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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

リアクション

 
(……、ん……)
 目を開ければ、見えてくる景色に違和感を覚える。自分が見ようとしている方角に視界が合わず、さらには身体も動かしたいと思った方角に動かない。
(これは……あぁ、そういうことですの)
 意識がハッキリしてくるにつれ、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は自分が置かれた状況を認識する。ミーミルにもらった羽根を頼りに、今まさにミーミルを喰らおうとしたルピナスの間に入り、代わりに喰われた経緯を思い返し、つまりここはルピナスの“中”なのだと思い至る。

「……!」

 そして綾瀬は、自分の他に多数の気配を感じ振り返る。
「うああああ……」
「おおおおう……」
 そこに見えたモノ――顔のようなものが蠢き、声にならない声を上げる何か――を見て、これはおそらくルピナスが今までに喰らった者の成れの果てなのではないかと推測する。比較的ハッキリした造形の中には龍族と鉄族の顔も見えた。
(……彼らはただ、ここで呻いているだけなのでしょうか。彼らの残留意思とでも言いましょうか、それがルピナス様に影響を与えたりはしないのでしょうか)
 興味を抱いた綾瀬は、それらに近付いてみる。蠢くモノはただ呻くだけで、近付いた綾瀬を攻撃しようとしたりはしなかったが、これでは何も分からないと同じだ。
(ルピナス様も、こちらには声をかけてくださらないようですし)
 喰らった綾瀬を認識しているのかいないのか、綾瀬には分からなかったが、ルピナスは綾瀬に注意を留めなかった。自分がこのままで居るなら、展開としてはルピナスを止めるため、あるいは滅ぼすため契約者がやって来て、何やかんやした後に結末が訪れ、それを自分は特等席で見ることが出来る。……それはそれで興味を惹かれたが、綾瀬はそれを表の理由に留める。
(せっかくこのような状況になったんですもの。楽しまなくては……ね?)
 自分の好奇心は、ルピナスの“奥”を覗き見ることを選択した。蠢くモノを横目に通り過ぎ、綾瀬は“奥”へ続く道を行く――。


「はー、やっとこさ追い付いたぞ。腕をどうにかされるわ今度は怪我するわ、俺もよくやってると思うぜ」
 根を下り、降りた先で今も降り続けるルピナスを前に、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が攻撃の意思はないと言いたげに両手を挙げる。
「まぁ、何だ。どうせなら限界まで話し合いをしてみるってのも悪くないって思ってな。降りるだけじゃヒマだろ? 付き合ってくれよ。
 それにしても考えたもんだ。契約者っつっても結局は人だ、縦に両断されたり首切られたら終わりだしな」
 エヴァルトの視界に映るルピナスは、契約者中願寺綾瀬の身体を奪い取って存在している。今のルピナスは契約者としての能力を使えるが、人としての脆弱性も同時に持ち合わせていることになる。
「若干名、生き返ったり首無しで平気な人もいるが、そういう例外は置いといて。
 ……さてと。貴女のいた所の世界樹ってのは、今も貴女に何か干渉してたりするのか?」
 そういう可能性だってあるかもしれないしな、そんな思いで言った言葉に、ルピナスはややあって答える。
「……世界樹が直接、わたくしに何かを強いたわけでは無いのでしょうね。世界樹は個人なんて見ていないはずですわ」
「ふむ。貴女がそう言うのなら、俺はこう言うな。
 貴女は自分の運命を、自分に降り掛かった仕打ちを、世界樹にぶつけているのか、と。貴女が世界樹に囚われているというなら、それを断ち切る程度なら、なんとかできる可能性もあると思う。ただ貴女は世界樹は自分を見ていない、と言った。見てない相手に復讐なんて、相手からすればたまったもんじゃないんじゃないか?」
 エヴァルトの言葉に、ルピナスは黙して語らない。実際の所、世界樹が個人をどう捉えているかはエヴァルトにも分からない。見ているといえば見ている気もするし、見ていないといえば見ていない気もする。
「俺は復讐を悪いとは言わない。だが、オススメは出来ないな。復讐なんて果たした所で、何かが始まるってこともない。そのくせ何かが終わるってことはありやがる。とにかく、ハイリスクなんだよな。
 おまけに貴女の考えている復讐は、下手すると世界ごと滅びちまう。そりゃあ、復讐を考えている世界樹の恩恵で生きてるような奴らなんて一緒に滅んでしまえってのも分からなくないが」
「復讐すること以外に、あると言うんですの? 何かが始まるということが」
「あるさ? いくらでもある。そんなのは生きてる限りあり続けるんだ。流石に死んじまったら無いけどな。
 ……なんにしたって、復讐なんてやめた方がいいに決まってる。自分には無理、なんて事ぁない。自分自身でなく、大切な人に何かされて、それでも復讐は果たさず、共存してる人だっている。
 さっきの話だが、穏やかに暮らすってのも何かが始まるきっかけの一つさ。そうしているだけでも案外何か起きるもんだぜ? 俺も多分そうなんだが、お人好しな契約者は多くてな。
 ま、貴女が結局どうするかってのは、貴女次第だ。だけど、今俺が言った可能性ってのも考えてみてくれ」

