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リアクション
こちらは教導団前線基地、クレセントベースのあるミカヅキジマ。
ここにも、一人の新人が。
「えーっと、クレセントベースの方に配属になったのはいいんだけど、司令部に挨拶と……司令部……どこなんだっ?
いきなり迷路みたいになってて、あちこち崩れているしで、迷ってしまうよ〜」
しっかり軍服に身を包んでいるが、まだ初々しい少年。
「護。あっちだぜ!」
パートナーらしい少年型の機晶姫が暗がりの奥を指差す。
「ええっ? 何か洞窟みたいなところだな……わっ。ね、ねこ……?」
クレセントベースの隊員たちにはおなじみになっている長い猫がてくてく行く。
「ナニ? 司令部かにゃ。あっちにゃ」
「……北斗。指してた方向と違うじゃんか」
「まあいいさ。早く、司令官に挨拶に行こう。怒られるよ?」
「う、うん」
分岐点/ミカヅキジマ
帝国の襲撃をいったん退けたことで、クレセントベースの生徒たちは一つの分岐点に立たされた。
すなわち、ここからどう動くか、である。
前回の戦闘で破壊された大空洞内の各種施設や、崩落した大空洞の奥の洞窟の修復も行わなくてはならない。また、襲撃は退けたものの、帝国群の拠点を壊滅させたわけではないので、これ以上の攻撃がないという保証はどこにもない。つまり、クレセントベースを空にすることは出来ない。。
その一方で、クレセントベースは、コンロンに勢力を伸ばすための足がかりという性格の場所である。ミカヅキジマを含むコンロン南方一帯から帝国の戦力を排除し、状況を安定させることを目的に、ここから大陸方面に兵を出すことを考え始める生徒が、少なからず出始めていた。
しかし、ここ最近の大陸側の動きの急速さゆえに、どこへ、どの程度の兵を移動させるかは、香取 翔子(かとり・しょうこ)司令官や参謀長の沙 鈴(しゃ・りん)をはじめとする司令部の頭を悩ませる問題となった。
「修復は引き続き天璋院さんたちに任せるとして。……海軍の件とシクニカからの手紙の件は、どうしようかしらね」
例によって地図と睨めっこしながら、香取は難しい顔をしている。海軍の件というのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)少尉らが独断で攻撃を行ったために、大陸のエリュシオン軍港とも戦端が開かれてしまったこと、シクニカの件というのは、百合園女学院の桐生 円(きりゅう・まどか)からの手紙にどう対処するか、である。
「海軍については、エリュシオン軍港を攻撃したことを今更なかったことには出来ませんし、『クレセントベースへの攻撃を止めさせるためにエルジェタ密林のエリュシオン基地を叩くべきだ』というウィルフレッド・マスターズ(うぃるふれっど・ますたーず)の主張自体は間違っていないと思います。そちらへも兵を割く方向で考えるべきかと思いますわ」
沙鈴はそう言った後、表情を改めて、香取に向き直った。
「ただし、攻撃が独断によるものだったという点については、軍規の緩みを防ぐために厳しい処遇をすべきです。教導団が国軍となるに当たって、戦果さえ挙げれば他のことを不問にするという風潮があっては困りますわ」
「具体的には?」
香取の表情も、難しいものから厳しいものへと変わる。沙鈴はきっぱりと言った。
「降格……と言いたいところですが、そこまでするとなると本営の判断も仰がなくてはなりませんし、何の予告もなしでいきなり締めすぎるのもどうかと思いますので、とりあえず、甲板磨きを一ヶ月というところでいかがでしょう。ただし、また繰り返すようなことがあれば、真剣に降格を検討せざるを得なくなるということは、伝えておくべきですわね」
沙鈴の意見に香取はうなずいた。沙鈴はうなずき返して、言葉を継いだ。
「シクニカの件に関しては、クィクモの本営が拒絶する方針を出しているのですから、こちらで考えたり判断するまでもないでしょう。もし、ここへ逃げ込んでくるようなことがあれば、受け入れるくらいはしても良いでしょうが、積極的にこちらから働きかけたり、兵を出す必要はありませんわ」
