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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

リアクション

 
 
見守るという戦い
 
 地上からは手の届かない空の上。
 頭上で交差する龍騎士とイーグリットの姿は遠く、小さい。
「真理さん、明日葉さん……」
 戦いに赴いたパートナーと彼女に同行した仲間の名を南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)は祈るような思いで呟く。
 隣では敷島 桜(しきしま・さくら)が不安そうにぎゅっとテディベアを抱き締めている。
「――桜」
 その姿を見て、秋津州は軽く頭を振って意識を切り替えた。
 シャンバラからコンロンに渡った時からわかっていたことだ。
 真理と明日葉は前線へ。整備科に属する自分と桜は後方へ。
「大丈夫。私達は今までに得た知識と経験を持って、イーグリットを送り出しました」
 だから、大丈夫――そう秋津州は桜に微笑みかけた。
「――そう。そうですよね。……真理さんたちが全力で戦っているのなら、わたくしたちも全力で」
 できることをやろう。
 前に出ることだけが戦いではない。
 待つことや戦いを記憶することも戦いだ。
 この一戦には色々な意味がある。勝ち負け、政治外交的なものだけではなく。もっと本質的な。
「さあ。進みましょう。この一戦。真理さんたちの戦いを無駄にしないために」
「ええ。記録し、次に生かす。それがわたくしたちのすべきこと」
 二人は上空で火花を散らすイーグリット、それをもう一度だけ見つめると山を登りはじめた。
 パートナーの無事と勝利を祈りながら。
 
 
 
龍騎士との戦い
 
 1対100。
 それは数にすれば絶望的な戦力差だった。
 だが、100もいた龍騎士は今や半分にまで減っている。
 イーグリットは十分過ぎる程善戦していると言えよう。。
 しかし、決めの一手にかけ、戦闘は膠着していた。
 
「明日葉! 13時の方角に2体」
「承知。 貫け!!」
 弓の名手として名を馳せた明日葉にかかれば飛び道具はどれも同じだ。
 光の軌跡を描いたその一撃は寸分違わず龍の翼を射抜き、龍騎士たちを無力化していく。
 だが、万事が万事上手くゆくわけでもなかった。
 射撃後に生じる一瞬の隙を突かれ接敵を許してしまい、機体が揺らぐ。
「いかん。離脱だ」
「わかってる。イーグリット出力全開」
 エンジンを噴かせ敵を引き離す。
「――秋津州と桜に感謝だね。いつもより調子いいよ」
「ふふ。それがしも久方ぶりの戦場に心が躍ってござる」
「でも――このままだと」
「数は向こうが上。このままでは、いずれ押し切られるが定石」
 見れば真理たちが体勢を整えると同様、残った龍騎士たちがイーグリットをじわじわと包囲していた。
「……そんな定石、ボクは嫌だよ」
「それがしも御免被る」
 と、二人が何事かの覚悟をした刹那、敵の一角が崩れた。
「――な、何?」
「む。あれは――」
 そこにはワイバーンを駆るセオボルトの姿があった。
 
 手綱を巧みに操り、騎乗からの槍の一撃で囲みの一角を突破する。
 進軍を阻もうとした者たちは、絶妙のタイミングで放たれたワイバーンのブレスで吹き飛ばされる。
 そこに再びセオボルトの槍が迫り、一体、また一体と撃破されてゆく。
「おのれぇぇ。えぇい!! 囲め! 奴を囲め!! 押し潰せぇぇ!!」
 一斉に群がる龍騎士を難なく躱すと、セオボルトは囲みを突き破り、イーグリットの隣へと並んだ。
「先ほどは助かった。自分は教導団のセオボルト・フッィツジェラルド」
「ううん。こっちこそ。ボクは高島 真理」
「それがしは源 明日葉。助けに来た者が助けられるとは――礼を言う」
「ははは。困った時はなんとやらですからな――と、流石は向こうも龍騎士ということですか」
 見れば、再び包囲の布陣が敷かれていた。
「しつこいなぁ……でも、やるしかないよね!」
「うむ。参ろう。心強い味方も増えた。思う存分戦えるというもの」
 消耗しながらも士気だけは衰えない二人にセオボルトは笑いかけた。
「では、こうしましょう。まず、敵の将を撃ちましょう」
「将?」
「えぇ。ついさっき声を張り上げていた龍騎士ですな。自分が敵を引き付けます」
 言うや否やセオボルトは敵陣へと突撃してゆく。
「ここで決めよう。照準セット」
「南無八幡大菩薩! てー!!」
 お二人の腕なら外さないでしょう――セオボルトはそう告げた。
 その言葉の通り、イーグリットから放たれた光の矢は敵将を貫いたのだ。
 そこから先は、時間の問題。
 セオボルトが敵を攪乱誘導し、真理と明日葉がイーグリットで追撃していく。
 やがて、コンロン山の上空にあるのはセオボルトが乗るワイバーンとイーグリットだけになった。 
 
 
 
