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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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出陣前夜/ヒクーロ
 
 各地で繰り広げられている帝国との決戦模様。ヒクーロでも……しかしここで一旦、ヒクーロは戦場から少し時を遡る。
 ヒクーロ国境付近に駐屯する教導団部隊。国境の東の帝国駐屯地を叩くべく出陣の準備をしていたところ。
 すぐさきまで、多くの負傷兵らの治療に大忙しだった医療班。班を仕切る、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)
 次の戦場が帝国の駐屯地と聞いて、こんな会話が交わされていた。
 エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)は再び戦場にと聞き、先日の戦闘の際に思わず役に立ったそれに目を向けていた。
「この十字が「コンロンの十字」……だったな」
 エルザルドは雲雀に、医療班の人たちにこう伝えてみて、と切り出す。
「駐屯地の戦いではエリュシオン勢力を除き、ヒクーロ軍閥や雲賊、教導団の区別なく治療行為を行う。ただし患者同士の諍いを避けるため治療場所は分別する」と。「コンロンの組織と思われてる方が好都合だし、それなら相応の行動と態度を示しておかないと。無駄な争いをしてる余裕は無いしね」
 土御門は少し驚き、
「エル? 医療班の人たちに何て?
 ……エリュシオン以外は全員治療する!?
 納得してくれるワケねーだろ、皆教導団の医療班って事で来てるのに! 第一、教導団の人たちには説明できるとしてもヒクーロ側にはどう説明すんだよ?」
 そう返す。エルは、
「ヒクーロ側への説明?
 ――教導団は味方ではないが、エリュシオンの仲間ではない。敵でない者は助ける。
 ってところでいいんじゃない? 戦場の慈善団体っぽい感じでさ。それとも、雲雀は無償の慈善行為はお気に召さないかな? ……まあ、考えてる暇なんて無さそうだけど」
「……何かそこまで完全に答えられるとムカつくけど、まあ聞くだけ聞いてみるか……」
 そうしているところ、聴こえてきた飛空艇の音。教導団のものではない。ヒクーロ……いや、雲賊。
 国境の山間から、雲賊の飛空艇数隻が現れる。
「雲賊が、また?! 戻ってきた? どういうこと……」
「攻撃してくるつもり……あっ」
 雲賊はやはり、攻撃を加えることなくそのまま直線に、雲海の方へと抜けていく。
「大丈夫か。……いや」
 しかし程なく教導団部隊の更に驚いたことに、その後を追ってやってきたのは龍騎士団である。数はさほどではない。どうやら、雲賊を追ってきたのか。雲賊を追うが為、迂闊にも教導団の陣地に入り込んできたらしく、高度を上げてそのまま同じく雲海の方に切り抜けようとする。教導団は牽制のため軽く砲撃を加え、追い散らした。
「帝国と雲賊とが争いに? あるいは、ヒクーロと雲賊が結んだか? 我々も出陣しよう」
 それから一つ、医療班の方からあった申し出を、レーゼマンは兵ら周知させることになる。
「医療班はヒクーロ兵の治療もする。医療班が教導団の組織である事を明言してはいけない」
 雲雀の案に対し、医療班の皆は納得してくれたのである。これが状況の打開になるかもしれない。指揮官のレーゼマンも、頷いた。
「ヒクーロ側は教導団に恩義を感じたくないだろうし。ここは龍騎兵の掃除をかって出てあげるべきだよね。コンロンから帝国を駆逐するのが目的なら、誰が手柄を取ったとか関係ないし。重要なのは、目的完遂」
 城 紅月(じょう・こうげつ)はそう、心構えをしている。
 苦しい初戦を終えたおかげで、今、次の戦いを前に気持ちは落ち着いている。
 


 
 ヒクーロ決戦の前夜……軍閥ヲガナ陣営にて。
 ランプの灯りのみの薄暗い執務室にて、机に軽く腰を掛け、放り出された書簡を手に取りながらぽつり。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)である。
 ヲガナが入ってくる。
「なんじゃぁおぬしまだ……」
 出陣を前にしさすがのヲガナも少々緊張がある様子にも見える。
 そんなヲガナに、黒崎はふと笑い掛け、
「ヲガナ様。街では親父って呼ばれているみたいだね……皆、本当の父親がいるのに親父って呼ぶのかな?
