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白砂の砂漠のお祭り騒ぎ

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白砂の砂漠のお祭り騒ぎ

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■第二章 チェイアチェレン
 中央の大きな火を、ヨマの老人たちがぐるりと囲む。
 それぞれの手には太鼓や鈴、木製の打楽器が構えられている。
 その輪の中に、褐色の肌の女がスルリと舞い、原始的なリズムが打ち鳴らされ始める。
 それがチェイアチェレンの始まりだった。 

 それぞれの場所で様々な芸が行われた。
 ジャグリング、手品、ダンス、歌、人形劇に軽業芸、中にはゆる族たちの組み体操だなんてものまで……
 会場はどこもかしこもすぐに人で溢れ返り、晴天と白い砂漠の間で、焚かれた炎が楽しげに揺れていた。



 ひゅう、と逆さに持った革コップが左右に振られる。
 そうして、テーブルの上に並べられていた4つのダイスがコ、コ、コ、コ、という小気味良い音と共に、順に掠め取られるようにコップの中へと収められていった。
 四つのダイスを飲み込んだコップは、慣れた手つきで左右に振り動かされ続け、そして、逆さのままテーブルの上にピタリと置かれた。
 浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が、それをじぃっと見守りながら、ごくりと喉を鳴らす。
 コップがスゥと持ち上げられれば、縦に綺麗に積み重なったダイスが現れる。
 周りで漏れる、オォー、という声。
 翡翠が小さく感嘆してから、隣に居る北条 円(ほうじょう・まどか)を見上げた。
 「見た?」と目を輝かせる翡翠に、円が「見た」と微笑みながら頷いている。
「これが、ダイススタッキングの基本だ」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)はコップを、ダイスタワーの隣にとんっと置きながら言って、テーブルの周囲をまばらに囲む観客へ笑んだ。
「ひょっとするとマジックのように見えるかもしれないが、これには種も仕掛けも無い」
 食い入るようにして見ている翡翠と目が合えば、にこりとウィンクして続ける。
「もちろん超能力でもない。ジャグリングの一種、というには一見地味だが――」
 先ほど作った四段重ねのダイスタワーを崩し、新たなダイスも取り出しながら、テーブルの上に、ダイスを二段重ねにしたものを四つ準備する。
 さて。
 と観客の方に笑んでから、涼介は鮮やかな手つきで革コップの中にダイスを摘み取って行き、あっという間に四段タワーを二つ作り上げた。
 観客から感嘆と拍手が贈られる中で、次は青色のダイス四個と赤色のダイス四個を準備する。
 色を交わらせながら積み上がった八段タワーを作れば、また上がる感嘆と拍手。
 そばを通りかかったヌイ・トスプ(ぬい・とすぷ)が興味をひかれて、露店の串焼き片手に寄って来る。
 はしゃぐヌイを楽しげに見やりながら、今井 卓也(いまい・たくや)が続く。
 そんな風にちらほらと観客が増えていく前で、涼介は今度は両手にカップを持って、テーブルにある計十六個のダイスを一つのタワーを作り上げた。
 テンポ良く綺麗に組み上げられたタワーに、観客の感嘆が歓声じみてくる。
 そうして、32個のダイスを使って一つのタワーを積み上げる頃には、そこは結構な人だかりになっていた。