「それに、実際問題、そうあちこちへ向けられるだけの兵力はここにはありませんからな」
ミロクシャ方面への派兵すべきとの意見を具申しに来ていたアルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)が冷ややかに言う。
「シクニカを本格的に攻略するとしたら、ミカヅキジマに駐留中の部隊のほとんどを投入しなくてはなりますまい。留守部隊を置くとしても、まかり間違えばクレセントベースを危険に晒すことになりかねません。それだけのことをして確保しなくてはならない戦略的な価値がシクニカに存在するとは思えませんな。兵を出すのであれば、コンロンの旧首都であるミロクシャ方面へ、でありましょう」
「……でも、逆に、シクニカがあっさり落ちたら、シクニカを拠点にして帝国の援軍がミロクシャやミカヅキジマに送られて来るってことはないかな?」
さっき昼食の配給があったばかりだというのに、塩鮭のおにぎりをもきゅもきゅと食べながら、香取のパートナーの機晶姫クレア・セイクリッド(くれあ・せいくりっど)が首を傾げた。
「確かに、シクニカを占拠している連中……確か【桐生組】とか言いましたか……が、帝国軍を少しでも長く釘付けにしておいてくれれば、我々もやりやすくはありますが。ミロクシャへ兵を向けるとなれば、シクニカへ出す兵力はないのですから、せいぜい頑張ってもらうしかないでしょうな」
アルフレートはさらりと言って、肩を竦める。その態度からは、帝国の攻撃を幾度となくしのいで来たことに感嘆を覚えつつも、この状況においては最悪、【桐生組】を見殺しにしても構わない、という考えが見て取れた。
セイクリッドは口をもぐもぐさせながら、眉を寄せてしばらく考え込んでいたが、口の中のものを飲み込んで、香取を見た。
「ねえ、【ノイエ・シュテルン】はミロクシャに向かうとして、だよ? 他の部隊に所属する生徒が、個人としてシクニカに行くのを黙認するわけには行かないかな?」
「個人として動くのを認めるのは、軍の統率や兵の管理という面からしてどうかと思うのですが……」
沙鈴が難色を示す。海軍の件があった後なので、個人として行動した結果不測の事態が起きて、本隊の作戦行動に支障が生ずることを危惧しているのだ。
「でも、湖賊と行動してる夢野さんだって、少尉の立場じゃなくて個人だよね? でも、問題は起こしてないじゃない」
セイクリッドが尋ね返す。二人の意見を聞いた香取は、小さく息をついた。
「シクニカ行きを希望する生徒がいたら、こちらの作戦意図を充分伝えた上で、本隊の作戦行動に支障がない範囲の人数が向かうなら許可する、ということでどうかしら。……そして更に、何かあった時には、教導団の生徒としての行動ではないと切り捨てることを条件にして」
「トカゲの尻尾切りという印象は否めませんが……そこまで言われても行きたいというのであれば、仕方ありませんわね」
勝手に出て行かれるよりはましですわ、と沙鈴はしぶしぶ頷く。
「良かった。これで、動きやすくなったな」
シクニカに関する司令部の決定を聞いた剣の花嫁ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、ほっと胸を撫で下ろした。パートナーのルカルカ・ルー(るかるか・るー)少尉が、前回打ちもらした帝国龍騎士団を追撃したいと希望していたのだ。
「もちろん、あれだけ必死で戦って、逃がして悔しいっていうのもあるんだけどね。ルカルカたちがシクニカで戦うことで、『落とすのが難しい』って帝国軍に思わせることができれば、撤退を考え始めるんじゃないかと思うんだ。それと同時に、シクニカに居る人たちにも帰国を促せば、戦闘を終わらせることができるでしょ?」
という、ルカルカなりに一生懸命考えた戦略を、何とか実行に移させてやりたいと思っていたのだが、シクニカ占領軍へのクィクモ本営の態度が予想以上に厳しいものだったため、シクニカへの移動は認められないのではないかと、ガイザックは危惧していた。が、これで、【鋼鉄の獅子】の生徒たちは、教導団全体としての作戦方針を逸脱しない範囲での行動の自由を確保できたことになる。
