リアクション
* * * 生徒達がイコンハンガーを出て行く中、月舘 冴璃(つきだて・さえり)は自分が搭乗するコームラントを見上げていた。 「今回は私が指揮をするんです……もちろん、緊張しますよ。私よりも……姉さんの方が上手く出来るんじゃないでしょうか?」 傍らにいる、東森 颯希(ひがしもり・さつき)を見遣る。 「私のこと、姉さんとは呼ばないって約束だよ?」 苦笑いしつつも、颯希が冴璃を励ます。 「冴璃は冷静だから大丈夫! 絶対上手くいくよ!!」 「颯希のその明るさ……見習わないといけませんね」 わずかに口元を緩め、微笑を浮かべる。 小隊長としてのプレッシャーは大分薄れた。 明日に備えているのは、彼女達だけではなかった。 「……一人で思い詰めたりしないで下さいね? 兄さん。兄さん一人で戦っているわけじゃないんですから」 狭霧 和眞(さぎり・かずま)とルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)だ。 二人は、プラント戦での戦闘データをコックピット内で閲覧していた。 「分かってるッスよ。だけどオレは……もっと強くなりたい」 敵の動きをシミュレートするのは難しい。特に、あの二機は。 だから彼は自分の動きの癖や弱点を客観的に分析し、それを克服することで明日に繋げようとしている。 すぐに克服するのは難しいかもしれないが、意識するだけでも変わってくるだろう。 ただ、やはり考え込んでいるように見えたのか、ルーチェが彼と目を合わせてくる。 「私と兄さんと、この子。三人で一つなんですから。だから悩むときは、三人で一緒に悩みましょう」 操縦桿をゆっくりと撫でた。機体もまたパートナー、なのだ。 「『三人』で一つ……か」 和眞も、それを意識した。 「俺達には一体何が足りないんだろうな……相棒」 コンソールを小突きながら呟く。 敵は強い。 その強さを超えるためにも、今の自分達にないものを早く見つけたい。 そこへ、従者を連れたラグナルがやってくる。 「取り込み中で悪いが、レプンカムイの更新作業するから、ちといいか?」 システムの更新をこの時間から始めるのは、イコンハンガーの整備機器をフルで使えるかららしい。一応の許可もとっているとのことだ。 「了解ッス」 二人は機体から降りる。 そして、改めて自分達の相棒の立ち姿を見上げた。 * * * 天御柱学院のコンピュータールーム。 ここでは、リュート・エルフォンス(りゅーと・えるふぉんす)が神妙な面持ちでパソコン画面と向き合っていた。 (僕達に欠けているもの、か) 敵部隊の指揮官、グエナ・ダールトンの残した言葉を頭の中で反芻する。 天御柱学院としては任務を達成したが、【ダークウィスパー小隊】としての戦果を挙げることは出来なかった。 そこに言い知れぬ屈辱と苛立ちを感じたが、同時にこのままでは何度やっても彼らには敵わないだろうことも身に染みて感じている。 そのことが、彼を今も悶々とさせているのだ。 「プラント戦のデータ、もう登録されてますよー」 ルシア・クリスタリア(るしあ・くりすたりあ)もリュートと一緒に情報収集にあたっている。 プラント戦における各小隊の戦闘データはパイロット科のメインサーバーにまとめられていた。 機動力、機体連携、武器の使用といったイコンの基本性能は最大限に引き出せていることが窺える。これも日頃の訓練の賜物だろう。 敵のイコンについては解析資料としてまとめられているが、機密漏洩を防ぐために、イーグリットとコームラントのデータは学院のアカウントを使用してアクセスしなければ閲覧が出来ない。例外は、極東新大陸研究所のホワイトスノー博士が許可した者だけだ。 「うーん、やっぱり普段の訓練で教えてもらった以上は載ってないね……」 イコンの解析の大部分が終了していることは、武装の充実やベトナム偵察部隊の改良試作機が造られた事実から、多くの学生の知るところとなっている。 残るは「真の力」だけだが、これについては依然として謎のままだ。 リュートは試験的に自小隊に導入した『レプンカムイ』のデータも分析する。 (データリンクによって、各々が適切な連携を行っているように見える。だけど、レーダーの記録だと敵の――あの二機はこちらの連携パターンを全部把握しているかのように動いている) 客観的に見直して分かったのは、確かに連携は取れているが、それがどこか機械的だったということだ。 それが、相手に動きを読まれる原因かもしれない。 だが、パイロットの思考を機体に反映するまでの間に生じるタイムラグを考えると、人の動きを完全に再現するのは困難だ。複座式である以上、これにパートナーの判断も加わる。