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君を待ってる~剣を掲げて~(第3回/全3回)

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君を待ってる~剣を掲げて~(第3回/全3回)

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第3章 その手を伸ばして
「……くぁっ!?」
「大地!!!」
 落ちる、落ちて行くどこまでもどこまでも。
 暗く深い、闇の中へと。
 引きずり込まれながら、志位 大地(しい・だいち)はパートナーメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)の声にホッと息をつく。
 人型を取る事も多々あるが、『青い鳥』は魔道書である。
 上手くすれば、この中でも影響を受けずに済むかもしれない。
「まっ、謎の金属カバーですし、ね」
 そう思うだけで少し心が軽くなる。
 だがその心も感覚もまた、次第に侵食されていく……闇に。
 全てが呑み込まれゆく、その時。
「……って、随分と諦めがいいじゃないか、よ!?」
 声と共に腕を引かれた。
 その、声は。
「……山葉?」
「おう。さっさと助けられちまいな」
 そんな啖呵とは裏腹に、大地の鼻を突く鉄の香りと、触れた腕から伝わるぬるりとした、感触。
「山葉お前、傷口が?!」
「あぁ、だからさっさと帰ってきてくれると、有難い」
 少しだけ息も上がっている山葉涼司に、大地の意識は一気に覚醒した。
「ケガ人が、無茶しないで下さいよ!?」
 闇を抜け、思わず怒鳴る大地に、
「これで貸し借りは無し、だな」
 涼司は苦笑まじりにもらした。
「……どうみても俺の貸し分のが多いでしょう」
「いやいやいや、そりゃないだろ」
「大地、じゃれ合うのもいいけど、ちゃんとお礼は言って」
「あ〜、助かりました、ありがとう」
 ホッとした顔の千雨に指摘された大地は、やや照れながら礼を述べた。
「涼司さん、無茶して……心配させないで下さいよ」
 そこに駆けこんできたのは、花音・アームルートだった。
 こちらも怒ったような、安堵したような顔をしていた。
 見つめる千雨はふと、説教じみた気持ちを抱いた。
「花音、あなた山葉をもっと信じて……大切にしてあげて」
 山葉涼司は千雨の大切なパートナーを助けてくれた、優秀な戦士である。
 花音はそこの所を本当に分かっているのだろうか?
 その眼差しと声音に何を感じたのだろうか?
 花音は少し困ったような顔で、それでも小さく頷いた。
「で、これからどうします?」
「そりゃここまできたら……やるしかないんじゃないか?」
 そんなやり取りに気付いた様子もない男性陣は、闇の中不敵に笑んでいた。
 座り込んだままの涼司を、先に立ちあがった大地が、引っ張り上げ立たせる。
「では、行きましょうか」
 そして、向かう。
 影龍を助ける為に。

「あんたが封印剣……だな」
 葉月 ショウ(はづき・しょう)井上陸斗のパートナーである封印剣……キアをじっと見つめ、その手を開いた。
 そこにあるのは、邪剣……ショウがシャドウエッジと名付けた欠片だった。
「こいつさ、再生とか出来ないか?」
 確かに結んだ縁、絆。
 助けられたら、と祈る様に思う。
 けれど。
「……」
 キアは緩く、頭を振った。
「この子はもう、魔剣としての命が尽きてる、だから……」
「ごめん、キア……あの子、姉妹みたいな存在だったんだよね……?」
 神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)もまた、漆黒の欠片を抱きながら、キアに頭を下げた。
「ちゃんと、心を持つことができたのに……救えなかった。ごめん……ごめんね」
 足元に落ちる雫。
 泣きながら何度も謝るジュジュに、キアはそっと首を振った。
「多分あの子は幸せだったと思うわ。名前を貰って、最後にジュジュに会えて……あたしには分かる」
 姉妹というより寧ろ、もう一人の自分とも言える存在だったから、とキアは呟く。
「もしホンの少し運命がズレていたら、ここにいたのはあの子で……皆を傷つけたのはあたしだったかもしれないもの」
「……キア」
「だから、分かるの。ジュジュ、あの子と最後まで一緒にいてくれて、ありがとう」
 そっと涙を拭われ、ジュジュは小さく頷いた。
 そして、思う。
 もう誰も、誰の涙も流させはしない、と。
 そこに、羽音。
「……イヴ?」
 パートナーの使い魔が自分を呼びに来た事に不安を覚えつつ、ジュジュはエマ・ルビィ(えま・るびぃ)の元へと向かう。
「俺も行く。こいつ……キアに渡した方がいいか?」
「ううん。これはあの子の心の欠片……どうか、持っていてあげて」
 ショウは頷き、踵を返した。
しっかりと握りしめたシャドウエッジの欠片は、どこか仄かに温かかった。
「今、あなたは幸せなのよね……?」
 見送ったキアもまた、一つ深呼吸すると自分のパートナーへと歩を進めるのだった。

