身動きするヒポグリフに言い聞かせる。ヒポグリフたちは体が普通の馬より二回りほど大きいので、踏み台を使わないと背中の上には手が届かない。
「ごめんね、こっちが気になっちゃったのかな」
ミーナが謝る。
「あのね、ちょっとそのヒポグリフにお肉をあげてみたいんだけど、いいかな?」
「ええ、どうぞ」
イルマはうなずいた。
「最初に俺が食べてみせるからなー」
隆光は、カッティが切ってくれた牛肉の刺身を箸で一切れ持ち上げた。さすがに、馬肉を生ではちょっと勇気がなかったのだ。
と、ヒポグリフが、持ち上げられた肉が揺れるのにあわせて首を左右に傾げるように動かした。
「もしかして、動かすといいのかも。ほら、この子たち、リボンとか結った髪とか好きじゃない?」
ミーナがぽんと手を打った。
「食べ物と思ってるかどうかはともかく、気は引かれるってことか」
イレブンはカッティの所から調理用のトングを借りてくると、肉を一切れつまんでヒポグリフの目の前でゆらゆら動かしてみせた。ヒポグリフは首を伸ばして、肉をつつこうとする。
「お、いけそうな感じがするぞ。食いつきやすいように、もうちょっと大きな肉でやってみるか。どんな肉が好きかも調べたいし」
イレブンはミーナにトングを渡し、肉の入った保冷ケースを取りに走った。
生徒たちが色々と試した結果、大きめの肉の塊をフックがついた棒にくくりつけて鼻先でゆらゆらと動かすと、ヒポグリフが興味をもってつついたりかじったりすることが判った。
「どうも、親が子供に自分が獲った獲物を食べさせる時と同じような感じに思えるみたいだな」
子育て中で警戒心が強く、若い個体が慣れて来た今になっても絶対に人間に近寄らないし、小さい子供も近寄らせない母ヒポグリフの様子を双眼鏡で観察して、イレブンは呟いた。鉤爪とくちばしをつかって引き裂いた肉をくちばしでくわえて与えるため、子供から見ると、鼻先にぶら下げられるような形になるのだ。
「ゆらゆら揺れるようなものに興味を持つのも、そういうところから来る本能なのかも知れないな」
隆光が言う。
「肉の好き嫌いも、生で新鮮ならわりと何の肉でもいいことが判ったし、これで餌付けの目途が立ったぞ」
イレブンはほっとした様子で、大きく息をついた。
そして、鞍や装備なども揃い、そろそろヒポグリフたちに乗ってみようかとなった頃。
早瀬 咲希(はやせ・さき)は、航空戦力の増強を訴える上申書を教導団に提出した。
「古代遺物の中で、最も短時間で復活、製造が可能になるのは、現在稼動しているものがあって、メンテナンスも出来ている『飛空艇』ではないでしょうか。一から製造することが難しいなら、民間で使っているものを購入したり、空賊のものを鹵獲する方法もあります」
しかし、教導団からの返答は、
「一から開発するのには莫大な費用がかかる。民間船は輸送交通手段として貴重なものなのだから、数が少ないものを教導団のために譲れとは言えない。一番現実的なのは鹵獲だろうが、飛空艇を使える状態で鹵獲することは撃墜することよりもはるかに難しく、手間もかかる。各方面で部隊を展開中の現在、そちらに戦力を傾注することは出来ない。言いたいことは判るが、現状ですぐに乗り出すことは難しい」
というものだった。
「ヒポグリフやセスナの航空母艦として使えれば、と思ったんだけど……」
咲希は残念そうにため息をついたが、引き下がるしかなかった。
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