 何となく親のない子ども、それ以外に食い扶持を見つけられなかった民が、雲賊として生計を立てているのかなと思って。ヲガナ様の事やヒクーロの事、色々知りたいな」
 そう、ねだるように天音は言い、段々愛着がわいてきた大きな顔に手を伸ばし、頬へ触れてみる。
「お、おう…………」
 ヲガナは、少し困った。
 天音の仕草に困惑してしまったのか、返答は出てこない。
 しかし、天音の言うよう貧富の差は必ず生じる。ヲガナは貧しい層にある者にも生計を立てられる糸口を提供しているという節はこれまでに関わってきた中で見られた。自身の守るヒクーロを一つの家族と見ておりその父であるという意識が自身にも土地一帯にもあるのだろう。
 天音は続けて、
「僕は名のある龍騎士が率いる騎士団の戦いを間近で見たことがあるけれど、龍騎士は強いよ。まぁヲガナ様はそんなの分かっているだろうけれど……明日、戦いに行けばこの顔と胴体が無事に繋がったまま帰って来られる保証もないね。そう思うと、愛しい気がしてしまうな」
 笑顔のまま。そう言う。
「むう。……」
 ヲガナは、黙した。
 天音は尚、執務用の机に腰掛けたまま……ランプの灯り一つが夜着の合わせから白く垣間見える脚に濃い影を落とす部屋で、じっと見つめた後、顔を寄せ、
「戦いは……少し、怖い。かな」
 昼間は、護衛として同行すると普段の薄い笑みを浮かべていた表情と瞳を、僅かに曖昧に揺らしながら口づけ……さり気なく相手の手を衣服の影へと導きつつ天音は、相手の中心に触れ逃げを打つ身体を封じる仕草……。天音には、身体を繋いでしまえば快楽を引き出す手管には、龍騎士と戦って勝つ以上の自信があるが……父親という意味あいには僅かな躊躇いを抱いた。
「ぬおっ。な、何する?! お、おぬしいつの間にっ!」
 ヲガナははだけた衣服を正すと、五六倍の顔をほの赤くして退出していってしまった。
 天音はもう一度、ふっと微笑し、
「後々ミロクシャ帝を立て、コンロンを復興させる時シャンバラと対等以上に渡り合える人が必要になるよ。力が無いと難しい……貴方がきっとその人になるんじゃないかな」……
 
 
 前夜にあった事は、これだけではなかった。
 先ほどの天音とのやり取りの後すぐに、幕舎から出てきたヲガナ。
「ヲガナ様。む? 顔がおほの赤いですが?」
「馬鹿なことを言うな! いわゆるノンケだわしは!」
「は、はぁ? すみません。それで……旅芸人だと申す者が、幕舎の外に」
「何。旅芸人が。こんな出陣前夜に、何用か?」
 幕舎の外では――
「面会が許された?」
 旅芸人、という響きからは繊細で麗しく映るその人は――薔薇の学舎、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の登場である。異国の情勢もある故おおっぴらに身分を明かしての行動もできないと、もともとは路銀稼ぎにギターと歌で吟遊詩人の真似事をしてきたのが、パートナーたちがしていた芸の方が目立ち始めすっかり旅芸人の一座となってしまったのであった。二人はまだ子どもの身丈だ。荷物の上に乗っているのはドラゴニュートのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)
「これがヒクーロの雲菓子なんだぁ。おいしいね。景色もシャンバラとは違うね! んっ? 人が集まってきてるや。み、見世物じゃないよっ」
「……」そんなファルを困ったもののように見ている、ソリで荷物を引いている機晶姫のユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)。実は彼らの内では最もしっかり者で他のパートナー二人のお目付け役的存在である。もう一人が、こちらは見た目は大人だが基本中身は子どもの、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)
「うーん……呼雪と色んなとこ見て回れたのは嬉しかったけど、地道な旅って結構大変なのね……。汗かいてくたびれても、すぐお風呂入れるわけじゃないし。綺麗好きお風呂好きな呼雪が黙ってるから、なるべく言わないようにしてるけどさー。ということでここでお世話になって立派なお風呂に入れさせて貰おうよー」
「ヘル、そんな我侭を言ってはいけません。旅の空で不便をしているのは、あなただけではないのです」ユニコルノが言っていると、そこへ、人の五、六倍の顔をしたヲガナがやって来る。
「おまえたちか。旅芸人というのは」
