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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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 二等分されたメモ帳と、うず高く積もった塵を前にして、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は泣いていた。声にならない声がしばらく聞こえ、そして唯一、ハッキリとした言葉が響く。

「もう、自分以外を失うのは沢山だっ!
 守れないのは沢山だっ!!
  復讐が下らないと言われても止まれん!!!」


 その声を聞き届けてか、臥せっていた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)がゆらり、と立ち上がり、身体を震わせるシーマへと歩み寄る。
「アルコリア――」
 振り返ったシーマはアルコリアの顔を見て、それをどう言葉にしていいのか分からず呆然とする。アルコリアの青白い顔からは、何の感情も感じ取れなかったからである。
「アルコリア……何を、思っている?」
 どうにかそれだけを口にすると、アルコリアはとにかく読めない表情のままこう答える。
「思う? 何も。二人を失ったせいかしら。それとも元からかしら。悲しみや憤りをまったく感じてないの」
 つまりアルコリアは、自分のことを空っぽであると表現していた。ならば何故アルコリアは今このタイミングで起き上がったのか。そして手にリングを持ってボクの前に立っているのか。そんな思いを込めてアルコリアを見れば、アルコリアはやっと、多分、笑っただろう顔で、言う。
「とっくに覚悟している、それが赴く理由よ」
 その言葉を聞いて、シーマは先程の考えを訂正する。アルコリアは空っぽなのではなく、唯一つなのだと。
「今の貴女にもあるでしょう? 赴く理由が。
 死ぬ覚悟があるなら、指輪を取りなさい」

 そして、差し出された指輪を、シーマは取った――。


 自らの前に立ち塞がる姿を見て、ルピナスは嘆くように首を振り、溜息混じりに呟く。
「正直、あなたには会いたくありませんでしたわ。わたくしを“殺した”のはあなたが初めてですもの」
 声をかけられた人物――全身の、傷だった箇所を機晶姫のパーツでツギハギのように塞ぎ、銀色の髪をしたアルコリア――は、合体したシーマの口調でもって語り出す。
「先ず……中願寺綾瀬! 貴公に騎士として敬意を表する! 『真に命を賭した』覚悟見せてもらった!
 貴公を滅ぼすも、貴公に滅ぼされるも惜しくはない!」
 そして、アルコリアの出現に警戒を強めていた契約者――アルツールと宵一――に槍を突きつけるようにして掲げ、言葉を続ける。
「それ以外の者よ、ボクからの譲歩だ。ボクは立ち塞がるものを殺す。殺されるか決着がつくまで止まる気はない。その覚悟があるものだけの干渉を望む」
 その言葉が本当であるなら、以前の――ナコトと合体した時の――アルコリアと比べれば、格段に“扱い易い”。あの時のアルコリアはどう介入した所でまとめて殺されるしか無かった程だったが、今のアルコリアはそうではない。無論、攻撃を止めようとすれば殺されるだろうが、もしルピナスを殺すべくこの戦いに参加した場合において、『自分が殺されるような真似をしなければ殺されない』というのは非常に大きい。油断すれば死ぬのはどうせ同じなのだから。
「そういうことなら、少しは戦い易いな」
 言って姿を見せたのは、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)。彼は彼が悪友だと思っている綾瀬がルピナスに喰われたと聞き、即座にこの地へ足を運んだ。アルコリアに僅か遅れる形だったため一度は様子を見たが、今アルコリアが彼女にしては珍しい態度を見せているため、これなら目的を果たしやすいと判断、姿を見せた。
(ルピナスは一発どついてやらねぇと気が済まねぇ。……だがルピナスが死ねば綾瀬も死ぬ。どうせこいつら全員、共闘するつもりなんてねぇ。殺す気満々ってやつだ)
 ちらりと、唯斗が視界の端に潜む毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)に目をやる。黙して語らない彼女からは、静かに『殺す』という意思表示が溢れていた。アルコリアもああ言ってはいるが、戦いになればルピナスを殺すまで戦いを止めないだろう。
(まぁ、こうして見えている内はいい。やべぇのはどこかに隠れていて、最高のタイミングで横槍を入れる輩がいねぇか、ってことだ)
 唯斗は気を張り、辺りに殺気を放っている人物が居ないか探る。とはいえこの場は殺気に満ち満ちており、正確な状況把握は難しい。
「……とまぁ、ボクの名乗りが終わったので、僕と遊んでくださいな」
 瞬間、シーマの口調からアルコリアの口調に変わったアルコリアから、殺気が発せられる。……いや、それは殺気かどうか疑わしい。殺すという意思を秘めているというよりは、結果として相手が死んだという、その時は『遊びたかった』とかそういう類の気だった。遊びたかったと思っているかどうかすら分からない。とにかくアルコリアは『分からない』。
 その間にアルコリアはローブを脱ぎ、そのボロボロなローブに術を施す。するとローブはまるで誰かが着ているかのように杖を受け取り、動き出す。そしてアルコリアはそのローブを盾としつつ、手にした槍を投擲してルピナスとの戦闘を開始した――。


