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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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「エリザベートさんとミーミルさんは天秤世界へ行かれたようですが……アーデルさんも天秤世界に行かれる可能性はあったりしますか?」
「ん? いや、私はないな。そういう『新しい世界』へはエリザベートやミーミルのような若者が向かえばよい。そこで得られる経験は今後大いに自身を成長させてくれるはずじゃからな。私にはパラミタだけで十分じゃよ」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の問いに、アーデルハイトは子を送り出す母親の表情で答える。
「そんな、勝手に隠居されては困ります。イルミンスールはまだまだ、アーデルさんを必要としていますよ」
「それはそれで困るんじゃがな……。ま、エリザベートがイルミンスールを引っ張っていくまでには、もう数年はかかるじゃろうか。それまでは老体に鞭打つとしようかのぅ」
 言いつつ、アーデルハイトが肩に手を当てる。本来の年齢を考慮すれば間違いのない発言だが、見た目で判断するとどうにも違和感満載であった。
「ははは。お疲れのようでしたら、肩でもお揉みしますよ」
「ん、そうじゃな。一息ついた時にお願いするとしようかの」
「はい、その時には。
 ……話は変わりますが、自分も今回のどちらにも属さないで均衡を保つ方針には賛成です。ただ、どちらの勢力に対しても敵対行動を取ることになるので、その結果がどうなるかが心配ではあります」
「うむ……あくまで当面の敵はデュプリケーターであるという方針を加えてはいるが、両種族が都合よく受け取ってくれるとは限らんしな。最悪、両方から睨まれることにもなりかねん」
「ええ……こちらの契約者達がどちらかの種族だけと結託する可能性を考えれば、現時点では龍族、鉄族とも表立ってこちらと敵対する事は無いと思いますが、このままずっと介入を続ける訳にもいきませんしね……」
 理想的なのは、龍族と鉄族が対デュプリケーターで共同戦線を張ってくれる事だが、すんなりその状況になるとはアーデルハイトもザカコも思えなかった。今の戦いの後にもう一戦、二戦はあるかもしれない……そんな可能性が漂う。
「お互いのトップが話し合える場みたいなものを、こちらが間になって用意できれば良いのですが。
 ……後、気になるのはあの少女です。アーデルさんは彼女がミーミルさんに近しい存在であると思っていらっしゃるのですね?」
 ザカコの言葉に、アーデルハイトがこくり、と頷く。
「彼女が仮に聖少女だとしてもミーミルさんの様になってくれるとは限りませんし、現状あの勢力だけが力を増やし続けています。龍族と鉄族が飲み込まれてしまっては意味がありませんし、一番注意しておきたいですね。エリザベートさん達が接触してどうなるかも含めて」
 デュプリケーターへの対応は、ルカルカが本拠地を用意して主導している。ザカコはそこからの情報を取りまとめる役を担っていた。
「そうじゃな……二人が少しでも良い方向に導けるよう、信じて待つばかりじゃな」
 アーデルハイトの言葉に、ザカコも共感した思いを抱いて頷く。


●イルミンスール:大図書室

(……やはり、調べ物があるなら、場所はここになるでしょうか)
 イルミンスールの知識の泉、大図書室を訪れた非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)はまず、イルミンスールの歴史が書かれた本を検索し、候補に上がった何冊かに目を通す。
(イルミンスールは五千年前、シャンバラ崩壊の際に枯れた。今育っているイルミンスールはその後植えられたものである……ですか。この記述の通りだと、イルミンスールは樹齢五千年程度、ということになります)
 つまり、イルミンスールが『天秤世界』の事を知るのは、五千年前より後の話という事になる。……これだけではその通りであるというだけで、天秤世界がいつから存在していたのかという手がかりにはならない。
(……そういえば、天秤世界での拠点整備の速さを感嘆する声がありましたね。
 もしかして、パラミタと天秤世界とでは、時間の進み方が違うのでしょうか……?)
 これに関しては、単に契約者の仕事が速い(彼らは普通の人間とは異なる力、地球のものと比べ高度に発達した技術を有しているため)可能性も考えられたが、天秤世界を訪れた契約者の中にも、時間の流れ方の違いを気にする報告があったのを近遠は思い出す。
(……イグナとアルティアに、話をしてみましょうか。二人は今頃、『ポッシヴィ』へ向かっているはずですから)
 端末を取り出し、天秤世界のイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)へ時間の流れ方について記録をしてほしい旨を伝える。パラミタで計測される時間と、天秤世界の時間が一致するかどうかは分からなかったが、ともかく何らかの行動をしてみないことには分からない。
(そもそも天秤世界は……作られて、或いは、現状の様な運営をされて……何年になるんでしょう?)
 ミーナは天秤世界の事を『不思議な世界』と言った。その後『必要悪として存在しているのかも』という言葉も聞いた。『誰にとっての』必要悪かと想像すれば、それは世界樹であるという推測が第一に挙がる。
(……天秤世界の運営には、世界樹イルミンスールが一枚噛んでいる可能性も考えられますよね)

 そんな想像を巡らせつつ、情報の整理と今後の考察に必要そうな本を借り、大図書室を出た近遠へ上空から光が降り注ぐ。
(……イグナさんとアルティアさんの見る空は、一体どんな風なのでしょう)
 聞く所によると、空は常に薄暗く、オーロラのような光の幕が見られるらしい。
(……それも、二人に撮ってきてもらいましょうか)
 追加でお願いを送る近遠、一方その頃ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)は――。

「世界と世界を繋ぐ方法を魔法で模倣、ないしは実現……か」
 ユーリカからの提案に、アーデルハイトが腕を組み目を閉じる。ちなみにこの提案は最初は別の者に対して行われたものが、廻り回ってアーデルハイトの所へやって来たのであった。
「……現状、コーラルネットワークへの進入、およびそれを応用したここと別の世界との行き来は経験済みじゃ。しかしそれは主に世界樹の力を以って行われておる。世界樹の力は機械的なものでなく魔法的なもの故、全く解読が出来ないわけではないじゃろうが……」
 一通り呟いたアーデルハイトが目を開け、ユーリカを見据えながら言う。
「何故、その方法を知ろうと思った? 私はそこが分からんのじゃ。
 この方法は容易に悪用される可能性がある。不用意に方法を探ろうとすれば、とんでもない事に巻き込まれるやもしれぬぞ?」
「……何故、という質問には、あたしの推測ですけれども。
 多分、近遠ちゃんもあたしも、“知りたい”のですわ。天秤世界にまつわるあらゆる現象がどうなのかを、知りたい。……自分で言うのもなんですけれど、それこそがイルミンスール生徒のあるべき姿であるとも思いません?」
 ユーリカの言葉に、アーデルハイトがうぅむ、と唸り反論を口に出来なくなる。知識の探求はイルミンスール生徒の基本理念でもある。知ったものをどう利用するかを考えるよりも、ただ知ることに貪欲であることを重んじる生徒も少なからず居る。近遠やユーリカがどちらのタイプかは分からないまでも、少なくとも“知りたい”という欲求は存在しているようであった。
「…………、分かった、研究はしてみよう。じゃが天秤世界への対応が優先じゃ、結果はしばらく先になるやもしれんぞ」
「それについては承知済みですわ。あたしは研究の道筋が立っただけで十分だと思いますの」
 満足気な表情で、一礼したユーリカがアーデルハイトの前を後にする。