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リアクション
『いつか来る“災い”のために』
●天秤世界:契約者の拠点
「は〜、ここが天秤世界ですかぁ。やっぱり地球やパラミタとは全然違いますねぇ」
『深緑の回廊』を進み、天秤世界に降り立ったエリザベートが辺りを興味深げに見つめる。
「……ふむ、あれが整備された契約者の拠点か。周囲に悪しき気配は……ないな。
ミーミル、ヴィオラ、ネラ、体調に問題はないか?」
「はい、大丈夫です。……あの、羽、うまく隠せてますか?」
「うちも問題ないでー。しっかし、羽のないちびねーさんはうちらとそっくりさんやなぁ」
「私たちは元々同じ種族なのだから当たり前だろう。私も体調に問題ありません、父さん」
アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の呼びかけに、{SNL9998965#ミーミル・ワルプルギス}とヴィオラ、ネラが頷いて答える。ミーミルはここに来る前、白花の「もしミーミルさんがデュプリケーターさんと似た姿をしているのなら、鉄族や龍族の方に見られることで誤解を招く可能性があります。予め変装をするなどして、判別できないようにしておいた方が安全ではないでしょうか?」という提案を受け、三対の羽を隠しての天秤世界入りであった。曰く、『象徴として出ているので、出し入れは結構自由に出来る』との事である。
「ふぅ。一番楽なのは、なーんにもこちらには向かってこないことなんだが……向かって来るであろうなぁ、十中八九。
報告を見させてもらったが、この世界の皆々、我らに興味深々の様子ではないか。現状では味方になれと言っている者もいるが、時間が経てば敵の味方になると困るとか言い出して襲ってくる者も出るかもしれんなぁ」
同行するソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)がため息交じりに呟く。今はまだ龍族も鉄族も、デュプリケーターもこの契約者の拠点を襲撃する気配はないが、位置は既に三種族に捕捉されていると見るのが妥当である。状況が変わればこの地も、他と同様に戦場になりかねない。
「龍族や鉄族が敵なら、正攻法で対応しても問題無いでしょう。……ただ、デュプリケーターに関してはその能力の全貌が分かりません。突然何の前触れもなく現れる可能性だってある以上、校長達にはより一層の慎重な対応をお願いします」
「そう、君らはチェスでいうところのキングなのだよ。実力は認める、確かに君らは強いが、取られたらその時点で負けというわけだ。だから、どんなに自信があっても、万が一の時は無理せず僕ら大人に任せて、速やかに逃げてくれると助かる」
エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)の忠告に、エリザベートと『聖少女』たちはしっかりとした眼差しで頷く。ここが地球やパラミタとは違う、何があってもおかしくない世界であることは肌で痛感したようであった。
「……父さん、やはり私たちの事が、心配ですか?」
ヴィオラが、ことさらに険しい表情を浮かべるアルツールを覗き込みながら尋ねる。
「ああ、いや。心配は心配だが、今考えていたのは件の少女の事だ。
私は薄々、その少女がお前たちと繋がりがあるのでは、と思っていた。アーデルハイト様も彼女の力は、ミーミルの象徴である『創造・秩序・破壊』の力が変質したものだと仰っていた。そのような相手を前にまず危惧しなくてはならないのは、ミーミルが件の少女に吸収されてしまう可能性。そして……少女の持つ力そのものだ」
「……確かに、契約者から得た巨大生物をたやすく手の内に入れたりしているようですね。それに彼女だけ、龍族や鉄族のように種族まるごとではなく、一人でこの世界に行きている」
ヴィオラの呟きに、アルツールがそれこそ危惧すべき点だ、と言って続ける。
「この世界の種族がこの世界に落ちてきた経緯から判断して、何らかの争いの果てに世界から弾き出された……ヴィオラには悪いが、もしかすると昔のヴィオラをより酷くした状態で落ちてきたと考えるのが妥当。しかも種族単位ではなく大元の少女が恐らく個人で落ちてきた様子から、危険度は最大級と判断出来る」
『デュプリケーター』というのは種族名ではなく、件の少女が“複製”したものであろうという認識が正しいとすると、種族としては少女のみとなる。龍族と鉄族、二大勢力が存在する中今日まで生き残ってきた事実は、少女が相当の力の持ち主である事を証明している。
「……改めて警告しておく。もしもの時は他の全てを捨ててでも、逃げるんだ。その為の時間は、私達で稼ぐ」
「父さん……」
悲痛な顔で見つめられたアルツールが、表情を切り替え一行に拠点へ行こう、と告げる――。
「あら〜、もう立派な稲穂に成長されてますね」
先日開墾した畑の様子を見に来たセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が、先に来てたわわに実る稲穂を刈り取っていた志方 綾乃(しかた・あやの)に微笑みながら挨拶を交わす。
「お手伝いしましょうか?」
「ううん、大丈夫。種モミ剣士は稲刈りのスペシャリストなんです。
天秤世界を制するのは龍族でも鉄族でもデュプリケーターでもインキュベーターでもない、この種モミ剣士です!!」
言いながら、綾乃の振るう黄金に光る戟が、尽く稲穂を刈り取っていく。正確にそれでいて速く、瞬く間に束ねられた稲穂の山が積み上がっていく。
「ふぅ、こんなものでしょうか。後は収穫した種モミの一部を、今度はもっと大規模に撒きましょう。川の水も引かれたようですしね。
……所で、ご一緒だったあの巨大ヒヨコは、どうしました?」
「あぁ、ピヨちゃんですか。ピヨちゃんはアキラさんとルシェイメアさんのお手伝いをするそうです」
言って、セレスティアが拠点の方を見つめる。すると何やら煙が立ち込め、やがてその先端から黄色い物体が空へ一直線に飛んでいった――。
――それより少し前のこと。
「なあ、確か聞く所によりゃあ、『天秤の上に莫大な富が乗っている』んだろ?
