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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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第九曲 〜不穏〜


(どうやら彼女は筋金入りの科学者。科学者の神とは……全てを凌駕する、人を超えた存在、かな)
 御空 天泣(みそら・てんきゅう)は「神とは何か?」と問われ、その答えを自力で導くために調べ物をしていた。
 その過程で、PASDに正式に加入手続きをする。海京分所に事実上の責任者である司城 征(しじょう・せい)が訪れており、海京に滞在していたことからすぐに受理された。  その後、『新世紀の六人』という文字をインターネットで見つける。
 ページは今から十年前、パラミタが出現して間もない頃のものだった。
 当時のジール・ホワイトスノーは今とほとんど変わらぬ姿だった。違うのは、黒のロングコートではなく、普通に肌の見える服を着ていることくらいだ。
 また、司城 征の名前も『新世紀の六人』の中に存在しているを発見した。
 調べを進める天泣に対し、ラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)が自分の考えを伝える。
「神なんて数の暴力の具現化だよ。神を信じるのは一人でも出来る。でも、神を『作り出す』には、その神様を肯定してくれる誰かが必要。
 世界で一番売れている本が神を肯定しているから、神様はいるわけ」
 それが神に対する彼の見解だ。
「それに、例えどんなに人智を超えた力を持っていたとしても、一人じゃ一人遊びだよ。イコンも二人じゃないと動かないのは、共有が必要だったりしてねぇ」
 ラヴィーナの話を聞き、ふっと思い立つ。
「……もう一度、博士に会おう」


(・研究所にて)


 ベトナムから帰還後、茅野 茉莉(ちの・まつり)レオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)は極東新大陸研究所海京分所を訪れた。
 自分の眼から見た偵察の報告と、今後の対策をホワイトスノー博士に相談するために。

「行き先は、『ベトナム』だ」

 博士の声が聞こえてきた。いつ出発するのかは分からないが、ベトナムに彼女達が行くらしいことを知る。
「博士!」
 茉莉が博士に対し詰め寄る。
「今の話、本当?」
「……聞こえていたか」
「ベトナムに何かあるのね?」
 おそらく、博士は敵の事情を少なからず知っている。だから敵の拠点に乗り込もうとしているのだろう。
「荷物持ちでもなんでもするからお願い、あたしも連れてって」
「それは出来ない」
 嘆願する茉莉だったが、博士にはそれを拒否された。
「それに、行くのは私の個人的な用事だ。生徒の同行は必要ではない。雑用係は中尉一人で十分だ」
「でも……!」
「少し休んで、頭を冷やせ」
 博士とはそれ以上の話は出来なかった。仕方なく、今日のところは引き上げるしかない。
 茉莉の携帯電話が鳴る。相手は、霧積 ナギサ(きりづみ・なぎさ)だ。
『君はこれからどうするんだい?』
 偵察から帰り、今後どうするのかを問うてきた。
「あの青いヤツへの対抗手段を集めようと思うわ。そのために、博士に会ったんだけど……」
 博士がベトナムへ行くということを偶然知り、同行を申し出たが断られた。そのことをナギサに伝える。
『まだ、諦めるのは早い。今度は僕も一緒に博士と会おうと思う。もちろん、出発される前にだけどね』
 はいそうですかと簡単に諦めるわけにはいかない。
 自分達は目の前で仲間を失った。このまま引き下がれるものか、という思いがあるからだ。