 闇があふれる中、道は二つに分かたれた。
 一つは咄嗟にパートナーや大事な者を助けられた者。
 そしてもう一つは手が届かなかった者である。
 前者は大地を助けられた涼司であり、大野木 市井(おおのぎ・いちい)だった。
 その瞬間、市井は躊躇なくマリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)を抱きしめるように、引き寄せていた。
 考えるより先に、手繰り寄せた絆。
「何故、あなたは……?」
 大事な何かを取り戻そうとするように、市井を見上げるマリオン。
「そりゃあマリオンは俺にとって大切な……」
 その気配を息使いを感じながら、市井は言葉を探す。
 自分とマリオンの関係を表す、言葉を。
 腕の中の温もり。
 闇の中、それは一筋の光のように心に蘇った。
「……大切な、パートナーだからな!」
 腕の中、取り戻した確かな絆と共に。
「おい、義彦! へたり込んでんじゃねぇ」
 観世院義彦を蹴り飛ばした黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)もまた、助ける事が出来た一人だった。
「……俺は」
 操っていた邪剣は既に砕け、義彦はどこかぼんやりと目を瞬かせ。
 にゃん丸はもう一度、蹴った。
「お前は俺の目標なんだ。シャキッとしろ!」
 それはにゃん丸流の、照れを隠した最大の励ましであり。
「……悪い」
 気付いた義彦はただ一言に感謝と謝罪を込めてから、周囲を……闇を見回し、問うた。
「で、あれからどうなったんだ?」