「ねーねー、今日のご飯はなーにー?」
「はぁ? そんなもの用意してるわけないでしょ。勝手にその辺漁って食べてなさいよ」
 お腹を空かせた様子のプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)に対し、アルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)が酒臭い息を吐いて適当にあしらう。この中で料理担当は(多分)大佐であり、今その大佐が天秤世界に向かってしまっているので、家事は壊滅的なことになっていた。
「あーあ、大ちゃん早く帰ってこないかなー」
 とりあえずカップ麺を引っ張り出してきたプリムローズがお湯を注ぎ、待つ間椅子の上で足をぶらぶらさせながら大佐のことを気にする。
「まぁ、そのうち帰ってくるでしょ、多分。
 なんだかんだでなるようになって帰ってくるのよ、イルミンスールの連中は」
 アルテミシアの評価は、ある意味で正しい。途中の経過はたとえば、整然とした行動、確たる意志に基づいた行動とは程遠い(個々の場合はまた別だが、全体として)のだが、結果は概ね良い方向に向かうのがイルミンスールの特徴だった。それもまた、世界樹が力を貸しているのかもしれない。
「そっかー。じゃあもうちょっと待とっか。
 あ、出来たー。いただきまーす」
 蓋を開け、湯気を立てるカップ麺を美味しそうに口にするプリムローズ。それを横目に入れて、アルテミシアが新しい酒の封を切った――。


(こうなっては、直接の介入は難しいか……)
 ルピナスと契約者の戦端が開かれ、アルツールはそれを少し離れた所で見届ける他なかった。あの中に行けばこちらもまだ本調子でない身、ただでは済まない。
「アルツール、僕は気になっていることがある。どうもこの根の先端に、彼らとは違う気配があるようなんだ」
 その時、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が根の先端を示して言う。
「あー、我も感じるな。多分誰か居るぞ、そこに」
 ソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)もシグルズの言葉に乗る。
「どの道この状況では、介入は難しい。何かおかしな真似をされる前に監視する意味でも、行ってみるのはどうでしょう」
 エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)の言葉に乗る形で、アルツール一行は戦場を一旦離れ、根の先端へと向かう。そしてそこに立っていた人物――白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)を発見する。
「君はここで何をしているんだ」
 警戒姿勢のまま竜造へ問うアルツールに、竜造はそんな警戒すんなよと吐き捨て、地面を掘り進む様を見つめてこう答える。
「ちょいと、行く所が出来たんでな。多分こいつは俺の目的地とおんなじ所を目指してるはずだ」
「……どこに行こうと言うのだ」
「下に潜ってんだから、下に決まってんだろ。それ以上詳しく語ってやる必要があんのか?」
 その物言いにアルツールは、目の前の彼が何を考えているか分からないが、このままにはしておけないと思い至る。今自分達が根をどうこうすることは出来ないが、彼を自由にさせておけば何をされるか分からない。しかし彼から発される殺気は中々のもので、こちらから手を出して仕留め切れる保証もない。
(……歯がゆいが、様子を見る他ない、か……)

 その頃ミーミルは、根が貫通している場所から下に降り、ルピナスや契約者の後を懸命に追っていた。
「あら、立ち直ったのね。まだあそこで膝を抱えて泣いていたら、どうしようかと思ったわ」
 そこに、普段は綾瀬が纏う漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が現れる。
「一つ、言っておくわ。綾瀬があなたを助けたのは、確かに綾瀬が自分の好奇心を満たす為だったかもしれないけど、それでもあなたなら何かしらの行動を起こすと考えたからなのよ?」
 それを分からないまま塞ぎこむくらいなら、いっそ命を断った方がマシ。……どうする?」
 ドレスの挑発的な視線を、ミーミルは受け止め、そして自分の言葉を発する。
「私は、逃げません。私を助けてくれた綾瀬さんを、そしてルピナスさんを、“助けます”」
「……そう」
 ミーミルの回答を聞いて、ドレスは表情を和らげ、口を開く。
「生物は他者の犠牲によって成り立っている。犠牲を出さない様にするのは立派な事かもしれないけど、大事なのは『犠牲を出してしまった後どうするか』。
 ……あなたがそうするというのなら……私を着なさい。これは推測だけれど、今綾瀬とルピナスは同一の状態にある。そこに魔鎧である私を着たあなたが接触すれば、どうなるかしらね」
 少し考え、それは多分、ヴィオラの時と同じようになるのではないか、と結論付ける。そして、そこから最上の結果を得るか、最悪の結果となるかは、自分次第。
「……分かりました。お願いします」
 頭を下げお願いするミーミルに、ドレスが魔鎧となって装着される。そして再び、ミーミルは一行を追って地下を進む――。