じゃあさ、ひたすら上に向かえばその『富』ってやつに辿り着けんじゃん! 俺ってあったまい〜」
「…………あなた、バカですね? 愛すべきバカとかバカ力とかじゃなくて、正真正銘のバカってやつですぅ」
「う、うるせぇ! 人のことバカバカ言ってっとおまいの方がバカになんぞ?
つうかおまいは『龍頭』の結界を放っておいてこんなところに来てていいのかコノヤロー!」
「あ、あれは、『あっちはあっち、こっちはこっち』ってやつですぅ。そこら辺は特に何も言われませんでしたよぅ?」
「中の人の言葉を代弁してんじゃねーよコノヤロー!
んじゃ、俺は行って来るからな。もし落っこちてきたら何とかうまく受け止めてくれ。おまいのそのモジャモジャの髪の毛をぶわっと広げれば受け止められるだろー?」
「あなた、私を何だと思ってるですかぁ! 勝手に落っこちて死んじゃえばいいですぅ!!」
……と、エリザベートとそんなやり取りを交わしたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)と共に、アーマー装備状態のジャイアントピヨに乗り、遥か空を目指そうとしていた。
「富を見つけに行く、などと言い出した時にはまたアホな事を……と思うたがの。上空から辺りの様子を見渡し情報を得るのは今後有用になるからの。観察はわしに任せておくとよい」
目の悪いアキラに代わり、ルシェイメアが周囲の観察役を務める。
「ん、よろしくな。……そんじゃピヨ、いっちょ行ってみっか!」
「ピヨ!」
主の声に鳴いて応え、ピヨが装備したブースターを起動させる。周囲に立ち込める煙を突っ切って、ピヨとアキラ、ルシェイメアがぐんぐんと高度を上げていく。
「ふむ、見え方はパラミタと変わらぬな。確かこちらの方角が“灼陽”じゃったか?」
ルシェイメアが“灼陽”のある方角や、『昇龍の頂』のある方角を見たりしている。龍族寄りの中立区域の方角は山があってその先を見通せず、昇龍の頂は高さがあることから位置を把握でき、“灼陽”は地上にある分位置を把握できない、ということが判明していく。
「ピヨ……」
しばらく上がっていくと、ピヨが苦しげな声をあげる。アーマー装備とはいえ、元は巨大生物。二千メートルも上がれば呼吸が満足に出来ず苦しくなってくる。アキラもルシェイメアも密閉された室内に居るわけでもなくむき出しなので、いくら契約者といえども活動出来る範囲を超えていた。
「こ、こりゃあキツい。とりあえず普通に空気薄くなるんだなって分かったし、引き上げっか」
「そうじゃな。今ならまだ制御出来るじゃろ」
ピヨのブースターの出力が弱められ、一行は徐々に高度を下げていく。ルシェイメアの重力制御で比較的安全に元の場所へ着陸することが出来た。
「あーあ、無様に落っこちてくるのを期待してたんですけどねぇ」
「なんだよ、帰ってきて最初に見るのがモジャ子かよ。アレだ、もう『モジャ娘』でアイドルデビューでもしとけ」
「あなたはいちいち突っかかりますねぇ! せっかく様子を見にきてあげたんですからぁ、少しは有り難く思うですぅ」
「へーへー、ありがとありがとー」
「心が篭ってないですねぇ、もう」
呆れた様子で、エリザベートが拠点へ引き上げる。
(……ま、あんだけバカな事言っても、なんだかんだで気にしてくれてんのには、感謝しとくけどな)
心の中で呟いて、アキラは大きく息を吸い、地上に戻って来た事を実感する――。
「空を目指して……ですか。少なくともあの高さまでは地球と一緒で、空気があるみたいですね」
何とはなしに一部始終を見届けていた綾乃が感想を口にする。セレスティアは先程、「ピヨちゃんを労ってきますね」と言ってアキラたちの元へ向かっていった。
「……まあ、今の私には関係のない話です。今は一人の種モミ剣士として、種モミを立派な稲穂に育て上げるまでです。
作付面積が広がれば、拠点の食糧事情を担えるだけでなく、他種族への輸出も可能になりますね。そうすればこの世界の戦いに関わる事も出来ちゃうかもしれませんし」
過去、様々な戦争において食糧事情は欠かせぬ要素でもある。どのような状況に転ぼうとも、食料の輸出側は何がしかの取引を持ちかけることが出来る。
「そこまでは話が早いかもしれませんけどね。……さて、脱穀を済ませてしまいましょうか」
綾乃が意識を切り替え、収穫した稲穂の脱穀に取り掛かる。引かれた水を利用して水耕栽培のようなものが出来れば、主食以外の野菜・果物も育てられるなぁ、なんて想像をするのは、楽しくもあった。
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