死者喰い蟻の女王
 
 卵が転がり出でる穴は深く、地底へ続くかの如く深い横穴――洞窟だった。
 そして、進めば進むほど、空気はねっとりした熱を孕み、呻きとも呪詛ともとれる低い唸りは酷くなる一方だ。
 戦闘を進むのは刀真たち三人。
 続いて、悠と翼とパワード隊。
 そして、ミューレリアとカカオ、リリウム、空元気の空賊たち。
 ちなみにリサイクルエコーは少し進んだ地点で支えてしまったために泣く泣くお留守番となっている。
「せっかく正義のロボに乗って悪の親玉を討つ! ……燃えるシチュエーションだったのに〜。あんまりですぅ〜」
「イコンなくても、悪の親玉討てばいいじゃないか」
「駄目なのです。うぅ。リサイクルエコー」
 どもやら、すっかりへそを曲げてしまったらしい。
「わ、私につ、つとまるでしょうか?」
 最後をミラベルに手を引かれた朱鷺子がおっかなびっくり進んでゆく。 
 
 どれくらい歩いたのか。
 薄暗い闇の中に無数の赤い点が揺らめいた。
 それぞれが手にした灯に照らし出されるのは無数とも言える化け物蟻。
 そして、彼等に守られるように鎮座する一際大きな蟻――死者喰い蟻の女王がいた。
 
「パワードアーマー隊、展開!!」
「物理と魔法――どっちがいいかな? さぁ、行くよー!!」
 開戦の合図は悠の檄と集中砲火の銃声だ。
 それに続くように翼が左右に構えたレーザーガトリング砲と光状兵器が火を吹く。
「必要以上に敵の攻撃範囲に近付かず戦線を維持しろ。負傷した者は後退。草薙!」
「は、はいぃぃ!!」
 突然、呼ばれて朱鷺子は飛び上がる。
「負傷者の手当てを。但し、戦線維持が難しい時は支援射撃を頼む」
 その厳しいが的確な指示に背筋が伸びるのを感じた。
 朱鷺子は改めて、いや、初めて理解する。ここが戦場なのだと。
「――ぜ、全力を尽くします」
 そんなパートナーを守るようにミラベルは一歩前に進み出る。
「ミラベル?」
「ここまで連れて来たのは私だから。敵を倒す。そして、パートナーのあなたも守る。この剣にかけて」

 悠が敷いた戦線はその絶対的な火力で黒い壁の一角に穴を空けた。
 そこから、月夜と玉藻の援護を受けながら刀真が最奥の女王へと突っ込む。
(敵の最大の武器は顎。それを避けるには――)
 ぐっと重心を前に倒し蟻の腹の下へと駆け込む。
「我が三尾より氷刃がいずる!」
「三尾が宿りて絶零が生ず!」
 冷気を纏った一撃が女王の腹を切り裂く。が、まだ浅い。
「くそ! 一撃じゃ無理ということか」
 言い様飛びのいて離脱すれば、さっきまでいた所へ深々と鋭い顎が突き刺さっていた。
「独り占めは駄目だぜー!! 私もこいつが狙いなんだ」
 そこへ、ミュレーリアが飛び込んでくる。
「蟻の弱点と言えば――ここだぜ。どうだ?!」
 左手から放たれた銃弾は正確に女王蟻の触覚に当たった。だが、貫通はしない。
「随分と硬いんようにゃぁ」
 こんな状況でも振り落とされることなく肩に乗っているカカオがしたり顔で言う。
「じゃあ、どうしろってんだ?!」
「――水滴でも岩に穴を穿てるものだにゃ」
「なるほど。同じ位置に攻撃を叩き込む」
 ミューレリアが答える前に刀真が一人納得したように応じれば、カカオはそうにゃと満足そうに頷いた。
 刀真とミューレリアの視線がぶつかった。
「化け物でも蟻は蟻だ。冷気はそこそこ有効だと思うし、雷撃も利くと思う」
「なら、触覚も弱点だろ?」
「「…………」」 
 互いの意見を確認すると二人は同時に女王蟻に向き直った。
「――玉藻。月夜」
「わかっておる」
「援護は任せて」
「よーし。じゃあ、行くぜ!」
 四人が散開したところへ、あらかたの蟻を倒した悠と翼のガトリングが撃ち込まれる。
「あはは。ナイスタイミングだぜ!!」
 魔法で宙を走るミュレーリアが銃を構える。狙いは先ほど貫き損なった触覚だ。
 それに合わせるように玉藻の九尾がまばゆい光を放つ。
 図らずも二人が放つのは同じものだ。
「とっておきをくれてやるぜ!!」
「開け、【地獄の門】」
「「大魔弾コキュートス!」」
 冥界の尤も深い場所を流れるという川の名を戴くそれは絶対無比の冷たさを誇る。
 その弾が二発。女王の頭目掛けて放たれた。
――ギシャー!!
 耳障りな叫びをあげて女王の体が揺らぐ。
 苦し紛れに、頭を振るその一撃は先を読んでいた月夜によって弾かれる。
「刀真の邪魔はさせない……狙い撃つ!」
 そして、刀真が地を蹴った。
「我が九尾を以って終焉を招く!」
「二尾が宿りて迅雷が奔る!」
 雷を纏わせた一撃が、女王蟻の首を跳ね飛ばした。
 