 一方、後者はズバリ陸斗が当たる。
「陸斗殿!」
「陸斗はんっ、ボケとる場合か!」
 伸ばした手は届かなかった。
 茫然とする陸斗の背を、藍澤 黎(あいざわ・れい)フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)の声が打つ。
「陸斗殿、諦めないで下さい!」
「ッ!?」
 黎の叱責に、陸斗が息を呑むのが分かった。
 雛子からあふれた闇。
 それは今も噴き出し続けているとしたら。
「……行ってくる。今度こそ、ヒナの手を掴む為に」
「その意気です……が、ここまで来てそれは水臭いですね」
「ほな、行こか」
 当たり前みたいに闇の深淵……もっとも闇の濃度が濃い場所へと進もうとする二人。
 陸斗は「あぁ」とだけ頷いた。
 それしか、言葉にならなくて。
「話が決まったみたいで良かったわ。まだグダグダ言ってるようだったら、ドツき倒してやろうと思ってたけど」
「それは……遠慮したい」
 友の心意気を受けた陸斗は封印剣を手にすると、闇へと足を踏み出した。
「雛子殿を求める陸斗殿の心の強さがあれば、闇の中でも前に進めるはずです」
 黎は光精の指輪の光に思いを託しつつ、その道行きを照らし。
「陸斗はんとは長い付き合いやなあ」
共に闇をかき分けるようにしながら、フィルラントはしみじみ思い返していた。
「最初ん時はウサギの大群に踏まれて、次はプールで水竜に流され飛ばされ、そんで図書館では火蜥蜴の攻撃より本棚に潰されそうになって」
知らず口に出していたのか、陸斗がガクッと傾く気配がした。
「バジリスクにはなんか懐かれてドツかれてたり、今回も雪狼に狙われた上に、なあんも無い所やのに靴紐が切れてずっこけた」
 キアと黎からは笑いの気配。
「でもな陸斗はんはその度に真剣やった」
シャンバラを守る為に命を張れるかという問いに即答できるほど純粋で、大事な人を助けたいといつもドタバタして。
「誰かの為に動ける人やから、周りが思わず手を差し出すんや」
 フィルラントの何時になく柔らかな声。
 黎の頬に自然、微笑みが浮かぶ。
ウサギを助けてよかったと笑いあえた事も。
水竜に対抗するべく皆で知恵を絞った事も。
火蜥蜴から図書館を守るべく皆で連携した事も。
バジリスクで十倉朱華と一緒に陸斗にツッこんだ事も。
巫女たちの雪遊びで見せた笑顔も。
闇から支えようと必死に動く人の姿も、全て。
「辛い事が悲しくて、笑顔が嬉しくて……そういう事を積み重ねていける日々が、とてもいとおしく思えます」
そして、それを分かち合える仲間がいる幸福を拡げられれば、嬉しい。
「それが絆であり、どこまでも繋がっていける……世界は、そういう風に出来ているはずだから」
 そんな黎に応えるように。
 闇が、爆散した。
 リカインや翔や誠治や、皆の力が合わさって。
 それは闇の中心、雛子の姿を浮かび上がらせ。
「陸斗殿!」
 宝珠を掲げた黎に背中を押されるように。
「俺は……俺はヒナが、ヒナの事が好きだ!」
叫ぶままに心のままに、陸斗が手を伸ばす。
導くは、黎とフィルラントの祈り。
陸斗達の幸せを願う、優しい光。
それを標に辿りつく、先。
「ヒナ!」
伸ばした手が、雛子の身体に触れる。
「そのまま、放すんじゃないわよ!」
輝く宝珠が、封印剣が雛子の胸元……闇を抑え込んでいく。
「この光はだあれか、拒否したい光やない。闇に差し込む光は、差し伸べられた手ぇみたいなもんや」
 皆の思いが闇を祓い、陸斗の思いが雛子を照らす。
 それに目を細め、フィルラントはそっと告げた。
「闇龍、君を傷つけたりはせんよ。なあんも怖くはない……感じるやろ?」
「……陸斗くん、ありがと。陸斗くんの声、聞こえた、よ」
 見つめる先、陸斗が雛子をしっかりと抱きしめていた。
「英霊が居たりナラカと陸続きだったり……ここ涅槃なんじゃないかと思う時があってね。死んでも地獄となりゃ、地上の皆もやりきれねぇ」
 その様子を表現しがたい表情で見つめていた義彦の背を、にゃん丸はポンポンと叩いてやった。
 そして、促す。
「せめてここは花が溢れる楽園にしてやろうぜ!」
 共に影龍に向かうべく。