『さあさあ皆さんお立会い!』
 様々なパフォーマーたちがあちらそこらで芸をしている一角にその声が響く。
 アメリア・レーヴァンテイン(あめりあ・れーう゛ぁんていん)がマイク片手に、道行く人たちへと楽しそうに続ける。
『今からこの稀代の剣士クルード・フォルスマイヤーが色んな物を色んな形に斬って斬って斬りまくるアルよ!!』
 なんだか取ってつけたような胡散臭いアルアル語尾は、アメリア的に客寄せの雰囲気作り……らしい。
 が。そんなことは、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)にとって、ひとまずどうでも良かった。
「おい……何故俺がそんな事をしなければならな――」
『さあ、取り出しますはこの大根!』
 クルードをすっきりと無視して、アメリアが大根を取り出す。
「……聞けよ……」
『今からこの大根が一瞬にして、お客さんのリクエストした物に変わるアル! さあ、何に変えて欲しいアルかなー?』
 アメリアのマイクが、なんだなんだと集まってきていた客たちへと向けられる。
 マイクの先がぴたっと止まった先に居たのは、キラキラとしたトッピングのかかったマシュマロカップとストロベリーシェイクを抱えたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だった。
 お嬢様っぽい白い服が眩しい。
「え。えっとぉ……かわいい猫ちゃん!」
『おっけー、アルっ!』
 アメリアがクルードの方へ大根を放り上げる。
 クルードは観念して舌打ちを一つ鳴らしてから、
「……はっ!」
 刀を抜きざまに閃かせた。
 太陽の光を返した線と薄い風切り音が走る。
「……くっ……またつまらない物を斬っ――」
『ふっ……ざっとこんな物アル……』
 大根をキャッチしたアメリアが、クルードの言葉をさえぎって渋く決める。
 アメリアの手には、寝姿の丸こい大根猫がちょこりと乗っかっていた。
 きゃあっとヴァーナーが喜声をあげて、観客から起こる拍手。
 やあやあ、と手を振って応えるアメリアには、「……お前は何もやっていないだろ……」というクルードの声は聞こえていないようだった。
 目を輝かせたヴァーナーが、大根猫を携帯カメラでぱちりと撮る。


「つまり――パフォーマンスをする濃ゆい人達を研究して、その『印象の薄い人生』からの脱出を狙うってことだよねっ」
 ナレー・ション(なれー・しょん)がうんうんと頷きながら言う。
 板東 綾子(ばんどう・りょうこ)は、溜め息を零しながら軽く首を振って。
「そうじゃなくて……何度も言うけれど、武装スリ集団の関係者がパフォーマーに紛れている可能性もあるでしょう? そのために最前列で細かく監視する必要がある。だから――」
「大義名分ってやつだねっ!」
「…………スリ警備の仕事はきちんとこなすわ……」
 綾子は視線をあさっての方へと逃がしながら言った。
 ナレーは、それを聞いているのか聞いてないのか楽しげに周囲のパフォーマーたちを見回し。
「あ。ねえねえ、あっちの方でダンスやってるよ。キラキラしてるっ! すっごく綺麗なダンス。ああいう特技ってきっと重要だよっ。ね、見に行こう!」

 いくつもの打楽器によって複雑に絡み合う民族的なリズムに、異国情緒を匂わせる弦楽器や笛の音色が混ざり合う。
 音楽に合わせて揺らめく腰、しなやかに蹴りあげられる足、すらりと腕をめぐらせて、観衆へと誘うようなウインク。
 望月 鈴子(もちづき・りんこ)はキラキラとした衣装を身にまとい、ヨマの民らの演奏によるエスニック調の音楽に合わせてダンスを披露していた。
 曲の終わりに合わせて、ザンッと華麗に決める。
 同時に沸き起こる拍手と指笛。
(ふっ……完璧や。あたいのダンスにみんな目が釘付け。これで順調に夢の第一歩を――お、スカウトっぽいあんちゃん発見! )
 鈴子はそれっぽい人の方へ、ばちん、とウインクを送ってから、「では、もう一曲……」と構え――
 と。
「きゅぅーーー!!」
 という奇声が響き渡って、鈴子は思わず顔からずっこけた。
「な、なんやぁ!?」
 がばぁっと顔面を上げながら、奇声の方を見やる。
 鈴子の視線の先。
 青く果てない空と太陽の下……椿 薫(つばき・かおる)は清々しいまでにフンドシ一丁だった。
 ついでに、頭のてっぺんからツマ先まで金色にペイントされていた。
 その上からオイルを塗りたくっているために、降り注ぐ太陽の光がヌラヌラと反射している。
 それが、腰を左右へと交互に突き出しながら両手を前でグルグル動かし。
「きゅーーーー!!」
 と、叫んでいる。
「……け、けったいな……いや、もしかして、これもダンスなんか……?」
 鈴子と観衆の疑問と呆然に応えることなく、薫の創作ダンスらしきものは、続く。
 しゃがみ込み、片足を突き出してコンパスのように円を描きながら、片手をまっすぐ上に上げ、もう片手を斜めに伸ばし、また。
「きゅぅううーーーーー!!」
 それを。
 見つめながら、綾子は喉を鳴らした。
「た……確かにキラキラして……いえ、むしろ、ヌラヌラ? ギラギラ?」
「違うっ、違うのー! ミーが言いたかったキラキラはこれじゃなくてー! って、こんなのメモに取っちゃだめー!」
 ナレーがぶんぶんと頭を振り乱す。
 と、薫が、ゆっくりと立ち上がり、おもむろにフンドシの紐を……
『それは待てぇえええええええっ!!』
 鈴子とナレーと観衆の全力の突っ込みが鳴り響く。