* * *


 要塞制圧戦の前日。
「考えはまとまったか?」
 ホワイトスノー博士と向かい合っているのは、月夜見 望(つきよみ・のぞむ)だ。
 事前に面会の許可を得る過程で、この日の夜から彼女が海京の外へ出張することを知ったため、その前に会いに来たのである。
「『人間の感情を理解出来るロボットと、一切の感情を捨て身体を機械に置き換えた人間。果たして、本当に「人間」と言えるのはどちらだろうか』
 俺の答えは……どちらとも『人間』と言える、だ」
 博士が黙ったまま彼の意見を聞いている。
「確かに、『感情』というのは『人間』を人間たらしめてる重要な要素だ。考え、理解し、行動する……この一連の動きの中で、無駄があっても、最適な行動が出来るのは……感情があるからだと思ってる。その意味では、感情を理解出来るロボットの方が、人間らしいかもしれない。
 でも俺は……例え感情を捨て去って、機械の身体に置き換えた人間を……『人間』じゃないと言いたくない。彼らにだって、こちらのアクションに対して反応してくれる『意思』を持っている。反応してくれる『意思』を持っているなら『自我』だって彼らにあるはずだ。じゃなければ、こちらに反応すらしてくれないだろ? 大体、『感情』は長い目で見て接していけば、『学習』してくれると考えているからさ、俺は」
 そして、一番の主張をぶつける。
「だから……俺は『意思』を……『心』を持っているものは……『人間』と認めてる。それが『機械』と分類されるモノでもだ。じゃないと、俺は……俺に応えてくれる大切なパートナーや『仲間』、そしてこれまで機械と向き合ってきた俺自身の人生を否定することになるから。
 もちろん、この考え方は的外れなのかもしれない。でも、俺にとっては、ずっと考えた末の答えだ。それだけは博士にも理解してもらいたい」
 自分のこれまでの人生から導き出した答えを博士に伝えきった。
「……お前は研究者には向いていないな」
 それが博士の第一声だった。
「だが、悪くない。わずかな時間でここまで考えたのは大したものだ」
 さらに加える。
「感覚的な問題ならば、お前の考えも的外れではないだろう。いや、意思や自我、それに学習による感情の形成、これらは精神発達に根ざした生物学的見地からすればむしろ的確と言えるかもしれない。それでも、科学者というのは理論と実践によって答えを導くものだ。その立場からすれば、『どちらも人間ではない』ということになる」
「なぜだ?」
「思考というのは、いわば一つの演算、すなわち電気信号によって行われている。感情が分かるとはいえ、それは『そうプログラムされているから』でしかなく、逆に感情がなくても反応が出来るのは、それを感覚器で情報として感知しているからだ。例えば、コンピューターのキーを打てば画面に文字が現れる、これも一種のアクションに対する反応だ。科学的な見方をすれば、両者ともその延長に過ぎないのだよ。両方とも一種の人間のように感じるのは、所詮感覚の問題でしかない」
 望とは対照的な考えをホワイトスノーは示した。
「とはいえ、これは物事をどの視点で見るかによる違いに過ぎない。どちらかが間違っているわけではないし、明確な正解があるわけでもない。だが、人によってはあからさまに否定する者だっている。反論が来ないなんてことは滅多にない」
 それでも折れない自信はあるのか、とホワイトスノーは問う。
「自分を否定したら、そこで終わりだ。だから俺は、俺の考えを貫く!」 
 確固たる意思を持って博士の目を見た。
「よし、合格だ。その言葉、自分の中に示した答えを忘れるな」
 ホワイトスノーは望の中に、何らかの可能性を見出したらしい。
「そうそう、元々の語源となった『ロボット』は機械ではなく、生身の人造人間だった。知性はあっても心はない、な」
 話を終えると、彼女はそろそろ時間だと言い、イワン・モロゾフと研究所を出て行った。
「あの女、あたし達は人間じゃないって言いたいの!?」
 一連の会話で、天原 神無(あまはら・かんな)が怒りを感じていたらしい。
 前に、「機械化した人間のところを自分の身体と精神をいじった『強化人間』に変え、ロボットを『機晶姫』に置き換えたほうがより身近な問題として考えられるだろうな」と博士が言っていたこともあり、余計に頭にきたのだろう。
「まあ、感情があろうとなかろうと……造られた存在は定義としての『人間』に当てはまらない、ということじゃろう」
 須佐之 櫛名田姫(すさの・くしなだひめ)はそれほど気にしている様子はないようだ。とはいえ、ホワイトスノー博士の態度からは、彼女達をモノ扱いしている風でないのが感じ取れた。
「俺の考えを認めた上で、まったく正反対の答えを返してきた」
 あれが博士の考えであるようには思えない。むしろ、博士はそういう考えもあるが私も両者を人間であると信じたい、と暗に示しているようにさえ思えた。
 だが、感情論、特に「心」は科学で完全に証明は出来ない。だから「科学的な立場」からの意見というものをあえて言及したのだろう。
「まだ俺には、知らなければいけないことがたくさんあるんだろうな」

* * *


(イコンの解析資料無くしちゃったから、また貰いに来たんだけど……白雪姫とええっと、ああ、イワンさんだっけ? どこかに出掛けるのかな?)
 ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)は、海京分所から海京北エリアの飛行場に向かっているらしい、ホワイトスノー博士とモロゾフ中尉の姿を発見した。
(ミルト、一体どうしましたの? あ、ホワイトスノー博士ですわね……って後をつけるの?」
 気付かれないようにこそこそ進むミルトの後を、ペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)が追いかける。