「はい。あなたが、ヒクーロ軍閥長ヲガナ様。この地方に来て、噂をお聞きしてまいりました」
 丁度逗留した町で龍騎士との戦いに赴くという話を耳にし、軍閥長であるヲガナ始めヒクーロ陣営に歌をと思い、その旨をヲガナの屋敷の守衛に申し入れた次第であった。
 ヲガナを見るなり、ファルが駆け寄る。
「わぁ〜、ヲガナさん、噂通り本当に大きなお顔!」
 ヲガナが気に入ったのか、無邪気に目をキラキラさせ五六倍の顔をぺたぺたと触る。
 兵が止める前に、早速やってしまったと、ユニコルノがお詫びをしつつ止めに入るが、
「いや、よいのだ。よいのだ」
 ヲガナは気にしてはいない。
 呼雪は、出撃前の慌しい時に応じて貰った事、と挨拶に礼を尽くし、こう述べた。
「私どもは、消息を絶った友の行方を捜しながら旅をしている者です。不肖ながら、大いなる戦いに赴かれるヲガナ様と皆様のご武運をお祈りしたく、曲を作って参りました」
「友を……フム」
 ヲガナは少し間を空けたが、
「フム。いいだろう。
 曲か。そういうのはきらいではないわ。勇ましいのを一つ頼む」ってもう、作って参っているわけだけど。
 宵に出陣前の壮行を設けることとした。
 早川呼雪。そしてその友……タシガンで暫し行方知れずとなっていた黒崎天音。彼を探しに、コンロンに赴いていたのである。
「まったく、黒崎は何処へ行ってしまったのやら。あいつの事だから、コンロンの秘密にフラフラと惹かれたか。それとも……?」
 当時、雲賊の活動が活発であった。「まさかな」。そうは思いつつも、雲賊に攫われた可能性は拭いきれなかった。噂を追って北上し辿り着いたのがヒクーロであった。もっとも、その旅も一口に語れる旅ではなかったわけだが……
 ファルの頭に乗せた林檎にユニコルノの投げナイフが刺さる。「ひっ。ちょ、ちょっとこわかったよ〜」
 宵の催しが始まっているのだ。
 ユニコルノは華やかなドレスに身を包み、ファルと一緒に布や紙で作った花飾りを振りまく。ヘルはいちばん派手な格好をしてはいるのだが、「僕は芸はしないよ? 呼雪のお世話係ですから(きりっ」おはようの歯磨きからおやすみ後のベッドの中まで、余すところなく……「ヘ、ヘル。そんなことは今はいいから……」
 呼雪は真剣に、歌を詠む。ユニコルノとファルも両脇に並んで……
 
 例え神が率いる龍騎士達が如何に強大であろうとも、真なる龍の加護はヒクーロにあり……
 
 最後に、そのような一節を含む、兵を鼓舞する歌を呼雪は献上した。
 その最高潮の部分で大きな松明にファルの火を灯して掲げ、
「ヒクーロに勝利を! ヲガナ様に栄光を!」
 高らかに声を上げた。
「お顔のおっきさは、そのまま懐のおっきさなんだって。ヒクーロのみんなにお父さんって慕われてるヲガナさんは、本当にその通りだね!」
 ファルがまたヲガナの傍へ行き、踊りながら言う。ヲガナもこの催しに、
「ウム、ウム。賑やかでいいのう」と終止、にこやかであった。側近や兵たちも、慕うヲガナのことを讃えられ嬉しく思い、歌に勇気がわいてくるのであった。
 松明が赤々と燃え、様々な食事も運ばれてきている。こうして、ヒクーロの出陣前夜は賑やかに彩られた。
 ヲガナは、ファルと踊っている。
 ヲガナ様はなんだか可愛いな。呼雪はそう思う。
「フムウ。楽しいのう。そう言えば、こんなときに天音は出てきておらんのか?」
 黒崎。やはり、いたのか……呼雪は、聞き逃さなかった。天音の方も、この様子を邸宅の窓から眺めていた。
「黒崎。やはり……」
 壮行が終わり、灯かりは消され闇も濃くなった。二人は外で会い話す。
「黒崎。ここにいたか。この先、どうするのだ?」
「早川。ヲガナ様を守るつもりだよ」
「確かに、魅力的で実のあるお方。聞く話から、コンロン八軍閥の中では最も気骨のある人物像を浮かべていたが、実際にお会いしてみるとその通りだ」
「今後、コンロンで重要な位置に来るべきお人だと思うよ。
 それに、」
 天音は、微笑を浮かべる。呼雪はもしや? と思うが……
「ヲガナ様はなかなか可愛い一面もあるよ」
「ああ。……」
「ふふ」
 呼雪はしばらくおいて思い立ったように、
「黒崎、鬼院は……」
「? いや、会ってはいないけど……」
「こちらに、来ている筈ではないかと思うのだが」
 

 
