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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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第八曲 〜不穏〜 


 薔薇の学舎、校長室。
「もしも、僕が校長の華ではないと感じたら……他の薔薇の景観を損ねる前に打ち捨てて下さい」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は校長のジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)に欠席届けを出し、去り際にそう告げていった。
「貴様がそんな顔をするとは」
 ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)がジェイダスの顔を見遣る。どこか考え込むような表情だった。
 先日の学園祭後、イエニチェリの一人が失踪した。
 学舎を去るわけではないとはいえ、天音の行動に何か不安なものを感じても不思議ではない。彼もまた、イエニチェリの一人なのだ。
「あのときのことを思い出しただけだ――カミロが学舎を去ったときのことをな」
 もっとも、カミロは「自らの進むべき道を見つけた」として、決別していったのだが。だからといって、このまま天音が戻って来ない可能性がないわけではない。
 早まったことをしなければいいのだが……


(・海上要塞1)


「あれか」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、パラミタ内海にそびえる要塞を眺めている。
 孤島の一つをそのまま要塞として造り上げたのが見て取れ、短期間でそれだけの施設を造ったという事実が、現在の鏖殺寺院の技術力を物語っている。
 さらに敵のイコン、シュバルツ・フリーゲやシュメッターリングも順次要塞から出撃していき、防衛線を張ろうとしている。
「天音、やはり考え直すつもりは……なさそうだな」
「ここまで来ちゃったからね。今更引き返せないよ」
 問題はどうやって要塞に入るか、だ。
 東西の緊張の高まりから、国防の強化を名目に傭兵の募集が行われている。その傭兵が集められる場所が、目の前の要塞なのだ。
 そうなれば、この近くに案内人がいるはずである。
 が、その前に「準備」を整えておく。
「よし。これでそう簡単にお前だと分からんだろう」
 ブルーズが異性装で、天音の女装の仕上げを行う。本人もまた、モノクロに長い髭を垂らした、老執事のような恰好をしている。
 ドラゴニュートという種族柄、これだけでも、知り合いが見たとして「よく似た他人」程度で認識が止まりそうだ。
 偏見かもしれないが、ドラゴニュートを見分けるのは、人が自分とは異なる人種を見分けるのが難しい(日本人なら、同じ黄色人種でも日本人か中国人かは大体分かるが、西洋人がどこの国の出身か区別がつきにくい)のと同じようなものである。
「ふぅん。結構巨乳になったね……改めて触ってみる?」
 元より美形な天音なため、かなり色気ある姿となっていた。偽乳を寄せて上げている様は、傍から見れば誘惑しているように見えるだろう。
「……天音」
「ふふ、冗談だよ」
 そんな天音に、ブルーズは頭を抱えた。困ったものだ、といった調子で。
「さあ、行こう」
 ス内パーライフルを携え黒いボディスーツにブラックコートを羽織り、ノクトビジョンで顔を覆ったその出で立ちは、腕の立つ女スナイパーのようだ。
 沿岸で監視を行っている装甲服の兵士に傭兵希望の旨を伝え、二人は要塞へと乗り込んでいく。

* * *


 海上には、二つの影があった。
 一つは、地獄の天使による翼を生やした者。もう一つは、その人影に追従するようにしている空飛ぶ箒とそれに跨る者。
『対象を確認。旧鏖殺寺院構成員、メニエス・レインとそのパートナーと判明』
『総督より通達あり。「迎え入れよ」とのこと。総員、武装を一時解除せよ』
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)である。
 二人は要塞からの攻撃を受けることなく、内部へと歓迎された。
「ここを統べている方に会いたいのだけれど、いいかしら?」
 出迎えた無機質な黒い兵士の一人に申し出る。旧鏖殺寺院一般メンバーの中でも一目置かれていた彼女なだけあって、それはすんなりと受け入れられた。