「これは、深い闇ですね? 二人共無事だと良いのですが、必ず会えるはずですから、進みましょう」
 陸斗達が雛子を救おうとしていたのと同じ頃。
神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)もまた、探していたレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)、パートナー達と再会していた。
「二人共、大丈夫でしたか? まだ、大仕事が残ってますけど、やれますか?」
「ああ、俺達の絆も強いが、分かれは、二度と繰り返す気は、ねえな!! また繋がった縁と絆、今度は離すかよ」
 レイスは確りと頷き、翡翠を促した。
「なら、行きましょう。こんな闇の中ですが……夜魅さんを助けます」
「いいわ。確かに深い闇ね。でも、再会する奇跡を起こした私達の絆、甘く見ないで欲しいわ」
 美鈴は言って、艶然と微笑み。
 スィっ、とそのしなやかな指先を指し示した。
「闇は私の領分よ……付いてきて」
「くっそ、夜魅!」
「夜魅さん!」
 同じように、瀬島 壮太(せじま・そうた)ミミ・マリー(みみ・まりー)もまた夜魅を探していた。
 夜魅の元に残したフリーダの気配を頼りに、探す。
 やがて、闇が打ち払われ。
 壮太や翡翠は闇にたゆたう夜魅を、発見した……が。
「おい、大丈夫か? しっかりしろよ!!」
 駆けよったレイスは、夜魅の細い肩を掴み……息を呑んだ。
 実体が、なかった。
 身体自体が、ゆらゆらと闇に溶けかけていた。
「っ! 闇に呑まれてどうする? まだ、やりたい事あるだろう。諦めるなよ。何回でも手を貸してやるから」
「あなたが、諦めて、どうするんですか? 此処にいる人達は、みんな、あなたの事が好きで、心配しているんですから」
 翡翠もまた必死に回復の力を送りながら、励ました。
「頼っても大丈夫ですよ、夜魅さん。信じる……願う力は、強いですから」
 夜魅を診、美鈴は少しだけ顔をしかめた。
 身体がその輪郭を失いかけている……これは良くない、非常に良くない兆候だった。
「嘘だろ、夜魅っ!」
「夜魅さんしっかりして下さい!」
 壮太もミミも必死に夜魅を呼ぶが、その意識が戻る様子はなく。
 だが。
「……呼んで」
 気付いた美鈴が、鋭く繰り返した。
「夜魅さんの名を、呼んで!」
 変化はない……いや、翡翠もレイスも気付いた。
 名を呼ぶ毎に、夜魅の身体が、ブレる輪郭が安定していく事に。
「呼べばいいのね?」
 夜魅を呼びに来た小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は言い、早速、声を上げた。
「夜魅、夜魅、本当にしっかりしなさいよ! 約束、まだ果たしてないでしょ!」
「夜魅さんは助けます」
パートナーであるベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は「夜魅を助けたい」と思いをヒールに乗せ、手当を試みる。
「消えさせませんわ。夜魅は友達だから、絶対に助けます。友達の幸せは、わたしの幸せですから。わたしは、幸せであるために、戦いますわ」
 それは、エマ・ルビィ(えま・るびぃ)も同じだ。
 イヴに導かれた辿りついたジュジュは、必死に夜魅にヒールを送るエマの姿に言葉を失った。
 何よりショックだったのは、夜魅の身体が消えかかっていた事だった。
「これも、影龍の影響なのよね……?」
 悟ったジュジュはキュッと唇を噛みしめてから。
「夜魅、エマ、皆……あたしを信じて。待っててね」
 皆に【庇護者】を掛け、エマから光条兵器を受け取った。
 そして向かうは……影龍の元。
「ジュジュ。信じていますわ」
エマはいつでもジュジュの前向きさに救われてきた。
だから、今度も。
「ジュジュとみんなを信じましょう。ジュジュの無謀パワーは、いつでも奇跡を起こすんですわ」
ジュジュを見送りつつ、エマはベアトリーチェと共に夜魅を抱きしめ、魔力を送り続けるのだった。
 そして。
「夜魅……私のせいで……」
 夜魅のパートナー……いや、保護者であり母親であるコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は、この光景に茫然と立ち尽した。
 パートナーであり夫であり夜魅の父親であるルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)に支えられている事も、意識出来ていないようで。
「私、良い妻でも良い母でもなかったわ……皆に迷惑をかけてばかりで……」
「今、そんな事を言ってる場合じゃないでしょ!」
 {bold}パンっ{/bold}。
 軽い音が頬で鳴り、自責の念に沈んでいたコトノハは目を瞬かせた。
「夜魅は今も頑張ってる……だから、ママさんもぼけっとしてないでよ!」
 怒りというよりは、泣くのを堪えているように、美羽。
 コトノハはその言葉にその思いに、我に返った。
 強く手を握りしめてから、夜魅の傍らにしゃがみ込む。
 ルオシンと共に。
「夜魅、大切な娘……」
 ルオシンの言葉に眼差しにあふれる、愛。
 それは勿論、コトノハの胸にあるのと同じ……光。
「夜魅、私ね、夜魅が私の子供になって、とても嬉しいの。本当の家族が創れるんですもの」
 その愛のままに、語りかける。
「だから、頑張って。私の皆の下に帰ってきて……あなたを、愛してるの」
 深い愛情に満ちたコトノハの、必死に呼ぶ壮太や美羽や翡翠の、大切な人達の声。

『……が手に入れた……タイセツ、な……』

「そうです、あなたを心配しているお友達を悲しませる気ですか? 此処に居る人は、みんな助けようと一生懸命ですよ」
 闇にかき消されそうな微かな声に、美鈴はにっこりと微笑んだ。
 微かな、しかし、確かな声。
 『夜魅』の揺らぎが、おさまった。