●ザナドゥ:ロンウェル

 天秤世界の動向は、何もパラミタ内だけに留められているわけではない。どこの世界にも物好きな者は居るもので、ここザナドゥにもそういった輩が居て、情報を逐一伝達していた。
 だからといって直ぐに騒ぎが起きたりはしない。魔族のほとんどは単に、何がどうなっているかを知りたいだけなのである。

「はふー。いつもに比べて問い合わせが多いのです。ボクに聞かれても分からないのですよ」
 机にべたー、と伸びて、ヨミが愚痴をこぼす。今日は朝から天秤世界に関する問い合わせがあり、そして彼を手伝う神崎 零(かんざき・れい)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も対応に追われていた。……まあ実際の所は、魔族の好奇心を満たすために話し相手になっていることが多かったが。困ることはといえば、問い合わせの相手が女性であるのをいいことに男性の魔族がしばしば悪ふざけをしてくるくらいで、天秤世界の現状に比べれば十分平和と言えた。
「面倒な騒ぎが今の所起きていないのは、幸いですね」
「そうね。こっちはこのままでいてくれるといいのだけれど」
 刹那の言葉に答え、零は天秤世界に向かっている神崎 優(かんざき・ゆう)を思い、心配する表情を見せる。一般の通信は途絶えてしまったが、優からの直接の連絡は行える状態であり、彼の無事も確認は出来るのだが、やはり心配になってしまう。
(無事に、皆で帰って来て……優)
 零が願う一方で、優と神代 聖夜(かみしろ・せいや)は――。

●天秤世界:契約者の拠点地下

「そろそろルピナスが見えてくるはずだ。俺も優も万全の状態ではない、十分に警戒していくぞ」
 根を降りていく優と聖夜、崩落に巻き込まれた影響は拭い切れておらず、戦闘となれば厳しい状況でありながら、優はルピナスの下へ向かうことを止めなかった。
(俺には、俺たちを拒絶した時に見せたルピナスの顔が、言葉とは違うように見えたんだ。
 あの時確かにルピナスは、何かを言っていた。それは俺たちを拒絶するばかりではなかったんじゃないか?)
 それを確かめたい思いで、優は根を降りていく。そして先に、契約者の身体を借りた姿で佇む少女の姿を捉え、優は攻撃の意思を消して言葉を紡ぐ。
「俺には貴女の行動が、復讐が他者を取り込み、力を取り込んで破壊していく事でこれがお前達の望んだ結果だ。聖少女の姿だと世界樹に見せつけようとしてるように思えるんだ」
「……そうだとして、何がいけませんの?」
 ルピナスの態度に、背後の聖夜が警戒を強める。先に何かあったのか知らないが、ルピナスの態度に余裕がない。それでも優は態度を変えず、対話を続ける。
「貴女が語ってくれた望む未来、そして貴女が今一人でしようとしている事は、誰も幸せにしない、幸せになれない。そう、貴女自身すらも。
 誰も信じず、誰とも手を取り合わず手に入れたモノは必ず崩れ去る。例え手に入れた幸せも信じられなくなり、亀裂が入り崩壊していき自分自身を滅ぼしてしまう。……一人で出来る事には限りが、限界があるんだ。一人で出来ない者は弱者だと無能だと言う者もいるがそれは違う。誰かと手を取り合う事で、絆を広げていく事で無限の可能性と未来を切り開く事が出来るんだ」
「そうだと、どうして言い切れますの?」
 一人で出来る事への限界があること、絆を結ぶことで未来が開けることの両方へ問いかけるルピナスへ、優は確信を抱いて答える。
「この目で見てきたから。一人だった者が手を取り合い、未来を切り開いたのを見てきたから」
 言った優の、脳裏にはロノウェの姿が浮かぶ。今は場所を別にしているが、彼女もこの世界の最善の解決のため、力を尽くしている、優はそう信じる。
「……違っていたら済まない。貴女は俺たちを拒絶する時、こう言っていなかったか?
 『もっと早く出会っていれば。違う形で出会っていれば』と」
「!」
 優の言葉に、ルピナスがあからさまな反応を示す。それは否定しようのない事実であったから。
「貴女はもっと早く出会っていれば、違う形で出会っていれば、そう思った。けれどそれは関係ない。こうであればこうだった、それは関係ないんだ。
 貴女は今、俺達と出会った。貴女が今変わりたいと、共に歩みたいと願い、行動すれば未来は無限に広がり変わるんだ!」
 優の言葉に、ルピナスは黙して語らない。
「決して遅いなんてことはない。それに復讐するというなら、種族の指名に縛られず誰かと手を取り合い、絆を繋げていった人達と共に幸せになる事が最高の復讐になると思わないかい?」
 『聖少女』の運命――一つの種族に恵みをもたらす――に反し、数多の種族と関わりを保ち続けること。実はそれは聖少女だから不可能なんじゃなくて、聖少女であっても普通に行えることなんじゃないか――優はちょっとだけ笑って言って、そして手を差し出す。
「俺は、俺達は貴方を一人にさせない。させたくない。
 貴女の心を救い、共に手を取り合い絆を繋げたいんだ」