攻撃とそれ以外に分かれて専念したところで、これは簡単に解消出来ない問題だ。 対し、敵の動作は非常にスムーズだ。まるで搭乗者二人の思考が繋がっているかのように、機体動作から攻撃に移るまでの間に無駄がない。 「うーん……ねぇ、ルシア」 「はい、リュート様!」 いきなり名前を呼ばれ、ふと我にかえったルシア。どこかやきもきしていたらしく、情報収集から意識が離れていたようだ。 プラント戦後のリュートの変化に戸惑いを覚えていたのもあるのだろう。 「そういえばちょっと思ったんだけど、イコンに乗ってるときってなんかいつもと何か違う感じとかするの?」 「ふぇ? ……うーん、特にないと思います。痛いとか、辛いとかそういうのは全然ないです……リュート様は?」 「いや……僕は乗ってても変わらないけどさ、シャンバラの血が混ざってるルシアだったら何か違うところがあるのかもしれないなーと思って。もしかしたら、それがイコンの力を引き出す力になるかなーとも考えたんだよ。 それに、イコンに乗るのが辛かったりとかしたらあまり乗せたくないしね……僕といるときはあまり辛い思いをして欲しくないから」 その言葉を聞き、ルシアの顔に安堵の色が浮かんだ。 「ふふ、心配してもらって嬉しいですよ〜」 リュートの気持ちを知り、気が楽になったのだろう。 彼女は気合を入れ直し、再びパソコンの画面と顔を合わせた。 * * * プラント戦を終えたその日。 夕条 媛花(せきじょう・ひめか)は憔悴し切っていた。 その手で人を殺したという現実からくる精神への負担は、彼女を潰しかねないほどだった。 (私が誰かを殺さなければ、違う誰かが人を殺して辛い思いをする。私が殺せば、その分誰かが殺さなくて、人殺しにならなくて済む……だったら、私が殺し続ければその誰かは救われるよね?) そして悩みに悩み抜いた末、彼女は一つの答えに辿り着いた。 (怖いけど、私は戦いたい。殺したい。強くなりたい。 ――そうか、強くなればいいんだ!) その強さを手に入れる方法、それが身近にあることを彼女は知っている。 だからそれにすがろうとしたのだ。 「用件はなんでしょうか?」 媛花が訪れたのは、強化人間管理棟。 会う相手は、そこの責任者である風間だ。 「私を強化人間にして下さい!」 その言葉に、風間は眉をひそめた。 「すぐに強化人間にはなれないのかもしれない。でも、どんなことにも耐えるから、不完全でもいいから――お願いします!」 戦い続けるには、恐怖を、感情の問題を克服しなければならない。 超能力部隊に加わっていたこともあり、断片的にではあるが強化人間のことを彼女は知っている。 パラミタ内海の要塞制圧戦に導入される強化人間が、『調整』を施された非契約者であることを。その調整が、記憶の消去と感情制御らしいことも。 「すぐに強化人間にするのは不可能ですよ。それに、君は契約者です。仮に強化人間になったとしたら、契約における『矛盾』が生じ、パートナーとの契約は解消になるでしょう。その際、パートナーロストによる後遺症が今の君のパートナー、また君自身にも振りかかってしまいます」 彼女の身を案じているかのような物言いだ。 「そうなると、程度によりますが例え強化人間化していたとしても、満足な生活を送れない身体になってしまうでしょう。まして、精神の安定性に欠ける強化人間にとって、パートナーロストの症状は致命傷になりかねません」 廃人確実、彼女の望む戦いも出来なくなってしまうとのことだ。 「しかし」 薄い笑みを浮かべ、風間が言葉を続ける。 「強化人間化とまではいきませんが、身体能力と感情制御に関しては『調整』可能です。本来ならば戦いとは無縁な子達にとって、戦いにおける精神的負担は大きいですからね。PTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こさないためにも、精神面に不安を抱えている生徒には処置を施すこともあるのですよ」 それを知り、媛花は再度頭を下げて頼み込んだ。 風間は承諾し、その日のうちから『調整』を始めた。 そして作戦前夜。 「感情制御のためにこれまでの記憶を消去します。本当に宜しいですね?」 「はい……もう、決めたことですから」 考え直すなら今のうちだ。 本当に記憶が完全に失われるのかは、彼女には分からない。 失われたとしたら、そこにはもう今の自分はいないのだから。 「……では、最終調整を開始します」 手に入るのは力。 その代償は心。 媛花は静かに目を閉じた。 風間がその瞬間に浮かべた、不敵な含み笑いに気付くことなく―― |
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