 一方、前線から外れた後方では。
 少しずつだが増え続ける負傷者――主に空賊たちの――治療に朱鷺子が追われていた。
「おいおい。ねーちゃん巻き過ぎだ」
「す、すみません。お喋りが楽しくて――ごめんなさい」
 何人目かのミイラ状包帯を慌てて解いていく。
「うっかりした姉ちゃんだぜ」
「はい。よく言われます。あと地味だとか……この制服だと更に三割増で地味なんです」
 確かに今空賊達の背後で激戦を繰り広げる誰とも違う。
 あれを派手と言うならば確かに地味なのだろう。
 だか、それはなんだか根本的な部分が違う気がした。
「ま、まぁ――あんたにしか出来ないってこともきっとあるぜ」
「そうでしょうか?」
 くるくるくるくる。俯いたまま朱鷺子はどんどん包帯を巻き取ってゆく。
「お、おい。姉ちゃん。今度はほどき過ぎだ」
「え? あぁー。ご、ごめんなさい。」
 肩を落とし、目尻にちょっぴり涙を溜める姿は確かにどこにでもいる平凡な女のもので。
 地味と言われればそうかもしれない。
 けれど。
(なんつーか、妙に色っぽいし、なんつーか、いい匂いが)
 そんなこと思っている空賊の目の前。頼りない教導団生の背後で黒い影が揺らめいた。
 黒い硬質な皮膚。鋭い顎。何かを探るように動く触角――そう。蟻だ。
 地上で生き残ていた蟻が母である女王を求めて、戻ってきたのだ。
「――ひ? う。うし」
「ひ、酷いです。確かに胸はその――」
 何か勘違いして頬を赤らめる朱鷺子。
 空賊たちは振り子人形のように首を振って、背後を指差す。
 そのあまりに尋常ではない様に、何かを感じ振り返った朱鷺子の服を蟻が食い破った。
「きゃー!?」
 慌てて、一歩下がりかけた朱鷺子だが、背後にいる負傷者たちのことを思い出し、踏みとどまる。
(ど、どうしよう。と、とにかく時間を。時間を稼ぐのよ)
 蟻を自分に引き付けることができれば、前線の誰かに助けを求めることができる。
 少なくともミラベルは駆けつけてくれる。
(銃で威嚇……駄目、きっと挑発してしまう……何か。何か、他に)
 と、蟻達が先ほど食い破った自分の衣服の周りに集まっているのに気付いた。
(……動物や昆虫は人間より匂いに敏感だって言うし……一か八か!)
「草薙 朱鷺子……脱ぎます」
 頬をほんのり朱色に染めて、朱鷺子は無事なボタンに手をかけ、上から順に外してゆき――シャツを蟻達よりも更に後ろに投げた。
 ふわり。
 人間には到底わからない。けれど、蟻達をひきつける何かを有していたのだろう。
 蟻達はそれに群がり、空賊の知らせを受けたミラベルとパワードアーマー隊有志によって呆気なく倒された。

 山は一度大きく揺らいだ。
 それは死した死者喰らいの女王の断末魔だったのか。
 それとも、己が身に巣食っていたものが断たれたことに対する山の歓喜の声だったのか。
 真相はわからない。
 ただ――山の中腹にある洞窟。
 そこに敷かれた畳の上に座していたコンロン・キングが口を開いた。
「礼を言わねばならぬ。救い主たちをお連れせよ」
 残っていたコンロン・ソルジャーの内数名が外へと走っていく。
「――山は保たれた」
 コンロン・キングは深々と頭を下げた。
 
 
 
それから
 
 王から直接討伐を頼まれたセオボルトは勿論、それ以外の者にも丁重に礼が述べられた。
 ミューレリアは自分の一人の手柄だとは言わなかったが、コンロン・キングと共闘した教導団に、ぞれぞれしっかり報酬を要求した。
 女王蟻討伐の立役者とも言える刀真は礼の言葉だけ受け取ると、その足でヒクーロへと戻ってしまった。
 どうやら、今回の魔物退治だけですまざず、コンロンの魔物を退治してまわるつもりらしい。
 また、悠の進言で今後の禍根を断つために残っていた卵を処理し、女王が巣食っていた地下に続く穴も塞がれた。
 これで、二度とあのような化け物がコンロン山に巣食うことはないだろう。……多分。きっと。
 また、洞窟での討伐で謎の行動をとった朱鷺子の元に、定期的に空賊たちからの手紙や贈り物が届くようになったとかならないとか。
 
 そして――コンロン山で変わったことがもう一つあった。
 コンロン・ソルジャーたちが山の斜面の開墾を始めたのだ。
 そこに植えられたのはさつま芋。
 作業に従事する者達の手には芋ケンピがある。
 コンロン山産の芋ケンピが生まれるのは、まだまだ先の話である。