 海京の北エリアは、天沼矛を通じて運搬する物資の搬入、搬出エリアであり、民間用とは別の飛行場が存在する。
 また、東西シャンバラの緊張状態が続いていることにより、シャンバラ教導団が臨時で駐在している。
「大佐、あちらです」
 モロゾフが指し示したのは、小型飛行機だった。
「時間になりましたら、パイロットの方が来るはずです」
「ずいぶんと古い機体だな。まあ、定員が五名以下のものとなると、こういう旧式の輸送機か軍用機くらいのものか」
「見かけはこんなでも、自動操縦機能は搭載しているんです。目的地付近までは問題なく行けますよ。それに、どちらにしたって……」
 モロゾフが何か言いかけたときだった。
「博士」
 天泣とラヴィーナだ。
 二人もまた、海京分所へ向かう中で博士達の姿を目撃し、ここまでついてきたのだ。
「外国に行かれるのですか……そこにイコンがあるのなら、ついて行きます」
 モロゾフとホワイトスノーがどこに向かうのか、天泣達は知らない。それでも、彼は博士達について行けば、イコンのことがもっと分かると考えている。
「神とは力を持つだけの存在ではない、と思います。信じる人の心、願望・理想が宿って……心を持ち、神になる。
 ですから私はこの目で、手で、足で、頭で、全てを受け入れその中から……神を探し出します。自分の信じる神、そしてイコンに宿る神を」
「なるほど、この前の神についての問いについて考えてきたわけか」
 博士の返事がどうあれ、天泣強引にでもついて行くつもりだ。
「だが、連れて行くわけには行かない。それに……」
 博士の視線の先には四つの人影がある。
 茉莉、レオナルド、ナギサ、常磐城 静留(ときわぎ・しずる)だ。
「博士、あたしは青いヤツを許せないっ! だから戦う方法を、あのイコンで知ってることを教えて!」
「お願いします。博士の私用で行くとしても、ベトナムは安全ではありません。護衛役として、同行させて頂けませんか?」
 頭を下げる、茉莉とナギサ。
 だが、ホワイトスノーの答えは変わらない。
「残念だが、駄目なものは駄目だ。あくまで目的は昔の知り合いに会うだけ、それにお前達全員を乗せたら定員オーバーだ」
 希望者から選ぶ、なんてことをする理由もない。元々学生達を勘定に入れているわけではないのだから。
 パイロットを抜いて五人。博士とモロゾフ中尉を引けば残りは三人だ。
「失礼致します」
 なにやら揉めているように見えたらしく、飛行場に駐在していたグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)が駆け寄ってきた。彼女のパートナーであるレイラ・リンジー(れいら・りんじー)アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)も一緒だ。
「目的地がベトナムであるとのことですが、その理由をお答え頂けないでしょうか」
 ベトナム偵察隊に起こった出来事は、西シャンバラの知るところとなっている。飛行場からの離陸許可は下りているものの、万が一に備え理由を知っておかなければ、ということらしい。
「知人がそこに住んでいるから、というだけだ」
「なぜ、この時期に?」
「急を要する事態だからだ。敵の影響下だからこそ、早いうちに会わなければどうなるか分かったものではない」
「現地に行かなければならないことなのですか?」
 教導団の三人から問い詰められる。
「護衛、というのであれば私達三人が同行致します」
 ちょうど定員は残り三人だ。
 だが、やはりホワイトスノーはそれを拒否する。
「軍人がいた方が、かえって警戒される。私用に付き合わせる理由はない」
「こちらにはあります。現在のイコン開発の第一人者である博士に、万が一のことがあってはなりません」
 イコンにおいて、教導団としても技術の多くは天御柱学院に頼っているのが現状だ。だからこそ、彼女達も必死なのだろう。
「あくまでお二人で行かれるというのであれば、申し訳ありませんが、力ずくでも――」
 ここで止める、そう言って博士に手を伸ばそうとした。
「――――っ!?」
 だが、グロリアにそれは出来なかった。
 背中が地面に当たっている。仰向けに倒れたのだ。
「こちらは正規の手続きで許可を頂いております。お気持ちだけ受け取っておきますよ。手を出してしまい、申し訳ありません」
 力ずくで、と思っていた彼女が一般人であるモロゾフに、逆に倒されていたのだ。契約者であり、教導団の一員――現役の軍人であるにも関わらず、ただの一般人に。
 それよりも、彼女はモロゾフの気配にまるで気付いていなかった。
「今、何をしたのか分かった?」
「いえ、まったく……」
 彼女のパートナー二人も、気付いていなかったようだ。
「空気過ぎるのも考えものですよ。大佐の存在感の前には、僕なんてやはり霞んでしまうようです……うう」
「落ち込んでいる暇はない。行くぞ、中尉」
 そのまま飛行機に向かおうとするが、一度だけ天泣達天学生の方を振り返る。
「これを受け取れ」
 六人に向かって、一枚のカードを渡す。
「私がこれまでに解析したイコンの全データへのアクセスキーだ。パスワードはドクトルに聞けば分かるだろう」
 あとは自分達で考えろ、とだけ残して海京を発つ準備を始める。
「では、間もなく発進します」
 パイロットがやってきた。
「手筈通りにお願い致しますよ」
 モロゾフが一言だけパイロットに告げる。
 しばらくして、飛行機は夜の空へと飛び立っていった。

(向こうで揉めてたおかげで、なんとか潜り込めたね)
(ですが、これからどうしますの?)
(離陸したら、博士達と話してみようかな。いくらなんでも、海に投げ捨てたりはしないはずだよね)
 生徒達がホワイトスノーに対して申し出ているうちに、ミルトとペルラはこっそりと飛行機に潜入していた。
 後部にある非常時の脱出用パラシュートの陰に隠れている。

 しかし、彼らはベトナム行きが想像を絶するものであることを、まだ知らなかった――