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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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●深峰の迷宮【C】

 契約者とルピナスの戦闘により、大半が崩落した【C】エリアにて、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はそれまでに作成された地図と今の地形を比較し、ここから【D】へ行くことが出来ないかを調べていた。その不明のエリアに突如樹木の根が出現、地下深くを掘り進んでいるとの情報がもたらされたためである。
(おそらくそれが、ルピナスによって変えられたというミーナだと思う。そして彼女は根を伝って地下深くへ行こうとしている)
 この迷宮の最深部に何があるのか。そしてこの世界はどのような結末を見せてくれるのか。――今のグラキエスを突き動かしているのは好奇心。契約者の行動で幾重にも変わる状況の中に居ることこそが、不安定な自分が『生きている』ことを実感できる瞬間であった。
「この崩れた道の先に、さらに道が繋がっているはずだ。エルデネスト、力を貸してくれるか」
「はい、グラキエス様。仰せのままに」
 グラキエスの指示に従い、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が瓦礫を重力制御で動かしていく。彼自身はこの世界には特に見るべきものはないと興味を失っており、今はグラキエスの行く末を見守りたいという思いを可能な限り叶える事に全てを費やしていた。
(世界樹とこの世界が解決策になる可能性はなくなった。だというのに、グラキエス様の好奇心にも困ったものだ)
 開けた道を前に、先頭を切って進む主の背中を見つめ、エルデネストが溜息を吐く。あの子供のような好奇心を失わない限りは、『代償』を得るのはもう少し先になりそうだった。

「この道を補強して、感覚に従えばこの先は……」
 グラキエスが道の先に足を踏み入れれば、目の前には巨大な空間が広がっていた。天井から地面を貫いて伸びる樹木の根は、例えるならば滝のように見え、見る者をしばし圧倒させる。
「凄いな……生命の力強さを感じる」
 光景に目を輝かせるグラキエスを、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が何とも気楽なものだ、と言いたげに見つめて、彼の背後の根の一部が膨らみ、徐々に人型を取り始めているのに気付く。
「グラキエス!」
 彼に警告を発し、自身は黒曜石の銃を抜いてその人型をしたモノに弾丸を撃ち込む。身体に穴を開けられ呻くモノ、そこへグラキエスが使役するアーテルの放った魔弾が炎を生み、断末魔の悲鳴を上げて萎んで消えた。
「この樹がルピナスによって変化させられたミーナであることは、間違いないみたいだな。
 助かった、ウルディカ」
「ああ、そのようだな」
 助けられたことに礼を述べるグラキエスに、ウルディカも少し表情を和らげて頷く。
「これからグラキエス様はどのように?」
 エルデネストの問いに、グラキエスは少し考え、他の契約者がここから地下へ向かえるように手を尽くすことを提案する。
「ミーナを取り返さなければ、元の世界に帰れるか怪しい。なるべく多くの契約者が事件解決のため向かえるようにしたい」
 グラキエスの方針に二人は頷いて、それぞれ行動を開始する。――彼らの尽力により、複数の契約者がグラキエスの開いた道から地下へ、ルピナスの下へと向かっていった。