 ルピナスに追い付き、説得を行っていたヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が戻って来る。
「どうだった……って、聞くまでもないか?」
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)の視界の向こうで、ルピナスは明後日の方向を見つめている。ヨルディアの説得が何らかの影響を与えたなら、今も地面を掘り進む根の動きが止まるか、もしくは契約者の身体を奪っているルピナスがその身体を返すかするはずであり、それがないということは説得が失敗したのでは、と宵一は推測する。
「そうですわね……こちらの言葉を聞いているようには思えます。彼女は今、揺らいでいる、そのようにも思えますわ」
 おそらく自分達がここに着く前に、他の契約者が彼女に何らかの説得を試みたのではないか、そうヨルディアは推測する。ルピナスの拠点が崩落する前も、複数の契約者が彼女に説得を試みていたから彼らではないだろうか、とも。
「みゅ〜……つ、疲れたぁ」
「コアトーさん、お疲れさまでふ」
 傷を癒やす力を持つフラワシで一行の治療を行っていたコアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)がぺたん、と座り込み、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)がコアトーを労う。治療を優先していたため、ルピナスの真意を探ることは出来なかったが、これで一行は何かがあった時に万全の態勢で臨むことが出来る。
「ルピナスをどうするべきか……問題だな」
 宵一が呟き、思案する。宵一としてはルピナスを滅ぼさない方向で考えているが、ルピナスがこちらを滅ぼそうとするなら容赦はしない。
 そして問題は、他の契約者がルピナスを滅ぼそうとした時にどうするかだが――。そう考えていた宵一は、ルピナスに迫るイコンの姿を見た。


 『アンシャール』を羽純に託し、歌菜は根の先端で降り続けるルピナスに近付いて言葉をかける。
「ルピナスさん! ルピナスさんは確かに、世界樹によるもので幸せになっても気が狂いそう……そう、言いましたよね?
 だったら、今、ルピナスさんが世界樹の力を手に入れようとしている事と矛盾してます! おかしいですよ、憎んでる世界樹の力を手に入れるなんて!」
 歌菜の指摘とも取れる言葉に、ルピナスは黙して語らない。
「そんな力なんてなくたって、幸せと思える世界は、自分で作れます! ルピナスさんは逃げてるだけです、自分が変わる事から」
「逃げている……わたくしが? 逃げているですって……?」
 どの口がそんな事を言う、と言いたげな視線を向けられ、それでも歌菜は言葉を止めない。
「自分が変わらなければ、世界なんて絶対変わりません。ルピナスさんが世界樹の力を手に入れても、幸せにはなれない。
 だから、私は貴方を止めます!」

 『アンシャール』で歌菜の様子を見守っていた羽純は、これはマズイのではないか、と思う。どうもルピナスの様子を見るに、それまで黙していた所から言い返し始めており、加えて歌菜の『貴女を止める』である。何となく次の展開が予想出来て、羽純は『アンシャール』を歌菜を回収出来る位置に持っていく。
「いいわ……そこまで言うのなら、止めてご覧なさいな!」
 そして羽純の予想通り、ルピナスは歌菜に牙を剥く。歌菜に迫る無数の鋭く尖った枝、それは歌菜を貫く前に『アンシャール』が防ぎ切る。態勢を整えるべく歌菜を回収して後退する『アンシャール』を見送った所で、ルピナスは目の前に降りてくる人影を認める。