(出来るなら、帝国軍とシクニカ占領軍の双方が疲弊したところで帝国軍を急襲したいものだが……)
ルカルカは正々堂々と戦って、龍騎士を討ち取ることを望んでいるかも知れない。だが、【鋼鉄の獅子】の参謀を自認するガイザックとしては、少しでも楽に戦える方法、味方の損害が少なくて済む方法を考えてしまう。クィクモ本営がシクニカ占領軍を見殺しにしても構わないと考えているのなら、それを利用しない手はない。
そんな思惑を内心に抱きつつ、ダリルはルカルカや同じくルカルカのパートナーであるドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)、英霊夏侯 淵(かこう・えん)、そして橘 カオル(たちばな・かおる)とパートナーの剣の花嫁マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)、獣人ランス・ロシェ(らんす・ろしぇ)ら、【鋼鉄の獅子】隊600をと共に一時本隊を離脱し、シクニカへ向かった。同時に、香取翔子大尉率いる【ノイエ・シュテルン】隊1,200もミロクシャへ向けて出発する。
クレセントベースの留守は、沙鈴に預けられることになった。【ノイエ・シュテルン】のうち、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は300人と共に残って、黒乃 音子(くろの・ねこ)ら【黒猫中隊】や現地の長猫兵と基地の防衛に当たる。引き続き基地の修復及び整備を担当する天璋院 篤子(てんしょういん・あつこ)らも、クレセントベースに残っている。
このように、戦力の半分以上が他の戦線へ移動したクレセントベースだったが、新しく加わる者もいた。クィクモから後方支援として送られて来た衛生科の士官候補生天海 護(あまみ・まもる)と、パートナーの機晶姫天海 北斗(あまみ・ほくと)。頁頭に登場した、少年たちである。
「着任の挨拶に来たんですけど、香取司令官とは入れ違いになってしまいましたか」
自分の前で敬礼する護の顔色を見て、沙鈴は眉をひそめた。
「随分と、顔色が悪いように見えますわね」
「はっ、……そう……でしょうか……?」
何かをこらえるようにゴクリと咽喉を動かしてから、護は答えた。
実は護は体が丈夫でなく、内海を船で移動する間にひどい船酔いにかかってしまっていた。だが、絶対に少尉に昇進したいという気持ちから、吐き気をこらえ、まだふらつく足を踏みしめて、沙鈴の前に立っていたのだ。
(無茶しやがって……)
北斗は、そんな護の背中を見守っていた。だが、彼の気持ちはわかっているので、手は貸さないし、沙鈴に対して事情を説明することもない。
「ええ。……着任早々体調不良だとは言いにくかったのでしょうが、少し休んだ方が良さそうですわよ?」
沙鈴は後ろに控えていたパートナーの剣の花嫁綺羅 瑠璃(きら・るー)に目配せをした。綺羅がうなずくと、どこからともなくわらわらと、前足に赤十字の腕章をつけた長猫たちが現れて、護を押し流すように部屋の扉に向かって運び始めた。
「だ、大丈夫ですからっ! そんな、休んでいる暇は……っ」
悲鳴を上げて抵抗する護に、沙鈴は軽くため息をついてみせた。
「体調が悪くては、存分に力を発揮することなどできませんわ。功績をあげたい気持ちはわかりますが、今ここで三十分や一時間休んだところで、致命的な失点にはならないでしょう。回復したら嫌になるほど働いてもらいますから、その青白い顔を何とかしていらっしゃい」
「う……」
言葉を失った護を、綺羅と長猫たちが連れて行く。沙鈴にぺこりと頭を下げて、北斗はその後を追いかけた。
「ああ、到着早々……うん、でも何としても挽回して、あのレオン・ダンドリオンや今春の新入生たちに負けないようにするよっ!」
「護。焦らず、行こう! 必ずチャンスはあるぜ?」
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