 強化された不可視の糸がルピナスを絡め取ろうと迫る。ルピナスはそれを腕を振って払おうとして、払い切れず服が裂け腕に裂傷を作る。
(……いける! 姿が綾瀬そっくりなのを気にしなければ、俺でもルピナスを封じ込められる!)
 糸を引き戻した唯斗は、少しずつ『勝てる』という思いを確信へと変えていく。今のルピナスは契約者を強くしたレベル。話に聞いていた無限の再生能力は有していない。つまりこのまま徐々にダメージを与えていけば、ルピナスを行動不能に追い込む事が出来る――。
「綾瀬に何やってんのさ!」
 しかしその思いは、喚び出された魔王 ベリアル(まおう・べりある)の出現によって一歩後退させられる。見た目は子供そのものだが、振るう剣の鋭さは決して油断出来ない。
「お前達がどんな理由で綾瀬を襲っているかは問題じゃない。
 綾瀬を襲っているという事実だけで、お前達を倒すには十分な理由だからね!」
 言い放ち、ベリアルが宙に魔法陣を展開すれば、そこからサタナエルが召喚される。これには今の装備では太刀打ち出来ず、唯斗は【鴉】を起動することで対等の力を得るが、代わりに『サタナエル』の相手に大半を費やされる事になり、ルピナスへの注意が逸れる。
(あぁもう、俺は綾瀬を取り返したいってだけなのに……!)
 苛立つ自分を押さえつけ、唯斗は目の前の相手の戦力を削ぐことに注力する。
「今日はいつもの不意打ちは使わないさ。そう何度も通用するとは思えないからな。
 ……お前には死んでもらう。不死身だとか不滅だとかは許さん。生きているなら殺されたら死ぬべきだ。……死は、絶対だ」
 告げた大佐の、髪が黒から白へと変化する。同時に大佐の身体能力も向上、エネルギーを刃上にした武器で接近、斬りつける。刃はルピナスの左腕を捉え、肘から先に一筋の傷をつける。
「……やはり、勝手が利きませんわね。ですがその程度なら……こうでしょうか」
 一撃をもらいながら余裕の笑みを浮かべるルピナス、すると大佐のと同じように刃を出現させ、二度目の攻撃に移った大佐を迎撃する。空中を自在に跳んで攻撃を繰り出す大佐に対して、ルピナスはその場をあまり動かず、どこか舞うような仕草で受け切る。やがて、攻撃を続けていた大佐の動きが、ネジの切れたオルゴールの如く鈍くなっていく。覚醒による自身の強化が終わりを告げていた。
「うふふ。ようやくこの身体にも慣れてきましたわ」
 調子を上げてきたルピナスの斬撃が、隙を晒す大佐を捉えようとした所で、間に入り込んだリィムの掲げる盾が斬撃を受け止める。
『※※※※※※※※※※※!!!』
 続いてコアトーの向けたメガホンから、精神をズタズタに破壊する一切手加減しない歌声が響く。それにルピナスが体勢を崩して怯むものの、リィムとコアトーも同じように衝撃を受けて彼らの場合、吹っ飛んでしまった。
「リィム! コアトー!」
 すかさず宵一とヨルディアが飛び出し、飛んできたリィムとコアトーを受け止める。
「あぅあぅあぅ……頭ががんがんするでふ」
「みゅ〜〜〜……」
「まったく、危険な真似はしてほしくなかったが。だが二人のおかげで仲間の命が救われた、よくやったな」
 宵一が二人を労えば、リィムとコアトーは疲れた様子ながら笑って応える。

 術の効果が切れ、ローブはただのボロボロの布切れになって地面に落ちる。しかしアルコリアにとっての戦いは、ここから。
「さ、死にましょう滅びましょう、ナラカにすらいけなくなったって構わない」
 微笑んだように見えたアルコリアから迸る気が、さらに増大する。アルコリアとシーマ、二人の力を乗せた攻撃がルピナスを襲う――。

『――――!!』

 しかしまず初撃は、上空から降ってくるようにやって来た樹月 刀真(きづき・とうま)の二刀によって食い止められた――。