「羽純くん! 私を庇って、怪我を――」
 遠野 歌菜(とおの・かな)に助け起こされる格好で、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が傷つきながらも歌菜へ手を伸ばす。
「……良かった、歌菜を護ることが、出来た」
「羽純くん……」
 歌菜の目に涙が溢れ、それは頬を伝って羽純の頬へ落ちる。
「歌菜? 泣いているのか」
「だって、だって……」
 そうしている間にも涙は後から後から溢れ、羽純を濡らしていく。羽純は一つ大きく息を吐き、表情に力を入れて歌菜に声を発する。
「しっかりしろ、歌菜。お前がそんな事でどうする。
 俺はお前を悲しませる為に庇った訳じゃない」
 羽純の言葉にハッとして、歌菜が羽純を見る。
「俺は歌菜、お前を護ることが出来て嬉しいんだ。お前が行こうとしている道を、その歩みは決して止めさせない。
 だから……お前は自分の信じる道を真っ直ぐに行け」
 自分に触れる歌菜の手に、羽純が自らの手を重ねる。
「歌菜のこの手は……俺を目覚めさせてくれた。
 俺は、お前を信じてる。今までも、これからも」
 羽純の言葉は歌菜を、混乱の淵から救い上げ穏やかな心へと導いていく。歌菜が流した涙を雫にして、ささくれだった心に染み入らせていく。
「だから、歌菜は歌菜の信じるように、思うように行動しろ。
 どんな事があっても、俺はお前の傍に居る。どんな事があっても、守ってやる」
 言い終え、羽純は歌菜の手を払いのけ、何でも無かったように立ち上がる。そうすることすら厳しいはずなのに、微笑すら浮かべて歌菜へ手を伸ばす。
「行こう。立ち止まってる時間はない」
「…………」
 羽純を見上げ、歌菜は目に溜まっていた涙を拭う。やがて歌菜の顔にも力強さが戻ってきた。
(そうだ、まだ、私は諦めたり、立ち止まったりなんて、出来ない)
 歌菜は自分の手を見る。――人はその手で『幸せ』を掴む為に努力を重ね、生き続ける。
(ルピナスさんの目指す『幸せ』は違う……私の心がそう、叫んでる。
 ルピナスさんのやり方では、彼女は絶対に幸せになれないって、訴えている)
 手に力を込めて握り、歌菜は決意を固める。『ルピナスさんを止めたい』と。
「うん! 一緒に行こう、羽純くん!」
 力強く、歌菜が羽純の手を握って立ち上がると、彼らの復活を待っていたかのようにアンシャールが傍へやって来る。他の契約者が道を開いたらしく、迷宮最深部への道程は既に示されていた。
(羽純くんが信じてくれる私らしいやり方を、私は貫く!)
 二人を乗せた『アンシャール』はふわりと浮き上がると、目的の場所へと移動を開始する。


 エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)に抱きかかえられる格好で、ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)はエリザベートにしがみつき、身体を震わせていた。
「ミーミル」
 そこに、ヴィオラネラを伴って、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)がやって来る。『父』と『姉』、『妹』の存在を背後に気付きながら、ミーミルは顔を向けることが出来なかった。そのことをアルツールは咎めず、あくまで優しい口調で言葉を紡ぐ。
「ミーミル、以前お父さんが言った事を憶えているかな。
 『護りなさい』
 ビクッ、とミーミルの身体が一際大きく震える。このような時に何を、と言いたげなエリザベートを目線で制し、アルツールは言葉を続ける。
「ルピナスは契約者の身体を得た。だがヴィオラの時のようにまた分離できる可能性もある。……魔術師アルツールとしての自分はこのままルピナスを滅ぼすべきだと思う……しかし、ミーミル達の父として、そして人間としては、お父さんは、0ではない、というだけの可能性に挑もうという者達の手助けをしたいと思うのだよ」
 あの時も、ちび(今のミーミル)と第三の聖少女(今のネラ)を取り込んだヴィオラからミーミルとネラを助け出せる保証は無かった。けれどイルミンスールの生徒は、契約者はそれをやってのけた。いつだって彼らは、ゼロではない可能性に挑んでそれを成し遂げてきた。……いや、もしかしたらゼロだったかもしれない可能性をゼロでなくしてしまったのかもしれない。
「まだ、護れる可能性はあるはずだ。それに、このままルピナスも目的を達した所で、幸せになどなれはせんだろう。
 前に司馬先生が言っていた『理不尽な現実を突きつけられる時』、それが今なのかも知れない。……だが、泣くなら、できることを最後までやって、それでも駄目だった時でもいいのではないかな」
 そしてミーミルも、『創造』の力を有する『聖少女』。ゼロであった可能性をゼロでなくすことが出来るかもしれない存在。アルツールはそれを信じてミーミルに言葉をかけた後、ヴィオラとネラ、エリザベートにミーミルを託してパートナーと共にルピナスを追った。
「……お母さん……私に、出来ますか?」
 アルツールが去ってしばらくして、ミーミルが泣き腫らした顔を上げ、エリザベートに尋ねる。
「出来ますよぅ。私が保証するですぅ」
 エリザベートが口にし、ヴィオラとネラもミーミルなら出来る、という意思を込めて頷く。
「…………」
 ミーミルが大きく息を吸い、エリザベートから離れ、羽を広げて立ち上がる。その顔にどうすればいいかという確信はないし、可能性が何であるかも分からない。
「お母さん。お姉さまとネラちゃんを、お願いします」
 ――だけど、黙っていたらいつまでたっても可能性はゼロのままだから。
 ダメだった時は慰めてくれる人が居る。だから今度泣く時は、その時にしよう――。
「分かりましたよぅ。行ってらっしゃい、ミーミル」
 エリザベートとヴィオラ、ネラに見送られ、ミーミルはアルツールを追って、ルピナスを追って地下へと向かう――。