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、ヒクーロへ赴く途中、同じ方向へ向かう教導団部隊や、飛空艇とそれを追って雲海へ飛ぶ龍騎士の一隊を見た。教導団とは関わり合いにはならないつもりだったが(尋人曰く「軍師のマリーさんは会えたら飛びつきたいくらい、信頼してるのだけど」)、部隊は更に国境に陣を張る隊へ合流するらしいと推定できた。国境でのことは西条が情報を仕入れている。龍騎士についても、駐屯地があるとは聞いていたが……追っていた飛空艇のことはわからない。尋人らは、雲海の方に出てみる。するとそこにいたのは……
「あーちかれた」
 お馴染みの二色のピエロであった。ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)
「えっ」
「ン? ナンだ?」
 見たことはあるが……近づき難くもある。「まあ、任せてください」とここで出るのは勿論、西条である。
「さっきの龍騎士と飛空艇だって? アア。龍騎士なら、今頃皆あの中だな」
 雲海に見える、空の滝。魔物で一杯だという場所だ。
「飛空艇も……?」
「イヤ。あれは雲賊の飛空艇だが。ヤツラなら今頃皆、もうウチに帰ってるだろ」
 どういうことだ? ……こういうことであった。帝国に攻撃を加えた雲賊らはその後、駐屯地に向かった。しかし、数が多いことを見て、ナガンは作戦に出た。駐屯地を飛び回り、帝国軍を挑発し誘き出した雲賊は、そのまま敵を誘引し教導団の陣地を通って攻撃させた後、魔物の屯する空の滝までご案内したという次第だ。数が多い帝国側の兵力を少しでもすり減らそうという意図の元、行われた作戦であった。これで雲賊としてヒクーロ側に貢献することで恩を売ることもできた。教導団とヒクーロは協同しないまでも帝国を敵とする点では同じになってしまったので、これは結局教導を助けることにもなってしまったが……。元々は、教導に好き勝手させないことだったので、これぞ道化た事になってしまったかもしれない、が……。「チッ。教導メ……」
「マア、コレで用もないんで、ケース持ってブラブラ独り旅にってとこだったんだ。
 ……で、黒崎だって? アア。知っているよ」
「本当ですか!」
「アア……だが、ここでは会ってねェんだけど」
「……そ、そうでしたか」
 尋人は、ヒクーロを目指して行くつもりだと言う。
「ヒクーロかァ。やめた方がいいゼ。アソコは、帝国と戦いになる。さっきの龍騎士団も、ヒクーロを狙ってうろついているヤツラだぜ?
 これから戦いになろうなんてとこに、いるか? 教導ならともかく……」
 だけど。黒崎なら……。尋人は思案する。確信は持てない。だけど、巻き込まれていたら……
 そこへ、ヒクーロの方から、小型飛空艇が近付いてくる。
「あれは、シャンバラのものだ。もしや?」
 おーい、おーい。尋人は、呼びかける。
「ヤ、ヤメロ! 教導の偵察部隊だったらどうすんだ!」
 しかし、呼びかけに気付いて降り立ったのは、教導団でもない。黒崎でもない。意外な人物であった。
「樹月!」
 樹月 刀真(きづき・とうま)たちだ。
 尋人にとってもナガンにとっても知己である。
「黒崎? ああ……」刀真は、風呂での出来事を思い出すが、とりあえずそのことにまで触れる必要はないな、と思った。
「だけど俺は、コンロン山へ向かわなければならない」
 そう、ヲガナの元からは姿が見えなくなっていた刀真であるが、こういった理由であったのだ。
「黒崎は、ヲガナを守るため残った。今頃は戦地に……帝国龍騎士団の駐屯地に」
「えっ。じゃあ、ヒクーロと帝国が戦争になるかもしれないっていう、その?」
「ああ」
 刀真は短く頷く。
「黒崎……」
 それから刀真、尋人はナガンをじっと見る。
「エッ。……マア、イイサ。どうせ気ままな旅に出ようッテ思ッテたんだ。危険な場所なら慣れっこだしナ。ギャハハ! 乗りナ。乗せてってやるヨ!」
「ナガン。……」おまえというやつは、と言いかけるのを、ナガンは静止する。
「言うな。ナンカ、最後でキャラがブレブレになっちまうゼ! ヒャハーこまけぇことは、いいんだヨ!!」
「あ、ありがとう……本当に何て言ったらいいかオレには……」尋人は本当にどう感謝していいのかといった面持ちだった。
 ナガンが小型艇のドアを開けると、雲賊からかすめたと思われるヒクーロの財宝が、トローリーケース一個分に溢れて積み込まれていた。
「……」「……」
「ん? どーした? アア。タイミングが悪かったからナ、これだけしか詰めれなかったんだお宝」
 それから、「コンニチワ!」教導団の迷子・真白隊員も詰められていた(この後無事、本隊へ帰還)。
「まったく人の良いピエロになっちまったゼ。ヒャハ! 最後の旅にサァ出発だ!」