「ほう、貴女がかのメニエス・レインか」
 メニエスの姿を見、総督が笑みを浮かべた。
 彼女がどれほどの実力を持っているか、それは現在の「鏖殺寺院」も知っている。貴重な戦力として働くものと、期待しているのだろう。
「ええ。貴方がここの統率者なのね?」
 見たところ、三十半ばくらいだろうか。少し小太りであり、彼自身に戦闘能力があるようには見えない。その割りに、態度は尊大だ。権力にしがみついて人を見下すタイプなのだろう。
「そうだ。この基地における全権は私が握っている」
 だからここでは従え。暗にそう示すような言い方だ。
「さて、話があるのだろう? なんだ?」
 まあ、聞いてやろう、という上からの態度が見え見えだ。あからさま過ぎて、かえって呆れてしまうくらいに。
「今の鏖殺寺院について少し聞かせて欲しいのよ。貴方が話して下さるのならいいけど、もしここに寺院内でそれなりの地位にある方がいれば、その方でも構わないわ」
「ちょうど、『十人評議会』から送り込まれて来た者がいたな。少し待て」
 総督が兵士の一人に命じて呼びに行かせようとする。
「お呼びですか、総督殿」
 メニエスとミストラルの背後に、一人の男が立っていた。いつの間に現れたのかは分からないが、彼が送り込まれてきたという者なのだろう。
 怜悧な容貌に漆黒のローブ、黒の長髪、黒い瞳と、闇に解け込みそうな出で立ちだ。そして、手の甲に魔方陣のような模様が描かれた白手がはめられている。
「そこにいたのか。ローゼンクロイツ、メニエス・レインが『鏖殺寺院』について知りたいそうだ。教えてやれ」
「かしこまりました。ここでは総督殿のお邪魔かと思いますので、別室にご案内します」
 慇懃に一礼し、ローゼンクロイツはメニエス達を誘導する。
「こちらへどうぞ、メニエス様」
 ローゼンクロイツの後に続いていく。
「自己紹介がまだでしたね。私はローゼンクロイツと申します」
 メニエスに対し、総督とは異なり敬意を払うような態度を見せている。だが、どにも得体が知れない。
「ただの非力な地球人ですよ。契約者、ではありますが」
 本人はそう告げた。
 実際、目の前の男からは、強者にあるような威圧感のようなものはない。それが、かえって不気味さを増している。
 「十人評議会」が寺院の上に位置する存在ならば、ただの非力な人間がその一員になっているとは思えないからだ。
「お気付きかと思いますが、総督はただの傀儡です。今の鏖殺寺院について、本当のことを彼は一切知りません」
「ええ、見れば分かるわ」
 ここからが本題だ。自分の考えを率直に、ローゼンクロイツにぶつける。
「地球の鏖殺寺院とはそもそも何? 貴方達は、パラミタに出来た学園や作られたイコンを使って地球の戦争を全てシャンバラに持ち込んで、それを火種にしようとしてるのではなくて? 鏖殺寺院という名前を使って突然東シャンバラと手を組んだのも、東西に緊張を作って戦争に持ち込むための口実ではないのかしら?」
 さらにメニエスは続ける。
「そして戦火が広がることで起こるのは地球人への憎悪。それそのものが目的なのか、これで儲かる戦争屋がいるのか……」
 彼女の考えを聞き、ローゼンクロイツが口元を緩めた。
「さすがですね、メニエス様。貴女の考えは実に的を射ています」
 ローゼンクロイツが、現在の鏖殺寺院についての説明を始める。
「少し前まで鏖殺寺院地球支部と呼ばれていた組織を、各国の有力者に買収させた者達がいました。それが『十人評議会』です。元々の地球支部は、あくまでシャンバラに進出する者達を支援するために動いていました」
 まるでそれらを見てきたかのような口ぶりだった。
「鏖殺寺院の根底にあったのは、パラミタの利権を独占しようと目論む一部国家への反発です。しかし、パラミタへと渡った寺院関係者は五千年の呪縛に囚われ、復讐しようとしているだけの存在だというのが分かってしまいました。それが、シャンバラ系から完全に決別するきっかけであり――『反パラミタ』を掲げ、水面下で世界を裏から掌握していった十人評議会がそこに目をつけたわけです。評議会は世界の政財界にも深く食い込んでおり、次々と世界中の反パラミタ勢力に組み込まれていきました。もっとも、ほとんどの者は評議会の存在どころか、自分達が『そう仕向けられている』ことにさえ気付いてはいませんが」
 だからこそ、十人評議会の存在が白日の下に晒されることはないという。本当の意味で、秘密結社のようだ。
「今の鏖殺寺院は、単一の組織ではなく、巨大なシステムの一部だと思って下さればと思います。あとは、メニエス様の仰ったように、パラミタの人間が地球人を憎悪するように仕向けるのが目的です。いえ、厳密には『学校を中心とした体制に取り込まれた地球人と背後の国家、そしてテロリストとしての鏖殺寺院の両者に対する憎悪を生み出す』でしょうか。その先は……おっと、これ以上はまだお答え出来ません」
 だが、パラミタから地球人を消し去る、という目的はメニエスと十人評議会双方で一致している。
「地球勢力の思惑は分かった……まぁ、私は地球人を消せればそれでいいわ。シャンバラ系と呼ばれたかつての鏖殺寺院に未練もない。
 貴方達の元でこの力、使わせていただけないかしら?」
「ええ、是非ともお願いいたします。メニエス様ほどの方が同志となって下されば、心強い」
 話は決まった。
 そのとき、ローゼンクロイツの元に連絡が入った。
『はい。かしこまりました。メニエス様への説明も一段落しましたので、参ります』
 どうやら、面会希望は彼女以外にもいたようだ。