(随分深くまで続いているようね。この下にあの子が居る……。
 はぁ……やっぱりそう。あの子を少しずつ、少しずつ切り刻んで、ジワジワと死へと追いやっていく瞬間を想像しただけで、胸のつかえが下りる気がするわ)
 根が上下に貫いている地点まで到着したレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)――ノワールが胸に手を当て、恍惚とした表情を浮かべる。デュプリケーターを可能な限り惨殺しても、ノワールは決して満足しなかった。やはり親玉であるルピナスを仕留めない限りは、自身が受けた屈辱を払拭することは出来ない、そう思いながら地下へ続く道を降りようとする。
だあああぁぁぁ!! ノワールてめぇ、またあたしを騙して行こうとしやがったな!」
 と、そこにウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が息を切らせて追い付いてくる。最初はレイナと一緒に居たウルフィオナだったが、レイナが目覚めるとほぼ同時に目覚めたノワールによって――普段はレイナとノワールが同一に存在することは無いのだが、この世界ではそれが容易に起こり得た――虚を突かれ、この前の探索同様遅れを取るかと思われたが、流石にフロアが同じだったのと、ウルフィオナ自身そう何度も同じ手を食ってたまるかという意地が、この時点でノワールに追い付く決定打となった。
「あら、今回は早かったのね、ウルさん。速さ自慢のあなたの汚名挽回ってところかしら?」
 くすくす、と笑うノワールを一発どついてやりたい衝動に駆られながら、それを抑えてウルフィオナはノワールに尋ねる。
「これからどうするつもりだ」
「決まってるじゃない、ルピナスを仕留めに行くのよ。あの子は今契約者の身体を手に入れているんでしょ? なら、この前の巨大生物の時みたいな事にはならない。
 私はあの子を倒して、まぁ満足して帰るわ。ウルさんだって、あの子が居なくなった方がいいのではないかしら?」
「そういう問題じゃねぇ! あたしは――」
「くす……あたしは、何かしら?」
 スッ、とノワールがウルフィオナに身を寄せる。挑発的な視線を向けられ、レイナからは意識しない色香にウルフィオナは視線を外しかけ、歯を食いしばって向き直り、言葉をぶつける。
「あたしはおまえにこれ以上、あんなことをしてほしくねぇんだよ」
 言った直後、ノワールの表情がそれまでの蠱惑的なものから、どこか無表情なものへと変わる。

「……ねぇ。それって、私のしていることをあの子に知られたくないから?」

 そして無慈悲に放たれる言葉に、ウルフィオナは身体の痛みとは異なる痛みを覚える。どっと押し寄せる精神的な疲労を無理矢理奮い立たせ、口を開く。
「……そうだよ。でもな、おまえのことを嫌ってるとかそんなんじゃねぇ。
 上手く言えねぇけど、どっちもレイナだ。あたしは『レイナ』にこんな事をさせたくはないし、レイナが傷つくのを見たくない」
 ウルフィオナとノワール、二人の視線が交錯する。そして先に根負けしたのは、ノワールだった。
「……ふふ。今回は負けを認めてあげる。でも、あの子の所へは行っていいでしょう?
 私の見ていない所であの子が殺されるなんて、私には耐えられないわ」
「……いいぜ、そうしたかったらそうしな。今度はあたしが、どこまでも付いて行ってやる」
 最後に微笑んで、ノワールはふわりと浮き上がると、根を下へと潜っていく。ウルフィオナはパン、と自らの頬を叩いて気合を入れ、地面を蹴って後に続く。