 そんなツッコミを遠くに。
 露店の並ぶ通りを歩いていた久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、ほこほこと湯気の上がる白い包子へ、はむっと齧り付いた。
 ふかふかの皮の下のクリームの甘みが柔らかに広がる。
 ほのかな花の香りが甘さをひきたてている。
「おいしいー……!」
 思わず拳を握って、ばたばたと振りたくなるくらい。
「ふぅん、もうすぐこの先のフリースペースで何かイベントをやるみたいですわ」
 隣を歩く藍玉 美海(あいだま・みうみ)が、さきほど露店で貰ったチラシを見ながら零す。
「イベント?」
 沙幸は問い掛けながら、美海の方に包子を差し出した。
 美海がパオを一齧りして。
「あら、美味しい――イルミンスールの学生さんが企画してるようですの。行ってみます?」
「うんっ! 行こう、ねーさま!」
 沙幸は美海の手を取った。
 自然に手を繋ぐ。
 美海が楽しそうに笑って、繋ぐ手を、指と指とを絡める恋人繋ぎに変える。
「――え、あ……」
 気付いて。
 沙幸は自分の顔が、かぁああ、と真っ赤になるのが分かった。
 なんだかすごく恥ずかしいような、でもとてもとても嬉しいようなで、熱の上った頭の中がぐるんぐるんと回って、視線を足元に落としたまま上げられない。
 それを美海が、なにやら満足そうな微笑を浮かべながら覗き込んでくる。
「どうしましたの? 沙幸さん。参りますわよ?」
「う、うん……っ」
 カクカクと、まるでロボットのような動きでうなづいて、沙幸は美海と手を繋ぎながら、活気溢れる人の流れの中を歩いていく。


「……弓ならもうちょっと上手くやれるんですよ?」
「刀真、言い訳は見苦しい」
「月夜さん、お上手でしたよねぇ。三つも賞品げっとされるなんて。私なんて、お店番の方に当ててしまって――」
 先ほど遊んだ射的の話だ。
 樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、以前、星槍事件の際に知り合った星槍の巫女エメネアを誘い、チェイアチェレンを回っていた。
「俺、ちょっとお茶買って来ますね」
 と、刀真がお茶屋に向かうと同時に月夜が何かに気付く。
「エメネアこっち」
「へ? あ、はいぃー!」
 月夜に手を引かれたエメネアが、行き交う人々やパフォーマーたちの間を駆けて行く。
「あ……二人とも、そんなに急がなくても祭りは逃げませんよー?」
 刀真は露店の店主にお茶の代金を支払いながら、二人の背中を苦笑めいた視線で追った。
 すぐに二人の背が人混みの中に紛れ込んでしまう。
「あんなに動き回って……迷子にならなければ良いけど――あ、このお茶美味しい」
 受け取ったお茶を一口含んで、呟く。
 エメネアと月夜はクレープ屋の前に居た。
「はいよっ、お待たせ」
 クレープ屋の若者が出来立てのクレープを月夜に手渡す。
 エメネアが、それを熱心に見詰めながら喉を鳴らす。
「これが、くれぇぷっ……!」
「エメネア、あ〜ん」
 月夜がエメネアにクレープを差し出し、
「ふあっ!? こ、これが、噂に聞くところの友情の『あ〜――」
 エメネアが口を開き損ねて。
 めしゃっと顔面でクレープを受け止める。
「……ゴメン」
 月夜が謝ると同時に、カシャ、と写真を撮る音。
「へ?」
「刀真――」
 月夜が振り返り、言う。
「こういうのは撮らなくていい」
「これも思い出ってね」
 月夜とクリームだらけのエメネアの姿を収めたカメラを片手に、刀真は笑った。